6. カンナ・レミングス
~5年前、魔法の国 王城~
朝。
王城の窓から陽の光が差し込む。
明日六歳になるカイトは、寝坊して慌てて着替えている。
「お兄ちゃーん!」
四歳のカナルが勢いよく部屋へ飛び込んでくる。
「おきてー!」
「うわっ!」
ベッドへ飛び乗られ、二人とも転げ落ちる。
そこへカンナがやって来る。
「こら、カナちゃん」
「お兄ちゃん起こした~!」
「起こすじゃなくて落としてるじゃない!」
「えへへ」
三人で笑う。
それは、魔法の国の日常だった。
支度を済ませて外へ出ると、先に来た子どもたちが魔法の授業を受けている。
カイトだけは魔法が使えない。
先生は困ったように笑う。
「今日は見学にしましょう」
カイトは慣れた様子で頷く。
カナルは小さな花を咲かせる魔法を成功させる。
先生が拍手する。
「すごいですね」
カナルは嬉しそうに笑う。
・・・でも。
兄を見て、少しだけ笑顔が曇る。
「お兄ちゃんも・・・」
言いかけてやめる。
カイトは笑って言う。
「カナちゃん上手だったよ!」
と。
そして昼。
カンナは剣術の訓練中。
王女とは思えないほど真剣な表情。
先生に褒められる。
「さすが第一王女」
訓練を終えると。
カイトが走ってくる。
「カンナお姉ちゃん!」
「どうしたの?」
「見て!」
木で作った剣。
「僕も強くなる!」
カンナは笑う。
「いいね」
「でもまずはちゃんとご飯食べること。」
「えー!」
そしてカイトは姉と同じように訓練を受けることを望んだ。
教えるのは近衛隊副隊長のガレスだ。
「カイト様」
「もう一回!」
木剣で勝負。
当然負ける。
「また負けた~」
「十年早いですよ」
みんな笑う。
カナルはその人に肩車をしてもらっている。
「たかーい!」
カンナも微笑む。
いつも3人を守ってくれた人。
家族にも近い関係だ。
そして夜・・・
三人で星を見る。
カイトが聞く。
「ねえ。」
「うん?」
「僕もいつか魔法使えるかな」
少し空気が止まる。
カンナは優しく笑う。
「大丈夫。絶対使えるようになるよ」
嘘だった。
本当は・・・十歳のカンナは知っている。
六歳までに魔法が使えなければ、国の法律では――。
でも弟には言えない。
カナルは何も知らずに、
「大丈夫!お兄ちゃんはすごいもん!!」
と抱きつく。
カイトは笑う。
「ありがとう」
と返す。
カンナが一人で窓から夜空をながめていると、父王と大臣たちが話している声が聞こえた。
「・・・明日だ」
「例外は認められません」
「王家だからこそ」
「国法です」
カンナは目を閉じる。
(お願い)
(明日までに一回だけでも・・・カイトに、魔法を・・・)
しかし、その願いが叶うことはない。
そして翌日。
カイトは六歳の誕生日を迎えた。
誕生日も終わりに近づいた、その夜。
今夜も王城の窓から月明かりが差し込んでいた。
六本のろうそくが揺れる。
「お誕生日おめでとう!」
カナルが小さな両手を叩いて笑った。
「お兄ちゃん、六歳!」
「ありがとう。」
カイトは少し照れくさそうに笑う。
ケーキを囲む2人。
それは、あと数分で終わってしまう、最後の幸せな時間だった。
コンコン。
静かなノックが響く。
「・・・カンナ姉ちゃん?」
扉を開けたカンナは、いつもの笑顔ではなかった。
青ざめた表情。
震える手。
「カイト」
その声だけで何かがおかしいと分かった。
「今すぐここを出るよ」
「え?」
「急いで」
「でも、どうして?」
カンナは答えられなかった。
その代わり、小さく息を吸う。
「カイトが・・・六歳になったから」
その一言だけだった。
廊下を走る。
王城の衛兵たちは皆、うつむいている。
誰も目を合わせない。
これから何が起こるのか、皆、分かっているのだ。
城門が見えた瞬間だった。
ガシャン!
重い門が閉ざされる。
その向こうから武装した魔導騎士たちが現れる。
「第一王女カンナ・レミングス様」
隊長が静かに言う。
「王子を引き渡してください」
カイトはきょとんとしていた。
「なんで?」
誰も答えない。
代わりにカンナが前へ出る。
「・・・通して」
「できません」
「命令よ」
「国王陛下の勅命です」
沈黙。
「魔法を持たぬ六歳児は、国法により処刑しなければなりません・・・」
その言葉で。
カイトだけが意味を理解できなかった。
「・・・しょけい?」
カナルは震え始める。
カンナは唇を噛み締めた。
「・・・走って!」
追跡が始まった。
城門の衛兵の1人を倒し、門の横にある小さな扉を抜けて、逃げる。
雷。
炎。
氷。
次々飛んでくる魔法。
カンナは結界を張り続ける。
「カイト!」
「う、うん!」
「カナル!」
「はい!」
幼い二人を守りながら走る。
息が切れる。
それでも止まれない。
昨日まで一緒に笑っていた人たちが。
今は自分たちを殺そうとしている。
そして3人が森へ逃げ込んだ頃。
一人の男が現れた。
「姫様」
カンナが目を見開く。
「・・・ガレス」
王家近衛隊副隊長。
幼い頃からずっと姉弟を守ってくれていた人だった。
「ガレス!」
カイトは泣きそうな顔で駆け寄る。
「助けて!」
しかし、ガレスに笑顔はなかった。
「・・・申し訳ありません」
その瞬間、剣が振り下ろされる。
「え・・・?」
カイトは動けない。
キィィン!!
淡い金色の光。
魔法障壁。
小さなカナルが両手を前へ突き出していた。
「お兄ちゃんに・・・」
涙を流しながら叫ぶ。
「さわらないで!」
男はゆっくり剣を引いた。
「・・・悲しいことです」
その目には本当に悲しみがあった。
「姫様」
カンナを見つめる。
「その子は魔法を持たない」
「・・・」
「幼い妹に守られるような【弱い血】を王家に残すわけにはいきません」
「黙って」
「いずれ国を滅ぼします」
「黙りなさい!」
「これは国のためです」
カンナの中で何かが切れた。
「国のため・・・?」
震える声。
「だったら!」
その瞬間、カンナの胸の奥で何かが弾けた。
今まで感じたこともないほどの魔力が、制御もできないまま身体中から溢れ出す。
「こんな国なんて!!」
緑の閃光が森を包む。
激しい魔法戦。
互いに一歩も譲らない。
必死過ぎて、どう戦ったのかもよく覚えていなかったけれど・・・。
でも、そこに最後まで立っていたのはカンナだった。
男はゆっくり倒れる。
「・・・立派になられましたね」
最後まで穏やかな笑顔だった。
その姿を見てカンナの手が震えた。
そしてその場に膝をついた。
全身から力が抜けていく。
こんな魔力を使ったのは初めてだった。
だけど、それよりも。
自分は、人を殺した。
しかもそれは、誰よりもこの国に忠誠を誓う男だった。
長い沈黙・・・やがてカンナは二人を見る。
「行こう」
もう、後戻りはできない。
カイトは拳を握る。
「僕・・・強くなる」
魔法は使えない。
それでも。
「今度は僕がお姉ちゃんを守れるように・・・」
カンナは泣きそうになりながら笑う。
その横で、カナルは自分の小さな手を見る。
さっき兄を守った魔法。
その魔法は、兄が一番傷つく原因でもある。
(・・・もう使わない)
誰にも言わず。
四歳の少女は心の中で決めた。
そして、三人の他には誰もいない森の奥で、古い転移魔法陣が静かに輝き始める。
カンナは最後に一度だけ祖国を振り返った。
生まれ育った城。
優しかった人たち。
楽しかった日々。
もう帰れない。
「さようなら」
三人の姿が光に包まれる。
やがて魔法陣の光は静かに消えた。
魔法の国から、二人の王女と一人の王子が姿を消した夜。
それは、一つの王国の歴史が静かに狂い始めた夜でもあった。
次回 魔法少女のタブーに触れる話。




