5. 実戦訓練
警報がコロニー中に鳴り響く。
聞き慣れているはずの音なのに、その日は胸の奥まで突き刺さるように響いてきた。
「ゆかぽん、行くよ!」
「は、はい!」
桃果さんの声に返事をすると、あたしは急いで変身を済ませる。
いつものように、あたしは"ミニももか"の姿になった。
本物の桃果さんの隣に並ぶと、自分が本当に見習いなんだということを嫌でも実感させられる。
「今日は実戦訓練だからね。私から離れないこと。絶対に無理はしない」
「分かってます!」
元気よく返事をした。
・・・したはずだった。
でも、現場へ転移した瞬間、その元気はどこかへ吹き飛んでしまった。
瓦礫。壊れた街灯。逃げ惑う人たち。
そして、その向こうで赤い光を放つ、人型の機械。
訓練場で何度も見たはずの敵。
映像でも何度も見た。
なのに実物は、まるで違った。
金属が軋む音。
地面を踏みしめる重い振動。
こちらへ向けられた真っ赤な単眼。
そのすべてが、「本物」だった。
「・・・っ」
足が、動かない。いや、違う。震えている。
止めようとしても止まらない。
さっきまで「早く戦いたい」と思っていたのに、敵を目の前にした瞬間、自分でも信じられないくらい怖くなっていた。
(こんなの・・・)
息が苦しい。
心臓が痛いくらい速く打っている。
「あたし・・・本当に戦えるの・・・?」
小さく漏れた声は、自分にしか聞こえなかった。
そのときだった。
「ゆかぽん」
優しい声が耳に届く。
「大丈夫」
桃果さんは敵から目を離さないまま、穏やかに笑った。
「最初はみんな怖いよ」
「でも、怖いって思えるからこそ、人を守ろうって頑張れるんだ」
「私も最初は足が震えたから」
その言葉だけで、不思議と呼吸が少し楽になった。
そうだ。
桃果さんだって、最初から完璧だったわけじゃない。
あたしだけじゃないんだ。
「・・・はい!」
震えは消えていない。
でも、一歩だけ踏み出せた。
敵が腕を振り下ろす。
「危ない!」
桃果さんが鮮やかに受け止め、その隙にあたしが魔法を放つ。
小さな光弾が敵の装甲に当たり、火花を散らした。
「やった!」
そう思った次の瞬間。
敵は何事もなかったように向き直り、今度はあたしへ突進してきた。
「えっ!?」
速い。
思ったよりずっと速い。
慌てて避けたものの転がるように地面へ倒れ込み、その衝撃で息が詰まる。
「ゆかぽん!」
桃果さんがすぐに割って入り、敵を押し返す。
あたしも立ち上がって援護するけれど、攻撃は浅く、防御もぎこちない。
頭では分かっていても、体がついてこない。
訓練と実戦はこんなにも違うのか。
自分の未熟さが嫌になる。
そのとき。
「桃果!」
聞き覚えのある声が飛んできた。
青い魔法少女――美咲さんだった。
「美咲さん!」
思わず声が弾む。
ももかさんの相棒。
二人そろえば心強い。
そう思った。
ところが。
「美咲!」
ももかさんは振り返るなり、思いもよらない言葉を叫んだ。
「ここは私たちが引き受けるわ! あなたはすぐ離脱して!」
「え?」
あたしは耳を疑った。
「でも!」
「いいから行って!」
その声には、いつもの優しさとは違う、リーダーとしての強い意志があった。
美咲さんは一瞬だけ悔しそうな顔をしたものの、小さくうなずくと、そのまま現場を離れていった。
敵を退けたあとも、あたしの頭の中には、その光景が引っかかったままだった。
避難誘導も終わり、街に静けさが戻る。
帰還の途中、あたしは我慢できずに桃果さんへ尋ねた。
「どうして、美咲さんを帰らせたんですか?」
「美咲さんなら強いですよね?」
「二人で戦った方が安全だったんじゃ・・・。」
ももかさんは少しだけ歩みを緩めた。
そして、あたしの方を見て静かに微笑む。
「ねえ結花ちゃん・・・もし今日、美咲が担当の日で、私がたまたま近くにいただけだったら」
「美咲も、きっと同じことを言うよ『ももかは逃げて』って」
「え?」
「魔法少女はね、いつでも全力で戦えるわけじゃないの」
ももかさんは自分の胸元にある、小さな魔法石へ視線を落とした。
「私たちの力は、マジカルゲージが十分にたまって初めて本来の力を発揮できる」
「担当の日は、それを計算して出動しているの」
「でも、それ以外の日は違う」
「あまりゲージが残っていない状態で無理に戦えば、本来なら簡単に倒せる相手にも苦戦するし、最悪の場合は命を落とすことだってある」
思わず息をのむ。
そんな危険があるなんて、今まで考えたこともなかった。
「だからね」
「魔法少女だからって、毎回戦えばいいわけじゃない。戦わない勇気も必要なの」
「任務じゃないなら、自重する」
「それも仲間を守るための大事な仕事なんだよ」
あたしは黙ってその言葉を聞いていた。
正直、少し前までのあたしなら理解できなかったと思う。
「魔法少女なんだから戦えばいいじゃん」
きっと、そう言っていた。
でも今日、自分の足が震えた。
敵を前にしただけで、何もできなくなった。
もしあの状態で桃果さんが助けてくれなかったら。
もし一人だったら。
そう考えた瞬間、背筋が冷たくなる。
戦える状態と、変身できる状態は違う。
力を持っていることと、その力を使っていいことも違う。
「・・・少し、大人ですね」
思わずそうつぶやくと、桃果さんはくすっと笑った。
「私も最初は全然分からなかったよ」
「カンナさんに何度も怒られたもん」
その光景が何となく想像できてしまって、あたしもつられて笑った。
まだ知らないことばかりだ。
強くなるって、敵を倒せるようになることだけじゃない。
戦うべき時と、退くべき時を知ることも、一人前の魔法少女になるためには必要なんだ。
その日の訓練で、あたしが覚えた一番大きなことは、新しい魔法でも戦い方でもなかった。
勇気だけでは、人は守れない。
本当に誰かを守るためには、勇気と同じくらい、冷静さも必要なのだということだった。
次回 舞台は5年前の魔法の国へ・・・




