9. 相沢桃果②
最初は気のせいだと思った。
忙しいだけ。
何か用事があるだけ。
そう思おうとした。
でも、前みたいに話しかけてくれない。
頭を撫でてくれない。
私の隣にいてくれない。
そのことに気付くたびに、胸が苦しくなった。
私は悩んだ。
何日も。
何週間も。
どうしてなのか分からなかった。
あの日、私はゆうたんを守ったはずなのに。
喜んでもらえると思ったのに。
どうして距離を置かれてしまったのか。
答えが見つからなかった。
そして。
私は一人で泣くようになった。
そんな私に声をかけてくれたのが、同級生の美咲ちゃんだった。
「ももかちゃん、最近元気ないよね?」
心配そうな顔で聞いてくる。
私は最初、何でもないと言おうとした。
でも、もう一人で抱えているのが苦しかった。
だから、私は美咲ちゃんに話した。
ゆうたんとのこと。
敵から守ろうとしたこと。
その後、避けられるようになったこと。
全部。
一番仲良しの美咲ちゃんだったら、何か答えを見つけてくれるかもしれないと思った。
二人なら、きっと何とかできると思った。
でも、その期待は、半分だけしか当たらなかった。
「それってさ」
美咲ちゃんは少し考えたあと、言った。
「たぶん、裕太さんのプライドなんじゃないかな」
「プライド?」
「うん。自分より年下の女の子に『守ってあげる』って言われたから、傷ついたんだと思う」
美咲ちゃんは続けた。
「でも、それはももかちゃんが悪いわけじゃないよ」
「・・・」
「だって、実際にももかちゃんの方が強かったんだから」
私は黙って聞いていた。
「そんなことで話してくれなくなるなら、そんな人――」
美咲ちゃんは少し強い口調になった。
「大した人じゃない・・・くだらない人だよ」
その瞬間。
胸の奥が熱くなった。
頭で考えるより先に。
手が動いていた。
パシッ。
乾いた音が響いた。
私は。
美咲ちゃんの頬を叩いていた。
自分でも、何が起きたのか分からなかった。
美咲ちゃんは、信じられないという顔で私を見ていた。
私だって同じだった。
自分の手を見つめる。
今、私は何をしたの?
美咲ちゃんは、私の大切なゆうたんを悪く言った。
それが許せなかった。
ただ、それだけだった。
「ゆうたんは・・・」
声が震える。
「ゆうたんは、くだらない人なんかじゃないもん・・・!」
それだけ言うのが精一杯だった。
美咲ちゃんの目に涙が浮かぶ。
そして。
「カンナさんに言うから・・・!」
そう言って走って行ってしまった。
私はその場から動けなかった。
胸の奥が痛い。
でも、自分が悪いとは思えなかった。
だって。
美咲ちゃんは、ゆうたんの気持ちを馬鹿にした。
ゆうたんが傷ついたことを「くだらない」と言った。
それだけは、どうしても許せなかった。
しばらくして、カンナさんがやって来た。
いつも優しいカンナさん。
私が失敗しても、まず話を聞いてくれるカンナさん。
でも、この時のカンナさんの顔は、今まで見たことがないくらい厳しかった。
「ももかちゃん」
「・・・はい」
「どうして美咲ちゃんを叩いたの?」
責める声だった。
私は唇を噛んだ。
「・・・」
「暴力はダメでしょう?」
分かっている。
そんなこと、私だって分かっている。
魔法少女は、人を守るための存在だ。
怒ったから。
悔しかったから。
相手を傷つけていいわけじゃない。
でも。
「・・・私は悪くないです」
そう言ってしまった。
カンナさんが少し驚いた顔をする。
「ももかちゃん」
「だって・・・」
涙が出そうになる。
「ゆうたんは、くだらない人なんかじゃないもん・・・」
言葉にすると、また胸が苦しくなった。
「ゆうたんは、いつも私のことを考えてくれてた」
「・・・」
「なのに、美咲ちゃんが・・・」
そこから先は言葉にならなかった。
悔しくて。
悲しくて。
涙だけが出てきた。
カンナさんは、しばらく何も言わなかった。
きっと。
私が落ち着いて話せるのを待ってくれていたんだと思う。
でも。
その時の私は、もう何も考えられなかった。
頭の中には、ゆうたんのことしかなかった。
そして。
私は言った。
「カンナさん」
「・・・」
「私、もう魔法少女やめます」
カンナさんの表情が変わる。
「ももかちゃん?」
「私が魔法少女だから・・・」
声が震える。
「だから、ゆうたんを傷つけたんだと思う」
「違うよ」
カンナさんはすぐに否定した。
でも。
私は首を振った。
「違わないです」
私はそう思っていた。
魔法少女じゃなかったら。
普通の女の子だったら。
ゆうたんと同じだったら。
きっと、こんなことにはならなかった。
「魔法少女をやめたら・・・」
涙がこぼれる。
「ゆうたんと、また前みたいに話せるかもしれない」
それだけを考えていた。
魔法少女になることは、ずっと夢だった。
小さい頃の、憧れ。
でも。
ゆうたんのことの方が大事だった。
「ももかちゃん!」
カンナさんが呼ぶ。
だけど。
私はもう走り出していた。
後ろからカンナさんの声が聞こえる。
「待って!」
でも止まれなかった。
魔法少女じゃなくなる。
夢を捨てる。
そんなことより、今は、ゆうたんに会いたかった。
謝りたかった。
一分でも、一秒でも早く・・・。




