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10. 相沢桃果③

 私はゆうたんの家まで走った。


 呼び鈴を押す。


 すぐに出てきてほしい。


 でも、もし出てきてくれなかったら?


 もし本当に嫌われていたら?


 そんな不安で胸がいっぱいになる。


 待っている時間が、ものすごく長く感じた。


 気付けば私は、玄関のドアを叩いていた。


「ゆうたん!」


 声が震える。


「ゆうたん、お願い・・・!」


 涙が止まらない。


「出てきて・・・!」


 しばらくして。


 カチャッと音がして、ドアが開いた。


「ももか?」


 そこに、ゆうたんがいた。


 その瞬間、我慢していたものが全部あふれた。


「ゆうたん・・・!」


 私はその胸に飛び込んだ。


「ごめんなさい・・・!」


 何度も・・・何度も謝った。


「ごめんなさい、ごめんなさい・・・!」


 ゆうたんは戸惑ったように私を見る。


「ももか、どうしたの?」


「私・・・」


 言葉がうまく出ない。


 涙で息が詰まる。


 それでも伝えたかった。


「ゆうたんを傷つけたくなかった・・・」


「・・・」


「ゆうたんと話せなくなって、すごく悲しかった・・・」


 私は全部話した。


 敵のこと。


 その後、ゆうたんが離れていったこと。


 美咲ちゃんに相談したこと。


 美咲ちゃんがゆうたんを悪く言ったこと。


 そして。


 私が美咲ちゃんを叩いてしまったこと。


 魔法少女をやめようと思ったこと。


 全部。


 ゆうたんは途中で口を挟まなかった。


 ただ、私の話を最後まで聞いてくれた。


 昔からそうだった。


 ゆうたんはいつも、私が泣き止むまで待ってくれる人だった。


「・・・そっか」


 全部聞き終わったあと。


 ゆうたんは小さく息を吐いた。


「ももか」


「・・・はい」


「それは・・・僕が悪かったのかもしれないね」


「え?」


 思ってもいなかった言葉だった。




「え・・・?」


 私は思わず顔を上げた。


 ゆうたんは困ったように笑っていた。


「僕が勝手に落ち込んで、勝手にももかを避けていただけだから」


「違うよ!」


 私はすぐに首を振った。


「ゆうたんは悪くない!」


 反射的に言った。


 でも。


 ゆうたんは優しく首を振った。


「ううん。僕も、ももかを傷つけた」


「・・・」


「ももかは、僕を守ろうとしてくれたんだよね」


 その言葉を聞いた瞬間。


 胸がぎゅっと苦しくなった。


「でも・・・」


 ゆうたんは少しだけ目を伏せた。


「あの日、僕は悔しかったんだ」


「悔しかった?」


「うん」


 ゆうたんは小さく笑った。


「怖かったこともそうだけど・・・」


 少し間を置いて。


「ももかが僕を守ってくれたことが、嫌だったんだ」


 胸が痛くなった。


 やっぱり・・・私は、ゆうたんを傷つけていたんだ。


「僕は男だから」


 ゆうたんは続ける。


「年上だから」


「・・・」


「本当は、僕がももかを守らなきゃいけないって思ってた」


 その言葉に、私は何も言えなかった。


「なのに」


 ゆうたんは苦しそうに笑った。


「実際には、僕は何もできなかった」


 違う。そう言いたかった。


 でも、言葉が出なかった。


 ゆうたんの気持ちが分かったから。


 ゆうたんは、私を嫌いになったわけじゃない。


 私が強かったから怒ったわけでもない。


 ただ、大切な人を守れなかった自分が、悔しかったんだ。


「美咲ちゃんが言ったこと」


 ゆうたんは少し寂しそうに笑った。


「たぶん、間違ってない部分もあると思う」


「そんなことない!」


 私は強く言った。


「ゆうたんが悲しかったことは、くだらないことじゃないもん!」


 気付けば、また涙が出ていた。


「ゆうたんが私を守りたかったって思ってくれたこと・・・」


 声が震える。


「それを誰かに馬鹿にされたら、私、嫌だよ」


 ゆうたんは少し驚いた顔をした。


 そして。


「ももかは優しいね」


 そう言った。


 その言葉を聞いて、また涙がこぼれる。


「でもね」


 ゆうたんは続けた。


「だからこそ、ももかは魔法少女をやめちゃダメだと思う」


「・・・」


「魔法少女って、強い人だけがなるものじゃないと思うから」


 私は黙って聞いていた。


「怖くない人が強いんじゃない」


「・・・」


「怖くても、大切なもののために一歩前に出られる人が強いんだと思う」


 その言葉は。


 まるで、あの日の私が初めて敵の前に立った時のことを言われているようだった。


「ももかは、僕を守ってくれた」


「・・・」


「だから今度は、もっとたくさんの人を守れる魔法少女になってほしい」


 私は唇を噛んだ。


 魔法少女になること。


 それはずっと私の夢だった。


 でも。


 ゆうたんを失うかもしれないと思った瞬間、その夢さえ手放そうとした。


 そんな私に。


 ゆうたんは、もう一度夢を返してくれた。


「でも・・・」


 私は小さな声で言った。


「私、カンナさんにやめるって言っちゃった」


「うん」


「美咲ちゃんも叩いちゃった」


「うん」


「もう、戻れないかもしれない」


 そう言うと、ゆうたんは少し笑った。


「戻れるよ」


「・・・え?」


「だって、ももかはまだ何も終わらせてないから」


 ゆうたんは、いつものように優しく言った。


「カンナさんには、僕も一緒に謝る」


「え?」


「美咲ちゃんにも、一緒に謝ろう」


「でも・・・」


「美咲ちゃんは、ももかを心配して言ったんだと思う」


 私は少し驚いた。


「ゆうたんのこと悪く言ったのに?」


「うん」


 ゆうたんは迷わず答えた。


「たぶん、ももかを元気にしたかったんじゃないかな」


 私は何も言えなかった。


 そんな考え方、私にはできなかった。


 ゆうたんは、自分を傷つけた人のことまで考えている。


 やっぱり、この人はすごい。


「だから」


 ゆうたんは言った。


「あきらめないで」


 その言葉で。


 胸の中に張りつめていたものが、少しずつほどけていく。


 魔法少女をやめる。


 そう決めた時は、これしかないと思っていた。


 でも、今は違う。


 私は、魔法少女を続けたい。


 そして、もっと強くなりたい。


 泣きながら、私はゆうたんの服を握った。


「ゆうたん・・・」


「うん」


「私・・・」


 涙が止まらない。


「ゆうたんのこと、大好き・・・」


 子供の頃の私は。


 きっと、ものすごく情けない顔をしていたと思う。


 涙も。


 鼻水も。


 全部ぐちゃぐちゃだった。


 でも。


 ゆうたんは笑わなかった。


 少しだけ力を込めて、私を抱きしめてくれた。


 その温かさに。


 私はまた泣いた。


 しばらくして。


 ゆうたんが静かに言った。


「ももかは、本当に強いのに泣き虫だな」


「・・・」


「でもね」


 背中を優しくポンポンと叩いてくれる。


「泣いていいんだよ」


 私は顔を上げた。


「たくさん泣いて」


 ゆうたんはゆっくり言った。


「泣き止んだら、また歩き始めればいい」


「泣き止んだら・・・また、歩き始める?」


 私はその言葉を繰り返した。


「そう」


 ゆうたんは笑った。


「ももかなら、きっとできるから」


 その時。


 私は思った。


 私は、この人に出会えて本当に幸せだって。


 大好きな人が。


 私の一番大切な夢を守ってくれた。


 だから私は。


 もっと強い魔法少女になろうと思った。


 誰かを倒すためじゃなく、誰かを守るために。


 それから数日後。


 私はカンナさんに謝った。


 美咲ちゃんにも謝った。


 すぐに全部元通りになったわけじゃない。


 美咲ちゃんとは、少し時間が必要だった。


 でも。


 少しずつ、また話せるようになった。


 そして私は。


 魔法少女を続けた。


 あの日のことがあったから。


 私はただ敵を倒すだけじゃなく、守るということを考えるようになった。


 そして、今の私がある。


「・・・っていう話なんだけど」


 私はそこで思い出から戻った。


 目の前には、興味津々な顔をした結花ちゃんがいる。


「桃果さん?」


「あ、ごめんね。ちょっと考え事してた」


 結花ちゃんは首を傾げた。


「初めて敵を倒した話、やっぱりすごい話だったんですね」


 私は少し困ったように笑う。


「ううん」


 私は首を振った。


「たぶん、本当に大切だったのは、敵を倒したことじゃないよ」


「え?」


「その後、どうするかを決めたこと」


 結花ちゃんは少し考える顔をした。


 その表情が。


 昔の自分と少し重なった。


 元気で。


 真っ直ぐで。


 ちょっと無茶をするところもあって。


「でも・・・」


 私は心の中で思う。


 結花ちゃんは、きっと大丈夫。


 だって。


 彼女のそばには、カナルちゃんやカイトくんがいる。


 そして、いつか彼女自身が本当の意味で誰かを守れる魔法少女になる日が来る。


「この話は、まだ内緒ね」


 私は笑った。


「特に、結花ちゃんのお兄さんには」


「え?」


「なんでもないよ」


 私は空を見上げる。


 遠い昔の地球は、もう存在しない。


 でも。


 この小さな世界には、守りたい人たちがいる。


 だから私は。


 今日も魔法少女でいるのだ。

次回 美咲サイドの話

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