3. カイト・レミングス①
月曜日と木曜日。
夏休みの期間中、あたしたちは週に二回、スポーツチャンバラのクラブに通っている。
今日は、あたしたちが三年生の夏休みで初めての練習日だった。
このクラブはそれほど大きなクラブじゃない。
だから、本来なら正式な競技用武器である『エアーソフト剣』が人数分そろっているはずなんだけど、残念ながら予算の都合で全部は用意できていない。
今、このクラブで使えるのは『小太刀』。
一番基本になる短い剣だけだ。
あたしもカナちゃんも、級で言えば仲良く6級。
・・・まあ、この級って実力順にきれいに上がっていくわけじゃないんだけどね。
細かいルールは省くけど、あたしたちは一年生の時に10級から始めた。
夏休みの間に上がれる級は1つだけ。
冬休みにも1つ上げられるけど、どれだけ順調でも二年生の終わりまでに到達できるのは6級まで。
しかも昇級条件はそこまで厳しくない。
つまり、三年生のほとんどが仲良く6級というわけ。
でも、級はともかくとして・・・。
実はあたし、二年生の時は低学年の中で勝率一位だったんだよ!
すごいでしょ?
あたしは魔法少女の時だって、遠距離から魔法を撃つより、近づいて戦う方が得意なんだ。
それは、このクラブで鍛えられたから。
だから、いつか正式な魔法少女になったら、武器も剣タイプに変えたいなって思っている。
なんとなく、そっちの方があたし向きじゃん?
・・・まあ、桃果さんみたいな優雅さはないかもしれないけど。
そんなわけで、自由練習の時間になると、あたしは上級生相手でも結構勝てたりする。
この日も――。
「一本!」
あたしの小太刀が、五年生男子の胴をとらえた。
「結花ちゃんすごい! これで7連勝だよ!」
横で見ていたカナちゃんが、嬉しそうに拍手してくれる。
カナちゃんは自由練習になると、だいたい応援係だ。
基本動作を覚えるのは早いんだけど、やっぱり争い事そのものはあまり得意じゃないらしい。
カナちゃんは戦うより仲間を支える方が向いているんだと思う。
「なんだよケンジ、チビ結花に負けてんのかよ。ダッセーな」
横から聞こえてきた、聞き覚えのある嫌な声。
カナちゃんのお兄ちゃん。
そしてカンナさんの弟。
カイト・レミングス。
もちろん、この発言。
ケンジ君に向けたように見えるけど、本当はあたしへの挑発だ。
(違うよ結花ちゃん。あれはね、『結花ちゃんは小さいのに強くてすごいな』って言ってるんだよ)
カナちゃんはいつもこういう時、謎の同時通訳を入れてくる。
・・・いやいや。
そんなわけないでしょ。
というわけで、今日もその通訳は聞かなかったことにする。
「2年ぐらい早く生まれただけでチビって言うんじゃないわよ! あんただって学年の割にはそんな大きくないじゃん!」
「チビでダメなら痴女だろ!」
「は?」
「魔法少女の格好でパンツ見せまくってるし。ちゃんと気をつけろよ? この前なんか――」
「わーっ! わーっ!」
あたしは慌てて叫んだ。
「それ以上言ったら本気で怒るから!」
(結花ちゃんの恥ずかしいところは他の人に見せたくないって意味だと思うんだけど・・・お兄ちゃん、さすがにパンツの話は私でもフォローできないよ!?)
通訳するカナちゃんも今度ばかりはちょっと困って表情が引きつっている。
「とにかく!」
あたしは小太刀を握り直した。
「今日こそあんたに勝つから!」
完全に売り言葉に買い言葉。
もちろん、本当の魔法少女の戦いなら挑発に乗るなんて絶対にダメ。
冷静さを失ったら負ける。
でも、今は安全な練習用の剣。
だったら――。
「いくらでも相手してあげる!」
「へえ・・・じゃあ、今やるか?」
カイトはニヤッと笑った。
その顔を見た瞬間、嫌な予感がした。
・・・だって。
あたしは今まで一度も、こいつに勝ったことがないから。
「カイトと結花がやるの?」
「面白そう。こっち一回休憩しようぜ」
あっという間に周りに人が集まってきた。
半分くらいの人が観戦組になる。
・・・もう後には引けない。
いいわ。みんなが見ている前で、今日こそ恥をかかせてやる!
「さすがにカイトさんが勝つよねー」
「でも私、カイトさんに勝ったことあるよ」
「僕も。だけど結花さんとやる時だけは、いつもカイトさん勝ってるよね」
低学年の子たちが楽しそうに話している。
そう。カイトは小さい子には結構優しいのだ。
負けが続いている子には、わざと負けてあげることもある。
だから下級生からは人気がある。
なのに、なぜかあたしとやる時だけは絶対に手を抜かない。
むう、なんでよ。
いや、別に手を抜いてほしいわけじゃないけど!
ていうか、今日こそ絶対に勝って見せる!
あたしは深呼吸して、小太刀を構えた。
正式な試合じゃないから、審判はいない。
でも、このクラブには暗黙のルールがある。
打たれたら認める。
負けたら素直に負けを認める。
どれだけ相手のことが気に入らなくても、インチキやズルだけは絶対にしない。
それがスポーツチャンバラだ。
「いつでも来いよ、チビ結花」
・・・こいつ。
この期に及んで、まだそれ言う!?
「言われなくても!」
あたしは一気に踏み込んだ。
狙うのはカイトの右足。
身長差がある相手と戦う時、頭を狙うのは難しい。
だから足や小手を狙う。
これは今まで何度も練習してきたことだ。
だけど――。
あたしの小太刀は、カイトの身体に届かなかった。
カイトは、ほんの半歩下がっただけ。
それだけで、あたしの攻撃は空を切る。
そして、すれ違いざま。
ペシッ。
頭に一撃。
「一本」
「くっ・・・」
「バーカ。重心が後ろ足に乗ってるのも見えてねえのかよ」
(口は悪いけど、攻撃する場所だけじゃなくて、相手全体を見るって教えてくれてるんだよ)
カナちゃんの通訳が入る。
・・・今のは。
悔しいけど、少しだけ意味が分かった。
カイトはただ馬鹿にしているわけじゃない。
あたしの癖が見抜かれてる。
「もう一回!」
頭に血が上っているのは、自分でも分かっていた。
でも、ここで引いたら負けたままだ。
「何度やっても結果は同じだと思うけどな」
カイトはそう言って周りを見る。
「まあ、ギャラリーも楽しみにしてるみたいだし・・・」
そして。
「今度は俺、武器なしでいいぜ」
そう言って、小太刀を床に置いた。
「・・・は?」
意味が分からなかった。
「何それ」
「ハンデ」
「そんなのいらない!」
即答した。
「そんな勝ち方しても嬉しくないもん!」
「じゃあ、勝ってみろよ」
カイトは不敵に笑う。
その顔がまた腹立つ。
「勝つ気だったら剣を置いたりしないわ!剣を捨てた時点で、あんたは負けてるのよ!!時代劇で見たもん!!そういうのは、コジローヤブレタリって言うの!!!」
自信満々に言った瞬間。
なぜだか急に、周りが静かになった。
静寂の理由が、あたしにだけわからない。
「・・・お前、やっぱり本物の馬鹿だろ」
(結花ちゃん、そういうところが可愛いって言ってるんだよ)
そう言いながらも、カナちゃん今、絶対笑ってるよね?
「佐々木小次郎は剣を捨ててない」
カイトがため息をつく。
「捨てたのは鞘だ」
「そ、そうとも言うけど!」
「そうとしか言わねえよ」
周りから笑い声が上がる。
・・・もう、完全に笑いもの。
全部カイトのせいだかんね!
たぶん・・・きっと。絶対!!
「とにかく!」
あたしは顔を赤くしながら構え直した。
「剣を持ちなさいよ!」
「嫌だね」
「なんで!」
「もしこれでお前が勝ったら、もう一度剣を持ってやる」
「あくまで挑発する気なんだ」
「そうだな」
認めるんかい。
でも。
今度は負けない。
あたしは冷静になろうとした。
さっきは勢いだけで突っ込んで失敗した。
カイトが言ったこと。
悔しいけど正しい。
相手を見る。
全体を見る。
自分の攻撃だけ考えない。
まず、武器がない分、間合いの差はなくなった。
問題は身長差。
やっぱり頭は狙いにくい。
だったらさっきと同じ足狙い。
ただし、今度はフェイントを入れる。
胴を狙うように見せて、相手の意識を上に向ける。
そして足。
これなら――。
いける!
あたしは一気に踏み込んだ。
横から払う。
その瞬間、予定が変わった。
カイトの足。
やっぱり前に出ているように見えて、体重が乗っていない。
だったら、足より胴!
近づいてしまえば、胴の方が当てやすい。
そう判断した。
でも、その瞬間だった。
カイトの方から間合いを詰めてきた。
「え?」
あたしの攻撃は空を切る。
身体をひねってかわされた。
そして。ペシッ。
また頭。
手のひらで、軽くポンッと叩かれた。
「ほら、一本」
「・・・」
「読みが外れた後、動き止まってるぞ」
悔しい。悔しいけど何も言い返せない。
「ザコ結花。もっと鍛えてから来やがれ」
(結花ちゃん、頑張って強くなれって言ってるんだよ)
カナちゃん、もういいよ・・・
今日の通訳はもう十分だから。




