2. 特訓
あたしは空中で一回転して、教科書どおりに両腕を広げ、つま先からふわりと着地――する予定だった。
・・・予定、だった。
「きゃあっ!」
どすん。
衝撃を逃がしきれずに両足が大きく開き、膝まで曲がってしまい・・・
後ろに倒れまいと踏ん張った結果、逆にその勢いで前につんのめる。
挙句の果てに両手まで地面についてしまうという、魔法少女とは思えない情けない格好になった。
しかも・・・。
ふわり。
着地の瞬間、短いスカートが思い切り風を受けてめくれ上がる。
あたしが「あっ」と思った時にはもう遅く、青空に向かって白い布が堂々と自己主張してしまっていた。
「ううぅぅぅ・・・」
顔が熱い。
絶対見られた。
いや、見られたどころじゃない。
「はい、もう一回」
少し離れた場所でカメラを構えているカナちゃんが、ものすごく真面目な声で言った。
「今のところ、あと三回巻き戻すね」
「巻き戻さなくていいよっ!」
あたしは飛び起きた。
「消して! 今すぐ消して!」
「ダメ。訓練記録だから」
カナちゃんは黄色い練習用ジャケットの胸ポケットから小型の映像端末を取り出すと、容赦なく再生を始める。
『きゃあっ!』
『どすん』
『ふわっ』
そこで一時停止。
画面には見事にスカートがめくれ上がったあたしの静止画。
「やめてぇぇぇぇ!」
「ここ」
カナちゃんは冷静だった。
「着地の衝撃で重心が後ろに流れてる。だから脚が開くし、スカートも必要以上に浮く」
「そんな冷静に分析しないで!」
「もう一回」
ぴっ。
『きゃあっ!』
『どすん』
『ふわっ』
「だからやめてってば!」
あたしは頭を抱えてしゃがみ込む。
カナちゃんは本当に真面目な子だ。
親友だけど、こういうところだけは容赦がない。
「ほら、今度は四分の一速度」
「まだやるの!?」
超スロー映像になった自分の失敗・・・しかもパンツ丸出しの映像を見せられるなんて、これ以上の公開処刑があるだろうか。
画面の中のあたしは、ゆっくりと空から降りてきて、ゆっくりとバランスを崩し、ゆっくりと脚を広げ、そしてゆっくりとスカートがめくりあがった。
「・・・死にたい。」
「死んじゃダメ」
「恥ずかしさで!」
カナちゃんは小さく笑った。
その笑顔を見ると、不思議と怒れない。
「でも、前より良くなってるよ」
「どこが?」
「着地の手前までは」
「そのあと全部ダメじゃん!」
「うん」
即答だった。
「でも、結花ちゃんならできるよ」
そう言われると、少しだけ照れてしまう。
昔からカナちゃんはそうだった。
必要以上に褒めたりはしない。
できてないところは、ちゃんとできてないって言う。
でも最後には必ず「できる」って言ってくれる。
だから、つい頑張ろうって思ってしまう。
「もう一回いく?」
実はかなり、体力的には限界。
真上には、コロニーの中心の人口太陽がギラギラ輝いていて、汗がだらだら出てくる。
人口太陽なんだから、こんな暑い夏まで再現しないでよって思っちゃう。
けど、あたしは気を取り直す。
こんなことで負けてらんない!
「もちろん!やるよ!!」
あたしは勢いよく立ち上がった。
まだ見習い。
一人じゃ戦えない。
そんなあたしでも――桃果さんみたいな、本物のピンクになるために。
まだ桃果さんと一緒のとき以外、敵と戦うことは禁止されている。
魔法少女は人を守る仕事。
中途半端な実力で前に出ることは許されない。
それでも、一日でも早く、みんなと肩を並べて戦いたい。
桃果さんみたいに、 優しくて、強くて、みんなを笑顔にできる、本物のピンクになりたい。
なのに。
「ニセピンクなら、その程度だろ」
あの嫌な声が頭に浮かぶ。
カイト。
カナちゃんのお兄ちゃん。
2つ年上で、口を開けば嫌味ばっかり。
しかも「ニセピンク」なんて最低なあだ名をあたしに最初につけた張本人だ。
リーダーカラーのピンクなのに、リーダーらしくないからニセって、失礼にもほどがあるわ!
何度も同じことを思い出して、そのたびに腹が立つ。
「今度会ったら絶対言い返してやるんだから」
「またお兄ちゃん?」
カナちゃんが苦笑する。
「違うもん!」
「顔に書いてあるよ!」
「書いてない!」
「『ニセピンクって言われたー!』って」
「真似しないで!」
あたしが地団駄を踏むと、カナちゃんはくすくす笑いながらカメラを構え直した。
「じゃあ、本番」
「今度こそ!」
深呼吸をして、魔力を脚へ集中させる。
風の流れ。
重心。
膝。
つま先。
全部、桃果さんに教わったとおり。
あたしは高く跳び上がり、空中で一回転しながら、自分の身体が空気に溶け込んでいくような感覚を味わう。
まだ少し怖いけど・・・。
でも、前より怖くない。
着地の瞬間。
膝を柔らかく使って衝撃を逃がす。
つま先から。
かかとは最後。
腕を流して――。
とん。
今度は転ばなかった。
脚も開かなかった。
スカートも、ほんの少し揺れただけ。
パンツは、まだ今回もほんの少し見えたかもしれないけど・・・。
「おお!」
思わず自分で声が出る。
前よりはだいぶいい。
カナちゃんも嬉しそうに拍手していた。
「まだ八十点だけど」
「そこは百点って言ってよ!」
「一人前は百二十点だから」
「厳しい!」
でも、その厳しさが嫌じゃなかった。
本当は百二十点とれるまで、何度だってやりたかったけど、今日はそろそろマジカルゲージがほぼからっぽ。
ゲージがなくて魔法を使うのは危険だから、ここらが潮時だ。
でも、きっと、いつか。
あたしも本物の魔法少女になる。
誰にも「ニセピンク」なんて言わせないくらい強くなって、桃果先輩みたいにみんなを守れる魔法少女になる。
その時、カイトがどんな顔をするのかだけは、今から少し楽しみだ。
もっとも、その頃のあたしはまだ知らなかった。
空の向こうなんて、学校の授業でしか知らなかったあたしには、想像もできないこと。
でも、あたしの知らない物語は、もうずっと前から始まっていたのだった。




