31. 禁書
宇宙へ出撃したアーク・ファルコン隊との通信が途絶えたころ、作戦室には重苦しい静寂が流れていた。
壁一面のスクリーンには、敵艦隊の予測進路が赤く表示されている。
誰も口を開かない。
その沈黙を破ったのはルカだった。
「あいつらが、あそこまで魔法少女に執着する理由は・・・」
誰に向けた問いでもなかった。
しかし、その場にいた全員が報告は聞いている。
けど・・・釈然としない思いだけは残る。
敵は都市も施設も容赦なく破壊する。
それなのに、魔法少女だけは可能な限り生け捕りにしようとする。
その理由は、エーテル装置の解析で判明していた。
魔法少女は、機械の国にとって燃料だった。
まるで、そのエネルギーによって自分たちの「文明」が、一段上のステージにでも上がる、とでも言うように・・・。
カンナは静かに立ち上がり、本棚の奥から一冊の古びた本を取り出した。
「これは、このコロニーに代々伝わる禁書です」
「禁書、ですか?」
桃果が首をかしげる。
「学校では教えられません。魔法の国にも、コロニー国家にも都合の悪い歴史だからです」
本を開く。
最初のページには、一人の女性の肖像画が描かれていた。
「エリアナ・レミングス・・・」
桃果が驚く。
「レミングスって・・・カンナさんたちと同じ・・・?」
「はい」
カンナは静かにうなずく。
「私たち王家の始祖です」
その一言だけで、部屋の空気が変わった。
ページをめくる。
そこには地球を去ろうとする巨大な宇宙船。
ゲノム・アンカー。
反対する少女ルーシア。
地下都市。
そして最後の転移魔法。
描かれている内容は、桃果たちには初めて知る歴史だった。
誰も言葉を発しない。
カンナが静かに語る。
「エリアナ様は、ゲノム・アンカーを宇宙へ持ち去りました」
「その直後、富を持つ人々も宇宙へ逃れ、多くのコロニー国家を築きます」
「それが、私たちと、あなたたちの祖先です」
桃果は息をのんだ。
「じゃあ・・・」
「はい。私たちは、生き延びることができた側なのです・・・」
さらにページがめくられる。
そこには暗い地下都市。
飢えに苦しむ人々。
壊れた機械を修理しながら生きる技術者たち。
最後に残された巨大な工作機械。
「地球に残された人々は、その後も地下で生き続けました」
「人が、人として存在し続けるためのゲノム・アンカーもなく、文明を保つためのエネルギーもなく、そして宇宙へ逃れる手段すらももはや彼らは持たなかった・・・」
「それでも、彼らは残された少ない資源と叡智だけを頼りに、必死で生き続けたのです」
ルカが静かにつぶやく。
「前に聞いた機械の国って・・・」
「ええ」
カンナはうなずいた。
「彼らの文明が、長い年月を経て機械の国になりました」
「数億年という時間の中で、人は滅びても、機械だけが進化を続けたのです」
静寂が流れる。
桃果は本から目を離せなかった。
「じゃあ・・・」
「機械の国は、ずっと地球に・・・」
「はい」
カンナは苦しそうにうなずく。
「数億年もの間、地下で生き続けました」
「空を見ることもなく。太陽を見ることもなく」
「自分たちだけが見捨てられたと思いながら」
いろはが小さく言う。
「だから・・・恨んでいるんだ」
「ええ」
カンナはスクリーンに映る敵艦隊を見つめる。
「彼らが憎んでいるのは、私たち個人ではありません」
「魔法の国・・・そして宇宙へ逃れたすべてのコロニーです」
「自分たちを見捨てた世界、そのものです」
ルカは腕を組んだ。
「数億年も続けば、理由なんて忘れる」
「でも、憎しみだけは残る・・・か」
「その通りです」
桃果は拳を握りしめた。
「でも・・・だからって、魔法少女を燃料にしていい理由にはならないよ・・・」
部屋の全員が静かにうなずく。
この戦いは資源や領土を奪うための戦争ではない。
数億年にわたって積み重なった絶望と憎しみが生み出した、終わることのない復讐。
そして、その連鎖を断ち切る方法を、まだ誰一人として見つけられてはいなかった。




