30. 改造・アークファルコン
改造が始まった。
普段は機体の整備に使われる格納庫が、この日だけはまるで手術室のような静けさに包まれていた。
中央には、カイトの愛機。
その隣には、ハルキに合わせて調整された《ヴァリアント》。
二機とも外見こそ大きく変わっていないが、内部はまったく別物になろうとしていた。
敵から回収した装置――《エーテル・リアクター》。
魔法少女から魔力を取り出し、膨大なエネルギーへ変換する禁断の技術。
解析の結果、人間を傷付けずに接続する方法は見つかった。
だが、その代償はあまりにも大きい。
接続された魔法少女は、自分の魔力を戦闘中ずっと供給し続ける。
限界を超えれば命さえ危うい。
つまり、戦うロボットの後ろで、もう一人が命を懸けて戦うということだった。
「本当に・・・やるんだね」
整備主任が最後の確認をする。
カイトは迷わず頷いた。
「もう時間がない」
その一言だけだった。
整備員たちは黙って作業を再開する。
機体の胸部が開かれ、新型リアクターが組み込まれていく。
配線が一本、また一本と繋がるたび、青白い光が機体内部を走った。
やがて整備主任が静かに告げる。
「アーク・ファルコン改修率、七十パーセント。」
誰も拍手などしない。
これが希望なのか、それともただの延命措置に過ぎないのか。
誰にも分からなかった。
その頃、隣の部屋では結花が椅子に座っていた。
普段着のまま、両手をぎゅっと握っている。
目の前には、小さな透明カプセル。
敵が使っていたものを、人間用に安全化した装置だった。
「怖い?」
整備士が優しく尋ねる。
結花は少し考えてから笑った。
「うん」
正直だった。
「すっごく怖い」
沈黙。
「でも・・・」
結花は顔を上げた。
「誰かがやらなきゃいけないなら」
「半人前のあたしでも役に立てるなら、やるよ!」
その目は、もう揺れていなかった。
その様子を、少し離れた場所で見ていた少女がいた。
ミカエラだった。
彼女は静かに立ち上がる。
「結花ちゃん、私も一緒だから」
みかちゃんの声も、震えていた。
だけどあたしよりずっと実戦経験のあるみかちゃんの事。
「結花ちゃんだけ危険な目に遭うなんて、私は嫌だもの」
と続けるみかちゃんからは、その覚悟がはっきりと伝わってきた。
とても頼もしくって、あたしもなんだか勇気が湧いてくる気がする。
「それにね」
彼女は少しだけ照れくさそうに笑った。
「ハルキが戦うなら」
「あたしはその力になりたい」
その言葉に、部屋の誰も口を開けなかった。
ハルキは驚いていた。
「そんなことしなくても!」
「俺、一人で・・・」
「一人じゃない。」
ミカエラは即座に遮る。
「約束したでしょ?」
「守れる人になるって」
「だったら、あたしも守る」
「ハルキだけに全部背負わせないから!」
ハルキは俯いた。
拳を震わせる。
「・・・ありがとう」
それしか言えなかった。
カンナは二人を見比べる。
「本当に後悔しない?」
「しません!」
ミカエラは即答した。
「第三コロニーでは、みんなを守れなかった・・・だから、今度は逃げない。最後まで、一緒に戦います」
その声には、かつて「第三コロニー最強」と呼ばれた魔法少女の覚悟が宿っていた。
数時間後。
格納庫に四人が集まる。
巨大なシャッターがゆっくり開く。
そこには、新しく生まれ変わった二機が並んでいた。
《アーク・ファルコン・エーテル仕様》。
従来の青い装甲に、魔力伝導回路が金色の紋様となって走っている。
背部には六枚の可変翼。
飛行だけでなく、余剰魔力を放出する巨大な増幅器でもあった。
もう一機。
《ヴァリアント》。
白銀だった装甲は深紅のラインで彩られ、両肩には魔力収束ユニット。
背中には二基の高出力スラスター。
右腕には展開式の大型ブレード。
近接戦闘に特化しながら、魔法少女の魔力を瞬間的に爆発させる設計だった。
一見、防御を得意とするミカちゃんとの相性を心配してしまうけど、そこは問題ないようだ。
ミカちゃんが領域を展開したまま機動力を持ったとすれば、ハルキの采配次第ではむしろ最大限の力を発揮できる。
「これが・・・」
ハルキは思わず息を呑む。
「俺の・・・」
整備主任は苦笑した。
そして後方を指差す。
透明なコクピットポッド。
そこには魔法少女が入るための「エーテル・リアクター」が設けられていた。
「服を脱いで、その中に飛び込め!息は出来る!!」
あたしは一瞬ためらう。しかし、危険度を下げるためには魔力の伝達力を極限まで上げる必要があり、そのためには必要な措置だった。
「心配するな!コックピットからは見えねえから!」
カイトは平然を装って叫ぶ。
いや、チビのあたしの裸なんてどうとも思わないだけかもしれないけど。
ともかく、あたしは覚悟を決めた。
「わかったわよ!」
誰にも見られるわけじゃないし。
そして、操縦席のカイトとはエーテルの中では意思の疎通が可能だという説明だった。
「2人で1機。4人で2機。心が合わせられなければ、この機体は本来の力を発揮できないわ。頑張って!」
かんなさんからの激励。
「カイト、絶対勝とうね!」
カイトは小さく笑った。
「ああ。絶対に帰ってくる!!」
一方、ミカちゃんも
「よろしくね」
そう言って、愛おしそうに《ヴァリアント》の装甲を撫でる。
ハルキとミカエラも通じ合う。
「一緒に帰ろう、みか」
ミカエラは満面の笑みを浮かべる。
「うん・・・もちろん!」
誰も口にはしなかったけど、みんなわかっていた。
この新しい力が、人類に残された最後の切り札であることを。
そして同時に、魔法少女たち自身の命を削って戦う、あまりにも残酷な希望であることを。
整備ドック全体に、低く重い駆動音が響いていた。
改造が完了したばかりの2機――カイトの搭乗する《アーク・ファルコン》、そしてハルキの《ヴァリアント》。
そのコクピットは、従来とはまったく異なる構造へと改修されていた。
中央には透明なカプセル。
内部は淡く青白い液体――"エーテル"で満たされている。
ルカが敵機から持ち帰った解析データを基に再現した、魔力伝導媒体だった。
「最終チェック終了。」
整備班の声が響く。
「エーテル純度99・97パーセント。魔力共鳴回路、正常。生命維持装置、問題なし」
あたしはカプセルの前に立った。
エーテルの取り扱いはかなり繊細で、純度が99.5%を下回ると極端に出力が落ちると説明された。
「これに入るんだね」
隣ではミカちゃんも静かに頷いている。
「怖い?」
「・・・うん」
あたしは正直に答えた。
「でも、もう決めたから」
身に着けた服を全て脱ぎ棄て、鼻をつまんでトブンとカプセルに飛び込む。
息は、できる。いや、正確には息をする必要がない。
「結花ちゃん」
ミカエラが優しく笑う。
「向こうで待ってる」
「うん」
ミカちゃんもあたしと同じように服を脱いでカプセルの縁に手を掛けた。
一歩踏み出して、そのまま静かにエーテルへ身を沈めた。
液体は冷たいと思っていた。
しかし実際には、体温とほとんど変わらない。
水とは違う。
重さも抵抗も感じない、不思議な感触だ。
『聞こえるか?』
突然、頭の中へ直接声が響いた。
「カイト?」
『成功だ。ちゃんと聞こえるよ!』
声帯ではない。
魔力そのものが言葉になって伝わってくる。
「すごい・・・」
『苦しくないか?』
「全然」
エーテルは肺の代わりに魔力で生命活動を維持するため、呼吸をする必要がない。
まるで無重力の中へ浮かんでいるようだった。
ヴァリアントの中では、ミカエラも静かにカプセルへ入っている。
『ハルキ。』
『・・・聞こえてる。』
『どう?』
『不思議だな。ミカの気配がすぐそばにある』
『ふふっ。ちゃんと仕事に集中してね』
『わ、分かってるって』
緊張していた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
整備主任が通信を開いた。
「接続開始」
カプセルの周囲に光のリングが展開される。
エーテルがゆっくりと輝き始めた。
結花は驚く。
自分の鼓動に合わせて、機体の計器も脈打っている。
『結花ちゃん』
「うん?」
『もうアーク・ファルコンと一つになってる』
本当にそうだった。
機体の翼を、自分の腕のように感じる。
スラスターの熱も。
レーダーの広がりも。
宇宙そのものが、自分の感覚へ直接流れ込んでくる。
「これが・・・」
『共鳴』
カイトが静かに言った。
『これなら勝てる』
格納庫の巨大な隔壁が開く。
漆黒の宇宙。
その向こうには、赤い警報灯が点滅していた。
「敵艦隊、接近」
「距離一万二千」
「迎撃部隊、発進準備」
カイトが操縦桿を握る。
『出るぞ!』
『了解』
『了解!』
『了解です』
2機のロボットがカタパルトへ並ぶ。
2人の魔法少女と2人のパイロット。
2人で1つとなった、新しい戦い方。
それが希望になるのか。
あるいは、敗北を少し先延ばしにするだけなのか。
まだ誰にも分からなかった。
しかし2機はためらうことなく加速し、コロニーを飛び立つ。
静かな宇宙へ、決戦の幕が上がろうとしていた。




