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29. 天翔ける翼

 ある夜。

 

 エーテル・リアクターの解析が完成に近づきつつあった頃。


 コロニー外縁部の展望デッキ。


 人工の星空を見上げながら、カイトは黙って手すりにもたれていた。


「珍しいな」


 後ろから声がする。


 振り向くと、そこには鈴原裕太が立っていた。


 先代エース。カイトの前のアーク・ファルコンの操縦者。


 そして、年の離れた結花の兄。


「眠れないのか?」


 カイトは首を縦に動かす。


 短い返事。


 裕太は隣へ来ると、同じように星空を見上げた。


 しばらく沈黙が続く。


 先に口を開いたのは裕太だった。


「リシェちゃんのこと、聞いたよ」


 カイトは苦笑する。


「見られてたか」


「いや・・・結花から」


 また静寂。


「そっか・・・あいつ、話したんだ・・・」


 別に、そのことに関して怒りはない。


 元から隠すつもりでもないことだ。


「君は、本当に優しいんだな」


「そうかな・・・自分では、よくわからない」


「カイト君は、自分の力が何なのか知ってる?」


「・・・他人の魔力を借りる力」


「半分正解」


 裕太は空を見上げる。


「昔」


「魔法を使える人たちは、自分たちこそ人類の完成形だと考えた。」


「実際、間違ってはいない。魔法は便利だ。それが進化の終着点だとしても、不思議じゃない」


 カイトは黙って聞いている。


「でも、終着点ってことは、そこから先には進めないってことでもある」


裕太は続ける。


「一方で魔法を持たなかった人間は、生きるしかなかった・・・どんな環境でも、だ」


「どんな敵が来ても、どんな理不尽があっても、そのたびに変わり続けた」


 裕太は拳を握る。


「生き残るために、適応するために、限界を超えるために」


「その果てに生まれた力。それが天翔ける翼」


 カイトは小さく息を吐いた。


「・・・そんな大層な名前だったのか」


 裕太は笑う。


「僕も最初は笑ったよ・・・でも、ぴったりだった」


「君は、他人の魔力を使える。僕は、人より少しだけ先の未来を読むことができた」


「他にも」


「極限まで身体能力を引き出す者」


「機械と完全に同調できる者」


「誰にも真似できない発想を生み出す者」


「全部、天翔ける翼だ」


「魔法じゃない。才能でもない。生き抜こうとする意志が生んだ力」


 そう話す彼も、すべてを知っているわけではなかった。


 天翔ける翼を持つ者とは、ゲノム・アンカーという、人類を"人間"という枠へ繋ぎ止める鎖の束縛さえ乗り越える可能性を秘めた、強い魂を持つ者たちであることを。


 特に強固なゲノム・アンカーのもとで長い歴史を築いてきた魔法の国では、そのような者が生まれることは極めて稀だった。


 そして、縛られることのない魂は、人類の可能性であると同時に、ある者たちにとっては、人類の枠組みそのものを揺るがす危険でもあった。



 カイトは静かに呟く。


「俺たちは、魔法の失敗作じゃなかったのか」


 裕太は首を横に振る。


「違う。むしろ逆だ。何度でも、環境に合わせて、未来に合わせて、進化し続ける」


「魔法だけじゃ、人類は生き残れなかった。魔法は完成している」


「だから変われない。でも、僕たちは変われる」


 しばらく沈黙が流れた。


 やがて裕太が少し笑う。


 そして少し、昔のことを思い出した。


 パイロット候補生だったころの訓練場。


 いつも成績一位だった裕太。


 だが、実戦だけは駄目だった。


 敵を前にすると身体が動かない。


 怖かった。何度も辞めようと思った。


 そんなある日、訓練が終わったあと。


 ルカが隣へ座った。


「今日も泣いてたわね」


「・・・」


「怖い?」


 裕太は黙って頷いた。


 ルカは笑わなかった。


「当然よ、怖くない方がおかしい。でも・・・あなたには、私たちが持っていない翼がある」


「翼?」


「そう。翼」


「飛べない鳥なんていない。飛び方を知らないだけ。だったら、飛び方を教えてあげる」


「あなたは誰よりも怖がりだから、誰よりも仲間を死なせない」


「怖がることをやめる必要なんてない。怖いまま、前へ飛びなさい」


 裕太は静かに笑った。


「あの日からだった。僕の力が少しずつ変わり始めたのは」


「ルカさんは、僕を強くしたんじゃない。僕の中にあった翼を、見つけてくれた。そう思ってる」


 裕太はカイトを見る。


「だから今度は君の番だ。結花、ミカちゃん、桃果ちゃん。みんな。魔法という翼で空を飛ぶ。」


「だったら君は、君の天翔ける翼で。その空を支えてあげればいい」


 カイトは静かに笑う。


「難しい注文だな・・・でも、嫌いじゃない」


 二人は同じ星空を見上げた。


 魔法は、完成した過去の集大成。


 そして天翔ける翼は、絶望の中にただ一つ残った光。


 その空へ。


 少女たちの魔法の翼と。


 少年たちの天翔ける翼は。


 きっと同じ未来を目指して羽ばたいていく。

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