27. 刺客
その日、あたしとカイトは、珍しく二人だけでコロニーの外縁部に来ていた。
あたしは訓練の帰り。
カナちゃんやミカちゃんも一緒だったんだけど、途中で別行動になってしまったのだ。
で、カイトが一緒なのはたまたま・・・と思ってたのはあたしだけだったわけで。
本当は、まだ仲直りできていないあたしたちを二人きりにしようという、カナちゃんなりのおせっかいだったんだけど、その時のあたしはそれを知るわけもなく・・・。
「おい、ニセピンク」
「なによ」
「お前と仲直りしないと、カナルが話してくれないんだ」
「そんなの、知らない!」
「お前、最近は少しはマシになったな」
「それ、褒めてる?」
「半分くらいはな!」
「半分って何よ!」
ぎこちない。
でも・・・
最近口もきいてなかったから、こんなくだらない言い合いですら、少し嬉しかった。
けど、次の瞬間・・・。
ふっと空気が変わった。
肌を刺すような魔力。
あたしも、カイトも同時に振り返る。
そこには、一人の少女が立っていた。
白銀の長い髪。
純白のマント。
胸元には、魔法の国の紋章。
その姿を見た瞬間。
カイトの顔色が変わる。
「・・・リシェ」
その名前を聞いた少女も、小さく目を伏せた。
「お久しぶりです」
静かな声だった。
「カイト?」
様?
知り合い?
あたしは二人を交互に見る。
「誰?」
小さく尋ねる。
しかしカイトは答えない。
代わりにリシェが少しだけ笑った。
「初めまして」
「私はリシェル・アルヴィス」
「第一王子カイト様の近衛候補でした」
近衛?
王子?
私はすっかり忘れていた。
カンナさんとカナちゃんが王女なんだから、そりゃあカイトは王子だよね。
「どうしてここにいる」
カイトの声は低かった。
「命令です」
リシェは淡々と答える。
「あなたを連れ戻すように、と」
少しだけ間が空く。
「・・・いいえ」
彼女は首を横に振った。
「正確には」
「処分するよう命じられました」
空気が凍る。
あたしは思わず前へ出た。
「ちょっと待ってよ!いきなり何言ってんの!」
リシェは悲しそうな目でこちらを見る。
「あなたは、鈴原結花さんですね?」
「どうしてあたしの名前を・・・?」
「調べました」
それだけだった。
感情のない返事。
でも、その目だけは苦しそうだった。
「安心してください」
リシェは続ける。
「あなたを殺すつもりはありません」
「目的はカイト様だけです」
その言葉に、あたしは即座に首を振った。
「そんなの認めるわけないでしょ!」
「カイトを殺すって言ってるんだよ!」
リシェは目を閉じる。
「分かっています。ですが・・・」
「私がやらなければ」
小さく息を吐く。
「次は王直属の粛清隊です」
「そうなれば、このコロニーごと滅びます」
あたしは息を呑んだ。
嘘を言っているようには見えない。
だから余計に腹が立った。
「だったら!そんな命令、断ればいいじゃない!!」
リシェは静かに首を振る。
「できません」
「どうして!」
「私は」
そこで初めて。
リシェは少しだけ笑った。
泣きそうな笑顔だった。
「カイト様が、他の者の手にかかるぐらいなら・・・」
「私が、この手で終わらせたい。」
その言葉を聞いて。
カイトが初めて口を開く。
「・・・馬鹿だな」
「昔から」
リシェは少しだけ肩を震わせた。
「はい。知っています・・・私は昔から馬鹿です」
「だから、最後くらい。あなたのお役に立ちたい・・・」
その一言で、あたしにも分かった。
この人は、本当はカイトを殺したくなんかない。
でも、それしか方法がないと思い込んでいる。
なんだか昔のあたしみたいだった。
何でも一人で抱え込んで。
勝手に答えを決めちゃうところが。
少しだけ似ていた。
でも、だからって。
「カイトは渡さない」
あたしは一歩前へ出る。
マジカルゲージを確認。
これならいける!
「あなたがどんな事情でも、カイトを殺させるわけにはいかない!」
リシェはゆっくり杖を構えた。
「・・・そうですか」
「でしたら」
その声から感情が消える。
「まずは、あなたを倒します」
純白の魔法陣が足元に広がる。
あたしも構えた。
隣ではカイトが、小さくため息をついていた。
「結花」
「なに?」
「無茶はするな」
「そっちこそ!口だけじゃなくて少しは逃げなさいよ!」
カイトは苦笑する。
「それは無理だ」
その言葉と同時に。
リシェの光魔法が、一直線に放たれた。
戦いが始まった。
リシェの光の魔法が次々と降り注ぐ。
あたしはは防ぐのがやっと。反撃の余裕はない。
完全に相手が明らかに格上だった。
一度防いだだけでゲージを一気に持っていかれる。
腕が痺れる。息が上がる。
(強い・・・こんなの、どうやって・・・)
そこへ。
「結花」
後ろから静かな声がした。
振り返る。
カイトだった。
「もういい」
「え・・・?」
「ここから先は俺がやる」
思わず叫ぶ。
「何言ってんの! 相手は魔法が――」
言い終わる前だった。
カイトが一歩前へ出る。
リシェの表情が変わる。
「カイト様・・・」
「下がれ、結花」
「でも!」
「下がれ」
その声には、いつもの軽口はなかった。
有無を言わせない響き。
私は初めて見る表情に、思わず足を止めてしまう。
リシェが杖を構える。
「申し訳ありません。王命です」
無数の光槍が放たれた。
私は叫ぶ。
「危ない!!」
次の瞬間だった。
カイトの周囲へ、金色の光が集まり始める。
それは彼自身の魔力ではない。
リシェの・・・相手の魔力を、カイトは自在に操って見せる。
「え・・・?」
何が起きているのか分からない。
リシェは青ざめている。
「まさか・・・その力を・・・」
カイトは静かに右手を上げる。
「返す」
ただそれだけ。
放たれた光槍が。
すべて逆方向へ弾き返された。
リシェは慌てて結界を張る。
しかし。
一瞬で、結界ごと砕け散る。
私は目で追えなかった。
気が付くと。
カイトはもうリシェの背後に立っていた。
首筋へ手を添えている。
それだけ。
杖が地面へ落ちた。
勝負は終わっていた。
私は息もできなかった。
こんな強い人がどうして・・・どうしてあの日。
あたしに殴られた時。
魔法で吹き飛ばされた時。
一度もやり返さなかったの?
頭の中で、あの日のことが次々によみがえる。
『ニセピンク』
憎たらしいことばかり言う。
腹が立って。
私は魔法を撃った。
カイトは避けもしなかった。
怪我までしたのに、反撃もしなかった。
今なら分かる。
反撃できなかったんじゃなくて、しなかった。
あたしを、傷つけないために。
胸が締め付けられた。
リシェは静かに目を閉じる。
「・・・終わらせてください」
「私は任務に失敗しました。」
「このまま帰れば、また命令が下ります」
「だから・・・ここで、殺してください」
カイトは黙っていた。
「帰れば罰されるのか」
リシェは少しだけ笑う。
「心配してくださるんですね」
「質問に答えろ」
有無を言わさぬ迫力だった。
「・・・今回はありません。失敗報告だけで済みます」
カイトは手を離した。
「なら帰れ」
リシェは目を見開く。
「・・・え?」
「帰れ」
「ですがそうすれば私は、またあなたを・・・殺しに来ます」
カイトは鼻で笑う。
「だったら、また返り討ちにする。何度来ても同じだ」
「だから、生きて帰れ」
リシェの瞳から、一筋だけ涙が零れた。
「・・・昔から、あなたは本当に、ずるい人ですね」
彼女は杖を拾う。
最後に一度だけ。
あたしの方を見て――
羨ましそうに――
少しだけ微笑んだ。
そして光の中に、消えた。




