18. 宇宙
あたしたちの知らない場所で、別の戦いが始まっていた。
これは、後から聞いた話なんだけど・・・。
宇宙空間。
あたしたちのコロニーから少し離れた宙域で、一機の巨大な機械が静かに浮かんでいる。
全長15メートルほどの人型戦闘ロボット。
白と青を基調にした装甲は、流れるような曲線で構成されていて、背中には大型の推進ユニットと二枚の可変翼。
実は、このコロニーではずっと前に失われた技術で作られている。
メンテナンスこそ可能だけど、同じものは作れない。
その名は――《アーク・ファルコン》。
科学技術では『機械の国』に遠く及ばない。
魔法技術では『魔法の国』には到底届かない。
そんなあたしたちのコロニーが、それでも自分たちを守るために作り上げた、最初の本格的な宇宙戦闘用ロボットだった。
作られた技術はすでに失われているから、このロボットの兵装も機能も、まだまだ解析中で不明な点も多いらしい。
「カイトさん、敵機接近です!」
通信機から少年の声が響く。
あの、長瀬春樹だった。
彼はこれまで、平凡な訓練生だったが、ある時から急激に真価を発揮するようになった。
操縦席に座る少年は、冷静にモニターを確認した。
「数は?」
「3機・・・いや、増えた! 5機!」
報告を聞いても、カイトは慌てない。
「ハルキ、無理はするな。今回のお前の役目は撃破じゃない。戦場を見ることだ」
「でも・・・!」
別の通信から、少し緊張した声が返ってくる。
「俺だって、戦えるってところを見せたい」
ついこの前まで、彼はただの普通の男子だった。
魔法を使える女子たちを羨ましく思い、どこか遠い存在だと感じていた。
だけど、ミカエラと出会った。
その時、ハルキは初めて気付いた。
力がないことを理由に、何もできないと思い込んでいた自分こそが、逃げていたのだと。
「俺は・・・大切なものを守れる人間になりたい」
その気持ちが、彼を成長させたのだった。
その言葉を聞いたカイトは、少しだけ笑う。
「なら、まずは生き残ることを覚えろ」
「え?」
「守るっていうのは、格好よく敵を倒すことじゃない。仲間を連れて帰ることだ」
その言葉に、ハルキは黙った。
そして、ゆっくりとうなずく。
「・・・わかった」
ハルキの乗る機体は、《アーク・ファルコン》とは別の機体。
黒を基調とした装甲に、赤いラインが走る機体。
名前は《ヴァリアント》。
性能はアーク・ファルコンより低い。
だけど、現代の最先端技術の粋を結集した兵器でもある。
操縦者の反応速度を最大限に引き出し、高速でのヒットアンドアウェイが可能な近接戦闘特化型。
つまり、勇気だけでは乗りこなせない機体だった。
「来るぞ!」
カイトの声と同時に、宇宙空間に敵機が姿を現した。
黒い装甲に、不気味な赤い光。
人型ではあるが、どこか生物的な動きをする機械。
『機械の国』の戦闘兵器。
以前なら、こちらのロボットでも十分に対抗できていた。
しかし――違う。
「・・・速い」
カイトがつぶやく。
敵機の動きが、以前とは明らかに違っていた。
回避。加速。攻撃のタイミング。
すべてが洗練されている。
「訓練とは全然・・・」
ハルキが息をのむ。
「新型だ」
カイトは短く答えた。
「技術更新の速度が上がっている」
敵のビームが飛ぶ。
アーク・ファルコンが翼を展開し、ギリギリで回避する。
「カイトさん!?」
「大丈夫だ」
そう言いながらも、カイトの表情は険しい。
今までなら、敵の攻撃パターンを読むことで対処できた。
でも今回は、敵がこちらの戦い方を学習している。
まるで、こちらの戦闘データを集めているようだった。
「ハルキ、右から来る!」
「見えてる!」
ヴァリアントが急旋回する。
危ない。
ほんの少し遅れていたら、直撃していた。
でも。
ハルキは逃げなかった。
「俺だって・・・守るって、決めたんだ!」
ヴァリアントのブレードが敵機の腕を切り裂く。
初めての実戦での撃破。
その瞬間、ハルキは小さく息を吐いた。
撃破した敵機の残骸が静かに漂う。
「やった・・・!」
ハルキの声には、初めて敵を倒した興奮がにじんでいた。
その時、新たな通信が入る。
「初撃破、おめでとう」
落ち着いた青年の声だった。
モニターに映ったのは、一人の青年。
鈴原裕太。結花の兄だ。
現在は宇宙部隊を離れているが、カイトよりも前に《アーク・ファルコン》へ搭乗したパイロットだった。
「裕太先輩!」
ハルキが思わず声を上げる。
カイトも軽く敬礼する。
「久しぶりです、先輩」
「今の動き、良かったよ」
裕太は穏やかに笑う。
「でも初撃破のあとが一番危ない。気持ちが前へ出る」
「はい」
「ロボットは壊れても直せる。でも操縦士は代わりがいない」
その言葉にハルキは真剣な顔で頷いた。
「それとカイト」
「はい」
「今のお前の判断も正しい」
裕太は続ける。
「新人は戦わせるより、生きて帰すことを覚えさせろ」
「そのつもりです」
「それでいい」
裕太は少し笑った。
「俺も昔、訓練生の頃は同じことを言われたもんだ・・・」
「教官ですか?」
「いや」
裕太は少し笑う。
「金城ルカさんという女性の先輩がいたんだ」
「え?」
カイトはその名を知っている。
カンナから魔法を習い、このコロニーで初めて1人前と認められた魔法少女。
しかし、彼女が訓練生だったことも、それどころか訓練生に女性がいたことも、聞いたことがなかった。
「当時、一緒に訓練を受けていてな」
「『敵を倒すことより、生きて帰ることを覚えろ』って、何度も言われたよ」
最終的にパイロットへ選ばれたのは裕太だった。
だが、彼は今でも思っている。
操縦技術じゃ俺の方が上だったかもしれない。
でも、戦いで一番大事なことは、あの人から教わった、と。
そんなことは知らないカイトだが、
「先輩もですか」
と笑って見せる。
「みんな通る道だ」
そのやり取りを聞いていたハルキは少し肩の力が抜けた。
裕太は続ける。
「それともう一つ」
表情が少しだけ真面目になる。
「無理はするな」
「・・・」
「俺が三年で降りた理由、お前は知ってるな」
カイトは静かに頷いた。
「はい」
裕太はコロニーの向こうに輝く太陽へ目を向けた。
「太陽近傍は思っている以上に放射線が強い。たとえ『ダイソン球』の影の中でも、だ」
「アーク・ファルコンはある程度防いでくれる。でも完全じゃない。だから、この任務は長く続けられる仕事じゃない」
ハルキは驚いた表情になる。
「そうだったんですか」
「宇宙で戦うパイロットはだいたい3年」
裕太は穏やかに言う。
「それ以上は身体への負担が大きすぎる」
「だから俺は降りて、今度は後輩を支える側になった」
「そして今は、お前が隊長だ」
その視線はカイトへ向く。
「頼んだぞ」
カイトは力強く頷いた。
「任せてください」
その返事を聞いた裕太は安心したように微笑む。
少し沈黙が流れたあと、カイトがふと思い出したように口を開いた。
「先輩」
「ん?」
「結花は・・・まだ何も知らないんですよね?」
裕太の表情が少しだけ柔らかくなる。
「ああ。話してない」
「どうしてですか?」
「結花は今、自分の戦いを一生懸命頑張ってる」
裕太は妹の姿を思い浮かべるように笑う。
「余計なものを背負わせたくないんだ」
「それに――」
少しだけ照れくさそうに頭をかく。
「兄貴ってのは、妹に心配なんかかけたくないもんなのさ。ただの一ミリもな」
カイトも苦笑した。
「そういうものですか」
「そういうものだ」
通信の向こうで裕太は笑う。
「でも、いつかは話す日が来る」
「その時まで、この空は俺たちが守る」
カイトは静かに頷いた。
「はい」
「俺たちで守ります」
その瞬間――
警報音が艦内へ響いた。
『高出力反応接近!』
カイトの表情が一変する。
「来るぞ!」
裕太も即座に声を張る。
「ここからは現場指揮官に任せる」
「カイト」
「はい!」
「後は頼んだ」
「了解!」
通信が切れる。
カイトは操縦桿を強く握った。
「戦闘態勢!」
カイトの声は厳しかった。
レーダーを見る。
撃破したばかりの敵機の残骸から、微弱な反応。
そして、その奥からさらに大型の敵機が現れる。
「・・・増援?」
「違う」
カイトは答えた。
「最初からこいつを出すための囮だったんだ」
現れた機体は、今まで見たことのない異様な光を放っていた。
装甲の隙間から漏れる、赤黒い光。
その光を見て、カイトの表情が変わる。
「まさか・・・」
「??」
「魔力反応だ」
通信が一瞬静まる。
魔法の国の出身である彼だからこそ気付いた事実だった。
「機械の国の兵器から・・・魔力が感じられる」
それは、本来ありえないことだ。
機械の国は科学技術の国。
魔法とは別の道を進んできた存在だったはずだ。
だが、もし。
もしも彼らが魔力を動力として利用する技術を手に入れたのなら。
「今までとは、戦い方が変わる」
そして、カイトは続ける。
「魔力を利用できる兵器・・・行方不明の魔法少女・・・まさか!?」
その言葉に、ハルキは顔をしかめた。
確信はない。
だが・・・。
頭に浮かんだのは、ミカエラの姿だった。
傷ついても、涙を流しても、それでも魔法少女であろうとした少女。
「そんなこと・・・絶対に許さない」
ハルキは操縦桿を握り締める。
「俺は、あいつらを守るために戦う」
その決意を聞いたカイトはしかし、叫んだ。
「待て!」
「!?」
敵の強さ、ハルキの気負い。
危険だ、と判断した。
「撤退する!俺が敵を引き付けるから、お前は先に戻れ!」
新型の敵が動き出す。
圧倒的な出力。
こちらの攻撃を受けても、ほとんど揺らがない。
これまでと全く違う。
情報が足りない。
無理を押して、戦闘を続けるべき場面ではなかった。
応答のないハルキに、カイトはもう一度繰り返す。
「ハルキ、聞こえてるか!?撤退だ!!」
「・・・」
「これは負けじゃない!」
アーク・ファルコンがハルキの機体を守るように前に出る。
ハルキの駆るヴァリアントを先に逃がし、自らはしんがりを務めるつもりだ。
「情報を持ち帰る。それが今できる最大の戦いだ!」
2機のロボットは、敵の猛攻を受けながらも、なんとか戦域を離脱した。
しかし、誰も気付いていなかった。
敵が強くなった理由。
その裏にあるもの。
誰も知らなかった。
あの赤黒い光が、何を意味するのかを。
まだ、誰も知らなかったんだ・・・。
次回 結花、とうとう見習いを卒業!?




