17. 太古~2つの国の始まり~
それは、結花たちが生まれる遥か昔。
まだ人類が地球に住んでいた時代。
空はもう青くなかった。
太陽は地表を焼き続け、海は毒に染まり、人類は地下都市で細々と生き延びていた。
そんな世界で、一人の女王が立ち上がる。
エリアナ・レミングス。
人類で唯一、魔法という力を手にした者たちを束ねる女性だった。
「私たちは地球を捨てます」
巨大な議場に静寂が落ちる。
「この星では、人類はもう生きられません」
巨大スクリーンには、宇宙へ建造中の巨大移民船が映る。
「新しい世界へ行きます」
その時、一人の少女が異を唱えた。
ルーシア・ドーリアン。
「待ってください。」
全員が振り向く。
「その船にはゲノム・アンカーが積まれています」
会場がざわつく。
「それを持ち去れば・・・」
ルーシアの声が震える。
「地球に残る人たちは、人類として生きる未来まで失います」
エリアナは静かに答えた。
「知っています」
「なら!」
「だからこそ」
エリアナは真っ直ぐ前を見た。
「私は持っていきます」
「どうして!」
「人類を、人類として残すためです」
ルーシアは首を振る。
「違います!」
「あなたが守るのは、人類じゃない!」
「魔法を持つ者だけです!」
沈黙。エリアナはその問いには答えなかった。
その日。ルーシアは魔法使いたちの国を去った。
地下都市。
レジスタンス基地。
セイヤ・カグツチは、突然現れたルーシアを睨んでいた。
「信用できるか?」
仲間が銃を向ける。
「魔法使いを!?」
「スパイかもしれない・・・」
ルーシアは抵抗しない。
「そう思うなら撃ってください」
静かな声だった。
「でも」
「エリアナはゲノム・アンカーを持ち去ります」
ゲノム・アンカー。
人間は環境の変化に適応するため、長い年月をかけて進化を続ける生命である。
しかし極限環境で進化を繰り返せば、やがて人類は「人間」とは呼べない別の生命へ変質してしまう恐れがある。
ゲノム・アンカーは、人類の遺伝情報を人間としての許容範囲に固定し、過度な進化や突然変異を抑制するために開発された装置である。
この時代の過酷な環境でも人類の姿と性質を保ち、未来永劫「人間」であり続けることを目的としている。
現在の人類文明を維持するための、最後の安全装置とされる。
「止められるのはあなたたちだけです」
誰も信じない。
しかし。
セイヤだけは違った。
「覚悟は、わかった」
仲間が驚く。
「この人は嘘をついてない」
決戦。
地下保管施設。
レジスタンスが突入する。
仲間が一人また一人倒れていく。
「先へ行け!」
「俺たちは時間を稼ぐ!」
爆炎。銃声。悲鳴。
最後に残ったのは、
セイヤ。ルーシア。そして数人だけ。
ようやく巨大な保管室へ飛び込む。
そこには巨大なゲノム・アンカーと呼ばれる装置。
そして、エリアナが待っていた。
「遅かったですね」
「そいつは返してもらう!」
セイヤが飛び出す。
しかしエリアナに、相手をする理由は何もない。
静かに足元の魔法陣を見つめる。
「・・・起動」
巨大な魔法陣が青く輝く。
「何だ!」
空間そのものが歪む。
ゲノム・アンカーも、魔法使いたちも・・・
すべてが光へ包まれる。宇宙に浮かぶ移民船へ・・・。
「待て!」
セイヤが飛ぶ。
しかし、届かない。
あと一歩。あと指先数センチ。
その距離だけが、永遠に埋まらなかった。
宇宙に上がられたら、もはや追う術はない。
エリアナは最後に言う。
「あなたたちと戦う意味はありません・・・放っておいても、この地球では、あなたたちは生き延びられない。悲しいことですが、もはや抗えない宿命なのです」
光が消え、すべてが消え・・・そして静寂だけが残った。
敗北。
セイヤたちは何も守れなかった。
しかし。
絶望は、それだけでは終わらなかった。
数日後。
地下都市に報告が届く。
「宇宙船が・・・」
「民間船まで打ち上げを開始しています!」
「何?」
「資産家たちです!」
「ゲノム・アンカーを求めて」
「宇宙コロニーへ!」
全員が凍り付く。
エリアナが持ち去ったゲノム・アンカーは100億人規模をカバーできる巨大なもの。
それに対し、七つの宇宙コロニーにある装置は、たったの数千人規模。
何億人もの地球人を救えるものではない。
富を持つ者だけが宇宙へ逃げる。
残されるのは、圧倒的多数の人類。
さらに追い打ちをかける。
「ダイソン球の送電も停止しました!」
「そんな・・・」
地球から、最後のエネルギーまで失われた。
ダイソン球――。
太陽を取り囲むように無数の発電施設を建設し、その莫大なエネルギーを利用する人類最大の建造物。
地球や宇宙コロニーへ送られる電力のほぼすべては、この施設から供給されている。
荒廃した地球で地下都市がかろうじて生命を維持できたのも、宇宙との通信網が機能していたのも、すべてダイソン球から送られる膨大なエネルギーがあったからだ。
しかし、その制御権は宇宙へ逃れた者たちの手の中にあった。
地球に残された人々は、一夜にして文明を支える最後の命綱を失ったのだ。
光も、熱も、工場も、浄水設備も、すべてが静かに止まり始めた。
そこからは・・・。
文明ではなく、生存だった。
もっと深い、地下へ潜る。
紫外線から逃げる。
飢え。
寒さ。
病。
争い。
ごくわずかな生存者。
何世代にもわたって。
人類は生き延びようとした。
それでも、終わりは来る。
最後の技術者たちは、一台の巨大な工作機械を見つめていた。
「これだけは残そう」
機械を作る機械。
ロボットを作るロボット。
「人類は終わる」
老人が言う。
「でも」
若い技術者が答える。
「私たちの願いは」
工作機械が静かに起動する。
「きっと残る」
長い年月。
そして、地球に残された人類は滅びた。
その後・・・
機械は機械を生み続けた。
より強く。より賢く。より効率的に。
そして、脈々と受け継がれる。
滅んだ人類の怒り。悲しみ。絶望。
あるいは、復讐。
それらを受け継いだ機械たち。
その文明は、後にこう呼ばれる。
――機械の国。
そしてそれが。
結花たちが戦う、最も恐るべき敵の始まりだった。
次回 結花たちの知らない場所で・・・




