14. ミカエラ・ファンタネラ①
「ああ、ショック・・・。あれを放送までされてるなんて・・・」
あの後、あたしとミカちゃんは、カンナさんの家で、話をするより先に、とばかりにお風呂へ通された。
あたしもミカちゃんも、あの時のままというわけにはいかなかったからね。
魔法少女の変身を解いても、さすがに服が都合よく綺麗になっている、なんてことはなかった。
「結花ちゃんはまだいいよ・・・小学生でしょ?」
「え? ミカちゃんも小学生でしょ!?」
あたしは当然そう思っていた。
だけど、ミカちゃんが変身を解くと、そこにはセーラー服姿の女の子がいた。
胸元には校章。
どう見ても、中学校の制服だ。
「隠すつもりはなかったんだけど、あたし今、中学一年生なんだ。でも、見た目がこれだから・・・」
「じゃあ、ミカちゃんって呼ぶの、失礼だった!?」
あたしは真っ先にそう思った。
だって、四つも年上なんだから。
「ううん、いいよ。堅苦しいの苦手だし」
そう言って、ミカちゃんは先に服を脱いだ。
そこで改めて気づく。
身長や顔立ちはあたしとあまり変わらないのに、雰囲気はやっぱり違う。
同じ子供でも、小学生と中学生ではちゃんと差があるんだ。
ミカちゃんは髪を結んでいたゴムを外し、三つ編みをほどいていく。
あたしみたいに髪留めを外すだけとは違って、少し時間がかかるみたいだった。
あたしは先に浴室へ向かうことにした。
カンナさんの家で何度かお泊りもしたことがあるあたしにとって、ここはもう慣れた場所だ。
魔法少女の合宿所みたいなものだから、それなりに人数が入れる広さになっている。
使うのは、魔法少女の見習い。
基本的にあたしたちみたいな子供が多いから、浴槽も少し浅めになっている。
そして、お風呂に入る時、あたしにはいつもの習慣がある。
手だけ先にお湯につけて、温度を確かめること。
「うん、このくらいなら大丈夫」
一応、ピンク色のラッコさん型温度計もあるけど、最近は手を入れるだけでだいたい分かる。
ちなみに、あたしは熱いお風呂がものすごく苦手で、ちょうどいいと感じる温度は三十九度。
四十二度くらいになると、普通の人なら平気でも、あたしにとっては覚悟が必要なくらい熱く感じる。
今日は体に擦り傷もいっぱいあるから、なおさらだ。
だけど――
「はあ・・・」
またため息が出た。
普段なら、終わったことはすぐ切り替えるタイプのあたしだ。
でも、今回気になっているのは終わったことじゃない。
明日から学校で、男子たちに何を言われるか。
そのことだった。
男子って、こういう話題にはすぐ食いつくもんね。
特に、うちのクラスの男子はそういうところがある。
もちろん、からかわれるのは嫌だ。
でも、実際に起きたことだから、否定したところで余計につらくなるだけだ。
カイトとのことがなかったら、もしかしたら魔法で怒りをぶつけていたかもしれない。
でも、それをやってはいけないことは、もう身に染みて分かっている。
あたしたち小学生にとって、こういうことは本当に大きな問題なんだ。
気を紛らわせようと、いつもより念入りに体を洗う。
ちなみに、あたしは体が柔らかいことには少し自信がある。
背中の届きにくい場所にも手が届くし、背中側で両手を組むことだってできる。
・・・って、自慢してみても、今の気分が晴れるわけじゃない。
むしろ、念入りに洗っている理由を思い出してしまって、またため息が出る。
これは完全に悪循環だ。
「結花ちゃん、元気出そうよ。・・・お互いだけど」
ミカちゃんが、泡だらけになったあたしの肩を軽く叩いた。
隣で、自分も体を洗い始める。
魔法少女がいつまでも落ち込んでいたらダメ。
それは分かっている。
分かっているけど、ここまで落ち込むと気持ちは簡単には切り替えられない。
あたしは目の前の鏡を見る。
そこには、涙の跡が残ったひどい顔が映っていた。
あまりにもひどかったから、洗面器にお湯をためて顔を洗う。
・・・少しはマシになったかな。
「分かってはいるんだけどね・・・」
そう呟いて、髪を洗い流す。
すると、ミカちゃんがぽつりと言った。
「結花ちゃんはまだいい方だよ」
「え?」
「もちろん、あのことも恥ずかしいよ。でも・・・あたしは、あのセリフの方がずっと苦しい」
ミカちゃんの表情が曇る。
「カンナさんにも、他の魔法少女のみんなにも、本当なら顔向けできないと思ってる」
確かに、あの言葉はミカちゃんにとって一番つらかったんだろう。
「でも、あれはミカちゃんの本心じゃないじゃん。無理やり言わされただけだよ」
「そうだけど・・・」
ミカちゃんは俯いた。
「魔法少女にとって、一番やっちゃいけないのは、夢を壊すことなんだよ。だから・・・あれだけは言いたくなかった」
さっきまであたしを励ましてくれていたミカちゃんが、今度は泣きそうな顔をしている。
その時だった。
「もう! 二人してどんどん落ち込む話ばっかりするの禁止!」
カナちゃんが浴室に入ってきた。
「あ、カナちゃん」
あたしはもう体を洗い終わっていたから、カナちゃんに場所を譲って、先に湯船へ入ることにした。
お湯につかると、不思議と少しだけ安心する。
「そういえば、カナルちゃん、大きくなったよね~。前はあんなに小さかったのに!」
ミカちゃんがそう言うと、カナちゃんは少しだけ言葉に詰まった。
「えっと・・・ミカエラさんは・・・」
きっと、二人は久しぶりの再会なんだ。
さっきはゲイルのことでほとんど話す時間もなかったし、こうして落ち着いて話すのは本当に久しぶりなんだろう。
その反応を見る限り、カナちゃんが何を言おうとしたのかはだいたい分かる。
「あー! カナルちゃんひどい! あたしが全然大きくなってないって言おうとしたでしょ!」
「えっ!? そんなこと言ってないよ~」
やっぱり。
カナちゃん、たぶんそういう意味だったんだ。
「ミカエラさんだって・・・その・・・ちゃんと大きくなったと思うし・・・」
カナちゃんは必死にフォローしている。
でも、横で聞いているあたしには、ちょっと苦しい言い訳に聞こえた。
実際、あたしもカナちゃんもミカちゃんも、身長だけならほとんど変わらない。
「あー! 今、胸のこと言ったでしょ!」
「ぶっ!」
思わず吹き出してしまった。
カナちゃんはたぶん、そんなつもりで言ったわけじゃない。
ただ「前より成長したよ」と言いたかっただけだと思う。
なのに、ミカちゃんは完全に別方向に受け取ったらしい。
「そんなこと言うカナルちゃんには、こうだ!」
次の瞬間、ミカちゃんはかなちゃんの頭を抱き寄せた。
「えっ!?」
しかも、ちょうど髪を洗っている途中だったから大変だ。
「ミカエラさん! 泡が目に入ります!」
「あ、ごめん! 大丈夫!?」
カナちゃんは慌てて洗面器にお湯をため、目を洗う。
子供にとって、シャンプーが目に入るのはかなりの大事件だ。
「ごめん、調子に乗っちゃった」
ミカちゃんが素直に謝ると、それ以上カナちゃんが怒ることはなかった。
カナちゃん、普段は優しいけど、怒らせると怖いからね。
やがて、みんな体を洗い終わって、三人で湯船につかった。
ミカちゃんには少しぬるく感じるらしいけど、あたしにはこれくらいがちょうどいい。
「そうそう。あたしが中学生だって知ってるのって、結花ちゃんとカナルちゃん以外だと、カンナさんくらいだよね」
ミカちゃんが少し声を落として言った。
「あ、あとカイト君もか」
「そうなんだ」
「それでね・・・このこと、みんなには内緒にしてくれないかな?」
「いいけど・・・どうして?」
変身後の姿や普段の服装だけなら、中学生だと気づく人は少ないと思う。
でも、わざわざ隠す理由が気になった。
「えっとね・・・あたし、しばらく第三コロニーには帰らないで、ここでもう一度鍛え直してもらおうと思ってるの」
「えっ!?」
「えーっ!?」
あたしとカナちゃんの声が重なった。
ミカちゃんは、自分の年齢を隠して、あたしたちと同じ小学三年生として生活するつもりらしい。
理由はいくつかある。
まず、知らない人ばかりの中学校へ戻るのが不安なこと。
それから、あの映像が広まってしまったことで、中学生として学校生活を続けるのがつらいこと。
そしてもう一つ。
魔法少女の活動ばかり優先していて、勉強が追いつかなくなってしまったこと。
特に最後の理由には、少し親近感を覚えた。
あたしの周りには、勉強ができる人が多い。
カンナさんも、桃果さんも、お兄ちゃんも、カナちゃんも、みんな優秀だ。
その中で、あたしだけが置いていかれている感じがすることもある。
・・・まあ、だからって下の学年からやり直したいとは思わないけど。
「でも、ミカちゃん。本当にそれでいいの?」
確認すると、ミカちゃんは迷わず頷いた。
「うん」
その表情は、本気だった。
ちなみに、第三コロニーとの交流はほとんどない。
昔は宇宙空間を自由に行き来する技術があったらしいけど、今ではその技術を維持できる場所は限られている。
なんたって、コロニーは人口がそんなに多くない。
後継者が育たなければ、どんな科学技術も途絶えてしまうものだ。
カンナさんの魔法陣なら移動はできるんだけど、双方向じゃなくて、カンナさんがいる側からいない側への移動ができるだけ。
そのたびにカンナさんが魔法陣を作り直す必要があるのだ。
しかも、太陽からの妨害電波の影響で、宇宙間通信もできない。
だから、ミカちゃんの本当の年齢を知っている人は限られている。
「でも、第三コロニーは大丈夫なの?」
カナちゃんが心配そうに聞いた。
「最近はみんな強くなってるから、機械の国の小さな部隊くらいなら問題ないと思う。それに・・・」
みかちゃんは少し笑った。
「今さらあたしが戻って、またリーダーみたいな顔をするわけにもいかないし・・・あたしはみんなを裏切ったみたいなものだし・・・きっと許してもらえないから・・・」
向こうでも「言わされた」あのセリフが引っかかっているんだろう。
ミカちゃんは気分を変えようと、湯船の中で大きく伸びをする。
「ミカエラさんの決意は分かったわ」
カナちゃんが言う。
「でも、これ以上後ろ向きな話は禁止だからね!」
「はいはい。分かりました」
ミカちゃんは笑って、少しだけ舌を出した。
こうして、ミカちゃんは転校生として、あたしたちのクラスに来ることになったのだった。
お風呂に入って、少しだけ気持ちが落ち着いたあたしは、すっかり油断していた。
ここは、あたしたちが何度かお泊りしたこともある場所。
魔法少女の合宿所みたいなものだけど、同時にカンナさんとカナちゃんの家でもある。
そして当然、カイトの家でもあるのだ。
だから――
廊下でカイトと出会ったのは、偶然でもなんでもなかった。
でも、その時のあたしには完全な不意打ちだった。
最初に思ったことは、
「謝らなきゃ」
だった。
許してもらえるまで、何度でも謝る。
そう決めていた。
なのに、いざ本人を目の前にすると、声が出なかった。
次に思ったのは、きっとからかわれる、ということだった。
今までのカイトなら、たぶんそうしていた。
もしそうされていたら、あたしはきっと怒っていただろうし、悲しくもなったと思う。
だけど――それも違った。
カイトは、あたしと目を合わせることすらなく、そのまま横を通り過ぎた。
その瞬間、涙があふれた。
大粒の涙が、止まらなくなった。
からかわれるよりも、ずっと苦しかった。
あたしの軽率な行動が壊してしまったものの大きさを、改めて思い知らされた気がした。
あたしはその場にしゃがみ込み、顔を伏せて泣いた。
「お兄ちゃんに、何か言われたの?」
カナちゃんが心配そうに声をかけてくれる。
でも――
「何も言われてないよ・・・何も・・・」
たぶん、この気持ちは説明しても分かってもらえない。
責められたわけじゃない。
怒られたわけでもない。
ただ、悲しかった。
次回 日常に戻ります。




