13. ターニングポイント②
あたしは、すぐにでもミカちゃんを助けたかった。
でも、情けないことに、膝が震えて一歩も動けなかった。
ゲイルは、ミカちゃんの髪をグイッとつかんだ。
そして、うつむいていた顔を無理やり上げさせる。
「そうそう。ついでだから、あのセリフもこの娘に教えてあげてよ」
ゲイルは楽しそうに言った。
「ボクに負けたあと、第三コロニーの全チャンネルで放送されちゃった、あのセリフだよ」
ミカちゃんの顔が、さらに青ざめる。
「お願い・・・それだけは許して・・・」
震える声で、ミカちゃんは拒もうとした。
だけど、ゲイルは髪をつかんだまま頭を揺らす。
「ふうん。断っちゃうんだ・・・」
そして、冷たく笑った。
「まだ断る勇気が残っていたことだけは、褒めてあげるけど」
その言葉に、ミカちゃんは完全に怯えてしまった。
大粒の涙を流しながら、しばらく黙り込む。
そして――
「魔法少女は・・・わたしの・・・最強ごっこは・・・」
震える声で、ゆっくりと言った。
「ただのおままごとでした・・・」
涙が止まらない。
「生意気なことを言って・・・すいませんでした・・・」
それは、みかちゃん自身だけじゃない。
すべての魔法少女を侮辱するような言葉だった。
でも、ミカちゃんは言わされている。
ゲイルに無理やり言わされているだけだ。
「あ、そうそう」
ゲイルは思い出したように付け加えた。
「ちなみに今の会話も、このコロニーに放送されているからね」
・・・え?
「桃果を誘き出すために電波を乗っ取ったんだけど・・・まさか、こんな面白いものが見られるとは思わなかったよ」
「そんな・・・」
ミカちゃんは、その場に崩れ落ちる。
「あたし・・・もう、魔法少女のみんなに顔向けできない・・・」
そんなみかちゃんに、ゲイルはさらに追い打ちをかける。
「心配しなくていいよ」
ニヤリと笑って、
「桃果にも、同じセリフを言わせてあげるから」
そう言った。
ゲイル・・・ほんっとに最低なやつ!
陰湿ないじめっ子が、相手の苦しむ姿を楽しんでいるみたいで、腹が立って仕方なかった。
あたしの怒りは、もう限界だった。
「ちょっとアンタ!いい加減にしなさいよ!」
怖い。
本当は、今すぐ逃げ出したい。
でも、魔法少女には、怖くても立ち向かわなきゃいけない時がある。
それが、今なんだ。
そう思った。
「桃果さんを待つまでもないわ!」
あたしは叫んだ。
「あたしがアンタをぶっ飛ばしてあげるから、覚悟しなさい!」
ゲイルは、少しも動じなかった。
「君さ・・・」
静かに言う。
「怒りとか、仲間を思う気持ちとかで、本当に何とかなると思ってるの?」
そして、少し間を置いて、
「もしそう思っているなら、はっきり教えてあげるよ」
「それが『おままごと』なんだってことをね」
そう言った瞬間――
ゲイルの姿が、すっと消えた。
「なによ!偉そうなこと言っておいて逃げるつもり!?」
もちろん、そんなはずはない。
でも、今のあたしにはそう言うしかなかった。
筆箱の中に閉じ込められている以上、ゲイルが逃げたらあたしには何もできない。
無謀でも、挑発して戦うしかなかった。
ミカちゃんは、そんなあたしを止めようとしていた。
きっと、あたしを心配してくれていたんだと思う。
だけど、その時――
予想もしなかったことが起きた。
パカッ。
筆箱のフタが開いたのだ。
「ボクが逃げるわけないだろ?」
ゲイルの声が響く。
「でも、あいにくザコとの戦いには興味がないんだ」
そして、
「だから君には、人質としての役目だけ果たしてもらうよ」
次の瞬間。
大きな姿に戻ったゲイルが、小さなままのあたしをつまみ上げた。
「桃果、見えるかい?」
ゲイルは、どこかに向かって呼びかける。
「君のかわいい弟子は、ボクが預かってるよ」
そして、あたしを見ながら続けた。
「返してほしかったら、ボクと魔法で決闘してよ」
嫌な笑み。
「もし来なかったら・・・」
親指の腹で、あたしの体をグリグリと押す。
「人質は・・・そうだなぁ」
「このまま、プチッ・・・ってしちゃおうか?」
その瞬間――
命を完全に相手に握られているという恐怖が、全身を支配した。
さっきまでの「ぶっ飛ばしてやる」という気持ちは、一瞬で消えた。
代わりに、絶望だけが広がっていく。
「や・・・やぁ・・・」
声にならない。
悲鳴すら、うまく出せない。
その時あたしは、どんな顔をしていたんだろう。
それを見た桃果さんは、どう思うだろう。
あたしは、本当に桃果さんの弟子にふさわしいのだろうか。
そんな考えばかりが頭の中を駆け巡る。
これが、死ぬ前に見るという走馬灯なのかもしれない。
たぶんあたしは――
生きることを諦めかけていた。
だけど・・・
「なんだ、君も漏らしちゃったのかい?ま、ごっこ遊びしかできない君たちにはお似合いだね」
という、ゲイルの意地悪な一言で我にかえった。
自分ではそれどころじゃない恐怖感の中で気付いていなかった。
だけど我にかえって見ると、確かに股のところがグッショリと濡れていた。
悔しくて涙が出た。
だけど、あたしはまだ生きてる、って実感もした。
「助けて、桃果さん、助けてよ・・・しにたくないよぉ・・・」
ゲイルに命乞いをするのではなく、桃果さんに助けを求めたのは、あたしのせめてもの意地だった。
「ま、そいつは無理ってもんだ」
ゲイルはそう言って、今度は親指の爪をあたしの喉元に押し付けてきた。
痛い。
ものすごく痛い。
薄皮一枚すら切られてはいないのに、簡単に心が折れそうになるなんて、我ながら情けない。
なるべく爪が食い込まないように、みっともなくても必死で上を向く。
「残念、そろそろ時間切れかなぁ・・・」
そう言って、ゲイルが残った方の手で、あたしの頭をつまもうとした瞬間・・・助けにきてくれた
のは、桃果さんではなかった。
「こら、ゲイル!あたしの大事なお友達になにしてくれちゃってるのよ!!」
え?この声は、カナちゃん!?
カイトとの事でここしばらく口もきいてくれなかったカナちゃんが、助けに来てくれたのだった。
カナちゃんがゲイルのほっぺたをバチンと思い切り叩く音が聞こえて、あたしはゲイルの指先から解放される。
落ちるあたしをカナちゃんがそっと受け止めてくれて、とりあえずひと安心。
けど・・・
「カナちゃん、こんな所に来たら危ないよ!」
カナちゃんは普段、戦うことはない。
だからあたしは、思わず叫んでいた。
あたしを助けに来て、カナちゃんまでつかまっちゃったらどうしようもない。
カナちゃんとの間にあったわだかまりはいつの間にか消し飛んで、いつのまにかあたしはカナちゃんの心配をしていた。
だけど、そんな心配は不要だったんだ・・・
ゲイルをにらみつけるカナちゃんと、顔を真っ青にしたゲイル。
「ど・・・どうして行方不明の第二王女様がこんなところに・・・」
さっきまでの勢いはどこへやら。
完全にカナちゃんに気圧されている。
「あんたねえ、魔法の国で威張れるほどの実力がないからって、魔法後進国のこんなとこまできて強さをひけらかすなんて最低の人間のやる事よ!あたしが国に戻ってその気になれば、あんたなんか不敬罪で処刑にすることだって出来るんだからね!!」
カナちゃんがまくし立てると、ゲイルは印籠を見せられた時代劇の悪役のような格好で土下座して謝罪しだした。
立場は完全に逆転。
カナちゃんは魔法を使う事すらなく、ゲイルを制圧してしまったのだった。
さすが本物のプリンセス。
王家の威光、恐るべしだ。
「許すか許さないかはあたしが決めるんじゃないよ!結花ちゃん、ミカエラちゃん、どうする?許す?許さない??」
どうやら、カナちゃんとミカちゃんは以前から知り合いみたいだった。
ミカちゃんに魔法を教えたのがカンナさんなんだからそりゃそうか・・・。
あたしとミカちゃんは顔を見合わせる。
あたしも、ミカちゃんも考えてることは一緒だった。
アイコンタクトで、あたしが代表して答えを告げる。
「そんなの、絶対許せるわけないよ。絶対許さない!・・・だけど、死刑はちょっとやりすぎかも、って思う」
いつ殺されるかと超びびってたあたしとミカちゃんだけど、今にして思えばコイツが本当に人を殺すような度胸があるとはとても思えない。
要するに、どう見たって「小者」なんだよね。
結局、ゲイルはカンナさんが呼んだ魔法の国の人たちに引き渡されることになった。
表向きには、カンナさんは魔法の国から追われている身だ。
だけど、昔カンナさんに仕えていた人たちの中には、今でもカンナさんを信頼している人がたくさんいるらしい。
今回も、その人たちが動いてくれたのだった。
もっとも、その人はゲイルを連れていく前に、カンナさんへ何度も頭を下げていた。
「どうか、もう一度魔法の国へお戻りください」
そんなお願いをしていたらしい。
でも、カンナさんの答えは変わらなかった。
魔法の国の制度が変わらない限り、帰るつもりはない、と。
なぜなら――
6歳までに魔法が使えるようにならない子供は、処刑される。
その制度の犠牲になるはずだったのが、カンナさんの弟。
そして、カナちゃんのお兄ちゃんでもあるカイトだったから。
カンナさんにとって、それは絶対に許せないことだったのだ。
「でも・・・」
あたしは疑問に思った。
「なんで桃果さんじゃなくて、カナちゃんが来てくれたの?」
カナちゃんは少し困ったように笑った。
「んー・・・それはね、結花ちゃんにはちょっとショックかもしれない話なんだけど・・・」
カナちゃんは少し考えてから続けた。
「魔法の国の人たちはね、結花ちゃんたちとは魔力の根本的な強さが違うの」
「何世代にもわたって、魔力の強い人だけが子孫を残してきたから」
数億年にもわたる、長い間――
魔法の国では、魔力を持つ人だけを残すための「選別」を繰り返してきた。
その結果、今の魔法の国の人たちは、あたしたちとは比べものにならないほどの魔力を持っているらしい。
「たとえるなら・・・」
カナちゃんは考えながら言った。
「すごく力の強い人間と、普通の人間が力比べをしたら、普通は強い人の方が勝つでしょ?でも、そこに象さんが混ざったら、どうなると思う?」
「あ・・・」
その例えで、ニブいあたしでもすぐに理解できる。
人間がどんなに鍛えたって、力でゾウさんに勝つのは無理に決まってる。
「そういうこと」
カナちゃんは苦笑した。
「桃果さんが弱いっていう意味じゃないよ。桃果さんは間違いなくすごい魔法少女。でも、相手が魔法の国の人間だった場合、絶対に勝てるとは言えないの」
だから、カンナさんは、カナちゃんを向かわせた。
王女としての立場。
そして、魔法の国の人間としての力。
その両方が必要だったから。
「そっか・・・」
正直に言えば、少しショックだった。
桃果さんなら何でもできる。
ずっとそう思っていたから。
でもそれは桃果さんを信じているんじゃなくて、頼りきっていただけなのかもしれない。
以前、カイトに言われたことを思い出す。
『お前に正義なんて守れやしねえよ』
あの時は腹が立ったけど全部間違いだったとは言えない。
「あいつ・・・もう来ないよね?」
ミカちゃんが不安そうに聞いた。
無理もない。
あれだけ怖い思いをしたんだから。
「大丈夫だよ」
カナちゃんは答えた。
「魔法の国の法律では、他国へ勝手に魔法で干渉することは禁止されているの」
「ゲイルはまだ子供だから、普通の刑務所じゃなくて少年院になると思うけど・・・やったことがやったことだから、かなり重い処分になるはず」
「それに、もう同じことをする度胸はないと思う」
カナちゃんは少し呆れたように笑った。
「だってあいつ、本当はすごく臆病だもん」
確かにあたしたちからしてみたら、ゲイルは強かった。
でも、それ以上に言えるのは、自分よりも弱い相手を傷つけることを楽しんでいただけだったことだ。
本当に強い人なら、あんなことはしない。
「ただ・・・」
カナちゃんが少し表情を曇らせる。
「お姉ちゃんが結花ちゃんたちに魔法を教えたことも、本当は魔法の国の法律では禁止されていることなの」
「え?」
「魔法による他国への干渉、だからね」
なるほど。
魔法の国から見れば、カンナさんが魔法を教えたことも、ゲイルが襲ってきたことも、同じ『法律違反』になる。
もちろん、あたしたちからすれば全然違う。
カンナさんは、あたしたちに身を守るための力をくれた。
ゲイルは、自分の楽しみのために力を使っただけ。
でも、法律というものは、そう単純じゃないのかもしれない。
正直、魔法の国の考え方には納得できない部分も多い。
特に、魔法が使えない子供を処刑するという制度。
それは絶対に間違っていると思う。
だけど、それを他の国に押し付けているわけではないらしい。
だからこそ、今回みたいな事件は今まで起きなかった。
・・・少なくとも、あたしたちはそう思っていた。
これで、一件落着。
そう思っていた。
だけど――
その頃――
ゲイルが落としていったあるものを、偵察の機械兵が手にしていた。
その中には、あたしでもミカちゃんでもない、敗北した他の魔法少女たちが捕らわれていた。
それが、この事件よりもはるかに大変な出来事につながっていくことを、まだあたしたちは知らなかった・・・。
次回 お風呂回




