13 結婚式は2年後に… 【side:シャラフィーヤ】
アシューは可愛いと言う度にクッションを握り締め照れていたが、意を決したようにクッションの山から起き上がれば私に抱き着いてきた。
肩に手を置き、膝立ちしながら私の頬に口付けをしてくる。
これは、可愛い……
ますますおねがいを叶えたくなったよ。
私がそう思うと分かっててやっているんだろうな…
いったいどんなおねだりしてくるのだろうと楽しみに彼の腰を支えながら言葉を待つ。
2,3回口付けをしたアシューは少し身体を離して真正面から見つめてきて
「……結婚式挙げたい…」
「…………2年後くらいじゃだめかな?」
「なんで?…俺予定通り今日がいい…」
アシューの瞳が潤み、今にも涙がこぼれそうになる。
気持ちは分かる。
思わず頷いてしまいたくなるのをぐっと堪え
「なんでだと思う?」
小首を傾げるアシューに、私は微笑みながら視線を彼の腹部へ向け愛しげに優しく手を当てた。
アシューは私が何故そんな事をするのか分からず、反対に小首を傾げる。
「……アシューのお腹に赤ちゃんが居るからだよ」
「へ?」
私の穏やかな口調で告げた衝撃的な言葉に、アシューは涙が引っ込み目を見開いてぽかんとした。
思っていた通りの反応に思わず私はクスクスと笑う。
「ほ、ほんとに?」
「あぁ。医者が診たから間違いないよ、1~2ヶ月くらいだろうって」
国によっては貴族の婚前交渉を好まない事が多いが、この国ではそういう事は無く、恋人同士や婚約してる者なら普通にやっている。
特に同性同士ではなかなか子を授かりにくい為、婚約期間から妊娠薬を飲んで体に馴染ませ、子作り期間を長くし、少しでも妊娠できる可能性を高める。
…だが、結婚前に妊娠できるのは非常に稀だ。
事例も片手で足りるくらいしか無い。
だからアシューがこんなに驚くのも当然だし、私もまさかこんなに早くアシューが妊娠するとは思わなかった。
アシューは頬を赤くして瞳を輝かせながら、私の掌の上からお腹に触れる。
「フィーとの赤ちゃん…ほんとに…今ここに……ほんとに、居たんだ……」
興奮に頬を赤くしながらお腹を擦り続けるアシューを微笑ましく見つめながら…少し言葉に引っかかった。
「“ほんとに”、“居たんだ”…?」
私は小首を傾げる。
「ははっ…いや、もしかしたら…とは思ってたんだ。最近やけに眠いし、いつもより食への執着凄くて、でも結婚式まで太るわけにもいかないからすげえ我慢して、動けないほどじゃないけどなーんか体調がいつもと違ってちょっと悪いしお腹が張ってたりさ!」
その言葉に微笑んだまま私の全身は固まった。
「……兆しがあったの、シュー?」
「ん?ああ、あった!だから、ミシューの妊娠にも気づいたんだ、急に甘い物好きになったりしてたから、もしかして…って!」
「………」
にこにこ笑顔で応えるアシューは、まるで褒めてと言わんばかりにご機嫌だ。
アシューが話す度に私の機嫌が下がっている事に、彼はまだ気づいていない。
「それは…凄いね…。…あぁ、だからスタンピードの討伐にミシューの姿が無かったんだね。
…そして今リンサーラが屋敷に居ない理由も分かったよ。」
「そう。自分が行く!って最後まで主張してたけど、ミシューは検査しなくても確実に妊娠してるだろう…って勘が働いたし、同性婚廃止の話し合いでサフィンクス家に行く前日も二人で体調崩しちまったから、危ないと思って止めたんだ。俺は同性婚廃止のストレスや結婚式前っていう非日常のせいで体調悪くなっただけで、“かも”とか“たぶん”で可能性低かったし…」
…ツッコミどころが多過ぎるよアシュー。
まさか、話し合いの前日に体調を崩していたなんて…
私は大きく息を吸いゆっくり吐いて気持ちを落ち着かせた。
そうでもしないと、私の愛しくて大切なアシューを本人が大切にしてくれない事に怒り狂ってしまいそうだったから。
本気でこの衣装部屋に閉じ込めてしまおうか…
アシューのその勘の鋭さが何故自分には発揮されなかったんだ…と少し恨めしく思う。
貴族として民を守る性分はアシューの美点だが、個人的には自分の身を優先して欲しい。
リンサーラがロイノードル家から帰って来ないという事はアシューの勘は当たっていて、ミシューは妊娠しているのだろう…。
とりあえず…褒めて欲しそうなので、勘が当たった事は褒める。
アシューが褒めて欲しそうだからね。
アシューが私にして欲しいことはなんでもしてあげたい。
アシューの頭を撫でてあげたら、アシューは満足そうに笑った。
「アシューの勘は凄いね。」
「へへへっ…」
「でも…、少しでも兆しがあったなら医者に診てもらうべきだったんじゃないかな?」
「う゛…また今度…って思ってたら、あっという間に数日経ってて…体調悪いなんて言ったら……結婚式が中止されるかも…って……」
「シュー…?」
私がじっと見つめれば、アシューは後ろへと身体が逃げつつ気まずそうに頬を引き攣らせ
「…ご、ごめんなさい……」
「はぁ……」
でも、アシューが討伐隊に居なかったらドラゴンは倒せなかった。
私が運良く新技を出せたのだってドラゴンがアシューを狙ったから…あの場にアシューが居なかったなら新技は出なかっただろう…。
結果は赤ちゃんもアシューも国も無事だったし…、なにより妊婦であり愛しい婚約者を相手に強く怒れない…
自身の眉間を親指と人差し指でつまみながらため息を付いて気持ちを落ち着けていたら、アシューが前のめりになり片手をクッションの上に置きながらもう片方の手で私の服を摘んで下から上目遣いで見てきた。
「わ、わるかったって…」
「…………」
「ふぃー……」
彼が今にも泣き出しそうな声で私の名前を呼ぶ。
私はもう一度深いため息を吐いた。
そしてきちんと告げる。
「はあ…うん…それはもういいよ。
けれどシュー、よく聞いて。スタンピードで無茶したから今シューとお腹の赤ちゃんは切迫流産でかなり危ないんだ。ギリギリ今は大丈夫だけど…だからアシューは暫く要安静だよ?いいかい?要安静。トイレとお風呂以外ベッドから降りるのは禁止。」
「そんな?!」
衝撃を受けて真っ青になるアシューが、私の服を両手で強く掴む。
「か、かなり危ないって……赤ちゃん大丈夫なのか?!」
「今は、ね。だからベッドから降りたらダメだよ、一歩も。」
「いっぽも……」
「そう、一歩も……」
誰かのために無理して動くことは出来ても、誰かの為に動くのを我慢した事が生まれてから一度もないアシューにとっては苦行だろう。
「背中の傷も完治したわけじゃないし、私のベッドで大人しくいい子でいるんだよ?」
小さい子をあやす様に彼の額にキスを落としたら、苦悩に歪んでいた表情が少し和らいだ。
「え…フィーのベッドで…?俺ずっとここに居ていいのか?帰らなきゃなんじゃ…」
「そう、私のベッドで…。馬車の揺れも体に障るから、帰りたくても帰れないよ。」
自分の身を顧みず無茶ばかりするアシューを家に返すなんて心配だから、帰りたくても返す気は無い。
それに、アシューを閉じ込めたいという願望が叶うんだ。
産まれてすぐも動かない方がいいだろうから、せいぜい1年くらいだろうけど……1年も私の部屋にアシューが居るのはとても気分がいい。
「いや、帰りたいとは思わないよ!?思うわけないだろ!フィーといられるんだから。
…ふはっ、結婚は出来なかったけど、結婚予定日から結婚したみたいに同じ家でずっと一緒にいられるなんて、幸せだな…。こんな風に願いが叶うなんて、なんかおもしろい」
私の黒い欲望を知らず前向きに考えて無邪気に笑うアシュー。
確かに…
要安静にならなかったら、アシューは実家に帰っていただろう。
スタンピードで結婚式も挙げられていたか定かではない。
「フィーと結婚したいのだって、一緒に居たいからだから……ある意味、10年越しの願い叶ってるよな?」
ポジティブに考え私に笑顔を見せる彼に私も微笑み返す。
「そうだね。私もアシューが私のモノになって、傍に居てくれるのが一番の望みだよ」
…でも、書類上の夫婦になれないのは不服だから出産してアシューと子供が落ち着いたらこんな国捨てて同性婚可能な国へ引っ越そう。
王女様にはあれだけ言ったのだから私の事は諦めて欲しいが、プライドを傷つけられたと恨んでくる可能性もある。
…常識の通じない人は何をしてくるか分からないから常人より恐ろしい。
またアシューが命を狙われたり、子供に危険が及ぶのは避けたい…
結婚式の方は……中止になるとあのウエディングドレス姿のアシューを不特定多数の人達に見られないから個人的には喜ばしい。
…あのドレスは露出が多すぎる。
アシューの綺麗な足も背中も腕も私だけが独占したい…
が、アシューは式を挙げたいだろうから出産後落ち着いたら挙げよう。
……出産後もあのドレスが着れないくらいふくよかな体型でいてくれないかな……




