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「あなたの手は取らない」と突き放したあの夜這いから十年、女王となった私に執着騎士と無能王子が膝を折るまで  作者: 中田かすり
十年がかりの献身──君の隣で笑って生きていく

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明かされる真実──もう、無能の仮面はいらない








「なっ……何をしている、貴様ら! その男は……その男はただの出来損ないだぞ!」



ヴァルハルトの絶叫が大広間の静寂を破る。グスタフもまた、信じられぬものを見る目で固まっていた。


だが、コンラートの声は、その怒号を静かに、しかし圧倒的な威厳で塗り替えた。



「──我が国を勝利へ導き、この戦いを終わらせた貴殿のご尽力に、最大限の敬意を」



その言葉を合図に、大広間に控えていたノルズランドの将兵たちが一斉にルカに向かい、一糸乱れぬ動きで剣を捧げた。



「……なんのこと?」




なおも惚けるルカを見つめたまま、クラウスが言葉を重ねる。



「あなたが逃したカイルが、命の危険も顧みず我が国に接触してきました」



傍から、アーサーの肩を借り、杖をついて歩く一人の男が現れた。


ルカの視線が、その足元で止まる。


彼の左脚の、膝から下が失われていた。



「カイル!」



「……バカ殿下」



「お前……!その脚っ……」



絶句するルカを遮るように、ヴァルハルトが顔を引き攣らせて叫んだ。



「ど、どういうことだ!何が起こっている!」



「……っち、うるせえな」



クラウスの小さな呟きに応じ、副官オーウェンが目配せすると、衛兵がヴァルハルトをさらに強く組み伏せ、その口を封じた。


クラウスはまっすぐにルカを見据える。



「こちらのカイルが、すべてを話してくれました。戦地で我らに勝利をもたらしたのは、間違いなく貴方の知略だ。……軍務卿として、感謝申し上げる。そして、我が君リーゼロッテの言葉を」



ノルズランド王家の紋章が刻まれた硬質な羊皮紙を広げたクラウスは、感情を一切排した声で、厳かに代読した。



「ノルズランド王国、女王リーゼロッテの名において、ここに講和条件を宣する。


我が国は現ガレリア国との今後の交渉において、唯一の正当な対話窓口として、第二王子ルカ・ガレリア殿を指名するものである。


ノルズランドの血を引き、かつ十年に及ぶ潜伏の中で、両国の均衡を密かに守り抜いた貴殿の知略に対し、我が国は深い謝意と最大限の敬意を表する。


ただ独り、不毛な流血を最小限に留めようとしたその献身こそが、今この瞬間、ガレリア国を再建させ得ると考える唯一の理由である。


もし貴殿がガレリア国の新たな統治者として王位に就くのであれば、我が国はガレリア国存続に協力し、民への過度な賠償を猶予する用意がある。


なお、本再建における実務および治安の維持については、既に貴殿の忠実なる騎士カイル、ならびにサリナールの遺民を束ね、旧領の復興を期するアーサー・ベルマンとの間に密接な協力体制を構築し、彼らからも全霊を以て、貴殿を支えるとの同意を得ている。


奪い合う時代を終わらせるために。


この戦争で失われた我が国の英霊のために。


ガレリアの地を、貴殿やマリカ殿、祖国を奪われた民たちが味わった苦しみを、二度と生み出さない場所にするために。


ルカ・ガレリア殿。


願わくば貴殿の知を、今こそ公のものとすることを。

逃げ場なき王座にあって、その比類なき叡智を、今後はその民の光として振るわんことを。


最大限の敬意を捧ぐ。



雪解けの月(四月)二十八日

ノルズランド王国

女王リーゼロッテ・ド・ノルズランド」



クラウスが静かに書簡を閉じた。



「な、にを……そんなこと……ありえない。そんなこと……」



ここまで一切の感情を映さなかったルカの瞳が初めて激しく揺れ、その唇が戦慄わなないた。



「殿下」



アーサーが力強くルカの名を呼ぶ。



「ルカ殿下、誰もがみな、それを願っております……」



長い、長い沈黙。


アーサーの祈るような瞳。

演壇の上から、覚悟を問うているのだろう、不遜で挑むようなクラウスの眼差し。

ただ静謐にすべてを見届けようと達観した、コンラートの深い眼。

そして傍らには、溢れそうな涙を堪え、ただ、鼓舞するような視線で、ルカを見つめるカイルがいた。



ぱちり、と。ルカの中で守り続けてきた「無能の仮面」が、粉々に砕け散る音がした。



「……ふぅ」



ルカは小さく息をつく。



「こんなの、断れるわけないじゃないか」



足元にそう言葉を落とすと、これまで丸めていた背を、ゆっくりと、しかし優雅に正した。



伏せられていた瞳が上げられる。


そこにあるのは、知性と気品、そして、見るものに畏怖を感じさせる、神々しいほどの威容。



「我が名はガレリア国第二王子、ルカ・ガレリア。ノルズランド王国女王陛下の名の下に、ガレリア国王の座を拝命する。……厚情、痛み入る」



その人智を超えた美しい佇まいに、大広間の全員が息を飲み、ガレリアの降伏者たちは抗いようのない威圧感に平伏した。


ただ二人を除いて。



「あああああああああ!!!! どういうことだっ!」



ヴァルハルトが頭を掻きむしり、獣のように蹲る。



「……お前ら、ずっと騙されてたんだよ」



カイルが、冷ややかにヴァルハルトを見下ろした。



「気づくわけねえよな? 頭の中、強欲と虚栄だけだもんな。この人が、どんだけ心を殺して……っ」



カイルが言葉を詰まらせる。主君への、そして失った歳月への悔しさを飲み込み、狼狽する二人へ最後の一撃を放つ。



「最期に教えてやるよ。あんたらが無能だって思ってた弟が、一体何をやったか……って、あー、殿下……?い、いいよな……?」



「ふっ。今更だな。でも……そうだな。私が説明しようか」



ルカがヴァルハルトを見据えた。



「兄上」



その声に、ヴァルハルトの肩がびくりと揺れた。



「ああ、兄と呼ばぬよう言われていたな……まあいいか。……まずは、長年欺いていたことの謝罪を。そして、ガレリアの軍事情報を漏らしていたのも私です」



「っな……!」



驚愕でヴァルハルトが目を剥く。



「それと……武器の不凍液を使い物にならなくしたり。……ええと。保存食の質を下げたり、密輸の手助けしたり……」



「──なっ、そっ、そんなバカなことがっ! あり得るかっ!!」



ヴァルハルトとルカの間に割って入ったのは、グスタフだった。その顔は屈辱と混乱で赤黒く膨れ上がり、口端からは汚い唾が飛んでいる。



「お前は昔から、何一つできぬ白痴だったはずだ!それが、そんな……デタラメをっ!」



喚き散らすその姿を、ルカは冷ややかな一瞥で射抜くと、吐き捨てるように言い捨てた。



「お前の慰み者になるなんて、反吐が出るからな」



「……っ!」



絶句し、膝をつくグスタフを視界に入れることもなく、ルカは追い打ちをかけるように淡々と告げる。



「その様子だと……反乱軍の主謀者が、アーサー・ベルマンだってことにさえ、気がついてないんだろう?」



「は、……え? ベル、マン……?」



ヴァルハルトがうつけたように呟くと、ルカの傍に立つアーサーが、静かに頷いた。


ヴァルハルトの脳裏に、あの日の光景が蘇る。軍に流された粗悪な不凍液。関わる商会はすべて叩き潰した。その末端にいた、家族諸共灰になったはずの矮小な商会。



「不凍液に塩を混ぜろと指示したのは私だよ。お陰でご自慢の武器たちも、雪の中、なんの役にも立たなかったろう?」



ルカが無慈悲な笑みをヴァルハルトに向けた。



「あんたを騙すの、簡単だったよ」



刹那、大広間が雷鳴に打たれたように震えた。



「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁぁああ!!」



狂ったように暴れ出すヴァルハルトを、ノルズランドの衛兵たちが冷徹に押さえつける。



「違う、そんなはずがないっ! 俺が、この……この、白痴にッ!? 負ける!? 俺が、負けるだとぉ!? あり得ない、認めない、認めないぞぉおお!!」



ヴァルハルトは喉をかき乱し、泡を吹きながら、もはや誰にも届かない虚空へと向かって吠え続けた。



「ルカあああああ! お前、お前ぇえええ!! 違う、違う!、俺は負けない、俺はぁあああああああああああああああああっっっ!!」



クラウスが片手を挙げると、ヴァルハルトは放心状態のグスタフと共に、衛兵たちによって引きずられていく。


もはや意味をなさなくなった叫び声が遠のき、大広間に静寂が戻った。




──張り詰めていたルカの全身から、ふっと力が抜ける。


歩み寄ってきたカイルの、その失われた左脚に、ルカの視線が吸い寄せられるように落ちた。



「……せっかく逃がしてやったのに。戻ってきてんじゃねえよ」



喉の奥で熱く、せり上がってくるものを飲み込み、やっとの思いで、それだけを口にした。



「あんた、ほんとバカだな……。俺はただ『世界』が見たいわけじゃねえんだよ。最高におもしれえ世界を、この目で見たいんだ」



「だから! だから外の世界に行けって──」



「あんたの隣よりおもしれえ場所なんて、どこにもねえんだわ」



「──え……」



「これから作るんだろ? 誰も見たことのない、新しい国を。……あんたがさ。こんなおもしれえこと、他にあるかよ」



ルカは毒気を抜かれたように、小さく息を吐いた。



「……お前、ほんと……変なやつ」



「あんたも…相当なもんだけどな?」



カイルの手が、ルカの頭をくしゃっと撫でた。










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