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「あなたの手は取らない」と突き放したあの夜這いから十年、女王となった私に執着騎士と無能王子が膝を折るまで  作者: 中田かすり
十年がかりの献身──君の隣で笑って生きていく

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明かされる真実──くたばれよ、暴虐者たち






ガレリア国の地に、ノルズランド王国代表団が講和条約に調印する目的で足を踏み入れた。



筆頭は女王より全権を委ねられた軍務卿クラウス・ランカスター。その左指には、数日前にリーゼロッテ女王との婚姻が内定した証である、王家の紋章が刻まれた指輪が鈍く光っている。


そしてその隣には、前公爵コンラート・ランカスター。本来なら宰相である現当主が並び立つ公式の場であったが、隠居したはずの先代たっての希望により代表団に加わっていた。


ガレリア王宮は、かつての傲慢な威容が嘘のように、静寂に沈んでいた。


すでに連合軍の占領下におかれて三週間。


生き残った兵士や文官たちは、侵略戦争の果てに突きつけられた敗北という現実に、ただ茫然自失としていた。


王宮の廊下を支配するのは、かつての主の怒号ではなく、規則正しく響く軍靴の音。


そこへ、軍務卿クラウス・ランカスターを先頭とした講和代表団が、静かに、だが揺るぎない足取りで現れた。


一切の略奪も反抗も許さぬ規律によって統治された、その圧倒的な力の前に、ガレリアの者たちは抵抗する術も、もはやその気力すら失い、ただ深く頭を垂れて道を開けるしかなかった。




ガレリア王宮、大広間。


張り詰めた空気が、逃げ場のない重圧となって、人々の呼吸を止めていた。


中央には、乱れた髪と汚れきった装束に身を包んだヴァルハルトと、もはや王族の矜持を失い震える前王が、ノルズランド軍の剣先に囲まれ跪かされている。かつての権威の象徴であった王冠は、いまやその頭上にはない。


周囲を幾重にも取り囲むのは、武装を解かれ、自らの処遇を待つばかりの貴族たちだ。



その敗者たちの列の端に、ルカがいた。



相変わらず所在なげに背を丸め、欠伸を噛み殺している第二王子ルカ・ガレリア。



兄や父が絶望に打ちひしがれる中、ただ一人、何事にも無関心を装う無能の仮面を被り、そこに置かれていた。


彼らを見下ろすように、クラウスが演壇の上に立ち、その隣にはコンラートが、彫像のように静かに控える。



静寂の中で、勝者と敗者のすべてが、運命の宣告を待っていた。



クラウスが、手にした羊皮紙を無造作に広げた。


その左指に嵌められた王家の紋章が、広間の高窓から差し込む陽光を冷たく撥ね返す。



「ノルズランド王国、女王リーゼロッテが名において、これよりガレリア王族、ならびに主犯たる貴族らへの裁きを宣告する」



静まり返った広間に、彼の硬質な声がつぶてのように響いた。



「私は女王より全土の治安維持、ならびに戦後処理の全権を委ねられた軍務卿、クラウス・ランカスターである。この宣告は決定事項であり、異論は一切認めぬ」



クラウスの氷のような視線が、石床に跪く父子を射抜く。



「ガレリア王ヴァルハルト・ガレリアならびに前王、グスタフ・ガレリア。……貴公らは、我が国ノルズランド王国へ、十年間にも及び敵対行為を執拗に継続し、取り返しのつかぬ損害を与えた。さらにはサリナールをはじめ諸国への不当な侵攻を主導し、罪なき民を蹂躙した。その罪、万死に値する」



「……ま、待て! 私を誰だと思っている!」



泥に汚れた装束を震わせ、グスタフが掠れた声を上げる。だが、クラウスは眉ひとつ動かさずに言葉を重ねた。



「よって、両名の処刑をここに決定する。執行は明朝、王宮前広場にて。……暴力と略奪を以ってのみ存続し得たこの国の歴史の終焉を、民の目の前で証明する。その他、侵略を扇動した高位貴族については、全財産の没収のうえ、北方サリナール領未開拓地への永久追放、および強制労働を申し渡す」



「……待ってくれ! 私は、私は王に命じられただけだ!」



「そうだ、他国への侵攻も、重税も、すべて前王とヴァルハルト陛下が独断で決めたこと。我ら文官に拒否権などなかった!」



自分たちの処遇を聞いた途端、跪いていた貴族たちが一斉に騒ぎ立てた。


数週間前まで、平民や他国の民を家畜のように見下していた高慢な顔が、今は泥にまみれ、醜く歪んでいる。

彼らは互いの肩を突き飛ばし、我先にと演壇のクラウスへ詰め寄り、ノルズランドの兵に取り押さえられながら、命乞いと責任転嫁の言葉を投げた。



「ノルズランドの軍務卿どの! 私は開戦に反対していたのです。証拠もあります! だからどうか、財産没収だけは……!」



「黙れ、この卑怯者が! お前こそ一番に賛成の軍杯を上げたではないか!」



拘束されながらも互いの罪をなすりつけ合い、かつての王宮の格式に泥に塗るその光景。大広間が、命を惜しむ者たちの卑屈な叫びと、秩序を失った醜い怒号で埋め尽くされたそのとき。



「──黙れ」



クラウスが低く、だが広間の隅々まで染み渡るような声を発した。


その一言で、騒いでいた貴族たちの喉が、目に見えない刃で裂かれたかのように静まり返る。



「……恥を知れ。貴公らは、自国の民が飢え、戦地で兵たちが凍てつく雪を噛み、配給を奪い合って死んでいった間、この王宮で変わらぬ贅を貪り、高みの見物の美酒に酔いしれていたはずだ。その恩恵を享受しておきながら、敗北した途端に『命じられただけ』だと?」



クラウスは蔑みを隠そうともせず、跪く群れを見下ろした。



「責任を負わぬ権力など存在しない。貴公らが署名した軍令、徴税の記録、そして押収した日記の数々。それらすべてが、貴公らが自らの意志でこの破滅を選んだことを証明している。……これ以上の弁明は、死罪への近道となる」



冷徹な一喝に、貴族たちはもはや声も出せず、ただ石床に額を擦りつけるしかなかった。



「捕虜となった四千五百余名の将兵についても、戦争犯罪への関与を厳格に精査し、個別に対価を支払ってもらうこととなる。……一切の慈悲は、この場には存在しない」



その冷酷な宣告の最中も、列の端にいるルカは、ただぼんやりと自分の指先を見つめ、退屈そうに鼻を鳴らしていた。まるで、今語られている破滅が自分とは無関係な、遠い異国の出来事であるかのように。


だが、クラウスの視線がゆっくりとルカを捉えた瞬間。


隣に控えていたコンラートが、静かに、しかし確かな足取りで演壇を降り始めた。


ヴァルハルトが、自分たちに止めを刺しにくるのかと恐怖に顔を歪める。だが、コンラートは跪くヴァルハルトの横を、目もくれずに通り過ぎた。


彼が足を止めたのは、列の端で、相変わらず無関心を装い欠伸を噛み殺していたルカの前だった。



「…………え?」



ルカが、わざとらしく呆けた声を上げる。

だが、コンラートは迷いなくその場でルカの瞳を真っ直ぐに見据えた。


そして、次の瞬間。


一線を退いてなお、ノルズランドの精神的支柱であるコンラート・ランカスターが、ルカに向かって深く、右拳を左胸に当てる最大の最敬礼を捧げたのだ。


演壇の上にいたクラウスもまた、その場に背を正し、左胸に拳を当てて、ルカに向けて深く頭を垂れた。



大広間から、一切の音が消えた。













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