永久の雪に(やみ)に閉ざされようとも、光は死なず
王宮の断末魔のような崩壊音が響き渡る中、アーサー・ベルマンは脇目も振らずに駆けていた。
背後には、彼が選び抜いた精鋭たちが続く。彼らには、この作戦の真の目的が共有されていた。ガレリアを内側から食い破るための導線を引き、十年間。いや、それ以上を孤独に耐え抜いた真の主を救い出すこと。
「急げ! 離れを確保しろ! 殿下に指一本触れさせるな!」
アーサーの鋭い号令が飛ぶ。
崩れゆく回廊を抜け、王宮の最果てにある離れに辿り着いた瞬間、兵たちは一斉に周囲を固めた。彼らの瞳にあるのは敵意ではなく、自分たちの知を支え続けた存在への、切実なまでの忠義だ。
扉が勢いよく開かれ、アーサーが真っ先に踏み込む。
だが、そこにいたルカ・ガレリアは、緊迫した兵たちの空気とは対照的に、冷たい石床に無造作に寝そべっていた。
「あはは。外、賑やかだね。お祭り?」
虚空を見つめ、指先で埃を弄ぶ無能王子。
兵たちの間に困惑が走る。自分たちが信じ、命を懸けて守り抜くべき叡智の主が、この空虚な王子なのか。
アーサーが短く「下がれ」と命じた。
扉が閉まり、静寂が戻る。
ルカの薄氷色の瞳が、ゆっくりとアーサーを射抜いた。
「……アーサーかい?」
その一言だけで、空気の密度が変わった。
「はい。お初にお目に掛かります。アーサー・ベルマンです」
アーサーがルカのそばに跪く。
「そうか。……そう簡単に死ぬ男ではないと思ってはいたんだ……家族も?」
「……全員、無事です。焼き場から、身元不明の遺体を数体、運び込みました」
アーサーの報告に、ルカはわずかに目を細めた。
「殿下、我らと共にここを出ましょう」
ルカはアーサーが差し出した手を見つめると、上体を起こしながら静かに、首を横に振った。
「君の後ろには、一体どれだけの人間がいる?」
「それは……」
「君たちの目的はガレリアを滅ぼすことだ。……オレは、ガレリアの一部だよ」
「殿下!貴方は最も、救われるべきお方です」
アーサーの言葉にルカがひととき目を閉じた。
そして再び開いたその瞳の奥には、静謐で澄み切った光が浮かんでいた。
サリナールの深い海の青とはまた別の、ひどく透明で、白に溶け入る淡い青。
「第二王子を担ぎ上げることになるよ?」
アーサーの喉がひゅっと音を立てた。
「綻びは見せるな。絶対に、やり遂げるんだ。……完膚なきまでだ」
ルカの視線が、裏庭へと流れた。 静かに佇むマリカの墓標が、白銀の光を浴びていた。
アーサーは言葉を失った。
遠くで、王宮の深部まで揺るがす凄まじい震動が響く。
それが、地を這うような重い音から、地鳴りのような猛々しい咆哮へと変わっていく。
「……それでも。殿下をお守りすることは、私どもの総意です」
アーサーは深く頭を下げ、退室した。
離れの外へ出た瞬間、彼は凍りつくような声で兵たちに告げた。
「ここを包囲しろ。一歩たりとも近づかせるな。影すら踏ませるな」
サリナールの精鋭たちが、言葉もなく離れを幾重にも取り囲む。 それは監視ではなく、主の孤独な聖域を、鉄壁の沈黙で守るための包囲だった。
その檻の奥で、ルカは再び床に身を投げ、吹き込む風を感じていた。 彼は眩しそうに目を細め、憑き物が落ちたような声で、一度だけ独りごちた。
「……アーサーも、カイルと同じで頑固なやつだったんだな」
刹那、地を揺るがすような雄叫びが爆ぜた。寄せ波のような歓喜と、引き潮のような慟哭。その両極の嵐が、王宮のすべてを飲み込んでいった。
戦争が、終わったのだ。
※※※
全土の帰順及び条約締結までのおよそ三週間。
地下牢、王族二名。
王宮離れ、王族一名。
拘束した高位貴族、およそ三十余名。
ノルズランド国内で捕えた兵を含め、捕虜およそ四千五百余名。
ノルズランド軍を中心とした連合軍による治安維持は、一切の略奪も反抗も封じ込める、緻密で隙のない牢固たる支配であった。
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最終話までもう少し!




