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「あなたの手は取らない」と突き放したあの夜這いから十年、女王となった私に執着騎士と無能王子が膝を折るまで  作者: 中田かすり
十年がかりの献身──君の隣で笑って生きていく

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【完結】君の隣で笑う、僕たちのこれから










講和条約締結の翌日。


ヴァルハルトとグスタフの処刑が執り行われる日の朝。


ルカが離れの裏庭、母マリカの墓標へ向かうと、そこにはすでに先客がいた。



「……ランカスター卿。なぜここが……」



呼びかけに、コンラートがゆっくりと振り返る。

その表情には、昨日の調印式で見せた鋼のような冷徹さは微塵もなく、ただ一人の少女を思い、過去に苛まれる、心許ない男の顔があった。



「……カイル殿にお聞きしました」



コンラートが墓石というには頼りないほど無骨な石にそっと手を触れた。



「……あのとき。もっと他の方法があったのではないか……今となっては、そう思っています」



ルカは何も言わず、懐から古びた手紙を取り出した。

変色し、文字も判別できないほど擦り切れた一枚の紙。それを見た瞬間、コンラートの喉が微かに鳴った。



「……それは」



「『永久のやみに閉ざされようとも、光は死なず』」



ルカがその一節を口にすると、コンラートは苦しげに目を伏せた。



「……母は、あなたが思っているよりもずっと、強かったですよ。……蹂躙され、誰からも忘れられたこの場所で、この手紙だけを握りしめて、心までは明け渡さなかった」


ルカは一歩、コンラートの隣に立ち、石を見つめた。


「母はいつも言っていました……『おうじさまが助けてくださった』と。……あなたが送り出した修道院での四年間が、母に、私を愛する強さをくれた。……だから卿。私は、あなたに感謝しています。母を見つけ、救い、その心のよすがになってくれたことに」



ルカの薄氷色の瞳にかつてのマリカの姿が重なる。

コンラートを真っ直ぐに見つめ、小さく、確かに頷いた幼いマリカの瞳が。


「自分に流れる血の悍ましさに、これから先も苦しみ喘いでいくことになるでしょう。でも……私には、生きる意味を与えてくれた者たちがいます。だから……後悔で終わらせないでください。これからの私を、見届けてくれませんか。……あなたが救った光が、閉ざされていた永久の闇から、生まれ変わるところを」


コンラートは、長く、重い沈黙のあと、深く一礼をした。



「……お約束いたします。必ず。……この命が続く限り」



コンラートが去り、一人残されたルカは、手元の手紙に火を灯した。


小さな炎が、孤独を焼き尽くすように燃え上がり、灰となって風に舞い、朝靄の空へ溶けた。




それから数刻後、正午を告げる鐘の音がガレリアの空を震わせたと同時に、ノルズランド軍が主導する極刑をもって、旧時代の象徴たる二つの首が断たれた。




※※※




処刑から一ヶ月。新緑が眩しくなった頃、講和代表団がガレリアを去る日がやってきた。


港へ向かう馬車の前で、ルカは「新王」としての激務の合間に、ようやく一息ついていた。



「おい、ルカ」



港に降り立つと、傲慢なほどに低い声。

振り返ると、そこには軍服を整えたクラウス・ランカスターが立っていた。



「……あー、軍務卿どの?一応俺の方が年上のはず……」



「そんなことはどうでもいい。これを見ろ」



言い捨てて、クラウスがルカの鼻先に、指輪をはめた左手を突き出す。



「……指輪、だね」



「そうだ。リーゼは俺と結婚するからな」



一国の軍務卿ともあろう男が、かつての「恋敵(と本人は思っている)」を前に、勝ち誇った大型犬のような顔をしている。



「……いいか、リーゼは俺のものだ。お前の隙いる余地など、微塵もないからな!」



ルカは、その輝く指輪と、不器用なほどに殺気立った男の顔を交互に見て、一拍置いた。



「……あ、うん。ええと……お幸せに」



行ってやったとばかりに、ふふん、と鼻息荒く船に乗り込んでいくクラウス。



「カイル、なにあれ」



ルカがその指をぷるぷると震わせながら、船上のクラウスを指差す。



「浮かれてらっしゃるんだろ、多分。……少々目に余りますがね」



「……あれが、あの『戦鬼』!? ……信じられない。初めて会ったとき睨んできたまんまじゃねえかよ!……女王陛下って、あれがいいの?……すげえ器のデカさじゃん!オレ……一生頭が上がらないよ……」



見送りの大歓声を浴びながら、甲板の上の代表団の真ん中で、なおも得意げな顔で立っていたクラウスが、ルカと視線がぶつかると、満足げに口元を緩め、一度だけ顎を引いた。


そしてそのまま踵を返し、船内へと消える。


遠ざかっていく船影に向かって、ルカは眩しそうに目を細めた。




※※※




ガレリア国はノルズランド王国の政治体系を取り入れ、立憲君主制へと移行した。


王権を制限し、民の声を反映させる議会を設置することで、二度と一人の独裁者が国を戦火に巻き込むことのないよう、ルカ自らがそのくさびを打ち込んだのだ。


かつて蹂躙された北の地・サリナールは自治区として再編され、その復興の全権は、当時血を絶やされた王家に代わり、伝統ある血筋と強固な経済網を持つアーサー・ベルマンに託された。

隣には、その首に、カイルによって返却された首飾りを身に付けた若き後継者、テオが立つ。


侵略を扇動した高位貴族らは、北方サリナール領の未開拓地にて、鍬を握り荒地と格闘させられている。その周囲を、かつて彼らが虐げたサリナールの民たちが冷徹な監視の目で見守り、逃亡の隙さえ与えない。


捕虜となった四千五百余名の将兵についても、戦争犯罪への関与が厳格に精査された。


重罪を犯した者は、開墾や再建の強制労働へと投じられたが、一方で、狂王の命に抗えず、半ば無理やり従軍させられただけの者たちは解放され、故郷の家族の元へと返された。


新体制への戸惑いの声は大きく、民衆の間にはルカへの疑心と、未知なる国家への不安が次々と湧き起こっている。


再建への道は途方もなく遠い。


それでも。





執務室では書類の山に囲まれたルカが、頬杖をつきながら独りごちる。



「……いくらなんでも人使いが荒すぎやしないか?」



隣の机では宰相となったカイルが膨大な申立書に目を通している。足元では精巧な義足が静かに、彼の体を支えている。



「ねぇ、カイル……あのまま無能のままでいた方が良かったんじゃないか?」



「ああああ!もう、うるせえ!いいから仕事しろ、バカ殿下!!」



「ひどい!今は陛下なのに!!」



「そっちかよ!……戦鬼サマから、来月の式までに間に合わせろって言われてんだろ?」



「……そうだった」



ノルズランドは十年越しに結ばれた女王と戦鬼の二つ名を持つ軍務卿との純愛物語に沸いている。


待ち望まれている婚姻式は盛大なものになるだろう。いや、誰よりも待ち望んでいるのはあの男か……



「ちぇーっ!あの暑苦しい執着男……婚姻式へは必ず出席しろなんてさあ。どうせ見せつけたいだけだろ……オレなんて、もうすぐ三十だというのに独り身で……」



ばこっ。

書類の束がルカの頭に叩き落とされる。



「いい加減手を動かせ」



「カイルうぅ!……あっでもお前もまだひとりか」



頭を抑えながらルカが反撃する。



「うるせえ!……俺なんて最近、妙な噂流されてるんだぞ!」



「噂?」



「久しぶりにハンスに会ったら、『よ、隻脚の男色宰相!』なんてよう……どこのどいつだよ!そんなデタラメ流しやがって」



「……あ」



ルカの動きが止まった。



「あんた。なんか知ってるな?」



「いや、な、なにも!それよりハンスは?ハンス元気かい?いやあ……お、オレも久しぶりにハンスに会いたいなあ!」



必死に目を泳がせながら、ルカは目の前に積まれた書類の山のひとつに手を伸ばした。


執務室の窓に柔らかい初夏の風が吹き込む。


カイルはまだ疑わしそうにルカを見ている。



「さて、やるかあ!」



ルカが腕を大きく伸ばした。



「ったく。……どこまでも、ついて行きますよ、元・顔だけ王子様」



「お前ってほんと、つくづく不憫やつだ」



ガレリア国にようやく、眩い季節がやってくる。









(完)
















【完結】いたしました。


最後までお付き合いいただき、心より感謝申し上げます。


本作はこれにて幕を閉じますが、少しでもおもしろかったと思っていただけましたら、ぜひ最後に【評価★】での応援をお願いいたします。

今後の大きな力になります。


いつかまた、語りきれなかった彼らの物語を、どこかでお届けできる日が来ることを願って。

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