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「あなたの手は取らない」と突き放したあの夜這いから十年、女王となった私に執着騎士と無能王子が膝を折るまで  作者: 中田かすり
十年がかりの献身──君の隣で笑って生きていく

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18/29

蝕みの血脈──金緑色が見据える先は





冬は六度、来るたびに、ノルズランドの白を赤く染めた。


開戦当初、ノルズランド軍はひたすら防衛に徹していたが、あの木箱が届いて以来、戦局は劇的に変化した。


降り止まぬ雪はガレリアを疲弊させ、銃器を錆び付かせ、兵士の身も心も凍らせる。


その絶望を血肉に変えるかのように、クラウスは圧倒的な戦果を積み上げ、一兵卒から始まった自らの地位を、今や雪原の全軍を統べる指揮官へと押し上げていた。


相次ぐ補給拠点の崩壊を受け、ガレリア王から満を持して送り込まれたのは、老将カスパール。


彼はこれまでの全戦況を冷徹に分析し、ノルズランドの獣たちが次に牙を剥く地を、完璧に捉えていた。



「おそらく、次はここだ。奴らを迎え撃つぞ。小賢しい細工をさせる前に、ガレリアの威信をかけた火器で、焼き尽くせ」



本国から自ら運び込んだ火器と、それらを使いこなす精鋭たち。


カスパールの手に握られた黄金の飾銃は、一点の曇りもなく冬の陽光を反射していた。


ガレリア軍の精鋭たちは一晩中、闇を睨み続けていた。

夜毎、路面に細工を施しに来る白い獣どもを捕らえ、焼き尽くすために。


だが今夜、雪原を乱す影は一つとして現れない。



「……肩透かしだったか」



将軍が吐き出した息が、白く凍って砕ける。

極限の緊張から解放され、将校たちが凍りついた体を解こうとした、その瞬間。


正面。暁光を背に、雪煙が爆ぜた。


小細工も、夜陰の紛れもない。

朝日を浴びて銀色に輝く雪原を、白い一団が矢のような速度で突進してくる。


先頭を駆けるのは、クラウス・ランカスター。


その名は今、雪原を切り裂く「戦鬼」として、絶望と共に敵陣へ轟いていた。



「放てっ!」



カスパールの鋭い号令が雪原に響く。だが、返ってきたのは地鳴りのような咆哮ではなく、湿った、あるいは乾ききった不規則な破裂音だった。


十に一、あるいは二。


まばらな銃声が虚しく霧散する中、カスパールは自身の黄金の銃を構え、引き金を引き絞った。


一発。初弾の衝撃がカスパールの肩を打つ。


だが、クラウスは銃口が火を噴く寸前、わずかに頭を振った。

空気を焼き切る弾丸は、首筋ひとつ分だけ逸れ、彼の左頬を深く、鋭く掠め取った。


すかさずカストールが次の一発を放とうとしたその刹那、黄金の装填部そうてんぶは、岩のように固着して一ミリも動かなかった。



「……っ! なぜだ……次が、入らん……!」



凍てつく風に赤い鮮血を散らしながら、クラウスが目前まで迫っている。


必死に突き出た取っ手を掴み、力任せに引き絞るが、熱を帯びた銃の内部からは、本来あるはずのない潮水の焦げた臭いが、異質な熱気と共に立ち昇る。


その瞬間、彼の脳裏を、これまでに読み飛ばしてきた夥しい数の報告書が、猛烈な勢いで意味を持ち始めた。


寒さによる不具合。重なる整備不良。


これまで「不運」として切り捨ててきた事象のすべてが、血脈のように今、カスパールの眼前で動脈へと合流し、巨大な「死」の予感となって脈打ち始めた。


自分が万全と信じて運び込んだ銃器。本国で自ら検分したはずの、あの透き通った不凍の潤滑剤。



(……偶然ではなかったというのか……!)



握っていたのは威信をかけた武器などではない。

数年前から、あるいはもっと前から、国の中枢を密かに浸食していた、作為の結晶。


ガレリアはすでに、その内側から音もなく食い破られていたのだ。



「不発を捨てろ! 動く銃を持つ者は火線を維持! 残りは抜剣――肉の壁となれ!」



カスパールは沈黙した愛銃を躊躇なく雪に投げ捨て、指揮刀を抜き放った。


動く銃を持つ者が必死に弾幕を張る傍らで、残された兵たちは一斉に抜き放った鋼の音を響かせ、白兵戦の構えをとる。


生じた致命的な綻びを、老将の意地と兵の命で埋める。その苛烈なまでの即応力が、殺気となって膨れ上がった。


だが、クラウスは止まらない。

弾丸の雨を潜り抜け、沈黙した砲列の間を、吸い込まれるような速度で駆ける。



「……っ!」



必死の覚悟で斬りかかってくるカスパールを、クラウスは鋼の鳴る一撃で正面から叩き伏せた。


精鋭たちが築いた肉の壁すら、今の彼にとってはもはや何の意味もなさない。


六年の歳月は、かつて無謀だった少年が、冷酷な指揮官に変貌するには十分過ぎる時間だった。


クラウス・ランカスター。


祖国の期待を背負い、死力を尽くす将軍ですら、彼の金緑色の瞳には映っていない。


クラウスは返す刀でカスパールの矜持ごと、その身体を深く切り裂いた。


ガレリアの猛将が崩れ落ち、断末魔と共に雪原が赤く溶けていった。




※※※




クラウスの勝利の一報が届く前、王宮では、戦争の重圧に耐えかねた、リーゼロッテの父である国王が譲位を決めた。

長年寄り添った宰相コンラートもまた、友である彼を支えるために身を引いた。


リーゼロッテは、一切の迷いを削ぎ落とした純白のドレスに身を包み、白銀の王冠を戴く。



「──祝杯は不要よ」



戴冠式の熱気が冷めぬまま、彼女は玉座に深く腰掛け、淡く命じる。



「まずは一手を。……素直に受け取ってくれればいいのだけれど」



手元にあるのは、ガレリア王宮への最後通牒。


新宰相となったアルバート・ランカスターが、それを恭しく受け取った。


























最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。



もし少しでも続きが気になる、と思っていただけましたら、下部の【評価★】やブックマークをいただけますと幸いです。


皆様の応援が、物語を最後まで描き切るための何よりの原動力です。



次回もよろしくお願いいたします。

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