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「あなたの手は取らない」と突き放したあの夜這いから十年、女王となった私に執着騎士と無能王子が膝を折るまで  作者: 中田かすり
十年がかりの献身──君の隣で笑って生きていく

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最果ての墓標──くせえ馬着を、被り直して


ガレリア国第二王子、ルカの自室にて。



「つっかれたあああぁぁっ」



ルカがベッドに飛び込んで叫ぶ。



「いやあ、弾丸日程でしたね……」



カイルも自身の尻をさすりながら同意する。


なにしろガレリアに滞在した二日間より、馬に乗っている時間の方が遥かに長い。



「王子になったって何も変わんねえな……」



「あぁ。使節団長言ってましたもんね、『無能な落胤ごときが、馬車に乗れるだけでもありがたく思え』でしたっけ」



「舐め腐りやがって」



そう言い捨てると、ルカは先ほど脱いだばかりの外套を再び羽織り、自室のドアに向かう。



「おい、どこ行くんだ」



「母様のとこ」



「……あんまり一人でうろうろすんなよ」



カイルがそう言うと、背中を向けたままのルカが、肩の横で左手をひらひらと振って、扉から出ていった。





※※※





王宮の喧騒が遠のき、鼻を突く馬糞の臭いと湿った土の冷気が混ざり始める。


誰もが忘れたような王宮の外れの離れ。ここで、ルカは育った。王が陵辱の限りを尽くし、身籠ったと分かった瞬間に放り出した「北方の玩具」の壊れかけの箱。


扉を開ければ、今も、母の細い咳の音と苦い薬草の匂いが漂ってくる気がする。


王がここを訪れることは、一度もなかった。


腹を痛めて子を産み、若さと健康を同時に失った母に、あの「獣」が二度と食指を動かさなかったのは、ルカにとって幸運以外の何者でもなかった。


誰も来ないからこそ、ここはルカと母だけの、息のできる唯一の場所だった。




離れの裏の、墓標の前に立ち、ルカはそっと目を閉じる。


脳裏に蘇るのは、母が大切に、大切に語り聞かせてくれた「寝物語」だ。




貧しい生家にとって、母の美しさは生の糧だった。



当時何があったか、生涯語られることはなかったが、奴隷商の檻で発見されたことで、察するに余りある。


救い出したのは、精悍な貴族の青年。


後日、馬車に同乗した自称「おともだち」に、一通の封筒を渡された母は、尋ねたのだという。



「あのひとは、おうじさまなの?」



「あー。……まあ……似たようなもんだな」



そう言って「おともだち」は、母の頭からすっぽりとヴェールを被せ、「言いつけ守って、達者で暮らせよ」と目的地まで送り届けた。



「おうじさま」は気が付いていたのだろうか。



母が字すら読めないことを。



行く先も、助けてくれた人間の名前すらわからないまま、ただ一瞬、差し伸べられた眩しい光だけに縋って、祖国を後にした幼い少女の思いを。




母は修道院時代、手紙を読み解くためだけにノルズランドの古語を独学で学んだ。顔を隠しながら、目立たぬように生きる母が望んだ、ただひとつの余暇だったと言う。



『永久のやみに閉ざされようとも、光は死なず』




彼は知ろうとしただろうか。


美しい蝶が、虫籠の中でどう死んでいくのかを。




ルカの目に映る母は、いつでも優しく、そして美しかった。

ルカを抱きしめ、その細くて骨ばった指先で、いつまでもルカの髪を漉いた。


どんなに蔑まれようとも、どんなにその身を病が蝕もうとも、母はずっと、美しくあった。


ただ、美しいだけであったのだ。



「……母様? 母様の故郷に、行ってきたよ。

母様の言ってた通りの、美しい国だったよ」



彼は知っているのだろうか。



ガレリアの王宮の片隅。

かつて彼が被せた、色褪せるストールに身を包み、この墓標の下、静かに眠る母の姿を。




夜風がルカの身体を震わせた。




その瞬間、バサッという音と共に視界が遮られ、全身が暖かく包まれる。




「……カイル」




「はい、殿下」




「これ、なに」




「そこの厩舎から掻っ払ってきた馬着です」




「くせえ」




「懐かしいでしょう?」




ルカは、右足をカイル目掛けて振りかぶろうと持ち上げたが、途中でやめた。



カイルが、母の墓標に向かって、短いが丁寧な黙祷を捧げていたからだ。



ルカが静かに口を開く。




「暖かいけど馬くせえ」




「あんたも、そんなもんだったぜ」




ルカは、さっき途中まで振りかぶった右足で、カイルを、蹴り上げた。




「いってえ!……ったく。……あ、今後の交渉、ノルズランド側はランカスター公爵に一任らしいっすよ」




「おまえ、タイミング絶対おかしいよな!……でも、……ま、順当だな」




ルカはそう呟いて、馬着をしっかりと被り直しながら王宮の自室へ足を向けた。



「ま、まさかそのまま戻るとか言わないよな……?」




「戻る。これ、今のオレにちょうどいい」




「……ったく。あんたって人は」




「文句あるか」




「ねえっす」




すたすたと歩くルカの背を、剥ぎ取ろうとして結局諦めたカイルが、苦笑混じりに追いかけていく。













最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。



もし少しでも続きが気になる、と思っていただけましたら、下部の【評価★】やブックマークをいただけますと幸いです。


皆様の応援が、物語を最後まで描き切るための何よりの原動力です。



次回もよろしくお願いいたします。

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