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「あなたの手は取らない」と突き放したあの夜這いから十年、女王となった私に執着騎士と無能王子が膝を折るまで  作者: 中田かすり
十年がかりの献身──君の隣で笑って生きていく

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宿り木の歪み──出来損ないと、侮られて





──ノルズランドとガレリアの交渉は、実に一年にも及んだ。



ガレリア国皇太子、ヴァルハルト・ガレリアにとって、年の離れた異母弟は目障り極まりない存在でしかなかった。


曽祖父が一代で築き上げ、祖父が破竹の勢いで拡大したこの国において、価値とはすなわち「強さ」と同義である。


剣も握れず、北方の女のような見目ばかりか、口を開けばヘラヘラと笑うしか脳のないルカは、ヴァルハルトに言わせれば王家の血を汚す不純物であり、家畜以下の存在だった。


だからこそ、あのような無能を敵国に遣わし、一年もの時間を無駄にした父王の判断が、ヴァルハルトには我慢ならなかった。


ヴァルハルトの怒号が、王の政務室に反響する。



「いつまでこんな無駄な交渉を続けるおつもりか! あんな小国、即刻焼き払うべきだ!!」



玉座を思わせる重厚な椅子に、深く腰掛けたガレリア王は、微動だにしない。


ただ、その沈黙そのものが、老いてなお、衰えぬ獣のような威圧感を放っていた。王は苛立つ息子を見ることすらなく、手元の進軍図から目を離さない。


相談役の大臣が、額の脂汗を拭った。王と皇太子の間に漂う殺気に、胃をおさえながら口を開く。



「……こ、皇太子殿下。陛下は我が国の物資不足を、危惧しておられます。我が国は建国以来、軍事力に重きを置いて、参りました。さ、昨今は農地も荒れ、水源も……」



「それがどうしたッ!!!」



「ひっ……っ! そ、そこで陛下は、ノルズランドの豊富な水と土地を、なるべく損なわずに手に入れる道を……」



ヴァルハルトが拳で机を叩きつけた。

鈍い音が部屋に響き、大臣が短く悲鳴を上げる。



「知れたことだ。そんなもの、すべて力づくで奪えば済む話。我らは支配者だ、泥を啜る農民ではない!」



ヴァルハルトは、一向に自分を見ようとしない父王を鋭く一瞥し、荒々しい足音を立てて政務室を後にした。



「……愚鈍どもめ」



吐き捨てたその呟きは、大臣へ、ノルズランドへ、そして……もはや自分を導けなくなった、老いた父への侮蔑であった。


ヴァルハルトが怒り狂って飛び出して行った政務室には、入れ替わるように呼び出されたルカが、所在なさげに立っていた。



「……ルカ」



父王はこの一年の間に、ノルズランドから届いた書簡の束を握りつぶしながら、地を這うような声を響かせる。



「一年前、貴様が持ち帰った『検討する』という言葉。期限を切っておくべきだったな。ランカスターから届くのは『雪害で使者が遅れた』、『王女の体調が優れない』……子供騙しの言い訳ばかりだ」



「……あはは。公爵さんも大変ですね。あそこ、本当に雪がすごいから」



ルカの能天気な声が、王の逆鱗に触れた。王は立ち上がり、ルカの足元に進軍図を叩きつける。



「貴様……その『顔』すら役に立たんとは!そのうちどこか、金のある国に売り飛ばしてやる、無能の出来損ないが!」



王はそう吐き捨て、もうルカの存在など忘れたかのように大臣へと向き直った。




「全員集めろ。ヴァルハルトに先を越されるわけにはいかん。仕掛けるぞ」



軍靴を響かせ、王が広間へと向かう。数多の追従者たちの足音がそれに重なり、地鳴りのように廊下を震わせた。その音が少しずつ遠くなり、静寂が政務室に降りた。



「無能の出来損ない、か……」



一人残されたルカが、その言葉をなぞるように低く呟いた。

足元には王に踏みにじられ、皺くちゃに潰された書簡が散乱している。


ルカはその中の一通を、静かに拾い上げた。



一年前、ノルズランドの貴賓室でランカスター公爵と対峙したルカは、思わず遁走したことを思い出す。


丁寧に開いた書簡には、几帳面な字で、ガレリアへの訪問の要請を断ることの詫びと、その理由が長々と書いてあった。

あの老獪な公爵が、一体どんな顔でこの言い訳を書いたのか。それを想像して、失笑しながら読み進めていたルカの視線が、末尾の署名に辿り着いた瞬間、ぴたりと止まった。



公爵家の伝統を思わせる、宿り木をかたどった重厚な紋章。

本来なら、合わせ鏡のように描かれているはずの葉の重なりが、右側だけ僅かに歪んでいる。



「……ここだけ、左右非対称……?」



宿り木の枝の付け根。通常、外へと流れるはずの細い枝先が、そこだけ不自然に内側へと、鋭い角を持って折れ曲がっている。


違和感の正体を探るため、ルカが紋章を光に透かしてみると、明らかにそこだけ、後からインクを足したように、周囲との濃淡が異なる。




「この形、どこかで見たような……」




脳裏に浮かんだのは、母が長年なぞり、紙が擦り切れるほど指を這わせていた、あの手紙の文末。


『永久の雪に(やみ)に閉ざされようとも、光は死なず』


何か書物からの引用なのだろう。文末に記されていたのは、それを表す古語の記号ではなかったか。



ルカが何かに気が付いたように、急いですべての書簡を拾い集め、懐に忍ばせ政務室から出ると、扉のすぐ側にカイルが立っていた。



「随分と荒れていましたね」



「一年……よく持った方だ。さすが狸公爵だよ。……お前、その足どうした」



自室へ向かう廊下、僅かばかり左脚を引きずるカイルの足取りに、ルカの眉が跳ねた。



「……誰にやられた」



「いやあ……はっはっはっ。ちょっと石に躓きまして」



「兄殿下か」



逃げるような笑い声を、ルカは逃がさない。

足を止めたルカの視線が、カイルの腿に滲む僅かな汚れを射抜く。



「いつにも増して、荒ぶってらっしゃるようで……。お気になさらず」




「あの下衆……っ」




カイルの腕をなかば強引に引き寄せ、肩を貸しながら、ルカが低く吐き捨てた。












最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。



もし少しでも続きが気になる、と思っていただけましたら、下部の【評価★】やブックマークをいただけますと幸いです。


皆様の応援が、物語を最後まで描き切るための何よりの原動力です。



次回もよろしくお願いいたします。

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