↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第8章・帝国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

348/357

第340話・本音と核心。

 無数の人間の核の集合体、ドグマ。


 僕の意思を反映して、強い思いを形に成す白球を盾に変えて、僕は防戦をしながら人を追わなくてはならなかった。


 目の前で僕に向かって剣を振り続ける女騎士ネオルは、声も見た目もネオさんそのものであり、本気で殺しに来ているのに、僕には敵だと思えない。


 記憶の海の中で僕自身の存在自体が曖昧な今、盾として構えたドグマから、過去の走者《キュリオス》達の声が、意思として流れてくる。


 僕と同じ声、僕と同じ口調、それなのに僕よりも果敢に戦っていたという平行世界の僕『スゴム』は、困惑した声だった。

「ネオンさんって、学校じゃトップの不良だったって話っすけど……」


 僕の世界に転送されてきて、僕と直接殺しあった『須賀見 カイ』の声は毅然として、堂々としていた。

「俺は殺したぜ。ネオナは仲間っつー意識はあったがな、敵で出てきたら殺すしかねぇだろ」


『やめてくれ……。やめてくれないか、ネオが傷つくのは、もう見たくないんだ……』

 僕の世界の本来の走者《キュリオス》であり、ネオさんと巨大な地下基地を作っていた『獅子神 ナラク』の声は、悲哀と苦痛に満ちていた。


 そんな声たちが、僕にとっては耳障りだった。


 そもそも僕には、彼女を傷つけるなんていう選択肢自体が最初から存在しない。そう思うほどに、僕の中で、僕が僕だけの僕であるという核心が強まっていく。


 ネオルは顔を赤くしたままで剣を振り続けたため、息も荒くなっていた。剣を構えたままで、兵士達へと声を投げる。

「おまえら何してる!! 正面の盾が厄介だ、囲って殺るぞ!!」


 兵士達はざわめきながらも、僕の背中の円卓を避けて周囲を取り囲む形で槍を構えた。全包囲からの槍と、正面のネオル。僕の背中の向こうからは、既にゲーダントとメリーアンの足音すらも聞こえなくなっていた。


「やめてくださいよっ!! 僕、こんな事してる場合じゃないんすよ!!」


「侵入者だからだろうが!! バカか、お前はっ!!」


 ネオルは怒声をあげながらも、手を小刻みに動かして兵士達へとハンドサインを送っていた。兵士達はその合図を見ると目を丸くして息を飲み、盾と槍をより一層深く構えて突撃体勢に入った。


 ここまでに僕は秘密の食卓と女神の円卓による、防御力の高さで対応してきた。しかしネオさんがこうして仲間に指示を送る時というのは、相手への攻略法が見えている時に他ならない。


 何をしてくるのかまでは分からないが、囲まれたままでは助からないとまでは分かった。すると兵士達は、それぞれ大声をあげて槍を突き出して突進をかけてきた。


「うぉおおお!!」「ああああ!!」


 単純な突撃では無いはずだ。


 相手はそれぞれが正式な兵士。僕みたいな奴一人に大声出す程のことは無い。だからこそ分かる。ネオルの作戦は僕をこの場から動かさせず、防御に集中させることだと。


 反射よりも先にネオさんへの期待が背中を押していた。僕は背中の女神の円卓の白い壁へと寄りかかり、空間固定を円盤の中心軸のみにして、回転扉のように裏側へとすり抜けた。


 直後、兵士達の槍は僕のいた場所を攻撃していなかった。兵士達は槍を突き出すフェイントだけをかけて、盾を強固に構えていた。


 そして代わりに石の天井を突き破って落ちてきた柱の如き鉄の棒である掘削ドリルが、僕のいた場所の床の石材へとヒビを作ってめり込んでいた。


「こいつ、今度は避けた……!? やはり透視術師か!!」


 ネオナの驚愕の声が響く一方、回転壁をすり抜けた僕の目の前には、ゲーダント達が出ていった廊下と下り階段が続いている。


「今なら……っ!!」


 ここで突っ切って入口を円卓で塞げば、ネオルの追撃を受けずに済む。それにゲーダントを捕まえなくては僕がこの世界へと来た意味も無くなるし、次のチャンスはそうそう訪れないだろう。


 今向かうしかない、そう決意して踏み出そうとした瞬間、僕の足が止まった。


 正面の階段の下から、フワフワとバネのような縦ロール髪と、ゆったりとしたシルクのドレスの上からでもハッキリと形の分かる程の豊満な胸を揺らして、メリーアン姫が駆け上がって来たからだった。


「戦うのをやめなさい!! 私が命令するわ……この戦いはここまで……」


 彼女が上がった息を整えながら、声をあげている所へと、背中からネオルの声が鋭く割り込む。


「バカ、今来んじゃねぇ!!」


 焦りきったその一言が、僕に全てを察させた。

 ネオルは既に僕の背中に対して、攻撃を放っている。

 その範囲攻撃がメリーアンまで巻き込む火力だということを。


 僕は背中にあった女神の円卓を蹴り飛ばし、真横へと勢いよく押し出し、メリーアンの胸の中へと飛び込んだ。


「危ない、伏せて……!!」


 円卓の上を掠めるように、赤い試験管が飛んできた。

 試験管が部屋の入口の上部の壁へとぶつかると、炎を吹き出して石壁をも削る大爆発が起きた。


 僕はその爆風に背中を焼かれながらも、メリーアンの頭を隠すように覆い被さって抱きついていた。


「きゃあ!!」「うぐぅ……!!」


 僕の背を炎が焼いて、二人の身体を巻き込みながら吹き飛ばす。僕は痛みに耐えながら、彼女を抱きしめた両腕の裏からドグマを湧き出させて、メリーアンの背中を包む柔軟な布団のようなドグマの膜を生成した。


「ドグマ開放───拘束の……ドレス……!!」


 ドグマはたちまち白いウェディングドレスとして彼女の身体へとまとわりつくように変形し、彼女の身体を空間固定するための鎧となった。


 彼女の身体が壁に激突する寸前でピタリと止まり、吹き飛ばされていた勢いが二人の密着を圧迫する。


「あなた、コレは……!? 大丈夫なの!?」


 メリーアンは助かった事への驚愕より早く、真っ先に僕の背中へと触れた。炎に焼かれてボロボロになったTシャツは、路上に吹き晒された紙切れのように原型をとどめておらず、背中一帯を覆う火傷が痺れるような痛みで僕の呼吸のリズムを奪う。


 部屋の入口へと、兵士達が集まった。

「ご無事ですか、姫様……っ!!」


 それをかき分けて、二本の剣を携えたネオルが身を乗り出してくる。

「姫様……!! その男から離れろっ!!」


 それと同時に、階段の下からメリーアンを追ったゲーダントが姿を現す。

「姫様……っ!! なぜ戻るのですかっ!!」


 僕は動き出せなかった。

 背中が熱くて、身体が言うことを聞かない。

 守るための力はメリーアンの身を守るのに使ってしまった。


 この世界は、既に終わった『物語』。

 遥かむかしむかしの歴史の一部、僕が関わる事もなければ、既に救う事も出来なかった物語だというのに、僕は目先のメリーアンの為に重傷を負ってしまった。


 だがそんな事は、『物語』の外側を知ってる僕の考えに過ぎない。

 この世界で生きている人達の記憶は、この世界の中でしか生きていないのだ。


 メリーアンは拘束のドレスによって空間固定されて動けないままの身体で、腕だけを使って力のない僕の身体がずり落ちないように引き止めて抱きしめた。僕の眼前に彼女の胸が迫り、甘い薔薇の香りが疲弊した身体に痺れるような心地良さを伝えてくる。


「あなた達こそ、何を言っているの!? 見てなかったの? この人は今、私を助けてくれたのよ!!」


 ネオルは剣を握りしめてメリーアンと僕の目の前まで迫っていた。

「違う!! あんたが戻って来なければ、私はコイツにトドメをさせていた!!」


 ゲーダントは声を荒らげて迫ってきた。

「いけませんぞ姫様……!! そのような何者とも分からぬ狂人を……!!」


「何者か分からないなら、これから分かれば良いんだわ!! この人は最初から、戦おうとなどしていなかった!!」

 メリーアンの瞳が剣を振り上げたネオルを写した。

「ネオルだって、この人に助けられてたわっ!!」


「頼んでねぇし、それは私が受けた、屈辱だ!!」


 ネオルが剣を振り下ろそうとするその一瞬、空間固定されていた拘束のドレスが本物の布のようにひらめき出して、メリーアンの身体を自由にした。


「いけないわっ!!」


 そしてメリーアンが僕と入れ替わるように前に出た。彼女が僕に覆い被さるような形で壁へと寄りかかる。僕の壁となったメリーアン、その頭の寸前でネオルの剣先が停止していた。


「おい、何をして……!!」


「私、運命を感じたの!! この人は私と結婚したい人達の中に居たのよ!! それにこのドレス、着せてくれたもの!!」


 メリーアンは僕のドグマで生成された、純白のフリルのドレスを持ち上げた。それはブリアンが結婚式の日に着ていたものの、コピー品のイメージだ。それが彼女に似合わないはずの無い。ドレスは白以上に淡い輝きを持って、薄暗い階段の前を明るく照らしていた。


 ネオルは息を飲んで後退りを始める。

「それもなんだ……禁術!?」


 ゲーダントは、余裕を無くして声を荒らげていた。

「禁術だっ!! 止めろ!! 洗脳される、殺せネオル!! その男に止めをさせぇ!!」


 それへとメリーアンが振り向いて叫んだ。

「何を言っているのゲーダント!! これは私の命令ですっ!!」


「バカなっ! 何故そこまで入れ込むのですかっ!! ほんの今さっき、初めて見たばかりの男に……!!」


 メリーアンは顔を落とし、力なく壁へと項垂れる僕へと寄り添った。

「声が聞こえたのもある。けれど……。ずっと与えられて生きてきた私に、この人は初めて求めてくれた。そんな気が……したからよ」


 僕は熱くなる身体で、薄く顔を上げた。

「メリーアン……さん」


「あら、女神の方じゃないのね」

 軽く返す彼女の顔は、柔らかく微笑んでいた。


 その光景を見ていたネオルが、構えていた剣をスっと下ろした。

「どういう……ことだよ……」


 しかし階段下から接近するゲーダントは、剣を片手に肩を震わせていた。

「姫が洗脳されては、国もなにも……私が、殺らねば……」


 そして近づくゲーダントに対して、メリーアンは立ち上がり、胸を張って声を落とした。

「私は洗脳などされていません。いえ、むしろ目覚めたんだわ。今までの洗脳されていたような、姫としての私の人生からっ!!」


「な、何をおっしゃって……!!」


「ゲーダント、あなたはいつも私に優しかったけれど、私はあなたから『本音』を感じ取った事など、一度もないのよ」

 その白い手のひらが、僕の肩へと触れる。

「この人は初めて一言を上げた時からここまで、私に本音しか言ってない。私には、それが分かるの……」


 それを受けてゲーダントは目を白黒させながら肩を震わせていた。そして大きく息を飲むと、掴んでいた剣を両手で強く握り直し、階段を駆け上がった。


「毒にはメスを!! これは今切り取らねばならぬ、小事である!!」


 その剣先が真っ直ぐに僕へと向けて突き立てられようとしていた。

 その剣先を、ネオルの剣が弾いた。

 剣は高い音を立ててゲーダントの手から離れ、階段の下へと飛ばされていった。


「なにをネオル……貴様っ!!」


 ネオルはゲーダントを意に介さず、後方の兵士達へと声をかけた。

「コイツは侵入者だ、一時確保を優先する、牢へと運び込み、治療をするぞ!!」


「何を言っている、これは国を揺るがす程の事態なんだぞ!!」

 ゲーダントは僕たちの横で声を荒らげていた。


 それに対してネオルは冷たく言葉を返した。

「女が男を守るって命張ってんだ。それがあの姫様だと来たらな……。ソイツは『無粋』ってやつだろうさ」


 それと共に、ネオルの背後から兵士たちの甲冑の足音がガチャガチャと音を揃えて進んでくる。


 その音に僕は力無い身体で焦りを感じていた。


 捕まったらゲーダントが遠ざかる。

 それは変わらないことだったからだ。


 僕は力を振り絞り、ゲーダントへと手を伸ばそうとした。

 しかしゲーダントは兵士達の足音に押されるように足を引くと、冷たい石壁へと背中を当てて呟き始めた。


「……コイツは、なんだ?」

 その細い目が、僕を捉えて震えている。

「俺の人生の、集大成を塞ぐ……この、くたばり損ないの……。何がそんなに、この俺の……」


 そして彼は、何かに気づいたかのように、部屋の中を見た。

 というより、部屋の奥、テラスに繋がる、光の差し込む窓を見ていた。


「いや、まだ、間に合う……」


 ゲーダントは何かに取り憑かれたかのように、ゆらゆらとテラスに向かって歩き始めた。


 僕の事もメリーアンの事も、ネオルの事も眼中に無く、外から響き続ける群衆の「メリーアン」コールを聞き、砂漠にオアシスを見つけて縋り付くかのごとく、喉を鳴らして進んで行った。


 そして懐から、白い杯を取り出して、腕を震わせていた。


 僕には『それ』が何か分かった。


「ドグマ……なぜコイツが……ドグマを……」


 僕の両脇を、兵士が掴んで立ち上がらせた。


 その瞬間、僕の視線を追ったネオルがゲーダントの手元を見て、顔を青くして言葉を漏らした。


「アギカの祝杯……!? 何故そんなものを……!!」


 ゲーダントはネオルの声に気づくと、それから逃げ出すかのように、テラスへと強く駆け出して行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。