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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第8章・帝国編

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第339話・索引する物語。

 僕はドグマの意識の海へと自分を沈めた。


 帰られる保証は無い。それは承知の上だったが、言葉で示すよりもこの世界はよっぽど僕にとっては難しかった。


 意識の海に実体はないのだが、言ってみれば大図書館の本棚に、天井まで高く積まれた辞書のような小説の群れの中から『スゴミ』のひと単語を見つけ出す戦い。


 そんな感じだった。


 だが並べられた本は、きっちりびっちりと並べられている訳では無い。誰かが常に読み荒らしているかのように、しまいきれていなかったり、縦横に積まれていたり、床に置かれていたり……。


 そんな誰かが何かを探した形跡を残す本が、僕への僅かなヒントとなっていた。


「あの……この物語にします」


「はい、読んだら元に戻して下さいね」


 青髪黒スーツの図書管理人風の女性が受け答える。

 彼女は完全に零極さんなのだが、床に直接正座して本を一ページ一ページめくって目を通す作業を機械的に繰り返しており、読み終わった物を投げ捨てたり本棚にしまったりするのを眺める以外、会話や交流の出来る存在ではなかった。


 彼女が投げ散らかした本の表紙を開くと、目次が並べられている。

『姫の心中』『姫の孤独』

『マリア』『マリアン』『マリアンヌ』


 ……そんな名前が出て来ると、その物語が僕に近い位置を流れている物語なのだと、すぐに分かった。


 そしてそれこそが僕を導いて、この世界へと連れてきた。


 今僕の目の前にいる女性の名前は『メリーアン』。


 姫様だ。


「あなた、今は逃げた方が良くない……!? もうすぐ衛兵も来るわよ!!」


 その顔は、僕が王国との戦いに巻き込まれる最初の原因ともなった『ブリアン』に瓜二つだった。瞳が大きくて豊満な胸を持つ『姫属性』の女性だ。


「な、なぜこんな浮浪者同然の少年の、肩を持つのですか、姫様……っ!!」


 そしてメリーアンの隣で剣を握っている男、ゲーダントと呼ばれていたその男を僕は追ってきた。この意識の迷宮を抜け出す為に、僕の名前を見つける為に必要な工程。


『この男を二度と世に解き放たない物語へと至る事』


 僕の核心が、それを必要だと思ったからだ。


 僕がいた世界のドラキール帝国で、兵器開発部の局長だったこの男は、どこの世界でも必ず『医者属性』を持っており、力に飢えて倫理を踏み外している。


 僕は女海賊ノリノと別れて、ウミノだったこの男にドグマを押し当ててから、物語の海を駆け巡っている。


 いくつもの世界の中の、5000兆人の誰かの記憶に転移して、その世界の記録に対面する。そこにはだいたい記憶の無いゲーブルトがいるので、ドグマを押し当てて核心を問う。


 そうして何度か物語を飛び越しているうちに、突然ゲーブルトが見つからなくなった。それがこの世界だった。


「コレが僕の逃げる方向なんすよ。今のあんたには、記憶も核心もあるんすか……」


 僕はドグマを突き出してゲーダントへと接近して行った。今までの本当に何も知らないと言った顔のゲーブルトとは明らかに違い、この男には意志を持った闘志と拒絶がある。


 メリーアンの婿探しなんて騒動が起きなければ、僕はこの世界で農家に拾われて、食べるのだけでいっぱいという暮らしに従事させられていただろう。


 だが僕は彼女の気まぐれのような導きで、ここへと辿り着いた。


 ゲーダントの腕力が、自身の剣にしがみついていたメリーアンの背中を引っ張り、後ろへと投げた。

「記憶も核心も、なんの事だかさっぱり分からんと言ってるだろうが!! 狂人か貴様っ!!」


 僕のドグマとゲーダントの剣が、真っ向からぶつかろうとしていた。


 その瞬間、僕の右方向から凄まじい殺気が立ち上り、僕は即座に身を引いた。僕の顔の前のスレスレを、ロングソードが扇風機の羽のような音を出しながら通り抜けていき、反対側の石壁へと突き刺さった。


「遅れました、ゲーダント様、ご無事で……!!」

 それは凛とした女性の声だった。


 そこに居たのは、金髪ポニーテールで、煌びやかな鎧を身にまとった騎士風の女性……というか、僕視点では完全にネオさんだった。


 ゲーダントは剣を引いてメリーアンの脇を掴んで立ち上がらせながら、部屋の入口の方へと視線を移す。


「ネオルかっ!! 待っておったぞ!!」


ネオルは冷たい口調で目を尖らせていた。

「つまみ出すか、捕獲するか……。殺していいなら早いんだけどな」

 

 そこへとゲーダントの蛮声が飛ぶ。

「殺して構わんっ!! 私は姫様を守るので手一杯だ!!」


「……了解」


 ネオルは鎧の内側から、赤と緑の試験管を抜き出して、指の間に挟み込み、それを即座に僕に向かって投げつけてきた。


 僕はネオルと呼ばれた彼女と会うのは初めてだったが、ネオさんの戦いは今までに幾度となく見てきた。僕の反射的な思考は、ネオルの試験管が爆薬と燃焼剤である事を確信していた。


「ドグマ開放────女神の円卓!!」


 僕は正面へと3mの白い円盤『女神の円卓』の防御壁を展開、それに次々と当たる試験管が、真っ赤な炎を噴いて爆発すると、部屋中を熱気が包み込んだ。


 僕は盾で爆風を防いだ。逆に止められることを想定していなかったネオルのほうが一歩たじろぐ。


「止められた……!? コイツ、私の手を知って……!!」


 僕は盾の裏で熱気にむせながら叫んでいた。

「や、やめてくださいよ!! 僕はあなたと、敵じゃないっすから!!」


 必死に返すが、それは別の世界を知っている僕の都合だ。おそらくゲーダントの部下であり王国の騎士である彼女にとって、僕は姫を狙ってる一般侵入者としてしか映らないのだろう。


 メリーアン姫は、ブリアンが祈ってくれていることで、ドグマの力が干渉して僕を意識できているようだけど、ネオさんは僕がゲーブルトと戦っているということすらも知らない。


 彼女の思いが、ネオルを動かす。


 そんな可能性は何処にも無かった。


 ネオルは構えていた剣の刀身に付いていたレバーをガチリと引いた。それと共に刃の側面についた細かい刃が一瞬にして立ち上がり、カラクリ仕掛けのチェーンソーと化して、ガチガチと鋭い音を立てながら回転し始めた。


「トランスGEAR・リッパーキャット」


「ネーミングセンスまで一瞬なんすかぁ!!」


 僕は盾の裏で体を縮めていた。

 辺りにはネオルが巻いた燃焼剤によって、紫色の荒い炎が、パチパチと弾けながら燃え続けている。


 そこへとネオルは真っ直ぐに踏み込んで来る。

 僕は女神の円卓を縮めて50cmのちゃぶ台、秘密の食卓へと変形した。接近されるなら視界内オートガードのコレが良い。


 僕は振り下ろされるチェーンソーの剣へと、防御力無限のちゃぶ台を差し出すと、剣は衝突と共にチェーンが壊れ、刃の破片が周囲へと飛び散った。


「バカな……プレートアーマーだろうが断ち切るんだぞっ!?」


 ネオルは目を丸くしながらも、体勢は崩さなかった。シルバーのレギンスのつま先で床を蹴り飛ばすと、レギンスの側面から剣が飛び出してきて、竹馬のように足を伸ばし、空中へと脱出した。


 高い角度から、伸びた足の剣が鋭く突き出されてくる。そしてそのブレード蹴りの合間にも試験管が次々と降ってきて、僕の防御方向以外の周囲が炎で包まれていった。


「コイツ……全く効いてねぇのか!!」


「やめて、やめてくださいって、言ってるじゃないっすか!!」


 僕が動けないでいる隙に、ゲーダントはメリーアンを連れて部屋から出ようとしていた。


「ささ、姫様……安全な所へ……!!」


「おい、ちょっと待て……!!」


 僕が一瞬ゲーダントに気を取られて腕を伸ばすと、そこへとネオルの足のブレードが突き下ろされてきた。鋭い刃が僕の皮膚を斬りつけて、血が滲み出す。


「く……っ!!」


 空中で踊るようにブレードを振り回していたネオルは、それを見て目を光らせる。

「よそ見してれば、防げないってか……!!」


 ネオルは白銀のガントレットを突き出した。ガントレットの腕の装甲が、ガチャリと六方向に開く。


「トランスGEAR・マグネス アングラー!!」


 僕はそれを見た瞬間に、下を向いて目を両手で覆った。


 閃光弾だ。


 ネオさんの得意の手のひとつ、それを僕には確信していた。直後、目を被った手を赤く透けさせるほどの、強烈な光が部屋の中を包んだ。


 目を開ける。


 大丈夫、全て見える。


 そう思った瞬間に、ネオルは既に身体を横回転させながら足のブレードを叩きつける大技に入っていた。閃光弾が決まって僕が動けなくなると先読みをした、ハイリスクハイリターンの斬り込みだ。


 僕はその瞬間に秘密の食卓を巨大化、3mの女神の円卓と化して、亀が甲羅に身を隠すように、その裏へ身体を押し込んだまま炎の中を突き走った。


 ネオルのブレードが、僕の円卓の防御に弾かれる。強い勢いのついたブレードは、防御力無限の壁にあたって、割れるように折れて刃先が飛んだ。


「コイツ……!! 見えてんのかっ!!」


 ネオルはジャンプ中に片足のブレードを失い、バランスを崩して、石床に叩きつけられようとしている。

 僕はそれに対して、手を伸ばしてドグマ変形をうねらせた。


「ドグマ開放────ネオさんのパンツ!!」


 受け止め専門のドグマ変形、繊細なレースで象られた巨大な三角布のハンモックが、ネオルの落下地点へと展開された。


「私のパン……はあっ!?」


 ネオルは両手で股を抑えながら、その上へと身を預けるようにして落下した。


 ……スパッツ履いてるじゃないっすか。

 ともあれ、怪我だけは免れたようだ。


 一方で僕は部屋の出口のゲーダントへと真っ直ぐに迫っていた。しかしそこには既に重厚な鎧に身を包んだ兵士達が盾を構えた横隊を成しており、ゲーダントとメリーアンは既にその向こうへと進んでいた。


 兵士はより集まって、緊張している様子だった。

「ネオル隊長がやられた!?」 「只者では無いぞ!!」

「姫を早く奥へ!!」


 僕にはこの、何の関係もない兵士達を倒すことなどは出来ない。しかしもたもたしていると、ゲーダントに逃げられてしまう。


 僕は女神の円卓を構えている。僕のドグマの『絶対慣性』の推進力の前では、兵士達が構えている盾などはなんの意味も成さない。


 普通に突っ込んで、押し負ければ兵士達は退くはずだ。

 そう思い意を決して進もうとする僕の背中から、ネオルの高い声が響き渡った。


「やられてねぇよ!!」


 ガチリとレギンスのブレードをパージする音が鳴ると、ネオルはパンツハンモックを飛び降りて、腰の後ろから二本の機械剣を引き抜き、顔を真っ赤にして僕へと猛然と迫ってきた。


「お前、どこまで見えてやがる……!!」


 僕は兵士に向けて構えていた円卓を背にして、新たにちゃぶ台を手のひらから生成して、その剣へと構えた。


「見えてるって、何がっすか……!!」


 ネオルの凄まじい剣さばきが、機関銃のような音を立てて僕のちゃぶ台を叩き続けた。


「透視か、超視力系の禁術じゃねぇのかっ!! あんなのが見えんのはよぉ!!」


 その叫びと共に、彼女の剣先がパンツハンモックを指し示した。


「み、見えてないっすから!! 偶然、偶然ってか、履いてんすか、あんなの……!?」


 おそらく、偶然ではない、ネオさんの生き写しである彼女が、ネオさんと同じセンスの物を身につけてる可能性は極めて高い。


 だが、ぶっちゃけ今は、そんな事はどうでもよかった。


 ゲーダントが逃げている。


 僕の背後で兵士達がざわめく声を後にして、ゲーダントの足音が遠ざかっていた。

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