第335話・誰の力が誰を成す。10
気づけば僕は、全裸で薄暗い民家の床に転がされていた。
『バシャリ』と冷たい海水をぶっかけられて、目を覚ます。
僕の目の前には、ここの住民と思わしき男性の無惨な遺体が転がっていた。その隣では、上着とスカートを剥ぎ取られ、Tシャツと下着だけの姿にされたノリノが、荒縄で椅子に縛り付けられた惨めな姿で俯き、猿ぐつわを噛み締めながら泣いていた。
黒ひげの海賊は、裸で寝転がる僕の腹へと、黒い軍靴で容赦のない蹴りを打ち込んできた。
「起きろクソガキっ!! てめぇはお使いだっ!!」
「ぐぼぉ!!」
黒ひげは、民家の机にまとめられていた僕の服をぐしゃりと掴んだ。
「いいか、てめぇは今から船に戻り、オカシラを一人でここに連れてこい!!」
「なんで……そんなこと、僕が……」
黒ひげは僕の髪を乱暴に掴み上げて顔を近づけた。
「てめぇは俺達に逆らえねぇ。オカシラは銃を抜くのが速ぇからな。てめぇみたいなどうしようもねぇ奴が、メッセンジャーには一番向いてんだよ」
そして、その目を細める。
「オカシラさえくたばりゃ、あとはこっちのもんよ。成功したら服も返してやるし、てめぇだけは見逃してやるよ」
「そんな約束……。どうせ裏切るんじゃ、ないんすか……」
僕が顔を歪ませながら反応すると、黒ひげは僕の首根っこを片手で掴み、民家の外へと放り出した。
「俺たちゃ海賊、殺すし奪うが、海の男に二言はねぇ!!」
そう言うと、扉を閉め始める。
「早くしろよ、俺は気が短けぇんだ。ノリノが死んじまったら餌にもならねぇからなぁ!!」
そして扉は、乱暴に閉められた。
僕はその瞬間、電撃的に閃いていた。
逃げ出すチャンスだ。
服なんてどうでもいい。最初からこいつらから逃げるために、自分から捨てようとしてたんだ。
そうは思ったが、一方で泣き伏せていたノリノのことも気になっていた。
僕はその民家から離れ、海の方向がどちらか確かめようと首を伸ばした。しかし、街の中にはすでに死体が溢れ、海賊たちは奪った食料などを肩に担ぎ、あるいは縄で縛り付けた泣き叫ぶ女や子どもを地面に引きずっていた。
酷い惨状だった。
そして、この虐殺と略奪の最初の号令を出したのは、紛れもなくノリノだ。彼女は明るく気さくに僕に構ってくれたが、生粋の海賊であり、これを平気で指示できるとんでもない悪党であることは疑いようもなかった。
「逃げるしか……」
僕は海の方角を確認すると、反対側の街の奥の方へと視線を向けた。海に向かえば海賊がいる。ならば街で匿ってもらうしかない。服が無い理由など、正直に海賊に取られたと言えば良いだけだ。
そう思った瞬間、街角で青龍刀を掲げたウミノが、震えた悲鳴をあげているのが見えた。
彼はいけ好かないオッサンだったが、僕と同じ被害者であることに変わりはない。略奪勝負なんていうしたくもない戦いに駆り出され、負ければ殺されるだけという悲惨な状況だ。
だが、僕が動くよりも考えるよりも早く、ウミノは動いていた。彼の目の前には海賊に囲まれ、壁に背をついて腰を抜かした老人が手をかざしていた。
「後生じゃ、見逃してくれぇ!!」
「うぉおぁあ!!」
ウミノは目を閉じたまま青龍刀を振り下ろし、命乞いを無視して、老人へと一気に袈裟斬りを浴びせて致命傷を負わせた。
僕はそれを見て、瞳を揺らしていた。
「何やってんすか……あんたは……」
全裸のままの僕だったが、その瞬間、自分を隠すことすらも忘れて、ただ変わっていく赤髪の男を見つめていた。
「そこまでやったら、あんたもう……戻れないじゃないっすか……!!」
ウミノは老人の返り血でその白衣を汚しながら、僕の方へと振り向いた。その目に光はなく、ただ虚しく笑っているようにすら思えた。
僕は一目散に海へと向かって駆け出していた。
裸足で走る足の裏を、転がった砂利が傷つける。
それに仲間の海賊が気づいていた。
「アイツ、フィフティフィフティのガキじゃねぇのか」
「逃げる気か……?」
「ほっとけ、オカシラの地獄耳からは逃げられねぇ」
群れた海賊たちが、ゲラゲラと笑っていた。
僕はそんなことも気にせずに走り、岩礁の沖に停まっている船が見える岸壁へと身を乗り出した。
「オカシラァー!! 黒ひげが裏切って、ノリノを捕まえてるっすよ!!」
僕はそれだけを大声で叫んだ。
そしてすぐに踵を返して、街の中へと向かった。
ジャスティンは耳が良い。
それならば、今の一言だけで彼には伝わる。
僕はそう確信していた。
そして街の奥へと走った僕の視界に入ったのは、最初の火矢で猛火の列となった炎の住宅地だった。周囲では火消しの鐘がカンカンと鳴らされ、野次馬が集まる中で、一人の男が消火活動を行っていた。
しかし、その火消しの方法が妙だった。男は水も使わずに、巨大な白い布を蜘蛛の糸のように手のひらから発射しては、火に被せるという消火方法をとっていた。
集まった人々が見ていたのは、その男の手際だけだった。そして白い布は何故か一切燃えず、かと言って即座に火を消すようなものでもなく、薄布が夜の暗闇に火災の炎をキャンドルの光のようにぼやけさせている状態だった。
僕はそんな火炎の残る建物の中へと、裸足の全裸で突っ込んだ。
言うまでもなく、向こう側にいる白布の彼と、集まった街の人々の前へと躍り出るためだ。
足の裏を炭が焼き、汗に濡れた皮膚を熱気が一瞬で乾かした。
僕が反対側に抜け出ると、その登場に悲鳴が上がった。
「いやだっ、服きてないわよ!?」
「湯浴み中だったのか……!?」
僕にとってそれらは果てしなく呑気な反応に聞こえたが、構わず身を乗り出して布使いへと声をかけた。
「海岸が、海賊に襲われてるんです!! 既に沢山殺されてるです!! 全部奪われちゃいますよ……!! 僕みたいに!!」
その雄叫びの様な張り裂けんばかりの声に、一同のざわめきが止まった。
「海賊が街に……!?」「この火事……まさかっ!!」
布の男は前へと踏み出し、僕へと白い布を被せてくれた。
「よくそれを伝えに来てくれた、勇敢なる少年よ。服が無いならば、それを纏っていると良い」
僕は白布を受け取ると、肩から巻いて横止めで前を隠した。僕にとって、この男がいてくれたことは限りなく都合が良かった。
だがしかし、僕がこっち側に来る判断をしたのは、ノリノの戦術紹介があったからだった。
火災で街を分断して海岸側を孤立させ、そのどさくさに速攻の奇襲で、略奪を仕掛けた海賊たち。その手際は見事なものだったが、逆を返せば、街が全力で素早い抵抗をするのは海賊側にとっても都合が悪いということだ。
白布の男が、即席で作った旗を掲げていた。
「皆の者、私と共に戦おう……!! 私の後ろには、銃弾の一発も通しはしない!!」
布はバサリと何重にも広がっていき、帆船のマストのように風を受けて膨らんでいた。それに呼応するように、街の人々は猟銃やら農具を掲げて雄叫びをあげた。
「これが……英雄……」僕は呆気に取られていた。
その布が何の超能力なのか、そんなことは僕には分からなかったが、その姿は彼が『主人公的な何か』であることを僕に確信させていた。
それを見た僕は、燃える街の灯りを瞳に映しながら、海の方へと振り返っていた。
パチパチと焼ける火災の向こう側から、耳を澄ませば人々の叫び声が聞こえてくる。
「行かなくちゃ……」
僕は何かに取り憑かれたように、一人で焼けた建物へと向かって歩き出していた。
そんな僕の肩に、硬質な皮膚に包まれた指が置かれた。
白布の男が後ろから肩を握り込み、僕の歩みを止めていた。
「君はもう大丈夫だ、避難していなさい」
僕は布の中から手を出して、彼の手をそっと払い除けた。
「残してきた人が、いるんです。僕がもう……失いたくないって思う、そんな人が……」
すると僕の隣へと、筋肉でパツパツに膨れ上がったタンクトップを着たバンダナの男性が並び立った。
「任せな、街のもんはみんな顔見知りだ。俺たちが、助ける……!!」
男はフォークのような農具を力強く握りしめていた。
きっとこの人は、ウミノの青龍刀なんかよりもよっぽど人を上手く殺せるのだろう。それを確信させるような逞しさがあった。
だからこそ僕は、肩からかけた布を手にかけて、吹き荒れる海風に乗った火の粉の中を、前へ前へと歩き出していた。
「僕しか、いないんすよ……」
僕が思っていたのは、ノリノのことだった。
海賊たちは小舟を八隻出していた。
それが一組5人チームだから合計で40人足らず。街の群衆の包囲にあえばひとたまりもないだろう。
だからこそだった。
海賊退治したとして、ノリノはどうなるのか。
彼女はこの事件の首謀者だ。
捕まればただでは済まないだろう。
かと言ってジャスティン率いる海賊団に身を置き続けるのだって、安全だとは言いがたい。
助ける義理も、倫理もない。
それなのに、私の向かいたい衝動は抑えきれず、僕は白布を肩からぎゅっと握りしめていた。
「今繋がるから……って、待っててくださいっすよ、ノリコちゃん」
僕が呆然と呟くと、マントのような白布が淡い光を持って蠢き出した。
白布の男がその光に照らされて、息を飲んでいた。
「君に……私の布が反応している……!?」
その瞬間に、白布の男の後ろから、切り裂くようなキツめの女子の声が飛んできた。
「そいつ、何者なの……!? ドグマが、ドグマが反応してるわ!!」
僕の身体を包んでいた白布は、僕の体を包む鎧とマントへと変性していた。そして僕の左手には、白いちゃぶ台が握られている。
「ドグマ……? そうかドグマなんすよね。僕のドグマは、ここにある……」
「あんたのドグマじゃないわ、それはソグマンの……っ!! え……走者でもないくせに、なんでドグマを動かせるのよ!!」
僕は女子の声の方へと振り向いた。
このキツい物言いをする女の顔を、僕は知っている。
低い身長に、控えめな胸、刃物のようなつり目に、ショートボブのアホ毛。
ドグマを手にした瞬間に、この人の属性に関する記憶だけが完全に戻ってきた。
「この世界の、支持者さんっすか?」
並行する多世界の中に一人、世界の消滅を止める為の支柱となる少女がいる。それが支持者だ。目の前のアルハは青い髪をして、白い鎖のドグマを手にしているが、僕の知っている支持者は黒髪の子と緑髪の子。
でも全員に共通している、短気で、いつもだるそうで、そして魔法少女に変身して戦ってくれる人達だ。
青髪の支持者は、唇を震わせながら目を白黒させ続けていた。
白布の男、ソグマンと呼ばれた男も顔をしかめていた。
「ドグマは走者だけのもののハズ……。君は、一体……」
僕は手にしていたちゃぶ台を、火災の住宅へと向けた。
「僕にも僕が誰か、分かりません。ただ、今は先に、街を救いましょう」
僕の手前で白のちゃぶ台が熱く発光を始め、吹き荒れる熱風がソグマンのドグマの旗帆をバタバタと暴れさせた。
「ドグマ開放────秘密の食卓!!」
爆風のような乱気流に、周囲の人達が一斉に自身の顔を覆い隠した。
「僕がどこから来たのかは知らないけれど、今から開くこの道は、必ず君へと届けて見せる!! ファルコンストライク……バーストッ!!」
僕の手の先から戦艦の主砲のごとき爆裂音を放って発射されたちゃぶ台は、正面の火に包まれた住宅を地面ごとえぐり飛ばし、僕たちの正面へと土臭い一本道を開いた。
僕は愕然とする周囲の視線にも振り返らず、ただ前へと向かって駆け出していた。




