第331話・誰の力が誰を成す。6
焼肉の網の上で誰にも取られずに真っ黒の塊となった肉のように、ゲーブルトは空中で炭化した肉クズとなって地下室に散乱した。
炭が落ちて転がる音が、カリカリと乾いた無情な音を地下室の静寂に響かせていた。
「な、何があったの……それは!?」
ブリアンが目を丸くして、信じられないものを見るように僕を見ていた。
僕の身には一体化ヒーローハートの衣装が戻っており、ブルーのプレートメイルが部屋に舞う火の粉を受けて、青く輝いている。
そこにデフィーナが影潜航から飛び出して来て、大きく息を吸った。
「はあ……どういう事? ゲーブルトは、なぜノリコの変身を解いたの?」
僕は剣の輝きを収めながら、腰元へと腕をぶら下げた。
「更新したんすよ。僕とノリコちゃんの、ヒーローハート一体化の持つ意味を、より強い信念に……」
僕の目を覆っていたゴーグルノリコが、レンズの奥で光が楽しそうに揺らして、自発的にぴょんぴょんと跳ねて頭の上へと戻った。
「あーや、ウチは死ぬほどハッピーな気分だよっ!!」
ノリコへと視線が集まる中、僕はデフィーナを見ながら続けた。
「デフィーナさんが教えてくれたから、きづいたんすよ。ゲーブルトが奪った僕とノリコちゃんの関係は、さっきまでの関係だった」
クリティカルソードを顔の前に持ち上げて見つめる。
「だったら奪われていない領域まで、関係を深化させれば良い。ドグマはより強い意思を優先するって、須賀見カイとの戦いで学んだっすからね」
ブリアンは口に指を当てて、困惑したように眉を寄せていた。
「な……なるほどね? じゃあ、ノリコの事を好きって言ってたのは……?」
「それは本心っすよ。ドグマは本心にしか答えませんから……」
そのやり取りに、ゴーグルノリコがグラスをにやけさせてブリアン側へと寄る。
「ぬふふぅ、安心してよ姫様ぁ、ウチとラブたんはラブラブになったワケだけど、もう死んでるし、呪いも束縛もしないからさぁ!」
「……えっ?」 ブリアンは冷や汗をかきながら、引きつった笑みで上へと視線を持ち上げた。
そうしていると、デフィーナが凍りついた入口を険しい目で見つめた。
「ともあれ、炭にまでなったなら遺伝子も生きては無いでしょ。ここからはどうやって出るのかしら?」
僕もデフィーナにつられて、入口側へと視線を移す。
すると最初の凍結の時にゲーブルトが氷の中に残した腕の残骸が、ビクビクと気味悪く蠢き始め、その切断面から生々しい二重螺旋の血管のような構造が、ウネウネと這い出るように伸びてきた。
即座にデフィーナとブリアンは構える。
「コイツ……!! 殺せてない!?」
「捨てたパーツからでも再生できるの……!?」
僕は背筋に冷たいものが走るのを覚えながら、クリティカルソードを再び力強く振り上げた。
「この部屋の肉塊も血も、全部焼き払わないといけないって事っすか……っ!!」
だが、再生中の腕から、先に湿った歯と舌だけが生えてきて、空気を舐めとるように動いた。
「無駄だから、やめておけ」
這い出るように聞こえてくる、低く澱んだ男の声。
それは間違いなく、ゲーブルト本人の声だった。
「『チャイルド・オファー』という能力があるのさ。せっかくだから話をしよう。私は心核能力に目覚める前、ただ一人の医者として働いていた頃の話だ」
「聞く必要ないわっ!!」 デフィーナが叫ぶ。
「待って下さい!!」僕は返した。
ゲーブルトに喋ってる暇を与えてはいけないという事以上に、この場でいきなり紹介しだした能力に嫌な予感がしたからだった。
ゲーブルトの腕から直接生えた唇が動き、鼻筋が盛り上がり、抉れるように目玉がぎょろりと嵌め込まれていく。クチャクチャとグロテスクな音が声に混じっていた。
「私の患者に、心臓に重い病を抱えた少女がいてね。私は人工ポンプでその子を延命させていたが、少女は成長するにつれ、日ごとに体力を失っていったのさ……」
頭蓋骨がミシミシと音を立てて生成され、蒼白な皮膚がそれを覆い、血に染まった赤髪が生えてくる。
僕達は言葉を失い、そのおぞましい怪物の過去を、ただ息を潜めて聞いていた。
「そして少女の母親は、俺に言ったのさ。『私の心臓を、あの子に移植してください』とな」
僕は喉の奥が引き攣るのを抑えながら、掠れた声で聞き返した。
「生きてる人間の、心臓をっすか……」
頭部の再生を終えたゲーブルトの目が、ねっとりと僕を見返した。
「その通りだ。だがそれは法律が許さない。だから私は闇ブローカーの手を借りて、闇手術を行った」
その目が薄く細まった。
「その時さ、どうせ死ぬからと思い、俺は当時打ち込んでいた『エクリプスの能力を体に宿す者』の研究の一環として、母親の脳の中心にエクリプスのコアを移植してみたのさ」
デフィーナが嫌悪に満ちた目を細める。
「最低だわ……あんた」
「するとどうだろう。母親の心臓はピタリと止まり、子供の心臓が自ら動き始めたんだ!! 母親の心臓は俺が手術するまでもなく、少女に移植されていたのさ!!」
ゲーブルトの胸元で自身の心臓がドクンと再生し、肋骨が組み上がり、胸筋と皮膚が形作られていく。
「それが俺が初めて作り出した心格能力者、クランケNo.2、タイコ・シロハタの華麗なる最後となった。彼女が得たのは、自身の子供に自身を与える心核能力を得た。それが『チャイルド・オファー』の覚醒だった!!」
ゲーブルトの胸板を、スーツが、そして白衣が包み込んでいく。彼の姿は完璧に元通りに戻り、氷の壁から軽やかに立ち上がると、ゆったりとネクタイを締め直し、僕らの前へと堂々と立つ。
「そして俺はタイコの細胞を補完し、後に俺自身の能力によって、チャイルド・オファーを獲得している」
自身の頭を指さして、口角を吊り上げた。
「分かるか? そして俺はドラキール旧市街の施設に、俺の子を産んだ女を52名確保、身篭っているものを入れれば63名を確保している」
ブリアンが顔を青ざめさせ、思わず身を乗り出した。
「最悪……あなた、最悪だわ……!!」
ゲーブルトは両手を大げさに広げた。
「そう、俺は最悪の男さ!!」
その瞳孔が異様に開き、見開かれそうな程に歪んでいた。
「俺のチャイルド・オファーは、俺がどこに居ても、俺の一部を子供に移植して、そこから俺自身を再構築する事が出来るのだ!!」
「それって、その子供はどうなるのよ!!」 ブリアンが叫ぶ。
「俺になるって言っただろうが!! だから無駄だからやめておけと言ったのだ。俺に刃向かった時点で、テメェらは既に俺の研究資料となる事が確定してるんだよ!!」
僕は湧き上がる怒りを抑え込むように、ゲーブルトを真正面から睨みつけた。
「あんたはなんでそうやって、人の愛も善意も、平気で踏みにじれるんすか……」
ゲーブルトはまるで虫けらを見るような、あるいは理解不能な言語を聞いたかのように、呆れたように口をぽっかりと開けて声を漏らす。
「……はあ?」
シラケた空気だ。だが僕は言葉を止めなかった。
「だって、そのタイコさんって人は、子供の為に自分の命までも犠牲にしたんすよね……!!」
「ああ、それな? 愛、欲情、恐怖。そう言った純度の高い感情は、心核能力の発動トリガーとして……」
僕は語りだすゲーブルトの言葉に割り込んだ。
「違うっすよ、そんな話じゃないんすよ!! あんただって、最初は延命措置してたんだし、子供を助けようってつもりはあったんすよね……!!」
僕が怒鳴ると、ゲーブルトの愉悦に歪んでいた顔が強張り始め、苛立ちを示すように口を結んで横へと引き伸ばした。
「そんな事を聞いてどうする。俺に残っているのは研究への好奇心と、力への渇望だけだ。むかし良い人だったなら改心してくれ、とでも言うつもりか?」
僕の頭の上のゴーグルノリコが僕へと叫ぶ。
「そうだぞラブたん!! コイツは愛の天敵だっ!! 許しちゃならんヤツだからねっ!!」
「そんな事、分かってるっすよ。僕はこの男を許せない。でも殺せないじゃないっすか!! 子供たちは何にも悪く無いんすから!!」
ゲーブルトは冷笑を浮かべ、肩をすくめた。
「ほほう、やはり男だな。お前は感情より理屈で物事を理解している」
僕は指を突きつけ、静かに怒りを爆発させた。
「理屈なんてどうでも良いんすよ……。あんたはなんでそんな風になってしまったのか、僕はそれを聞いているんです」
その真っ直ぐな問いに対して、ゲーブルトはわずかに動揺したように目を細め、フッと顔を逸らした。そして大きな手のひらで、乱れた赤髪を乱暴にかきあげる。
「お前が殺した……プロメティダがいただろう。アレはな、タイコ・シロハタに瓜二つの女だった。だから俺はブローカーに依頼してプロメティダを手に入れて、その遺体に『レディ・ドール』を発動した」
その目が底知れぬ暗闇をたたえ、再び僕へと冷徹な視線を戻す。
「タイコ・シロハタはシングルマザーだった。俺は子供の闘病を通して彼女に惹かれ、彼女もまた俺を頼り、将来の約束までもをしていた」
ブリアンがハッと息を呑み、思わず口元を手で隠した。
「自分の最愛の人を、自分の手で殺したっていうの……!?」
「そう、だがそれは、望まれたからだ……」
ゲーブルトは皮肉なことに、どこか哀切を帯びた、かすれた声量を落としたトーンで言った。
「俺はアイツが一番に望むものを、くれてやったのさ」
しかし、その湿ったトーンは次の瞬間には急激に跳ね上がり、上擦っていく。
「くはははっ!! だがなっ!! だがどうだ!! 彼女の心肺が停止し、子供の脈拍が上がり始めた、俺はその瞬間にこそ最大の興奮を覚えたのだ!!」
ゲーブルトは自分の顔の前にその手をかざし、まるで何かを握りつぶすように強く手を捻った。
「射精やモルヒネなんぞ、生易しいと思える程の、圧倒的快楽だった!! 研究の集大成、人生の到達点……俺という存在の完成!!」
彼自身の握力が、彼自身の顔面を握りつぶして、目から血液の筋を流させていた。
「そうだ、そうなんだと自分を理解した瞬間、くだらん倫理などぶっ飛んださ!!」
僕は胸の内に冷たい炎を灯しながら、右手に球体のドグマを出現させ、淡い光を宿らせた。
「なんすかそれ……。その状況で唯一の喜びがあるとしたら、それはタイコさんが望んだ『子供を救った事』に対する達成感とかじゃないんすか……」
ゲーブルトはその言葉を浴びた瞬間、大口を開けたままでピタリと石のように固まった。
彼のアゴを伝う血液が、雫となって白衣を赤く濡らしていく。
反論は、一切返ってこなかった。
ゲーブルトは顔に当てていた手で目を覆い隠し、絞り出すように指に血を滲ませていた。
しばらくの間、地下室に不気味な沈黙を落とした。
しかし、その手で顔を無理やりねじ伏せるように掴み直すと、薄気味悪い音を立てながら、その顔面を僕の顔へと変形させていった。
僕の姿へと全身のコピーを終えると、彼もまた僕と同じように右手にドグマの白い球体を生成し、そっくりそのままの顔で僕と向かい合った。
「……それで、ドグマの再定義とやらでノリコを奪うのをリセットした訳だが、次はどうする気なんすかぁ?」
僕自身の声で、その唇が嫌らしくねじ曲がっていく。
「愛だ好きだと叫んで更新したならば、何度でも最新のお前という存在を奪い直すだけっすけどぉ?」
僕はその煽りには怯まなかった。
「そうやって、また自分から逃げるんすね。ネルケ・クローベルが言ってた通りっすよ……お前は逃げるってね」
僕の顔のゲーブルトは返ってヒートアップする。
「ああ!? 逃げねぇよっ!! ドグマと言うものは面白い。お前らの研究には、何十時間かけてやってもいいぞぉ!! この場でテメェらが全員疲れ果てるまで、限界まで遺伝子を搾り取ってやるさ!!」
僕の右手のドグマが、決意に呼応するかのように激しく光を放った。
「ゲーブルトさん、僕は少し分かりましたよ。あんたは僕の上位互換だとか言ってたましたけど、それは間違えています。ネルケさんは、あんたの能力は100%他人にはなれないって言ってました。あんたが自分を残し続ける限り、あんたが奪えるのは僕の外面だけっすよ。僕の核心までは絶対に届かない。それが僕には分かりましたよ」
ゲーブルトは、右手のドグマをアトラスの剣の形へと変形させた。
「なんだ挑発か? 次の再定義かぁ?」
「いいや、事実っすね……」
僕は球体のままのドグマを、そのまま正面へと向けていた。
「……そうかい、確かに俺は常に数パーセント、俺を残して変身をしている。俺にとって最も尊いのは、自分の核心以外に無いのだからな」
ゲーブルトがアトラスの剣を頭上に大きく振りかぶる。
「だが、能力を得るのに必要なのもまた、他人の数パーセントに過ぎない!! 能力同士をぶつけ合う戦いの中で、お前がどう思ってようかなんて事はな、なんの影響も及ぼさねぇんだよ!!」
ゲーブルトが自身の肉体へと、アトラスの剣を容赦なく叩きつけた。
その体が絶対加速の勢いのまま、変形した形のまま真横へと凄まじい速度で弾き飛ばされ、硬質な壁に激突すると、まるで水風船のように盛大に破裂し、全身バラバラの血肉の破片へと変わった。
デフィーナが床を蹴って飛び跳ね、素早く影へと潜ろうとする。
「仕掛けてくるわよ……!!」
ブリアンもすかさず魔法のステッキを構え、周囲に青く輝く水の幕のバリアを展開した。
「倒すの……!? チャイルド・オファーの子供達は……!?」
だが、それらの迎撃よりも、ゲーブルトの再生速度は圧倒的に上だった。
ヤツはその飛び散った肉片を一瞬で無数の巨大吸血ノミの群れへと変化させ、まるでショットガンの弾丸のように一斉にこちらへ飛び込んできた。
回避しきれず、それらの無数の分体が僕とデフィーナとブリアンの身体へと容赦なく張り付いた。
「コイツ……ッ!!」「イヤァーッ!!」
デフィーナとブリアンがそれぞれ悲鳴に近い反応を示す中、零極さんの冷徹な『零時間会議』の空間が、停止した時間を通じて僕の意識へと侵入してきた。
「スゴミ君、デフィーナが奪われます。全てを凍らせますか」
零極さんの澄んだ声が、切迫した選択を迫る。




