第328話・誰の力が誰を成す。3
「凍りつけっ!!」
零極さんと化した僕の左半身が、高く上げた腕を振り下ろした。
僕を殺すと言う宣言と共に睨みあげてくるゲーブルト。この男の不死性も凍らせる事で抑え込めるかも知れない。僕の胸には、そんな僅かな希望もあった。
「氷の能力……!?」
ゲーブルトは顔を歪めながらも、零極さんの氷結攻撃を受け入れた。ヤツの身体に霜が張り、針のように毛羽立った微細な氷の結晶が、一枚の皮のようにゲーブルトの体を覆って完全に動きを止める。
だがいつの間にか、ゲーブルトの顔が巨大なカエルになっている。そしてカエル姿のその体から、キィーンと耳を突くような高音が飛び出してくると、ヤツを包んでいた霜があっという間に溶け始めていた。
零極さんの停止時間の中での分析が、僕の意識に声として入って来る。
「超振動のようです……。スゴミ君、超振動している物体は凍りません。ゲーブルトもまた、君に対応しているのです……」
「でもそれって逆に、対策しなかったらゲーブルトもヤバいって事なんじゃ無いっすか……!?」
僕の意識が反論に向いた瞬間、ゲーブルトは既に動き出して、顔面を青髪の癖っ毛女性へと変更していた。それを見て即座に、ストームが一瞬で眠らされた能力の使い手の姿だと思い出す。
女性化したゲーブルトがニヤケながら、軽く撫でるように手を振った。
「おやすみ、スゴミ君……」
発動されてしまった。『おやすみ+名前を呼ぶと、強制睡眠に落ちる能力』
不意に取られたこの動作だけで、僕の睡眠が確定してしまった。
「おま……」
僕のまぶたが下りて、膝がガクリと折れ曲がった。
その瞬間、僕の全身が一瞬にして女性の体へと成り代わる変形を起こした。
「うおおおい!! なぁに引っかかってんのさ、危ねぇなぁラブたん!!」
出てきたのは僕の中に意識として存在するノリコの身体だ。
ブルーの鎧に赤のマントを装備した魔法少女、ヒーローハートの姿。僕の緩んだ意識を押し退けて寝ない為に出てきてくれたんだ。
「ス、スゴミ……!?」 僕の後ろでブリアンはただ驚いて固まる。
青髪女性になったゲーブルトは、再び苛立ちに顔を歪めた。
「なんだ、お前も変身するのか、もしかして俺と似た能力なのか?」
ノリコは魔法のステッキから伸びてくる剣、クリティカルソードを取り出して、ゲーブルトに向かって構えた。
「似てるもんか!! お前はただの変態だろ!! そんでもって、ラブたんも割と変態……って」
ノリコはワンステップで飛び出て、クリティカルソードを振りかぶった。
「ああ、やっぱり似てるかもなぁー!!」
「ボルテック・ボルト!!」
ゲーブルトは再び叫ぶと、ジャスティスの姿へと変身、全身にボルトの装甲をギッチリと纏い、クリティカルソードの剣撃を受け止めた。
「今度の攻撃は、止められる威力のようだな」
ギリギリと刃が金属の装甲を擦る音が響く中、ノリコは絶叫した。
「うぁぁあああ!! ウチはな、その顔が嫌いなんだよぉ!!」
ジャスティスに殺されたノリコの恨みは、突如として燃え上がった。目の前の顔が自分を殺した仇になる事でノリコの怒りが爆発し、クリティカルソードが太陽のごとき輝きを放って火炎を纏わせる。
そして熱が防御しているゲーブルトのボルトの装甲を溶かして、腕を切り落とし、胸を切り裂き、その傷口から全身発火へと繋げていく。
ノリコは輝く剣を振り払う。
「冷やしてダメなら、焼いてみなってな!!」
ゲーブルトは燃えるジャスティスの身体のままで、体を丸めていた。
「ぐおお、複数の能力、別人への変化……。同じだ。いらねぇ、いらねぇけどなぁ!」
叫ぶと共に、目玉がカメレオンのような出っ張ったギョロ目へと変化した。そして顎が裂けるほどに大口を開くと、口の中からカメレオンのような長い舌をノリコに向かって突き出した。
「てめぇの脳みそ、見せてくれよぉ!!」
その舌先がノリコの耳を掠める。
「うわっ!! きしょい!!」 ノリコは慌てて耳を押さえ込む。
だがもう遅かった。
ゲーブルトの全身がカメレオンのようになり、バリバリと脱皮を開始した。燃えている体の外側を皮として脱ぎ捨てると、中からカメレオン姿で飛び出して、天井へと張り付いた。そして次に身体をみるみるうちに女性の体へと変えていった。
「また変わるわよ!!」 ブリアンがステッキを構える。
ゲーブルトは天井から女性へと変化しながら落下してきた。
「さぁて、テメェの力を見せてみろ!!」
着地したその身体はノリコのものになっていた、同じヒーローハートの姿のノリコが生成されて対面して向かい合う。
「ノリコまで奪われたって事なの……!?」
ブリアンはそれを見て、即座にステッキから水流のビームを発射。
「クリアリング スプラッシュ レイ!!」
レーザー光線のような高圧力水流が、一直線をえがき、ノリコ姿のゲーブルトの脳天を貫いて水と血液が後頭部から噴き出した。
「ぎぁあ!! ウチのお顔が傷モノにぃー!!」
「うなぁ!! ウチのお顔が傷モノにぃー!!」
二人のノリコが同時に同じリアクションを取る。
だがノリコと化したゲーブルトは全然平気そうだった。頭に穴が空いて血をドクドクと流しながらも、冷静に天井を見つめて考え始め、更に胸のプレートメイルの隙間から指を突っ込んで自身の胸を揉みしだいた。
そして顔をしかめて、不思議がるように呟く。
「……あ? 死んでる上に、バイク乗る特技以外に能力は特に無い……だと? ワケが分からん、ゴミか?」
それを見たノリコは顔を真っ赤にして剣を振り上げた。
「だぁーれがゴミじゃい!! 人の胸を勝手に揉みまくってんじゃねぇー!!」
向かうノリコを睨み返す、ゲーブルトノリコの顔が悪意のこもったニヤケ顔に変わる。
「……今は俺の物だ。だが……ダメだな、コレは使い物にならん遺伝子だ」
「ウチはその遺伝子すら、残せてないっつーんだよぉ!!」
ノリコはクリティカルソードを叩きつけるように、自身と同じ姿に向かって振り下ろした。
ゲーブルトは避ける素振りすら見せずに胸へと斬撃を受け、胸から血を噴き出した。そして割れたプレートメイルをキャベツに変身させてバリバリと指で引きちぎり、傷付いて血を流す白い胸を大きく開いて見せつけてきた。
「くははっ! 遺伝子残したいんだったらよぉ!! せっかく作ったこの身体、スゴミ君から直接貰ってやってもいいんだがなぁ?」
ニヤケ顔の卑劣な挑発に、ノリコの顔は歪んでいく。
「お、お前なぁ……!!」
僕は耐えきれなくなり、ノリコの身体を押し退けて自分の姿を押し出した。
「ふざけてんすか、お前はぁ!!ノリコちゃんの身体で遊ぶのをやめろ……っ!!」
するとノリコ化したゲーブルトは、両手を広げたままで飛び込んできた。
「おお、出た出た! 用があんのはテメェだよ、全ての能力の起点が、ラブたんなんだよなぁ!!」
僕はその抱きつきを即座に身を引いてかわす。
抱きつきが逸れて身体を丸めるノリコの顔で、ゲーブルトは額から血液を流し続けながら僕を見上げた。
「なんで避けるのさ、ラブたん! ウチは死ぬほどラブたんの事が大好きでぇ、死んじゃって一緒になれないから、我慢してるだけなのにぃ!!」
僕は顔を歪めて右手に秘密の食卓を構えた。
それと同時に、僕の頭の上で、割れたゴーグルがノリコの声で騒ぎ出す。
「おいテメェ!! それ以上ウチの身体で喋んじゃねぇ!!」
ゲーブルトはゆらゆらと身体を立て直して、身体の前を隠す衣服の部分をビリビリに引き裂いて、鎖骨からへそまでのラインをさらけ出しながら、つけられた胸の傷も額の穴も綺麗さっぱりと修復した。
「ウチはこの身体でラブたんを抱きしめたいって、ずっと思ってるのに!! キスだってしたいし、もっともっと近寄りたいのに、死んでるウチじゃあ重荷になるからって、気持ちを抑えてるだけなのに……」
ノリコ顔の敵の目から、水道を捻ったようなありえない量の涙が溢れ始める。
「なんでラブたんは、分かってくれないのぉ? ああ、好き好き好き好き!! ノリコちゃんは、こんなに君を愛しているというのにぃ……!!」
僕の背筋の中で、愛憎の渦巻く言い知れようのない感情が湧き出して、僕の胸の中を支配していく。
そしてゲーブルトであるノリコの目が、三日月のように捻じ曲がると、歯茎を見せて悍ましい笑顔を見せた。
「ああそっか、死んじゃってるからだよねぇ!! ジャスティスから君を守る盾になって、死体になっちゃたノリコの気持ちなんて、考えたくもないよねぇ!!」
僕はその態度に対し、怒り以上に困惑が心を支配していた。
「だって、それは……」
声が縮まる僕の頭の上から、本物のノリコの声が降りてくる。
「思ってないから!! 騙されんなラブたん、ウチはその、そんな事……!! ってか、こうしてラブたんと一体化してんの、めっちゃ楽しいって思ってるし……。気にする事無いから!!」
ノリコがいつになく、ふざけるでも無く真面目に叫んでいる。
それだけで僕の中ではゲーブルトの発言がノリコの核心なんだという事を認めざるを得なくなる。
そうすると、僕の身体に纏う『一体化ヒーローハート』のアーマーが、次々と剥がれ落ちていった。剥がれた鎧はプラスチックの玩具のように、中身のない音でコンクリートの床へと転がった。
「おいおいおい! 何飲まれてんのさラブたん!!」 ゴーグルノリコが騒ぎ立てる。
分かっている。頭では理解しているつもりだった。
だが、毒のように染み込んだ言葉は、すでに僕の精神の最も脆い部分を侵食していた。
気にしてはいけない。
そう思えば思うほど、意識はノリコの悲しみを、僕の罪悪感として蓄積していく。背中ではためいていたマントは頼りなく滑り落ち、クリティカルソードは剣先がポコンと空洞の音を立てて転がった。
僕を保っていた『ドグマ』の輪郭が、音を立てて崩れていく。
脳内で、零極さんの零時間会議が切迫した声を響かせる。
「スゴミ君、気をしっかりと持ってください! ドグマはあなたの信念によってのみ形を成します。そこが揺らぐ時、力はあなたを受け入れない……!」
「分かってる……分かってるんすよ、それなのに……!」
叫び声を上げたその刹那。
視界の端でノリコの姿が淀み、次の瞬間、僕のすぐ目の前へと跳躍していた。
間近に迫ったノリコの顔は、潤んだ瞳で頬を赤らめ、愛おしげに小さな唇を窄めている。
「ラブたんをちょうだい……。ねえ、避けないで……」
あまりにも甘い、ノリコそのものの声。
その甘美な誘惑に、僕の反射神経が一瞬だけ遅れた。
目の前のそれを、僕は『敵』ではなく『女』として認識してしまった。
そんなわずかな隙。
その瞬間、ノリコの愛らしい顔の上に猫耳が生えてきた。そして瞳孔が爬虫類のスリットのように鋭く細まり、グングンと鼻が突き出して来た、そして顔中から吹き出す黄色の体毛。
少女の面影は消え失せて、目の前の顔は一瞬にして、獰猛な『虎』の頭部へと変貌を遂げた。
大きく開かれた顎から、血に濡れた鋭い牙がむき出しになり、僕の顔面ごと噛み砕こうと襲いかかる。
――食われる。
死の直感が脳髄を撃ち抜いた。




