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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第8章・帝国編

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第327話・誰の力が誰を成す。2

 デフィーナの拒絶は断固として揺るがなかった。


 零極さんの提案は合理的だ。デフィーナのアルハの目による零時間会議と、零極さんの戦闘IQの融合。ゲーブルトの多彩な初見殺し能力に対応するには、至極真っ当で必須の最低条件に思える。


 重くなった沈黙を砕くように、ノリコは両手を組み合わせて踊りながら飛び跳ね始めた。

「良いじゃん良いじゃん一体化!! デフィちゃんがパワーアップしてぇ、ゼロちゃんも役に立ててぇ、敵も倒せてぇ、いい事祭りじゃーん!!」


 デフィーナは零極さんを今にも殺しそうな程の眼力で睨みあげている。

「敵性エクリプスと融合なんて有り得ないのよ。コイツが私の身体を乗っ取らない保証なんて無いし、私が死ねば天使が来るわ」


「……しませんよ。私はただ、スゴミ君に生き延びて欲しいだけ。その為ならば私の自我を支払う覚悟は出来ています」


 零極さんの態度は毅然としており揺るぎない。エクリプスがそういう存在だと言うことは分かっているが、僕の為に犠牲を平然と口にする事に、僕は引け目を感じていた。


「デフィーナさんが『嫌』って言ってるなら、無理にしなくても……」


 僕がポツリと呟くと、零極さんの視線が鋭く僕へと向いた。

「……死にますよ。二人が死んでしまっては、なんにもならない」

 その青い瞳が細まって、険しく僕へと接近する。

「君は私にいいましたね。君は君の生を動かし続け、望みが尽きない絶望を見せてくれると。ここで取れる最善手を取らないのは、望みを捨てる絶望と同義なのでは?」


 彼女の問い詰めに、僕はすぐに答えを出せずにいた。

 零極さんは『絶望』を出力したエクリプス、何よりも僕が絶望する事を望んでおり、僕が欲望を持ち続ける飢餓を絶望と定義したことで、僕の歩みを許してくれているに過ぎない。


 デフィーナへと視線を移す。


 僕は彼女に自由を与えた。走者《キュリオス》に従う支持者《アルハ》としてではなく、彼女の自由にしていいと言った結果、デフィーナは自身の意思で僕に付いてくることを選んでくれた。


 ……やっぱり。


「やっぱり、やめましょう。その代わりに、僕に結合してくれませんか零極さん、今度は目だけではなく、全部で……」


「ちょっと、スゴミ……ッ!?」

 デフィーナが声を裏返す。


 零極さんは強い表情で、僕を見つめ続けていた。

「スゴミ君。気持ちはとても嬉しいし、君が優しいのはよく理解しています。しかし、デフィーナを通さなくては『アルハの目』にアクセス出来ません。重要なのは思考時間の確保なのです」


「零極さん……」


 僕は零極さんを見つめ返しながら、一歩近寄った。

「僕は走者《キュリオス》って、『物語』の被害者だと思ってるんすよ。それは走者《キュリオス》に倒される為に生まれてくるエクリプスも、同じなんだと思います」

 僕は右手を持ち上げて、その中に白球のドグマを出現させた。

「このドグマの中に、何億、何兆って人達の命があって、須賀見 カイが通って来た道に、幾つもの走者《キュリオス》と支持者《アルハ》、そしてその世界達が犠牲になっているんすよね……」

 ドグマを零極さんの顔の前へと持ち上げた。

「僕はその構造が物凄く嫌いなんすよ。だから僕の支持者《アルハ》として付いてきてくれているデフィーナさんだけは、自由にさせてあげたいんすよ」

 ドグマが、ぼんやりと光を帯びる。

「だから僕は、僕の意思で、デフィーナさんが嫌がることは拒絶します」


「スゴミ……」デフィーナが小さく呟いて、瞳を震わせていた。


 零極さんの目は益々冷たくなっていく。


「それは、あなたが死んでもですか?」


「僕が死んでも、この意思は曲げません」


「……デフィーナが、死んでもですか?」


「同じことです。僕はデフィーナの意思を優先したいです」


「そうですか……」

 零極さんは目を閉じ、悲しむような、絶望に沈むような声を出した。

「それが君の意思ならば、私はそれに従います」


 それだけを言うと彼女は黙り込み、歪んだ静寂が暗闇の空間の中を漂った。


 それに耐えきれない様子で、ノリコが切り出す。

「でもどうすんのさ、まさか無策で戦うってんじゃないでしょ?」


 確かにそうだ。無策の状態で次にゲーブルトがなにか喋ったら、そのまま僕達が死んでいる可能性すらある。


 僕は肩を落としたままのデフィーナを見つめた。

「まず……『アルハの目』は、使わせて欲しいです」

 デフィーナの肩がピクリと跳ねた。僕は続ける。

「その為に、シスターずっとネイルの触手で僕をずっと掴んで、繋がってて欲しいです」


「それは……良いけど……」 デフィーナの視線が弱々しく持ち上がる。


「それと、デフィーナさんはハンターシャークで、ずっと僕の影に潜っていてください」


 ノリコが眉をはね上げて首を傾げた。

「なにそれ、ラブたん一人で戦おうってわけ?」


「私が……足手まといって事?」

 デフィーナの力無い顔に、僅かな悔しさが滲んでいた。


 僕は間を開けずにそのまま返す。

「なんでそうなるんすか、僕は一人じゃ戦えないっすよ。ただデフィーナさんを行動不能にされると、どうしようもないんで、ちゃんと影でサポートしてて欲しいって事です」

 僕は右手に掴んでいた白球のドグマをデフィーナへと向けた。

「僕には49人分の走者《キュリオス》のドグマと、デフィーナさん、ノリコちゃん、零極さん……それに、ブリアンもついてます」

 ドグマを握って、右拳から体内へとしまい込んだ。

「ゲーブルトが幾つもの能力者の理不尽な力を使うってなら、僕だってドグマに記録されたみんなの力で、理不尽な力をぶつけてやりますよ」


 それを聞いたノリコは急に楽しそうに小躍りを始めた。

「おっ!いいじゃん、いいじゃん、その意気でぇ!!」


 僕は右手を零極さんへと伸ばした。

「それで良いっすか、零極さん。あとは君が僕とより深く結合して、思考力をサポートして欲しいっす」


 彼女の黒い装甲の手のひらが、僕の手のひらを握り返す。

「もちろんですよ。私の全ては、スゴミ君の為にあるのですから」

 彼女の手はエクリプスの装甲だと言うのに、その手は暖かく、人肌の柔らかさで吸い付いてくる。


 デフィーナは零極さんを睨んでいたが、一瞬目を逸らすと、再び僕を見つめ直した。

「じゃあ……纏まったなら、行くわよ」


「はい、お願いします」


 アルハの目の精神空間の暗闇が溶けていく。


 意識が覚醒して目に映る薄暗い地下室、土の匂いと澱んだ空気。

 僕たちは神格将軍ゲーブルトと対峙して、ヤツから『プロメティダをどうした』という最初の質問を受けた直後だった。零時間会議による時間圧縮は、現実時間で0.1秒すらも経過させてい。


 ゲーブルトはただ不機嫌そうに、回答を待つように腕を組んで立っている。


 それを無視して、僕とデフィーナは同時に叫んでいた。


「ドグマ解放───女神の円卓!!」

「マジカルハート・ハンターシャーク!!」


 僕は正面に直径4mの円卓を構える。

 デフィーナはポーズを取りながら、僕の影の中へと飛び込んだ。


 動き出しからの突然の挙動に、ブリアンが目を丸くして構えた。

「え、いきなりなの……!?」


 だが、それに構ってる場合では無い。


「アトラスの剣!!」


 円卓によってゲーブルトとの視界が切れた反対側で、僕は玩具の剣を生成していた。まずはコイツの絶対加速で、女神の円卓を打ち出す。


「ぶっ飛べ!!」


 『ピッ』という玩具の音と共に剣が振り抜かれると、円卓は絶対慣性で加速しだして、真っすぐにゲーブルトへと迫った。


 ゲーブルトは対応して即座に唱えていた。


「ああ!? ボルテック・ボルト!!」


 それは僕が倒した宿敵の一人、ジャスティスが使っていた能力だった。ゲーブルトの赤髪に白髪が混じって生えてきて、体格もジャスティスの筋肉質な2m程の体格にまで巨大化する。


 そして身体中を覆うよう金属ボルトが生えてくる。それらがビッチリと隙間を埋めるように皮膚を覆うと、彼の身を守る鉄壁の鎧として完成された。


 ゲーブルトは円卓に片手を押し当てて止めようとする。しかし円卓には既に絶対慣性をかけているので、一定距離を吹っ飛ぶまでは絶対に止まらない。


「なに……?」


 ゲーブルトは円卓を両手で押さえ、そして肩を押し付けて押さえた。しかしそんな事では他者からの物理干渉を受けない円卓が止まることはない。


 ゲーブルトはそのまま地下室の壁まで押し込まれていた。


「おいおいおい……っ!!」


 そして地下深くに設置されたこの部屋の鋼鉄製の壁に、円卓が押し付けられる。それでも円卓が止まることはない。円卓と壁に挟まれたゲーブルトは、その肉と骨をブチブチと砕かれて、身体中に嵌っていたボルトが逃げ場を求めて弾丸のように円卓の端から噴き出してきていた。


「うご、うぉぉおお!!」


 ギゴォンと鋼鉄の壁をプレス機で圧縮するような音が鳴り響くと共に、円卓の全周囲から破裂したケチャップのように、血が吹き出してきた。


 それでも円卓は地下の岩盤の中を強引に進んで壁を溶解させながら、丸い穴をあけるに至った。


 ブリアンが唖然として口を開けていた。

「え、勝ったの……!? 終わり!?」


 だが僕の視覚は捉えていた。円卓の穴から飛び出した血液が、ミミズの群れのようにヒクヒクと動き出している。


 その瞬間に僕の左目が熱くなり、脳を凍らすような感覚が鼻から後頭部へと突き抜けた。

 停止した時間感覚の中で、僕の脳内に直接書き込まれる声。


「ミックスジュースじゃ、足りないんでしょ!?」 喚いて聞こえるノリコの声。


「先に出口をブリアンの水で塞いで、凍らせてください」 零極さんの冷静な声。


 動き出した意識の中で、僕はブリアンへと声を飛ばす。

「終わってないっす、女神さん入口の扉を水で塞いでください!!」


「え……!? わ、分かったわ!!」

 ブリアンは地下室にあった唯一の入口へと魔法のステッキを構えた。

「マジカルハート・セイクリッド クリスタル ホープ!!」


 唱えると共に人をすっぽり埋めるほどの水球を発生させ、入口扉の付いている部屋の窪みへと叩きつけた。


 その瞬間に、僕の左半身を零極さんへと明け渡す。

 半身女性化した体と左腕で、扉へと向けて冷気を放った。


 ブリアンが投げつけた氷が一瞬にして分厚い氷の障壁となり、出口を封鎖した。


 その瞬間に、氷の壁の端で、氷が人型に欠けて浮き上がる。


「透明人間の能力です!!」 脳内に書き込まれる、零極さんの声。


 目には見えなかったが、そこにゲーブルトがいるのは明白だった。


 そして氷に足が捕まった状態で、中年の痩せ細った男が出現し、片腕を氷の中に残して叩き折りながら立ち上がった。

「なんだぁ!? てめぇらの国では、質問されたら殺せって教えてんのかよ!!」

 ドスの効いた叫びと共に、本来のゲーブルトの赤髪の顔が戻ってきて、折れて千切れた腕もすぐに生えてくる。

「プロメティダに何をしたって、聞いたよな俺、俺は聞いているんだ。答えさせろ、ジョージ・ナガス……!!」


 ゲーブルトの叫びと同時に、その顔が眼鏡をかけた男性の顔へと変わっていく。


 その瞬間に、再び零極さんの意識を伝えて貰う為の意識の時間停止が起きた。


「おそらく認識系の能力です、聞いた事を答えさせる、あたりでしょうか。答えながら凍らせましょう」


「……はいっ!!」


 僕は停止時間の中で零極さんへと返すと、ゲーブルトにありのままを叫んで伝えた。


「僕はプロメティダに、何もしてないっすよ!! ただ、あの人はお前を倒せと僕に頼んで、そして死んでいきましたけどね!!」


 僕は零極さんの左腕を高く掲げて、ゲーブルトへと向かって振り下ろした。それと共に叩きつけるように冷気の風が吹き荒れた。


 ゲーブルトは再生した腕を揺らして肩で息をしながら、僕を睨んでいた。

「そうか……。今は本当は忙しくて、テメェらに構ってる暇など無いんだがなぁ!! ……貴様は殺す!!」

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