第326話・誰の力が誰を成す。
デフィーナの腕を掴んだ僕は、即座に叫びあげた。
「アルハの目ぇ!!」
僕はデフィーナが持つ記憶共有の力、『アルハの目』の時間圧縮された意識へと入り込んだ。
目の前の神格将軍ゲーブルトの能力は、千変万化の未知の技だ。発動されるだけで勝負がつくものすらある。
ひとまずアルハの目の圧縮された時間の中で、対策を立てないといけない。それが優先だと判断した。
真っ暗闇となった空間で意識が覚醒すると、目の前でデフィーナが僕を睨みあげていた。
「勝手に入ってくるなって、言ってんでしょ……」
「だって、ゲーブルトの倒し方、考えないと!!」
僕は辺りを探して頭を振った。
「零極さん!! 零極さんをお願いします!!」
呼びかけてからすぐの事だった。僕の首筋を、鳥肌が立つような冷気が撫でる。
「はい。君の零極さんは、ここにいますよ」
彼女の青い髪が揺れ、白い顔が逆さまで僕の顔の横へと吊り下がっていた。彼女の息の冷たさに僕はひっくり返りそうになって仰け反った。
「うわっ、幽霊みたいに出てこないで下さいよっ!!」
「ふふ……可愛いですね」
「……え?」
零極さんが不敵に笑って逆さ吊り状態から身体を翻して着地すると、今度はその上からバイクのジャケットを着たノリコが、黒髪を暴れさせながら大の字になって降下してきた。
「うぉおおい!! ゼロちゃん、距離が近い、距離がーッ!!」
言いながら零極さんの背後へと着地して、零極さんの足に足を絡め、片腕を脇に挟んで後方へと引き、コブラツイストを極めて絡みついた。
「……あの、痛いのですが?」 顔を歪め出す零極さん。
僕はそれを止めに入る。
「な、何やってんすかノリコちゃん、今はそれどころじゃ……!!」
ノリコは顔を真っ赤にして興奮していた。
「ラブたん!! コイツはな、ラブたんを誘惑する、悪いエクリプスなんだよ!! ラブたんとチューしてからなぁ、ずっと『好き好き好き好き』言って惚気まくって、やかましいのよ!!」
「……は?」 僕は意味不明すぎて顔をしかめる。
零極さんは腕を取られて胸を張ったままで、真顔になった。
「キスはトリガーに過ぎません。私は視神経を介してスゴミ君と一体化を果たした事で……」
「やっかましい! それをチューしたから調子乗ってるって言うんだよぉー!!」
ノリコは零極さんの腕へのロックを更にキツく固めて、泣き叫んでいた。
僕はノリコの腕に手をかけた。
「そ、そんなの、後にしてくださいよ!! 今は目の前にゲーブルトが居て、どう戦うかを相談しに来たんすから!!」
僕がそう叫ぶと、ノリコは零極さんへのコブラツイストをすっと解除し、零極さんも何事も無かったかのように直立し、二人で綺麗に並び立った。
零極さんが手のひらを広げる。
「スゴミ君、ゲーブルトの特性について、まとめておきましょう」
ノリコも腕を組んで、勇ましく自信に満ちた顔で胸を張っていた。
「敵を知って、負け筋から潰していく!! ネオっちも良く言ってたよ!!」
僕は後頭部に手を当てて、腰を曲げた。
「ゲーブルトの能力って、人の能力使うやつですよね……」
「そうですね。スゴミ君の解釈で合っていますが、まずゲーブルトの能力は『遺伝子操作』だと、アキュレが言っていましたね」
零極さんの瞳が、すっと青く深い色に沈んで行った。
「コレは第一に、他者の遺伝子を取り込む事で、自分を他者へと編集出来る能力が根源になっているかと思います……」
ノリコがアゴに指を置きながら、零極さんを見つめる。
「記憶の読取もしてくるよね?」
「はい。人間の脳は物事を覚える時に、ラベリングで記憶をします。あの人は目が大きい、鼻が高い。緑で苦い飲料は緑茶……等の覚え方ですが、ゲーブルトの読み取りはラベリングで読み込んでいるのだと思います」
「ええと……記憶を読まれることには、変わりないんじゃ?」
「いえ、ブリアンは記憶を読まれていますが、ゲーブルトはドグマの意思の補給や、ブリアンのマジカルエンジェルが水を操れる事を知りませんでした。コレはブリアンの中で、スゴミ君の印象が『戦う人』では無く、衣装も戦闘力より可愛さで評価してる為に、ゲーブルトが戦闘スキルとして読み込めなかったのだと思います」
ノリコは首を縦に振っていた。
「うんうん、姫様の中のラブたんのイメージと言ったら、ラブたんを押し倒した、あの夜の事でいっぱいだろうからな!!」
「いや、それはその……ってか、結局それは僕が凡人だったから、バレなかったって事っすか?」
零極さんの目が一瞬細くなる。
「スゴミ君が……凡人?」
しかし彼女はすぐに目尻を上げて瞳を潤ませながら、黒い装甲の手のひらを僕の頬へと近づけた。
「それは違いますよ。だってスゴミ君は、特別なんですから……」
だが彼女の手は、僕に触れる寸前でピクリとしてから固まった。
そして表情は冷淡に戻り、口調も機械的に戻る。
「……つまり、私が言いたいのは、記憶読取には本人の認識の主観による、誤差が発生するということです」
その下で、零極さんの装甲になってない腹部の肉を、ノリコが無表情でつねりあげていた。
僕は一歩引いて、ソワソワする頬を指でかいた。
「なるほど……じゃあやっぱり、ネオさんの記憶を読み取られてるってのは、厄介そうっすね……」
「ええ、でも、それよりも……」
零極さんが半歩体を引いて、デフィーナへと振り返った。
「今後、デフィーナとスゴミ君、支持者と、走者である二人が記憶を読み取られるのは、良くないですね」
彼女の瞳が、再び僕へと戻ってくる。
「『物語』とドグマの存在をあの男が知ること、引いては、支持者と走者の属性を獲得しうる事は、一番の問題だと思います」
「つまり、遺伝子奪う能力は、僕らが使われたらアウト……って事っすか」
「はい。その解釈で構いません。そしてヤツが遺伝子を奪う方法は、ネオのものを奪った時の動きから察するに、体細胞の経口摂取です」
零極さんの考察に、デフィーナが噛み付く。
「ネオは別に、食われてないわよ」
「体細胞なんてものは体表のどこからでも手に入ります。髪の毛、血液、または皮膚の角質で十分なのでしょう。ゲーブルトはネオの頬に平手打ちを入れて、その手を舐めていました」
ノリコが舌を出して苦い顔をする。
「うげぇ、キモい奴だとは思ったけど、それがコピーの条件ってワケか」
僕の顔が益々暗くなっていく。
「……それってもう、実質、触られたら終わりって事じゃないっすか」
「はい、そういう事です。警戒しましょう。では二点目の問題ですが……」
零極さんは平然とした顔つきで、話を進める。
「コレは既に体感して分かってると思いますが、彼に能力が多い事と、それらが理不尽な能力であるという所ですね」
ノリコは頭の後ろに手を重ねて、唇を尖らせていた。
「いきなり眠らせる奴とか、足フェチデブオヤジの足拘束のやつは危ないよねぇ」
デフィーナも顔をしかめていた。
「透明男のやつも、アイツが使うのだとしたら面倒よ……」
「他にどんな能力があるんすかね……」
零極さんは腕を組む。
「アキュレが持っていた、クランケリストの照合が出来れば良かったのですが、私が考察するに『心核能力』というのには、どうやら三つの系統があるようですね」
「系統……っすか?」
「はい、まず危険なのは『認識系統』です。これは視認、認識するだけで、コチラの行動を制限出来る類いの能力です」
ノリコが両目に手を当てて、手のメガネを作った。
「ポラリスちゃんのやつとかだよねぇ、『こっちおいで!』ってやつ」
「はい。ですがこの系統は、隠れる等でこちらを認識されなければ、効果対象になり得ないと言う弱点はあります」
デフィーナが低くため息を吐いた。
「何も無い地下室の中なのよ、隠れる場所なんてどこにもないわ」
「それはそうですね。二つ目は、狭い部屋の中だからこそ脅威となる『座標指定系統』です。これは視認や、記憶から座標を指定して、その場所に効果を発動する能力です。プロメティダの空間接合などが当てはまる系統ですね」
「確かに、部屋がそんなに広くないから、範囲次第ではやばいっすね……」
だが僕の不安に気を止めることもなく、零極さんは続けた。
「そして三つ目ですが、ゲーブルト本人の系統でもある『肉体変質系統』ですね。透明人間なども入ります。これは分かりやすい分類ですが、本人の体質自体が変わりますので、認識系統のような一定の対策は出来ない、即応性の求められる系統だと思います」
「ってかアイツ、そもそも不死身なんすよね……」
「はい。それは『遺伝子操作』が能力なので、高速で細胞分裂をしているだけなのでしょうが、どの程度まで解体すれば生命が停止するのか……細胞ひとつからでも蘇生出来るのか、それは未知数ですね」
零極さんは不安げに眉を寄せていた。
するとデフィーナは、平然とした真顔になって僕を見つめた。
「分かったわスゴミ。あの男の細胞を、ひとつ残らずすり潰してやればいいのよ」
それにノリコが指パッチンで軽く乗る。
「なるほど、ミックスジュース大作戦ってワケだな!?」
「いやでも、潰して液体にしても、血が残ってたら……ダメなんじゃないんすか……?」
僕が腰を曲げながら言うと、零極さんがデフィーナを冷たく見下ろしながら告げた。
「はい、そもそも……細胞というミクロなものを、すり潰すという発想自体が、現実的ではありません」
その一言に、デフィーナの顔が一気に鋭くなる。そしてデフィーナは肩を揺らしながら前へと出てきて、零極さんの頬へと強烈な平手打ちを放った。「パァン」と高い音が響くと共に、零極さんの唇から血が滲み出してくる。
「痛いですね……」
静かに睨み返す零極さんに対して、デフィーナは気を張って叫び出した。
「あんた何なの!? エクリプスのクセに、偉そうに意見ばっかり言って!! スゴミが甘いから殺されてないだけなんでしょ!?」
零極さんは冷たい目でデフィーナへと視線を落とした。
「エクリプスなのは、貴方も同じなのでは?」
その返しにデフィーナの顔は益々歪み、唇を噛みしめる。
「違うわ! 私は支持者として生まれたエクリプス、人間としての自覚があるのよ!! あんたは最初から敵性エクリプスでしょ!? 私の中ではね、あんたを殺せって、使命が呼びかけ続けてるのよ!!」
「……今は、味方です。スゴミ君がそう認めてくれたのですが?」
デフィーナが涙目で僕へと振り向いた。
僕は彼女へと歩み寄り、その肩へと手を置いた。
「やめてくださいよデフィーナさん、今話してるのは、ゲーブルトを倒す為の話なんすから、零極さんに頼るしかないじゃないっすか、僕らその……あんまし賢くないし」
デフィーナは目を潤ませたままで、悔しそうに視線を逸らした。
「……それは、否定出来ないけれど……。殺したいのよ、コイツは……」
「デフィーナさん……」
僕は大きく首をもたげた。
すると零極さんはひとつ大きく息を吐いて、語り始めた。
「はあ……。本当はもっとスムーズに運びたかったと言うのはありますが……」
その話し出しに、僕もデフィーナも顔を少し持ち上げる。
「ゲーブルトと戦う為の対策について。スゴミ君がアルハの目の『零時間会議』に頼ってくれた時点で、提案しようと思っていた件がありまして」
僕は更に顔を上げて、零極さんの顔を見つめた。
「……あるんすか、対策」
そこへとノリコが零極さんの肩を掴んでピョンピョンと飛び跳ね出した。
「さっすがゼロちゃん!! 万事解決、必殺の作戦で、ラブたん大勝利ってワケだねぇ!!」
「……はい」
零極さんの表情は僕を見つめたままで、悲しげだった。
「デフィーナはエクリプスです。そしてエクリプス同士は、結合する事が可能です」
デフィーナの涙ぐんだ目が持ち上がり、零極さんを下から睨みあげた。
それに対して零極さんは静かに言い放った。
「デフィーナ。私をあなたに受け入れてください。スゴミ君の反応時間に、アルハの目による零時間会議を介入させる事で、スゴミ君はあらゆる状況で最短時間の考察をして、最適の行動をとれるようになります」
空気が凍りつくような、それでいて憎悪が燃え上がるような、嫌な静寂が二人の間の空間を歪めていた。
そしてデフィーナがゆっくり首を上げ、見つめ続ける零極さんの事を真っ直ぐに見つめ返した。
「……は? ふざけてんの? 嫌に決まってるでしょ」
二人の静かな圧力のぶつかり合いに、僕は息をするのを忘れていた。




