第325話・届く気持ち。12
ストームの音速突撃がスレイに命中し、スレイはストームを撃ち抜いた。
プロメティダのワープ戦術による同士討ちをさせられた二人は、今生きているのかすら分からない。
プロメティダが開いたエクリプス保管場所の森の上空は、地上50m程の高さがあった。落下だけでも死は免れないし、瀕死だとしてもエクリプスが蠢いている以上は、その生存は絶望的だろう。
そんな悲しみの中で掴んだ、プロメティダの右腕。
彼女へと問いかけた『命の所在』。それによって僕の意識が潜り込んだのは、共感覚の精神世界とは違う、星々の煌めく宇宙のような空間だった。
耳をすませば、子供たちの声が聞こえる。
『重なるよ』『世界をたためば、繋がるよ』
幾千、幾万の誰とも分からない声が、宇宙の中を飛び交っているようだった。
何も分からない、不気味にすら思える空間だったが、不思議と心地よさの方が勝っていた。
僕が漂っていると、僕の元へと一羽の折り鶴が蝶々のようにパタパタと舞って来て、僕の指先へととまった。折り鶴は、少年の声で僕へと語りかけてきた。
『向こうの世界も、こちらの世界も、繋がればひとつになるんだよ!!』
何を言っているのかは、さっぱり分からなかった。
それなのにどこか、懐かしい感情が染み渡って噴き出して来る。
『届いて』『届けて』『お願い、願いを』
エコーして耳に浸透する、少女たちの願う声。
まるで僕を誘って、体が一つに融合していくような感覚だった。
そして、その中にスレイちゃんの声を見つけた。
「届くよ、何があっても。私が必ず、ママに届けるから……」
出会った時から意味不明で、ずっと眠そうでマイペースだったスレイちゃん。
彼女との共感覚で見た過去は、凄惨で残酷なものだった。
スレイちゃんの声は強かった。
大好きな母親が、ゲーブルトの手によって改造され、冒涜されるような仕打ちを受けている。
それを終わらせる為に、彼女は死の弾丸を届ける事を決意していた。
僕にそう、宣言をしていた。
僕は煌めく宇宙を眺めながら、目を細めていた。
「……分かりました。君はそう、言ってたっすもんね」
宇宙の声が、あらゆる方向から聞こえてくる。
エィブラム ヤクッ……エィブラム ヤクッ……
男の人、少年、少女、女の人、老婆、お爺さん。
考えうる全ての人の声が、その言葉を唱え続け、それらが次第に一つの鼓動のように、強く重なっていいった。
エィブラム……ヤクッ!! エィブラム ヤクッ!!
スレイの声もその中には混じっていた。
だがしかし、プロメティダ。
もとい、ネルケ・クローベルの声は、間違い無くその中には無かった。
「届けるから、時を重ねて」
ハッキリとしたスレイの言葉が僕の耳に入り込んだ瞬間、僕の意識は覚醒した。
意識を現実に取り戻した僕は、握っていたプロメティダの手を、そっと離して腕を引いた。
彼女の手首に、僕の血液がネットリとこびりついている。
僕が腕を戻すと、ワープリングは即座に閉じる。
フォートレス級エクリプスの巨体を支え続ける僕と、空中の燭台の上に立つプロメティダ。
二人の間に、明確な距離が開いた。
プロメティダは少し焦った様子だったが、すぐに姿勢を整える。
「……どうしたのですか? 今のは君にとって、最後の機会だったかもしれません」
プロメティダは左手を掲げた。
その頭の上に、巨大戦艦の砲身が飛び出してきた。
その口径は80㎝はあり、その威力は計り知れない一撃だ。
そして彼女の手元には、大砲の操作レバーが現れる。
自分を映す鏡となるワープリングに対面するブリアンが、僕へと振り向いた。
「スゴミ、どうするの……!? こっちの攻撃は、届かないわよ!!」
だが僕は、その砲身を前にしても酷く冷静だった。
「僕はもう、何もしません。僕はこのまま、フォートレスを支えています」
デフィーナが僕の頭を両手で掴み、左右に乱暴に振り始める。
「何言ってるのよ、盾を出しなさい!! あれ撃たれたら、絶対に死ぬわよ!!」
デフィーナは耳元で騒いでいるが、僕はそれにも答えずにプロメティダへと話しかけていた。
「ネルケさん……。ゲーブルトは一番大事な記憶を、消すって言いましたよね」
彼女の表情が少し強張る。
「……記憶剪定の話ですか」
「ああ、やっぱり、それはどうでも良いっす」
僕は彼女から視線を反らしながら続けた。
「……僕は常々『帰りたい』って思ってるんすけどね、僕の一番大事な記憶ってのは、既に消されてるんじゃないかって思ってるんすよ」
「……なんの、話ですか」
「なんの話なんすかね。あなたには関係ないのかも。ただあなたは『エィブラム』へと帰りたいんじゃないっすか。そこにあなたの命は、ありませんでしたから……」
「意味が分かりませんね。エィブラムとは世界の根幹、死した者の行きつく先です。それは私が死を求めている。だから殺させろという事ですか?」
「いいや……なんて言うんすかね。僕も勉強不足で言葉に出来なくて……」
僕はどもりながら口を動かし、そして彼女をまっすぐに見据えた。
「……とりあえず、あなたを殺すのは、スレイちゃんの役目です。それを信じると決めたから、僕はもう何もしません」
プロメティダは不快そうに目を細めた。
「何を言い出すのかと思えば……。あの狙撃手はもう死んでいますが」
僕は軽く笑って見せた。
「ははっ、あの狙撃手がスレイちゃんだって、ちゃんと認識してるじゃないっすか」
彼女の目が、更に苛立って細まり、眉にも力が籠っていく。
そんな彼女を、僕は血の流れる手で指さした。
「ちゃんと、繋がっているっすよ。あんたの気持ち。あなたの最愛の人にね……それが……エィ」
「エィブラム ヤクッ」────タァン!
僕の言いかけに、スレイの一言が挟まり、短い銃声が鳴り響いた。
それと共に、プロメティダの胸の中心に銃弾が貫通し、血液が吹き出す。
「ぐぷっ……どこから……」
プロメティダが血を吹き出す瞬間、彼女の胸の目の前には、結婚指輪が出現していた。
指輪からは硝煙が立ち上っている。
狙撃は指輪の中から行われていた。
「コ、コレは……!?」
プロメティダは左手をかざして、指輪の口径を大きく広げた。
それは彼女のワープリング、『空間接合』の能力だった。
広がったリングの先に居たのは、片腕を骨折して血塗れになったスレイだった。
彼女はスナイパーライフルを、指輪の中心のあった位置へと精密に構えていた。
「ありがとね、ママ……」
「そんな……馬鹿な事が……」
プロメティダは血を吹き出しながら、燭台の足場から倒れ込んだ。
その身体を、スレイちゃんがリング越しに受け止める。
「ママの気持ちがね、しっかり届いたから……」
「私、私が繋いだというのか……? 愛の、私の接合能力は……」
スレイは狙撃銃を手放して放棄した。
「ママ……アタシね。バパが捕まっていたエクリプスのね、コアを食べたの……」
「パパ……父親?」
スレイはプロメティダの左手の指輪をさする。
「うん、ママに、この指輪を送った人……。アタシが気づいたのは、随分してからだったけど、アタシの『届ける』力は、パパの命が与えてくれたんだと思う……」
「そんな、事実が……。心核能力の経口摂取による生存の条件は、肉親の核を必要とする。……あの人、ゲーブルト様に、伝えなくては……」
プロメティダが震える左手を持ち上げようとした。
その手を取りながら、スレイは身を乗り出してプロメティダへと抱きついた。
「もうママは、戦わなくっても、良いんだよ!!」
「戦い、そうか、私は……死ぬ。もう、戦わなくても……」
プロメティダは力を失いながら、スレイの肩へと頭を置いた。
そしてスレイの手から左手を避けて、僕の方へと向けてきた。
その指輪が激しく光ると、僕の足元へと巨大なワープリングが広がった。
その半径は200mを超えた、最大級のリングだった。
そして下には真っ青な大海原が広がっている。
僕はその光景に、意味もなく足を引っ込める。
「うわ……っ!! 海!?」
プロメティダは掠れた声を張り上げた。
「ヒサヅカ・スゴミ……。あの男は……ゲーブルトは、完全に他人になる事は、出来ません」
「……えっ?」
「変身の際に、一定の自我を残さなくては、彼自身の変身能力を失う為です。完全に変化した彼は、彼自身では居られなくなる……」
プロメティダは言いながら、手を更に動かした。
今度は僕の右側へと、薄暗い地下室へと繋がるワープリングを開いた。
「彼は、危険が迫れば必ず変身して逃げる。その部屋は神格エクリプスの格納庫。出口はひとつしかありません」
僕はその不気味な部屋を見て、息を飲んでいた。
「君が部屋に入ったならば、そこへゲーブルトを送ります。エクリプスは海に投げ捨ててください」
「なんて言うか……。協力してくれる感じなんすか……」
「私は間もなく、解放されます。しかしその前に、誠に勝手ながら、あの男を倒せる可能性、あなたという存在。それだけに、賭けたいのです……」
そこまでを語ると、プロメティダは口から大きく血を吹き出した。
「ママ……!?」
スレイが強く抱きしめると、彼女達はワープリングの向こうへと倒れ込んだ。
ブリアンが顔を顰めて僕を見る。
「……行くの? これ」
デフィーナも声を尖らせた。
「敵の言ってた事よ……」
だが僕は迷わずにリングへと足をかけた。
「行きましょう。僕が出来るのは、信じられる人を、信じる事だけっすから……」
僕は出し続けていた女神像を自分の左腕へと吸収すると、地下室へのワープリングへと飛び込んだ。
「ちょっと、いきなり落とさないでよ!!」
落ちてくるエクリプスを避けて、デフィーナが一緒に飛び込んでくる。
「戦って、勝てるワケ……!?」
ブリアンも同様にワープリングへと逃げ込んだ。
山のような肉塊のエクリプスが墜落を始める。
雪崩のように下方のワープリングをくぐっては、海へと落下して水しぶきへと変わっていく。
僕達がリングを潜る最後の向こう側で、スレイちゃんとプロメティダの最後のやり取りが聞こえた。
「あなた……。あなたは、誰ですか?」
「スレイだよ。ママがね、付けてくれた名前なの……」
「そう……大きく、なったのね……」
その一言が、プロメティダの最後の言葉となった。
広げられていたワープリングは端からボロボロと錆びたように崩れ落ち、繋がっていた空間も薄ぼんやりとフェードアウトしていく。
僕たちは体育館ほどの広さとなる、コンクリートの地下室へと立っていた。
そして僕たちの目の前に、赤髪のエラの張ったスーツに白衣の男、ゲーブルトが不機嫌そうに腕を組んで立っていた。
「どこだここは。貴様ら、プロメティダはどうした」
僕たちは一斉に構えていた。
僕たちはゲーブルトが奪った多彩な能力を、まだ半分も見ていない。
確実に意味の分からない初見殺し能力が飛んでくる。
僕はデフィーナの腕へと、手を伸ばしていた。




