第324話・届く気持ち。11
こめかみに弾丸が直撃したプロメティダが、空中の燭台の上から崩れ落ちる。
「……娘? 私はその名を、記憶できません」
プロメティダは『空間接合』の能力の正体を暴露した。
その能力は、対象不明の愛に繋がりを求めて、世界を繋げて移動する心核能力。
その犠牲が最愛の娘だったスレイの存在を忘れることだったならば、能力としては皮肉が強すぎる。
僕はそんな彼女の言葉と、震えながら閉じていく瞳を、目を細めて見つめていた。
すると彼女の顔面の皮膚から、ボコボコと甲殻の形が浮き上がり、黒光りしたプレートが肌から剥がれて動き出した。黒いプレートからはオレンジ色の爪のような足が無数に生えてきて、それらがカサカサと連動してプロメティダの肌を這い回り始める。
ムカデだ。
彼女の皮膚に擬態して一体化した状態で、人間サイズのムカデが張り付いていた。大ムカデは彼女の黒くてピッチリとしたドレスの中で蠢いて、節くれた身体と悍ましい数の足を、衣装越しに浮き上がらせていた。
そしてムカデはワープリングから突き出した燭台に絡まって、落下するプロメティダの身体を逆さまに吊り下げて繋ぎとめた。
ブリアンが悲鳴をあげる。
「なんなの、これは……っ!!」
するとムカデのオレンジ色の頭部がグニャグニャと形を変えて、ネオさんの緑ポニテの顔へと変形していった。
デフィーナが叫ぶ。
「お前……!! ゲーブルト!?」
ネオさんの頭部を持ったムカデは、そのこめかみに銃弾を受けて血を吹き出していた。その代わりに、目を閉じて気絶したプロメティダのこめかみからは、銃弾の後が消えていた。
ネオさんの声が、ムカデの喉を通して湧き出してくる。
「くははっ! やると思ったぜぇ!! なんか仕掛けてくるってな、ネオちゃんの頭脳を借りて考えるとなぁ、出てくる戦法が罠ばっかりでよぉ!!」
僕は言葉も出せず、頭上の女神像を維持しながら、顔を強ばらせて震えていた。
僕を見たゲーブルトは、ネオさんの顔のままでニヤける。
「良いなぁその顔、ウケるぜ。『頑張って倒したのにぃ』って、台無しにされた顔がよぉ」
ゲーブルトは僕が支えている『僕の女神様』の巨像を見上げた。
「お前の能力、記憶の再現って報告だったが、こりゃあどうやら、妄想したことを全部形に出来る……って所かぁ?」
その凛々しい顔が、汚く舌なめずりをする。
「食いてぇなあ、お前の能力。俺ならもっと有効に扱える」
僕は下唇を噛んでそれを睨んでいた。
「お、お前は……っ!!」
「殺すわ、離れていい!?」
デフィーナが僕に抱きつきながら、耳元で問う。
しかしそれにゲーブルトが割り込む。
「それには及ばんよ、この体は俺の分体。既に致命傷を受けてるから、もうすぐくたばる」
ゲーブルトは顔を本来の彼の顔である、赤髪の男性の顔へと戻しながら、プロメティダの耳元へと口を近づけると、ドレスの中で蠢くムカデの足を一斉に立ち上げて、プロメティダの身体へと突き刺した。
「ぐ……っ! あう!!」
ビクンと痺れるように呻くプロメティダ。
それを見てゲーブルトは恍惚とした顔をしていた。
「さあ起きろ我が妻よ。コイツらを半殺しにして、俺の元へと転送してくれ。娘の事など、俺が何度でも忘れさせてやる。お前はただ、落ち着いて対処していれば良いのだ」
そう言うと大ムカデは力を失ったように首が外れて落下し、その胴体がズルズルと足の方から滑りだして行きながら、プロメティダの黒いドレスを引き裂き裂いた。
それと共に広く曝け出された胸の中心には、彼女の死因となった、夫の腕の骨による刺し傷が、くっきりと残っていた。
プロメティダ本人は目を覚まし、上下逆さまのままで落下していく。
しかし彼女の落下先にワープリングが開くと、彼女は再び燭台に飛び乗るようにワープリングを開いて、元の位置へと復帰した。
そして即座に見るのは、スレイが狙撃してきた方向だった。
「空間接合の展開時間を狙うとは……」
そうしている間に、プロメティダへの突撃をかわされたストームが切り返して戻って来た。
「ああ!? てめぇさっき、死んでたよなぁ!!」
プロメティダの視線が、冷たくストームへと振り向いた。
それを合図にストームは再び突撃体勢を取る。
「まあ良い、死ぬまでぶっ殺す……!!」
僕はそのプロメティダの視線の運びに、とてつもなく嫌な予感がしていた。
「待てストーム、そいつは……っ!!」
だが僕が止めに入るよりも、彼の突撃は速かった。
「くたばれ、スサノオ・テンペスト!!」
ストームの周囲で大気が割れて、衝撃波が走る。
彼の体は一陣の閃光と化し、一瞬でプロメティダへと真っ直ぐに発射され、僕の位置を追い越した。
無論、プロメティダは正面にワープリングを展開し、ストームの突撃を飲み込んで抜けさせるべく、リングを大きく広げていった。
だがそのワープ先を見て、その場の全員の意識が凍り付いた。
開かれたワープリング、その先に映った景色、ワープの出口の光景は、スナイパーライフルを構えた状態のスレイだった。
スレイは、丁度そのタイミングで空中目掛けて発砲。
音速で突撃する彼の肩から深く、弾丸が貫いた。
「ガフッ!!」
ストームは力を失ったままで、そのままワープ先のスレイへと突っ込んで行く。
「……えっ?」
誰もそれを止めることなど出来なかった。
肉と骨が衝突して砕ける激しい音が鳴り響き、二人の身体はもつれ合いながら向こうの景色の先へと吹っ飛んでいく。
「スレイちゃん……!!」
僕の叫びも手遅れだ。ほんの一瞬のうちに、二人の血が混じり合って弾け飛ぶ。
そして二人の吹っ飛ぶ先に、再びワープリングが開いた。
生死も分からない二人の姿が、次のワープリングへと放り込まれていく。
その向こうは、青空と森の景色だった。
おそらくは僕が先程プロメティダを追いかけた時の、エクリプスの格納庫の上空だろう。ドラキールの地下都市からは遥かに離れた、どこかも分からない場所だ。
そしてワープリングは即座に閉じて、何事も無かったかのように二人の血の後だけを、民家の屋上へと残し、プロメティダの正面のリングも閉じて消えた。
二人があのまま落下すれば、待機しているエクリプスの餌食となる。凄まじく効率化されたプロメティダの戦術が、再び僕の精神を揺らしていた。
ブリアンが身を乗り出して、魔法のステッキをプロメティダへと向けた。
「あなた!! スレイちゃんは娘なんでしょ!! どうしてそんな簡単に、自分の家族を殺せるの……!?」
プロメティダは風に吹かれた白髪をかるくかきあげた。
「アレは名称不明の狙撃手です。不安要素でしたが、油断していたようですね」
「スレイちゃんだって、言ってるでしょ……!?」
ブリアンは必死に呼びかけた。それが無意味と知りつつも、フォートレス級を支え続けていて動けない僕は、その勢いに乗るしか無かった。
「そうっすよ、思い出せネルケ・クローベル!! ゲーブルトに何度記憶を消されたって、あんたの繋がる気持ちは、残ってるじゃないっすか!!」
「いいえ、ゲーブルトの能力は完全です。脳の記憶領域から、最も重要な記憶に繋がる脳細胞の枝を切り落とす『記憶剪定』。私があなた方を無力化し、彼に差し出したその後に、あなた方も受けることになるでしょう」
プロメティダが再びロングソードを握り締めて、ワープリングを周囲に展開し始めた。
それに対してブリアンが反射するように動いた。
「やらせるわけないでしょ!! マジカルハート・クリアリング・スプラッシュ レイ!!」
ブリアンのステッキの先から、岩をも容易に切断する、超高圧の水流ビームが発射される。
プロメティダは冷静に左手を振った。
「心核開放───オティ・ルア・ライヌ」
それと共に、ブリアンの正面のワープリングの中に、ブリアンが現れた。向こうのブリアンは、全く同じ動きをしており、ブリアンが発射した水流のビームが、向かいのブリアンの水流ビームとぶつかって、二人の間で激しくぶつかって水の幕のようになった。
「きゃあ……!!」
ブリアンがビームを逸らすと、向こうのブリアンも鏡合わせにビームを逸らし、二人の腕に鋭い切り傷をつける。
「女神さん……!!」
デフィーナが僕に引っ付いたままで息を飲んでいた。
「空間の折り返し……!? そんな事もするの!?」
デフィーナが僕の肩を掴み、真上でフォートレス級エクリプスを支える女神像を見上げた。
「スゴミ、もうそれを支えてる場合じゃないわ!! 投げ捨てて、敵に対応するのよ……!!」
僕は頭上の女神像を乗せている台座へと爪を立てた。デフィーナの言う事は、正しいのかもしれない。
フォートレス級を投げ捨てて、下方の半径300m範囲に居る人間を犠牲にすれば、僕はプロメティダに対して太刀打ちする何かを成せるのかも知れない。
「ダメっすよ、そんな事したら……!! 避難してもらわないとぉ!!」
だが、それは僕には出来ない選択肢だった。
僕は判断を進める事は出来なかったが、プロメティダはそれを待ってはくれなかった。
女神像を支える僕の正面へと、ワープリングを通してロングソードの先端が飛び出してくる。
狙うのは僕の左肩からのようだ。
ブリアンは変わらずに自分自身と対面させられているし、デフィーナは僕にしがみついている、彼女が離れたら女神像を維持するイメージが続かないだろう。
「じゃあ私が戦う、離すわよ!!」
「離さないで下さい、女神像のイメージ、消えちゃいますから!!」
僕は意を決して、左手のグローブでロングソードを握り込んだ。グローブに切れ込みが入り、痛みが走るが、僕はそれを気にせず自分の方へと思い切り引っ張った。刃が皮を切って骨に当たり、僕の左手から血が零れだしてくる。
「切れてるわ、何してんの……!?」
デフィーナが身を乗り出し、僕の耳を彼女のへそが包み込む。
しかしそれすら、今の僕は意識しなかった。
「こっちに来いよ、ネルケ・クローベル!!」
プロメティダは剣を掴んだままで燭台の上に立っていた為、その体が僅かに傾いた。
僕はそこに対して剣を離して左手を伸ばした。ワープリングへと腕を突っ込み、血の着いた手でプロメティダの白い腕を掴みこんだ。
「くっ、無茶な事を……!!」
「ネルケさん!! あんたの身体は肉体だけっすか! 死体の脳が動いてるだけなんすか!!」
「何を言ってるんですか、あなたは……!!」
プロメティダは剣を持ち替えて、僕の左手首の上へと当てた。
切りつけるつもりだろうが、もうそんなことは関係ない。
「あなた、スレイちゃんに教えてましたよね!! 世界の理は命を繋げているって、思えばいつだって繋がっているって……」
「繋がる!? 能力の話ですか!!」
「違います、あんたの意思だ!! お前の命は、どこにある!!」
迫真に迫る僕に対して、プロメティダは表情を崩し、苦悶と苛立ちの表情を持って僕を見下ろした。
「……知るかっ!! それを思い出せないから、私は……!!」
プロメティダが叫んで僕の腕へと刃を食い込ませたその瞬間だった。
『ボゥ』と遠く響く空洞のような音と共に、僕の意識は星屑の海の中を漂い始めた。




