第323話・届く気持ち。10
ワープ使いの神格将軍プロメティダ。
本人が姿を隠したままで、ワープリングから様々な物を投げつけて来る。その攻撃に僕は過敏になっていた。
即死級の攻撃が来るのか、二次災害系の攻撃をしてくるのか、防御か受け止めか、上からか下からか。
増えていく選択肢に一瞬の気を休める余裕すらもなく、僕は周囲を見渡していた。
その防戦の一方で、2㎞先でガラリと大きく崩壊する地下都市ドラキールの外壁。
差し込む夕日を塞ぐように、800m越えの山のようなエクリプス、フォートレス級の上半身がドラキール市街へと影を落とした。
まもなく住宅地の踏み荒らしが始まる。
「もう……行くしか……!!」
迫る殺戮のタイムリミットに、僕は焦りながらデフィーナへと宣言した。
「プロメティダより先に、フォートレスを倒します!! あっちは一発で倒せますから……!!」
デフィーナが目を丸くして飛んで近寄る。
「それでいいの? 作戦は……!?」
プロメティダの釣り出し狙撃作戦……。
僕はスレイが狙撃を構える屋上へと視線を移していた。
デフィーナの背中の200m向こうに、彼女の姿が僅かに覗いていた。
スナイパーライフルのバイポッドを民家の屋根のヘリに立て、姿勢を屈めてこちらを見つめている。
白い髪と白い拘束衣が、ドラキールの白い建物の保護色となって、居ると分かっているから見える。くらいの視認性だ。
一方で大剣の音速突撃『スサノオ・テンペスト』を構えるストームは、建物の屋上で堂々と青い光を放っており、いる場所は一目瞭然だった。
プロメティダがいつ出て来るかは分からない。一方でフォートレス級は大きかろうと、『追悼の花』を使って、エクリプスの死体認識さえ済めば止められるのは確実だ。
「追悼の花を打ち込んだら、すぐ戻ります……!! 多分、往復で二分くらいで済むかと……!!」
僕がそう呟いた瞬間だった。僕の2m程下方に再びプロメティダの指輪が出現しており、彼女の語り掛けが僕へと届いた。
「ここまで一分で来られるのですか。驚異的な速度ですね」
『ここまで』の一言に気づき、僕は正面のフォートレス級へと視線を移した。
フォートレス級の頭部には顔面を覆う黒仮面が付いており、それだけで50mはあろうかというサイズだ。目玉は無いが、仮面の目の位置のラインにはスリットが入っており、カタツムリの目のような肉の触覚が生えて、ゆっくりと蠢いている。
その触覚の根元、エクリプスの額に当たる部分にプロメティダは立っていた。2キロ先なのでゴマ粒程度の大きさにしか見えないが、あそこに立つ者など、プロメティダ以外にありえない。
「アイツ、あんな所に……!!」
すると、プロメティダが片手を上げているのが見えた。
彼女の頭上で、巨大なワープリングがみるみる広がっていく。
そのリングはエクリプスの頭部よりも大きく広がり、上からその触覚を飲み込み始め、紙で隠したかのように姿を消し始めた。
それと同時に、僕らのいる周囲を濃い影が覆った。
「そいつは、やり過ぎじゃないんすか……!!」
僕の真上に直径100mはあろうかという、巨大なワープリングが開いていた。
空間接合で繋げられた、向こう側の景色が見える。
僕の目に映った景色は、フォートレス級を上空から見下ろすような光景だった。
仮面の頭があり、その上にプロメティダが逆さに立ち、その向こうに山のような広大な胴体が続いている。
プロメティダは自分が立っているエクリプスの上部の空間を、180度逆さまにして僕の上へとワープリングとして繋げていたのだ。彼女の身体がワープリングを通ってこちら側に入ると、こちらの重力に従ってスカイダイビングのように落下してきた。
風圧に長い白髪と黒のドレスを暴れさせながら、その視線は僕だけを捉えていた。
「君の守れる範囲の限度を、教えてください」
「知るか!! そんなもん……街に落とすなよ!!」
考えている時間など無かった。
こうなっては追悼の花でエクリプスを殺しても意味はない。
僕は再び最大サイズの絶対防御壁、天使の光輪の15mの円盤を繰り出して、上へと構える。
「おおぉぉぉあああ!!」
フォートレス級の本体が、こちらの重力を適用する前に押し込むしかない。僕は光輪を構えたままで上昇を始めた。エクリプスの頭部の、50mの仮面へと15mの盾を押し付ける。
盾は空間固定で僕に固定されているから無敵だ。
だがどう考えても小さすぎる。
敵の仮面を皿のようにして、ヤツの肉を盛り付けるように押さえ込む。エクリプス本体の肉の部分が重力に押しつぶされ、装甲が軋み、肉が裂けてひしゃげる生々しい音がブチブチと響き渡り、赤黒い体液が滝のように降り注いだ。
「スゴミ、無茶だわ……ッ!!」ブリアンが叫ぶ。
プロメティダのワープリングは、ますます広がりながら、エクリプスの身体を上から転送して来る。
「やめなさい、そんなの止められないっ!!」デフィーナが叫ぶ。
サッカーのコート以上の広さをもつ肉の塊は、たわんで僕が抑えている仮面の皿からこぼれ落ちようとしていた。
限界。余裕などない。
使える物は、なんでも使う。
僕はブリアンへと視線を送って腹から叫んだ。
「女神さん、デフィーナさん!! 女神像を使わせてください!! 僕の事を……抱きしめてぇー!!」
ドグマの妄想の暴走『僕の女神様』。
この質量の暴力に対抗する手段はそれしかない。
それが僕の最後の判断だった。
「や、やるのね!?」
「イカれてるわよ、あんた!!」
ブリアンとデフィーナは血の雨を避けながら、僕へと接近し、僕の両腕へとしがみついた。
二人の滑らかな肌が、僕の二の腕を刺激する。
だがまだドグマは動き出さない。
「だ、ダメっすよ、もっと密着!! 暴走させないと、女神像、出ませんから……!!」
エクリプスの肉は益々たわんで、握り潰れた果実のように体液を撒き散らしながら、真っ白なドラキールの街を赤に汚していく。
「前、入るわよ……!?」
ブリアンが両腕をあげる僕の正面に入り込み、魔法少女の白いドレスから、弾け飛びそうな豊満な胸を僕の正面へと押しつけた。
「どう、コレでいいんじゃないの!?」
その刺激で興奮した僕の精神の形が、天使の光輪の形へと反映され始める。
15mの輪っかが、ポコポコと沸騰したように膨らみ始めた。
「行ける、行けますよ、このままで……サイズを広げていけば……!!」
僕がその動きにチャンスを見出した瞬間、デフィーナは僕の顔の高さまで飛翔で飛び上がった。
「ダメよコイツは、この程度じゃ!! コイツに一番効くのはコレなんだから!!」
デフィーナはそう言って僕の頭を両手で掴んで無理矢理に向きを変えると、ブリアンの見ている目の前で僕の唇へと乱暴に唇を重ねた。
しっとりとした潤いと共に、蜂蜜のような甘さが口内を満たす。
「ちょっと、大胆すぎなんじゃないの!? デフィーナあなた……!!」
ブリアンが声を裏返しながら、僕の腰へと腕を回し、さらに密着を深めてきた。
その瞬間に、僕の意識が一瞬、白飛びした。
──思えば今日は、激しい一日だった。
ドラキール旧市街へと潜入し、零極さんと戦い、ダートのギャンビットを打ち破り、そして聖典さんと戦って、プロメティダとも戦っている。
僕の身体は傷だらけだ。
心も体も、疲労でいっぱいだったんだ。
だと言うのに。
それがこの接触だけで、全てを忘れてしまいそうになった。
疲労も苦痛も恐怖さえも、全部が守ることを許された、ご褒美のように感じてしまう。
「うああー!! 行ける、行くっすよー!!」
想像力の暴走、妄想。
それが今ならば、コントロール出来る。
「ドグマ開放──僕の女神様ァァー!!」
僕が押さえていた天使の光輪は、一気に変形を起こして形を成した。
それは天使の光輪を台座として生える、ブリアンとデフィーナ、二人の裸の胸像だった。
二人がフォートレス級を抱き合う形で真っ白な巨像となり、像の両腕が巨大なフォートレス級のエクリプスの肉塊を完全に包み込んで支えていた。
「出た、コントロール、出来たんすよ!! これはぁー!!」
僕は高らかに叫び、上空を見上げた。
「なんでまた……裸なの……!?」 真っ赤な顔で、声を裏返すブリアン。
「最低の……恥さらしだわ……」 憂鬱そうな表情で、顔を赤らめるデフィーナ。
「あの……すみませんっす、調子こいて……」 一息ついて、冷静になってしまう僕。
そんな三人の正面の空中に、ワープリングが開いた。
頭から落下中だったプロメティダが、下からイルカのように飛び出してくる。
彼女は落下の勢いを上昇によって相殺すると、燭台の足場をワープリングから出現させて、その上に着地した。
「……なにをしているのですか、あなた達は」
……そんなの、こっちが聞きたいくらいだ。
窮地は続いていた。
全裸の女人巨像の召喚『僕の女神様』は、維持するのに必要な意思の純度が高い。今の僕に次の手を打つ猶予は無い。
僕は彼女を睨み返した。
「何してんのかって、見たら分かるじゃないっすか……エクリプスを止めてんすよ」
僕の言い返しに、ブリアンが強く重ねた。
「そうよっ、これが愛の力なの!! あなたが忘れた、一番大切な人間の心っ!! 本物の繋がりの力ってヤツなのよ!!」
ブリアンは僕の腰に手を回したままで、爪を立てて震えていた。
単なる詭弁による言い返しでは無い。プロメティダがまだこの状況を見て攻撃してこない。それに対する会話という状況の殴り返し。僕の手を理解して乗ってくれているんだ。
それに対してプロメティダは表情ひとつ変えずに左手を僅かに持ち上げた。
エメラルドに光る結婚指輪のついた薬指を立てて、冷淡に語る。
「いえ、愛なら忘れていません。愛こそが最も重要な感情。人の繋がりです」
プロメティダの左手の先に、ワープリングが開いた。
「私は愛する者を忘れる対価として、世界を繋ぐこの能力を獲得しました」
ワープリングの中から、一本のロングソードが取り出される。
「エィブラム ヤクッ……。全てが繋がっています。私は愛を愛して……私が愛しているのは、誰ですか?」
発言と共に僕の正面、ブリアンの背中へとワープリングが開いた。
向こうの景色はもちろん、プロメティダの剣の先。
「女神さん離れて……!!」
「きゃあ!!」
僕は抱きついていたブリアンを、片腕で引き剥がした。
プロメティダは剣を引いて、突き刺しの動作へと入る。
これは、避けられない。
防御も出来ない。
だが僕は、諦めてなどはいなかった。
なぜならば、音が届くよりも速く、青白い閃光がプロメティダの背中を照らしたからだった。
「スサノオ・テンペスト!! くたばりやがれぇえ!!」
ストームの音速突破の一点特攻『スサノオ・テンペスト』の大剣を構えた突撃が、プロメティダを襲っていた。音速を突破をして届くストームの刃は、200m先から発進して命中までに0.6秒もかからない。
しかしプロメティダの反応速度は、それを持ってしても上回っていた。
僕を突き刺そうとしていた剣を逆に払うと、自身の背中を覆う程のワープリングを即座に展開した。
ストームは音速の直進、軌道変更も出来ずにリングの中へと突っ込んでいく。
「見えてましたが……」
ストームがワープリングに通して反対側へと放り出され、プロメティダが語ろうとしたその瞬間、プロメティダのこめかみに、銃弾が突き刺さった。
ポッカリ空いた傷口から血が吹き出して、彼女は身体を大きく仰け反らせる。
その銃弾は、彼女がストームを通す為のワープリングを開き、それが広がる時間という、狙うと言うにはあまりに非現実的な刹那を貫いていた。
僕は燭台の上から崩れ落ちそうになる彼女へと伝えた。
「あなたが愛した者ってのは、スレイちゃんの事っすよ……その弾丸を届けた、あなたの娘です」




