第322話・届く気持ち。9
「対象はエクリプス……フォートレス級。あっ、あの……高さ864m、推定重量1億9000万t……」
アキュレがネオさんの胸へと完全に頭を埋め込みながら、くぐもった声で報告をしていた。
地下都市ドラキール王国のシェルターの壁をぶち抜いて現れた、超ド級のエクリプス『フォートレス級』。山岳のような肉の塊を黒い鉄板でバチバチに締め付けただけの質量の暴力が、今まさに都市を横断しようとしていた。
ネオさんはその光景に、激しく顔を歪めていた。
「ブチギレてんのかゲーブルトの野郎……っ!! 目的は殲滅じゃなくて被検体の確保じゃねぇのかよ!!」
僕はすぐに飛び出そうとしていた。
「僕が止めてきます!! エクリプスなら追悼の花で、一発ですから!!」
その僕の飛び出しを、ネオさんが追いかけて来て手を掴んで止めた。
「待てお前っ!! ダム湖でプロメティダを見たって、言ってたよな……!!」
「えっ!? はい、でも今はそれどころじゃ!!」
「それどころだよっ!! プロメティダはお前がフォートレス級を倒せるのを見てるんだろ!! 罠だよ、私達の逃亡先を見つけ出すためにお前を誘う、飛び出した瞬間、ここにワープしてくるぞ!!」
「でも止めないと……街が!!」
「アイツのワープでスタートに戻されるだけだ、たどり着けると思ってんのか!!」
壁の崩れる瓦礫の音は、ドーム状のシェルター内部で反響して何重にも聞こえるやまびこのようだった。都市の端の住宅地が、既に瓦礫の下敷きになり始めている。
「じゃあバイクで行くっすよ!! 見つからなきゃ良いんすよね!!」
「あ、ああ……。隠れながらだ。直進路を使わなければ……」
僕とネオさんが言い争い、ネオさんは渋々と言った様子で視線を逸らした。
そこにスレイちゃんがスナイパーライフルを掴みながら踏み込んで来る。
「ネオ姉……。スゴミが飛び出してママが来るなら、そこで撃つよ」
彼女は目の前の住宅の一件を指さした。
「アタシはここの屋上で狙う」
次に僕たちが集まる路上から、100mほど先にある建物を指さす。
「ストームは、あの角の建物から、スサノオ・テンペストを構えておいて……」
そして最後にフォートレス級のエクリプスを指さした。
「スゴミは向かっていって、200m走ったら空に飛び出して。ママが出てきたら、アタシとストームで一緒に攻撃するから……」
ネオさんは腕を組んで眉を寄せた。
「……分かった。それで行こう」
僕はその冷淡すぎるやり取りに、息を飲んでいた。
「えっと、タイミング……とか、合図は……?」
僕が質問すると、ストームが割り込んできて大剣を地面に打ち立てて僕を睨みつけた。
「そんなもん要らねぇだろ。本物の殺意があるやつってのはな、なんも言わなくても一番良い殺しのタイミングってのは分かるんだよ」
それだけを言い残すと、彼は大剣に取り付けられたエンジンを駆動して、スレイの指定ポイントへと大剣を地面に当てながら滑走して行った。
「あ、ちょっと……!!」
手を伸ばす僕の腕を、ブリアンが掴んだ。
「スゴミ、行きましょう。一刻も早く、国民の犠牲を一人でも少なくする為に」
そして僕のふくらはぎをデフィーナが軽く蹴り飛ばした。
「ボサっとしてないで、さっさと殺しに行くわよ」
スレイもスナイパーライフルを抱きしめるように抱えて、正面の民家へと近づき始めた。
僕の横を通り過ぎる所で、足を止めて一言だけを残す。
「ヤクッ、忘れないで。どんな事があっても、必ずアタシは届けるから……」
それだけを伝えて、後は振り向かなかった。
あの子はまだ13歳だ、僕より頭ひとつ小さくて、華奢な身体をしている、それなのに彼女が妙に大人びて見えた。まるでその身体に、本物のネルケ・クローベルの意思を背負っているかのような、儚くも折れない強さが宿っているように思えた。
僕たちが狭路に入って進もうと構えると、裏の道路から魔改造された高速車椅子に乗ったクロス君が飛び出してきた。
「いたよ! ネオさん達だ!!」
勢いよく叫ぶ声に、一瞬振り向く。
そのエンジン付きの車椅子にはリアカーが取り付けられ、リアカーの荷台には大量の銃火器が積まれていた。その後ろから更に、カワダさんとシアナさんが、機関銃を肩からかけて追いかけて来る。その後ろにもゾロゾロと、十名程の見知らぬ男性達が、銃を持ってついてきていた。
ネオさんはそれを見て声を唸らせた。
「来たか、カワダ達が……!!」
「これって……」
「呼んどいたんだよ、虹の降りる場所に集まれってな!」
ネオさんは軽快に答えると、捕まっていたドラキール国民の側へと手を挙げて声を張り上げた。
「武器が来たぞ!! 戦い方も分かってる奴らもだ!! 壁のデカイのと将軍は羽の奴らが相手をするから、私たちで各地のエクリプスを殲滅するぞ!!」
ドラキール国民の男性の一人が、フォートレス級を見ながら震えていた。
「倒せるのか……!? あんなでかいヤツ!!」
「避難するしかないんじゃ!?」それに乗る他の市民。
だが僕は彼らの不安を取り払うように、右手にクリティカルソードを生成してフォートレス級を剣で指し示した。
「余裕っすよ!! 僕はエクリプス退治の専門家なんです!! あんなデカイだけのやつ、一発で倒せますから!!」
僕の声を張った宣言に、混乱状態だった国民は静まり返った。
しかしすぐに一人、また一人と、クロス君のリアカーへと駆け寄り始めた。
「武器をくれっ!! 俺もエクリプスをぶちのめしてやる!!」
「そうだ、祖国も追われて、ドラキールまで襲われて、黙ってられるか……!!」
僕は隣に並んだブリアンとデフィーナを確認すると、ネオさんへと言葉を投げかけた。
「じゃあ、こっちはお願いします。フォートレス級は、必ず僕が止めますんで」
ネオさんは声を低くして応答した。
「あ、ああ……今は、それだけが活路だ」
正直な所、プロメティダが回復してやってくるのに対して、ネオさんの言う通りにフォートレス級まで到達出来る保証など無い。僕の発言は約束のフリをした強がりでしかない。
だがそれは、ネオさんも同じ事なんだろう。
プロメティダが呼び出してきたエクリプス、フォートレス級という死の壁は、既にドラキールの外装を叩き割り、全身が見えるほどに侵食してきている。
「行くっすよ!! 全力で……!!」
僕は狭路へと低い軌道で飛行しながら入り込んだ。その後ろにブリアンとデフィーナがついてくる。
真っ白な四角い住宅のみが立ち並ぶその都市の中を、かき分けるようにして最大の脅威へと向かっていった。
200mは天使の羽で飛べば、あっという間の距離だ。
「そろそろ200mよ!」 デフィーナが鋭く声をあげる。
「上がります、ワープに気をつけてくださいっ!!」
僕はそこから一気に高度をあげて、ドラキール市街の空中へと飛び出した。
360度、プロメティダはどこからでも出てこれる。
ゴーグルノリコも僕の頭の上でグネグネ曲がって周囲を確認していた。
「よっしゃあ、どっからでも来やがれってんだ!!」
僕の左目も、視神経が零極さんのエクリプスの眼に切り替わり、鋭敏な動体視力で警戒を行う。
そしてすぐに、ワープリングが出現した。
ネオさんの言うとおり、モグラたたきをされている。
そしてリングの出現箇所は正面。
0.25秒おきに、一つ、二つ、三つ……と増えていく。ストームの言っていた一秒間に四個の速度を見事に体現してワープリングが並んでいくが、六つ、七つ、八つ……。その数の上限は、今だ底が知れない。
止まって出てきたリングは八個だった。
それらはまるで化粧鏡のようにこちらを向いて、その奥は暗くて見えなかった。
だがすぐに状況は変わる。
全てのワープリングから、一斉に戦車の砲身が突き出してきて、僕へと狙いを定めていた。
ワープリングの空間接合の向こう側で、戦車砲の発砲にフラッシュが起きる。
反射的に盾を出す。
「天使の光輪!!」
直径15mの円盤をドグマの空間固定によって不動にした盾だ。
僕たち三人をきっちりと隠し切るように張った防壁が、戦車の砲弾を八発同時に受け止め、寺の鐘を鳴らしたような深い金属音が鳴り響いた。
その時、僕の耳元で、敵将プロメティダの声が聞こえた。
「随分大きな壁ですね。前は見えるのですか……?」
僕は咄嗟に振り向く。
しかしそこにプロメティダの姿は無く、あったのはワープリングの元となる小さな指輪の形だけだった。指輪の向こうで唇が少し動いたかと思うと、指輪はそのままエメラルドの光に吸い込まれて消えた。
声だけを通しに来た。
揺さぶりか、確認か……その真意が見えないままに、盾の向こうで数名の悲鳴が一斉に聞こえ始めた。
「うぁぁあ!!」「いやぁ! なんなのこれはぁー!!」
僕は即座に盾を50cmのちゃぶ台へと縮めて、正面を確認した。
するとそこでは、5名の見知らぬ人間が空を落下していた。落下の先にはワープリングの入口があり、ワープリングの出口は入口の上にある。落下しては戻される落下の無限ループ。
僕に使ってきた剣の落下による投擲攻撃の、人間バージョンだ。
次に起きる事態を察すると、体温が一気に下がった。
それと同時にワープリングが向きを変えて、出口の方向をこちらへと変える。
落下していた人達を、落下の勢いのままに砲弾として投げ飛ばしてきた。
「うわぁあああ!!」
叫ぶ彼らの後ろでは、戦車砲の砲身が狙いを変えずに僕へと集中し続けている。
「女神さん、お願いします!!」
迷う時間も選択の時間もない。
僕が防御すれば砲弾の人達が死ぬ。防御しなければ戦車砲で僕が死ぬ。
僕はちゃぶ台の足を掴んで、正面へと構えて唱えた。
「ファルコンストライク!! バースト!!」
秘密の食卓のちゃぶ台が、ロケットブースターの属性で加速する。
それが僕の身体を引っ張って、空気を切り裂いて直進した。
飛ばされた人を通り過ぎた所で、再び15mへと展開。
「天使の光輪!!」
前進の慣性を保った円盤が、戦車砲の乱打を押し飛ばしながら、並んだワープリングへと突撃した。
戦車は八台同時にワープリングの向こうへと押し戻されて、崩れたり爆発する音に兵士の驚きと叫びが混じっていた。
そしてすぐに後ろを確認する。
投げ飛ばされた人たち、それはブリアンに任せるつもりで、短くお願いした。
ブリアンは魔法のステッキを振りあげて、水のボールを生成していた。
「マジカルハート・セイクリッド クリスタル ホープ!!」
人をまるまる飲み込む程の水球を生み出すと、飛ばされていた五名を五つの水球で見事にキャッチする。
「乱暴で、ごめんなさいね……っ!!」
ブリアンがそのままステッキを下へと振り抜くと、救出された五名は水球ごと地上へと運ばれて行った。
僕がそれを見て息を吐くと、デフィーナが叫ぶ。
「スゴミ、上よっ!!」
同時に僕の頭を影が覆っていた。
僕の真上から20mクラスのエクリプスが、一気に五体、ワープリングを通して降って来ていた。
「いい加減にしろよ、プロメティダぁー!!」
こんなの避けたら街が大惨事だ。かと言って15mの円盤では、この巨体五つを絶対に乗せきれない。
僕は両腕を広げてドグマを球体と化し、ばら撒くように放った。
「うああ!! ドグマ開放────ネオさんのパンツゥウ!!」
もはや四の五の言っていられない。
僕にとってはキャッチする為の、最強の形がコレだった。
球体のドグマはそれぞれが4m大のレースが象られた三角布へと変形して、その場に空間固定され、五体のエクリプスをそれぞれキャッチした。
デフィーナが声を裏返す。
「……それしかないわけ!?」
「これしかないんすよぉ!!」
僕は構わず右手に『アトラスの剣』を生成した。
真っ白な玩具のような剣を振りかざし、パンツに収まったエクリプスへと『絶対加速』のぶっ飛ばし効果を与える。
狙いは侵入してきている超巨大エクリプス、フォートレス級だ。
「ぶっ飛ばせ、アトラスの剣!!」
ピッ!という玩具の音と共に、叩かれたエクリプスは砲弾となり、2キロ先にいるフォートレス級へと真っ直ぐに吹っ飛んでいく。
それらがフォートレス級の分厚い装甲に当たると、遠くの山で起きた木の伐採音のように、べチャリと潰れて山の汚れの一部と化した。
だが、ダメだ。
これ以上、遠距離戦をされ続けても、いつかは防御を失敗するし、僕から彼女を見つけることは出来ない。
ならばフォートレスを止めに行くか?
それも出来ない。
スレイの狙撃の指定範囲を出てしまう。
焦燥が僕の心臓を締め付けて、僕の鼓動は早くなっていった。




