第321話・届く気持ち。8
ブリアンが描いた虹の道、霧の空路が人々を運ぶ。
その終着点となる道路には、牢屋に囚われていたドラキール国民が40名程集められていた。僕とブリアンとデフィーナが天使の翼を羽ばたかせながらそこへと着地すると、彼らは僕達を迎え入れてくれた。
「おお、英雄様……っ!」「天使様だわ……」
「ありがとうございます」「助かりました、ありがとう……!」
ブリアンは着地するなり、国民たちの前へと躍り出た。
「怪我していた人がいるわよね! 私は傷を治すことは出来ないけれど、水と浄化の力で止血と消毒は出来るのよ!! 見せてちょうだい!!」
その申し出に、先程ゲーブルトに治療拒否された男性と、それを看護していた女性が反応した。
「こっちです……!! お願いします!!」
ブリアンは僕へと視線を合わせて手を握った。
僕がひとつ頷いて歩き出すと、ブリアンも頷いて歩き出した。
ブリアンが魔法のステッキを男性の千切れた腕へと向けると、患部に水の膜が張り、衣服を汚していた血液をみるみるうちに吸い取って、清潔な水へと浄化していった。
それと共に、痛みに悶絶し続けていた男性は、フッと落ち着いた顔をして眠りに落ちた。
女性はブリアンにむかって祈るように手を合わせて、頭を下げた。
「ありがとうございます……! 奇跡の力ですわ、女神様……!!」
「いえ、私に出来る事だもの。当然の事よ……!!」
そうしていると、ネオさんが着地したジェットユニットを降りてきた。
一緒に乗り合わせていたアキュレも下ろし、緑色の髪を揺らしながら近寄って来る。
僕はすぐに彼女へと視線を合わせた。
「ネオさん、来てくれて、ありがとうございました……」
そして辺りを探すように視線を動かした。
「ポラリスちゃんは……?」
ネオさんはアゴで国民たちの集まりの奥を指し示した。
「来てるよ、同じ機械をミナミヅキに操縦させて、先にココに向かって貰った。虹が出てて分かりやすかったしな」
僕は人混みの向こうに、背の高いミナミヅキさんのメガネ顔を見つけ出し、少しの安堵に息を吐いた。
救助された被験者達は、概ね助かった事への安心に明るい空気を出している。
しかし中には一部、不穏な声を上げる者がいた。
「アイツって、テロリストのネオだよな……」
「ブリアンってのも、エリオット様を銃殺した王女だって、ニュースでやっていた人じゃないの?」
それに対してネオさんは、腰に手を当てて国民達を睨みつけた。
「お前ら、ゲーブルトの変身能力を見てたんだよな? 私はヤツに姿を奪われて、成りすまされてたんだ。このエクリプス襲撃の首謀者はゲーブルトで、黒幕はエリオットだからな」
国民達にざわめきが走る。
「そんな、エリオット様が……」「エリオット様が、そんな事……」「嘘だわ」
それを見てブリアンは毅然として国民達の前へと歩み出た。
「皆様が不安に思うのは、ごもっともです」
そして深く頭を下げた。
「私はブリディエット公国の元王女、ブリアン・ブリディエット。今はドラキールの指名手配となった、ただの女です」
ブリアンの声には、震えも迷いも無かった。
ただ淡々と事実を延べながら顔を上げ、国民達を真っ直ぐに見据えた。
「ご存知の通り、私は確かに結婚式の日にエリオットを射殺しました。しかしそれは、彼の陰謀に気付き、それを止めないといけない。私がやらなくてはいけないと思ったからです」
ハッキリとした物言いに対して、国民達は不安そうに顔を見合せた。
「エリオット様が、陰謀……?」「適当な事を……」
「でも、助けてくれたわよ?」「……だとしても」
煮え切らないドラキールの人達を見て、ネオさんは「はぁ」とため息を吐いて、僕たちへと向き直った。
「まぁ良い、コイツらがどう思おうと関係ない。既に状況は煮詰まって来たからな。私達がするべき事は、ゲーブルトとプロメティダを倒し、都市各地を襲うエクリプスを殲滅する事。それだけだ」
僕はその力強い一言を受けて、前に出て胸に手を当てた。
「もちろんっすよ。ネオさんが出て来たって事は、何か作戦があるって事なんすか……?」
ネオさんは、乗ってきたジェットユニットへと視線を移した。
「ああ……コイツが旧ドラキールの格納庫に十台あってな。人手があればエクリプス処理も捗ると思って出てきたんだ」
僕もユニットを改めて見る。四つのジェットエンジンが取り付けられたリング状のフレームに、機銃やミサイルが取り付けられている、複座式の飛行戦闘ユニットのようだ。それがミナミヅキさんの元にも一台置かれている。
ネオさんは、ピッタリと横につくアキュレの肩へと手を置いた。
「アキュレの索敵ユニットも、ちょっと改造して持ち出してきた。エクリプスは良いとして、ゲーブルトとプロメティダは、個別の対処が必要……って所かな、回復されちまうしな」
「なるほど、やっぱり将軍は……僕たちで何とかしないと」
僕は少し視線を下げて、行く末を案じていた。
すると民衆を掻き分けて、スレイちゃんが猫背のままで乗り出してきた。身体を窄めて、低く、冷淡な口調で宣言した。
「あのね……ママはね。アタシが撃つよ」
しかしその悲しみを帯びた一言に、僕の視線は吸い寄せられていた。
「そんな、スレイちゃんがする事無いっすよ! それに、プロメティダは利用されてるだけですし……!!」
ネオさんの視線が鋭く僕を睨みつけた。
「どういう事だ」
僕はネオさんへと向き直る。
「プロメティダは、スレイちゃんのお母さんで、シゲルに殺されて、ゲーブルトの死体を操る術で動かされてるんすよ……」
ネオさんの表情が、露骨な嫌悪感を示して歪んだ。
「なんだよそれ……。マジで言ってんのか」
スレイちゃんが、ネオさんに近寄る。
「本当だよ、ネオ姉……。だからママは、アタシが殺すの」
ネオさんはスレイちゃんへと歩み寄り、その肩へと手を置いた。
「そういう事なら話は別だろ。プロメティダは可能な限り確保、ゲーブルトはぶち殺す。その線で行くしか……」
僕も身を乗り出す。
「そうっすよ! あと少しで、記憶が戻るかも知れないじゃないっすか!!」
だがスレイちゃんは肩に乗ったネオさんの手へと手を重ねながら、涙を流し始めた。
「ママはね……死んだの。今のママは、ママじゃない……」
「そんなの、あの洗脳を解けば……っ!!」
声を荒らげる僕に対して、スレイちゃんの緑色の瞳が鋭く睨み返してきた。
「スゴミは、見たんでしょ。アタシの命に繋がって、ママの言葉を聞いたんでしょ?」
普段の、のんびりした態度からは想像もつかないような彼女の強い視線に、僕は息をするのを忘れていた。
スレイちゃんは胸元にスナイパーライフルを抱きしめて、瞳を閉じて祈るようにして語った。
「ママを世界に……エィブラムの元へと帰してあげたいの。アタシたちは大丈夫。いつだって繋がっているから……」
「スレイ……」
ネオさんは目を細めて彼女を見つめていた。
すると、ネオさんの胸元で挙動不審に辺りを見回していたアキュレが、索敵用ヘルメットを押さえながらネオさんの顔を見あげた。
「局長が、プロメティダの修復を完了しました……」
ネオさんはドラキール市街の中央の塔へと視線を移して舌打ちをする。
「チッ……早ぇんだよ!!」
そこへと今度は、ストームが睡眠から目覚め、ボロボロの服に大剣を引きずりながら、顔を出した。
「スレイの母親をぶっ殺すんだってな! 俺は賛成だぜぇ!!」
「ストーム……!!」
スレイが彼へと振り向く。
ストームは口が裂けそうな程ににやけながら、指を四本立てた。
「アイツの弱点は分かった。アイツは一秒に4回しか移動の輪っかを出せねぇ。そんな気はしてたが、剣を弾き返した時にハッキリしたぜ」
そして手のひらを完全に開いてこちらへと向けた。
「だから一秒間に5回だ。別々の方向から5回殺せば、アイツは殺せる」
ネオさんはアキュレへと視線を落とした。
「アキュレ……そうなのか?」
「いえ、私の索敵は一秒間隔なので、一秒以内の動きはちょっと……分からないです」
言いながら、アキュレはピクッと跳ねて黒い塔へと視線を向けた。
「プロメティダ、移動開始!! ワープで……都市の中から完全に居なくなりました……!!」
ネオさんも視線を塔へと送る。
「向こうも、作戦あり……って所か」
それに対して、スレイはスナイパーライフルのトリガーに指をかけ、脇へと挟み込んで顔を上げた。
「ママは絶対、アタシを殺しに来るから……」
スレイの視線が、ストームへと向いた。
「ストーム、手伝って。ストームが正面から真っ直ぐ行って、ママの気を引いてくれたら……アタシが殺すから」
「はっ、必要ねぇな、俺の初撃だけでぶち殺す!!」
ストームは自信に満ちた狂気的な笑顔で、自身を親指で示した。スレイはそれを見て静かに頷くと、ネオさんへと視線を戻す。
「ママ以外は……分かんないから、お願い」
ネオさんはスレイの瞳を見つめていた。しかしスレイが視線を一切動かさないのを見ると、目を細めたままで静かに返した。
「……分かった」
そしてすぐにミナミヅキさんの方へと歩いて行きながら、集まったドラキール国民達を軽く手で示した。
「おいっ! ミナミヅキ! この中から八人、奴を選んで、残りのユニットを取りに行ってくれ、ポラリスはこっちで預かる!!」
ミナミヅキさんはジェットユニットで酔ったのか、若干青い顔をしながら、ヨタヨタと歩いてくる。
「は、はい……っ! 私にできることでしたら、なんなりと……」
ネオさんは更に国民達へと投げかける。
「私をテロリストだと思ってるやつは、もう勝手に逃げてくれ、ドラキールをエクリプスから守りたいヤツは、武器を貸してやるから、私についてこい……!!」
その投げかけに、国民達はざわめいていた。
しかし彼らは元々、エクリプスやゲーブルトに立ち向かった結果プロメティダに連れ去られかけたという有志達だ。
熱の高まりは早かった。
「俺……戦いますっ!!」「俺も……俺もだ!!」
「ドラキールを守りたい、そう、それだけなのよ!!」
そんな機運の高まる熱気の中で、僕だけはまだ、冷えたままの心が揺れ続けていた。
「スレイちゃん……本当に良いんすか、お母さんの事……」
スレイちゃんは僕へと向き返り、ポケットから小指の長さほどの弾丸を一発取り出して、親指から中指までを曲げる、『ヤクッ』のハンドサインに包んで、僕へと向けた。
「スゴミ……。アタシは必ず、ママに届けるから……」
迷いなく真っ直ぐな瞳から、一筋の涙が流れていた。
僕はそれを見て、痛くなる胸に右手を当てて、よれたシャツをギュッと握りこんだ。
「了解っす……」
その瞬間だった。
地鳴りがドラキールの地下都市内で響き渡り、地面が激しく振動を始めた。
「地震……!?」
全員の動揺が高まる中、アキュレが地下都市の西の壁を指さしながら、ネオさんへと抱きついた。
「西の壁の向こう……!! 2億トンクラスの重量物が、都市の壁へと激突しています……!!」
全員の視線が、アキュレの示す先の壁へと一斉に集まる。
ネオさんが身構えながら、激しく動揺しだす。
「まさか……!! まさかアイツ……プロメティダ!!」
それと同時に、直径7kmを誇る大地下都市、ドラキール王国の重厚なシェルターの外壁に、巨大な穴が空いた。
穴からは真っ赤な太陽の西日が入り込み、真っ白な建物の立ち並ぶ都市を、一瞬にして朱色に染め上げた。
そしてその穴を通すように、長さ800mにはなろうかという、巨大な黒い爪が入り込んでいた。
ブリアンがそれを見て顔を青くする。
「エクリプス、フォートレス級……持ってきたの? プロメティダは、ドラキールにも……それを使う気なの!?」
ブリアンの国の三割を瓦礫へと変えた、移動する災害。
フォートレス級のエクリプスの黒い装甲が、都市の壁を雪崩のように崩壊させ始めると共に、紛争の音が響き続けていたのをかき消すように、割れるような悲鳴が都市の全域を包んだ。




