第320話・届く気持ち。7
ドラキール中央の漆黒の塔から、虹の橋がかかっていた。
僕達が閉じ込められていた牢屋は、塔の中の三階程の高さだった。
僕が壁に開けた穴を通して、40人近くの捕らえられていた人を、ブリアンの水蒸気が一気に外へと運び出す。
「補給は無限にしますから、頑張ってくださいっすよ、女神さん!!」
「任せて! これならいくらでも発動していられるわ!!」
僕が差し出した肘に、ブリアンは片腕を絡めて魔法のステッキを振っていた。
目の前の将軍プロメティダは、本人の過去を思い出させようとする事で無力化出来る。今もスレイちゃんの呼びかけによって、頭を押さえて体を屈めている。
そして敵の本丸である将軍ゲーブルト。ヤツは檻の向こうで血吸い男の姿のまま、デフィーナが繰り出したブラックカーテンの黒布に包まれて、視界を失いながらもがいていた。
デフィーナが僕へと振り向く。
「今なら殺せるわよ……!!」
「無理っすよ、そいつ不死身じゃないっすか!! 今は脱出が優先っすよ……!!」
デフィーナは舌打ちをしながら剣を構えなおした。
部屋中のドラキール国民の全員がブリアンの霧に乗って外へと運ばれた頃、ゲーブルトは再び別の変身先の名前を唱えた。
「プローム・リンネス!! フェルマ・ヒイラギ!!」
ブラックカーテンの内側で、ゲーブルトの肉がメコメコと形を変えていた。どんな顔になっているのかは分からないが、カーテンに包まれたままで胸の形が膨らんだ。どうやら女性の体型だ。しかしその肩幅は広く、両腕は筋肉質で指も太く、毛の生えた男の腕だった。
「逃げようってなら、いっそ死ねぇ!! 爆発しろぉ!!」
その絶叫と共に両手が突き出された瞬間、零極さんが僕の中から反応した。
「止めますっ!!」 零極さんの短い宣言。
僕の左半身が零極さんの女性の姿に切り替わり、青い頭髪を揺らしながら、黒い機械の腕と化した僕の左手を、正面へと突き出した。
それと共に左手が冷気を支配して、牢屋の鉄格子を芯とした氷の壁を生み出した。
その瞬間に、爆発が起きた。
ゲーブルトは爆破の能力者へと変身しており、僕たちを部屋ごと爆破しようとしていた。
氷の壁を一撃で叩き割るほどの強烈な爆風と熱が、牢屋を含む部屋一帯を一気に包み込んだ。
「うぐぁ!!」
一番に吹き飛んだのは、ゲーブルトの真横に立っていたプロメティダだった。
ゲーブルト本体も爆破の威力で腕が焦げている。
僕達の元へも氷を抜けて熱が飛んでくるが、零極さんの左腕は次々と氷の壁を厚くして、熱の貫通を防いだ。
一方でゲーブルトの側は空気中の熱がグングンと上昇して、空気が歪みだしていた。
熱風が吹き荒れてゲーブルトの紙資料を飛び散らかし、ヤツを包んでいた黒布が自然発火を始めた。
ゲーブルトの顔は、地下基地で対峙したタバコの熱暴走男の顔になっていた。
それとは別に、胴体部分は胸もヒップラインも完全に女性と化している。これは恐らくドラキール城に居た爆発女の体だ。
爆破の能力と、熱暴走能力の同時使用。
ネオさんが言っていた能力のコンボを一人で体現できるその柔軟性が、ゲーブルトの戦術の底知れなさを実感させる。
ゲーブルトは衣服も全身が発火して、皮膚はただれて髪すら燃えていたが、熱を抑える気配は一切なかった。
「氷の壁……? 誰の能力だ。壁の穴も、誰が開けたぁ!! 寄越せ、収集させろ、テメェらの能力をなぁ!!」
ゲーブルトは熱暴走の温度を更に上げながら、歩いて近寄ってくる。
腕が燃え上がって真っ黒な炭へと変貌していくが、内側から鶏肉のようにピンク色の肉が次々と浮き上がって、表面の炭をボロボロと剥がれ落としていく。
自爆と再生。それすらもこの男の中では一つの能力として融合してしまうのだ。
ゲーブルトの腕が氷にふれると、氷も鋼鉄の檻も全てを溶かして蒸発させていく。
牢屋の中の人は全て運び出し、残るのは僕とブリアンとデフィーナだけとなった。
ブリアンが僕の腕を引っ張る。
「私達も、出ましょう!!」
デフィーナが鋭く反論。
「引き寄せ能力がある、最後の一人は捕まるわよ!!」
氷の壁を貫通しきったゲーブルトが牢屋へと侵入すると、ゲーブルトは熱暴走男の顔を解除して、無詠唱でポラリスの顔を形成した。成人女性の身体のままで、顔だけが幼い少女の顔と化している。
ゲーブルトはポラリスの声で唱えた。
「そうだな、闇も水も面白いが、半分女になってるテメェのが気になる、行かないで貰おうか」
ヤツが指さしているのは、紛れもなく僕だった。
零極さんの半身が引っ込んで僕の身体に戻ると同時に、僕の足はゲーブルトへと歩き始めていた。
ブリアンが僕の腕を強く引き寄せながら口走った。
「ス、スゴミ……!?」
それを聞いてゲーブルトのポラリス顔が、幼い顔のまま愉悦に歪んだ。
「あー! そうだ、スゴミだ……! スゴミって言ったよなぁ、お前さぁ!! 」
それと共に、ゲーブルトの首から下が、ブリアンの身体へと変化をしていく。今僕に抱きついている、白い魔法少女のドレスに身を包み、こぼれ落ちんばかりの豊満な胸を張り出すと、自分の手で揉みしだき始めた。
「ああ、なんだブリアンの記憶にはよぉ、衣装を着せてきた弱気のヘタレだけど、なんだか放っておけない……みたいな、クッソ微妙な評価だったのになぁ!!」
その煽りにブリアンの髪の毛が逆立って、声を裏返して悲鳴のような怒鳴りをあげた。
「何を言っているの!! あなたはそうやって、人の心と身体を弄んで……!!」
ゲーブルトはポラリス顔のままでアゴを上げ、ブリアンの身体を使って内股で胸を突き出した。
「くはははっ! 喚くな妄想女ぁ! 清純ぶってエリオットの代わりに、そのヘナチンとベッドインしようとした、哀れな姫様がよぉ!!」
ブリアンの顔は真っ赤に腫れ上がって激昂していた。
「き、貴様はぁー!!」
僕の腕にしがみ付いていたブリアンの手が、爪を立てて僕の身体を引っ張った。
しかし僕の足はゲーブルトへと向かって歩き続ける。
ポラリスの『強制抱擁』の能力を受けている限り、僕の体は勝手にヤツへと向かっていき、その歩みを止めることはできない。
下がれないのであれば、進むしかない。
僕は意を決して、ゲーブルトへと突撃する事を決めた。
「ドグマ開放────秘密の食卓!!」
右腕に50cmのちゃぶ台を生成。
その先の事は決めていないが、とにかく防御で押し切る。
それしかないと腹を括った。
「いい加減にしろよ、お前はァー!!」
僕はちゃぶ台盾を突き出した。
ゲーブルトはそれを面白そうに指さす。
「なんだなんだ、その机ぇ! 教えてくれよ! って言っても、テメェの脳みそに直接聞くんだけどなぁ!!」
僕は踏み出していた。
ファルコンストライクを放つか、女神の円卓に巨大化するか。
ゲーブルトの次の攻めを見てから、ギリギリの後出しで変更する。
僕の取れる手はそれだけだと思った。
しかしゲーブルトはポラリスの顔を解除して、顔まで含めた全身を、ブリアンの姿へと変更した。
ブリアンの姿のままで両手両足を広げて、甘ったるい声を放った。
「あーん! スゴミくぅーん!! 抱いてあげるから、遺伝子ちょうだ〜い!!」
防御するでも攻撃するでもない構えだった。
僕はそれに逆に危機感を覚えていた。
ゲーブルトはそもそも不死身。
身体をバラバラにされても、コイツには関係ない。
むしろ殺されながらゴキブリにでも変身すれば、僕の細胞を一つ摂取するくらい簡単なのだろう。
後出しの権利はゲーブルトにあった。
選択ミス。
選択の余地は無かったのだが、僕はこの突撃がゲーブルトの思惑の範囲から、微塵も出ていないことを確信していた。
僕がゲーブルトへと食卓を叩きつけようとして、自分の失敗に歯を食いしばった、その一瞬だった。
塔の壁へと開けた穴から、ネオさんの声が鋭く飛び込んだ。
「スゴミ!! 防御だ、女神の円卓!!」
その物体は、声と共に侵入してきた。
白い煙を巻き上げて、背中で火花を噴き出して飛んでくる、白い弾頭。
ミサイルだ。
ネオさんが僕達がいる部屋の中へと、指示と同時にミサイルランチャーを打ち込んで来た。
「うぉおあ!! 女神の円卓ー!!」
僕は必死になって2mの壁と化したドグマの盾を空間固定し、ゲーブルトへの突撃を無理矢理に停止。
ブリアンの腕を引っ張って、自身の胸の中で抱きしめた。
そこへと、デフィーナも横っ飛びで入り込んで来る。
「足を曲げなさいっ!!」
それと同時に、濃い白煙が僕たちを包んだ。僕の盾を乗り越えたミサイルの弾頭は、その裏のゲーブルトの足元へと突き刺さるようにぶつかって、大爆発を起こした。
「なんだとっ!?」
建物を揺らすほどの振動と爆音。ゲーブルトはブリアン姿のままで巻き込まれて、木っ端微塵の肉片となって飛び散り、部屋中の壁へと血液がこびり付いた。
そして円卓の壁一枚の向こう側で起きた爆発で、僕達の元へも爆風が回り込んできた。
だがブリアンはそれを即座に水球のバリアを展開することで防御。
僕達三人は、ミサイルの爆発を耐え抜いた。
「無茶し過ぎってか、防御間に合わなかったらどうする気だったんすかぁ!!」
「ネオは間に合うって判断したら、こう言う事するわよ」
デフィーナが僕の腰にしがみつきながら、冷静につっこんだ。
そして穴の外で再びネオさんの呼ぶ声がした。
「いいから脱出しろっ!! 虹の先に行ってるぞ!!」
壁の向こうで『シュゴォ』とジェット音が響き渡ると、ネオさんが大きなジェットブースターをつけた歩行器のようなユニットに乗って、遠ざかっていくのが見えた。
「行きましょう……!!」
状況は分からないが、僕はとにかく脱出を決意して、ブリアンとデフィーナの手を取って牢屋の壁の穴から外へと抜け出した。
外に出ると、牢屋のあった黒い塔の壁から煙が濃くなって吹き出しており、良い煙幕になっている。
爆発後の部屋は静かで、ゲーブルトもプロメティダも、動いている気配はしなかった。
ネオさんのジェットユニットを追いかけて、天使の翼でドラキール市街の空を飛んで進んだ。
するとブリアンは僕に並んで飛びながら、突然に震えた声を張った。
「あの……スゴミ? 私、思ってないわよ!! あなたが、その……情けないとか!!」
「え……? ああ……それは分かってるっすよ。女神さんの事は、ドグマの衣装を通じて、ずっと感じ取ってたんすから……」
僕が答えると、ブリアンは焦った様子で顔を逸らし、風にはためく衣装の胸元を抑えた。
「あ……そうよねっ! 私もこの衣装で戦えるようになったんだもの、これからもあなたの隣で頑張るわ!! それで良いでしょ!?」
「はい、もちろん。よろしくお願いするっすよ。僕自身は自分の事……割と情けないやつだと思ってるんで……」
「大丈夫よスゴミ! マジカルエンジェルはね、最後に勝つんだから……っ!!」
ブリアンは強い瞳で僕を見つめながら、両手でガッツポーズをとっていた。
僕には彼女が何故そんな事を話しかけて来たのかいまいち分からなかったが、ゲーブルトの煽りが効いてたんだろうか。ひとまずは、そう思う事にした。
そうして僕らが会話をしていると、デフィーナが後ろから追いついて、咳払いをしながら会話に割り込んできた。
「それにしても、ネオはどうして出てきたのかしら。地下に居たはずなのに」
「なんか機械に乗ってましたし、戦う準備が出来たって事なんじゃ無いっすかね……?」
デフィーナは黒い塔の方を確認しながら、目を細めていた。
「アイツらって、どう? 死んだと思う? 爆発したけど……」
デフィーナが僕へと視線を合わせるのに対して、代わりにブリアンが身を乗り出して答えた。
「絶対に死んでないわ……。だってゲーブルトは不死身だし、プロメティダは修理されてしまうもの……」
「まぁそうよね。はぁ……だるいわね」
デフィーナは気怠そうにアホ毛を揺らすと、正面のネオさんを目で追った。
ネオさんは着陸体勢に入り、白い住居が立ち並ぶ道路の一角へと降下していった。
それを見て僕も飛行の高度を下げ始める。
「それでも、ネオさんが来たって事は、何か攻略のチャンスがあるに違いないっすよ……」
僕達は会話をしながらネオさんを追って、虹の橋の麓へと降下していった。




