第319話・届く気持ち。6
牢屋に直接転送された僕達は、今回のドラキール王国襲撃の首謀者、神格将軍ゲーブルト・ヴァングリフを前にしていた。
ヤツは檻の向こうで水色髪の中年女性に変身しており、その姿の状態では、手を振って『おやすみ』を言うだけで相手を眠らせる能力を持っているようだ。
ストームが速攻で眠らされたのを見て、僕の後ろにいたスレイちゃんが思わず身を乗り出そうとする。
「ストーム……?」
「ダメっすよ……」
僕は小さな声を出しながら、スレイちゃんの前へと手を出して止めた。
牢屋の中には30~40人は詰め込まれている。
僕達は中央辺りに落とされたが、目立てば何をされるか分からない。
黙って機を伺っていると、ゲーブルトは机に置かれたファイルを手に取ってめくり始めた。
「えーと、シュリー、シュリーは……っと」
そしてひとつのページで手を止めて、じっくりと見始めた。
「おおあった、コレコレ……『シュリー・メイカー』」
発言と共に、再びゲーブルトの姿が変化し始める。
水色のハネっ毛から、オレンジ色がバチバチと浮き出して来て、ミカンのように玉になると頭の上でお団子ヘアになって纏まった。気怠そうな顔も、ゆったりとした優しそうな顔へと変わった。
そしてプロメティダへと手招きをする。
「酷くやられたなぁ、美しい顔が台無しじゃないか。治してやる」
その手招きに誘われて、プロメティダは無言で歩を進める。
そしてゲーブルトはプロメティダの耳の血がこびり付いたカーディガンから撫であげて、彼女の首をつたい、頬を撫で、頭まで手を運んだ。
その動きと共に、触れられた箇所がみるみる内に戻っていった。カーディガンを汚していた血液も、欠けた耳も、顔を大きく引っ掻いた傷跡も、何事も無かったかのように元の白く透き通った、美しい肌へと回復していく。
「よし、完了だ」
ゲーブルトは手にしていたファイルを閉じて、机の上へと戻した。
それを見て、牢屋の壁際にいたドラキール国民の女性の一人が声をあげた。
「将軍様……っ!! そのような力があるならば、どうかこの人の腕を治してくださいませんか……!?」
声をあげた女性の前には片腕を失った男性が、血塗れで苦しみながら、壁にもたれかかって座っていた。
ゲーブルトはそちらへと視線を運ぶと、オレンジ髪の女性の姿のまま、カツカツとハイヒールの音を立てて近寄って来た。
「おお、それはそれは……お若いマドモアゼルよ。その男は君のなんだい、旦那かい?」
言いながら、ゲーブルトの顔がグニャグニャと変形していき、赤髪の厳つい中年男性の顔つきへと変身していく。服装もスーツに重ね着した白衣になり、床を叩く音も、ハイヒールの硬い音から革靴の重い足音へと変わっていった。
あれは僕達が知っている限りのゲーブルトの元の顔だ。
願いを申し出た女性は、少し声を明るくしてゲーブルトへと振り向いた。
「いえ、先程会ったばかりなのですが、共にエクリプスと戦って下さった方で、その時に腕も……」
ゲーブルトはエラの張った顔面で、唇の端をギリギリと釣り上げながら、三日月のような目をしてニヤケていた。
「なるほど、なるほど、それは勇敢!! そしてそれを案じる君の、なんと健気な事か……!!」
革靴が音を揃え、彼は立ち止まった。そして両手をポケットに入れて腰を曲げ、女性へと顔を近づけた。
「でも嫌だね。よく見たらお前、ブスだしなぁ」
「……え?」
女性は何を言われたのかも理解できない風に、声を裏返した。ゲーブルトはその顔を見て、肩を揺らしながら歯茎を見せた。
「くはははっ! 冗談だよ、冗談!! シュリー・メイカーの能力は『復元』。手に包んだものを復元する力だ。ただし、生きている物を直す事は出来ないのだよ!!」
女性は瞳を震わせて、唇を噛み締めていた。
しかし何も言い返せず、無言のままに頭を落とした。
ゲーブルトはそんな女性から視線を切ってニコッと笑顔を見せると、腰を上げて彼女へと背を向けた。
「ああでもそうだな、やっぱり条件次第では腕は治してやっても良いぜ?」
その一言に、女性は顔を上げる。ゲーブルトは顔だけ振り向いて薄目でそれを確認しながら続けた。
「その男を、死体にしてくれればなぁ! なーんつってな!! くはははっ!!」
そのゲーブルトの態度に、牢屋の中の空気がどよめいて沈んでいく。そんな中、牢屋の檻を掴んでいた一人の男性が声を上げた。
「それは……おかしくないですか!?」
ゲーブルトは興味無さげに無視をして、机に向かって歩き始めた。だが、男性は続けた。
「だって、たった今、そこの女性を治していたじゃありませんか……!!」
その一言を受けてゲーブルトはピタリと立ち止まり、両腕を広げて天井を仰いでみせた。
「おお、そこに気づいてしまうとはっ!! 鋭い、とても鋭い着眼点だね、キミィ!!」
男性はゲーブルトの不遜な態度に肩を震わせていた。
ゲーブルトはそのままプロメティダの元まで歩いていき、身体を翻してプロメティダの肩に腕を回した。
「面白いヤツの話をしてやろう!! 名前はバスキン……ええと、何とかって男なんだがなぁ? ソイツは40歳で女性経験無し、一人で女型人形を作り続けては『ハーレム』だのなんだのって言ってて、気色悪いヤツだったんだけどなぁ?」
ゲーブルトはプロメティダの頬へと頬を擦り付け始めた、プロメティダは全くの無反応で棒立ち。するとゲーブルトは、さらにもう片手で、その黒いドレスに包まれた胸の下を、蛇のような手つきで撫で始めた。
「俺はソイツに能力を与えたのさ。覚醒した能力は『レディズ ドール』って言ってな、自分が『妻』だと認識した物体を、自分に忠実な意思のある下僕に出来るって能力なんだけどなぁ!!」
ゲーブルトはプロメティダへの肩組みをほどき、腰の辺りを撫で始める。プロメティダは相変わらず、眉ひとつ動かさない。
「まぁ、逆にそれこそが俺が求めていた能力って言うか、死体とシュリーの復元と合わせると、こんな事も可能ってワケだ……なっ!!」
その説明を受けて、牢屋の中の誰もがゲーブルトから目を逸らしてた。
嫌悪感。苛立ち。恐怖心。絶望。
全ての感情が黒く澱んで、牢屋の中を行く宛てもなく漂っていた。
それを見たゲーブルトは「ふんっ」と鼻で笑った。
「はぁーあ、全員ビビりすぎだっつーの。ドラキールの栄誉ある国民が、聞いて呆れるってやつだなぁ?」
言いながらゲーブルトはネオさんの姿へと形を変えて、作業机に戻ろうとしていた。
そこへ僕の腕の裏へと隠れていたスレイちゃんが、はち切れんばかりの高い声をあげた。
「嫌っ!! 嫌だよママ!! ……そんな奴の言いなりに、ならないで!!」
牢屋の全員の視線が、一斉にスレイちゃんへと集まる。緑色の瞳が、とめどなく涙を零し続けていた。
デフィーナが焦って声を張り上げた。
「バカ……!! 今それを喋るなっ!!」
席につこうと腰を屈めようとしていた偽ネオの姿のゲーブルトが、即座に僕達を睨みつけた。
「ママ……? はあ?」
同時に、プロメティダが膝を曲げて苦しみ出す。
「違う、私は違う、私はプロメティダ……そうだ、私は違って、私は……誰?」
その反応を見たゲーブルトの表情に、初めて戦慄が走った。
「ああ!? クローベルのガキかっ! 有り得ねぇだろ、なんでこんな所に……!?」
僕はスレイちゃんの前に立ち塞がり、背の低い彼女の身体を隠した。
ゲーブルトはネオさんの顔、ネオさんの声で凄まじい剣幕で机を離れた。牢屋に向かってまっすぐに歩いてくるその顔が、みるみるうちにゲーブルト本人の怒りの顔に変わっていく。
「まあ良いや、忌々しい過去は、断ち切る……!! トモエ・ソウリ!!」
一時男性になった全身は、その後身体は男性のままで残して、首だけが少女と言うか、ポラリスの顔へと変わっていった。トモエと言うのは、ポラリスの本名なのだろう。
「クローベルの娘ぇ! こっちへ来い!!」
ポラリスの声で放たれる、圧のある命令。
その声と共に、ポラリスの持つ『強制接近・抱擁』の能力が発動したのに気づいた。スレイちゃんの足が勝手に前へと歩き始めている。
僕はスレイちゃんを押さえようとするが、彼女の動き出した足は止まらなかった。
僕の背中側から、ブリアンが人をかき分けて飛び出してきた。
「ねえ、どうしたの、何があったのいったい!!」
「いや、それは……っ!!」
僕は言葉に詰まっていた。
ゲーブルトの視線は既にスレイちゃんをロックオンしている。
どうしようもない、今は逃げるしかない。
僕はブリアンの手首を掴みながら、ゲーブルトに向かって叫んだ。
「おい!! 変態野郎のゲーブルト……!!」
「ああっ!?」
ポラリスの少女の顔のまま、ヤツの顔が醜く歪んでいく。僕は続けた。
「知っているぞ!! お前がネルケさんを奪う為に、ヒグツワ・シゲルに誘拐を依頼した事も……!! お前がエリオットと組んで、ドラキール国民を実験の材料にしていた事も……!!」
「はぁ!? なんだ、何者だテメェはっ!!」
「……名乗るワケ無いじゃ無いっすか、バァーカ!! 名乗ったら、なんかの能力の、対象になるんすよねぇ!!」
ゲーブルトはポラリスの顔を解除して、本人の赤髪男性顔で顔に血管を浮き上がらせていた。
「はっ、上等だ小僧!! テメェの名前なんてどうでもいい、ブッチャー・フットマン!!」
ゲーブルトの顔がグチグチと音を立てながら、皮膚のたるんだ巨漢の姿、旧ドラキール城の地下基地で戦った、足フェチの変態男の姿へと変貌した。
その瞬間、牢屋の中に居る全ての人間の足にロープが取り付けられた。接触不可能のロープ、足フェチ男の能力だ。視界の中の男性はその場固定されて、女性はヤツへと足を向ける形で寝転ばされる。
「きゃあ!!」「あ、足がー!!」
狭い牢屋にいっぱいに詰められていた人々は、折り重なって倒れて絡まり、わけの分からない大混乱状態になった。
そんな中で、僕は叫んだ。
「デフィーナさん、ブラックカーテン!! 女神さん、ホーリーミルキーウェイ!!」
デフィーナは一瞬、僕を見た。
「ブラックカーテン!? 何よそれ……!!」
……と聞くが、聞く意識を持った瞬間に、デフィーナの衣装が淡く光り、僕のイメージであるマジカルエンジェルのアニメの映像がデフィーナの意識の中へとインストールされる。
「ああっ!! これね!?」
デフィーナは仰向けで倒れて股を開かされた体勢のまま、足の間を通して腕を伸ばした。
「アサシンマジック・ブラックカーテン……!!」
デフィーナの手から黒い塊が飛んでいき、ゲーブルトの目の前で大きな風呂敷のようにして展開して包み込む。足フェチ男の見た目になったゲーブルトの視線を完全に遮断した。
「なんだ、この布ッ!!」
視線が切れると共に、室内の全員の足の拘束が解除される。そしてそれに合わせてブリアンが立ち上がる。
「私の清純は、邪悪を乗せて運ばない……!! メガミさんハート・ホーリーミルキーウェイ!!」
その詠唱を終えると、ブリアンの持つ魔法のステッキから水蒸気が吹き出して、牢屋の中を濃密な霧が包んだ。
僕はそれに合わせて、牢屋の背後の壁へと駆け出していた。
「ドグマ開放────アトラスの剣!! 女神の円卓!!」
僕の右手から玩具の剣が、左手からは直径2mの円卓が出現。僕は円卓を壁へと押し当てて、それをアトラスの剣で全力で殴りつけた。
アトラスの剣は、殴ったものに絶対加速の推力を与える剣。
女神の円卓は、空間に固定されて動かなくなる絶対固定の盾。
この矛盾がぶつかる時に起きる現象は、絶対加速を受けた円卓が、絶対慣性を持ってあらゆる物を押し退けながら前進していく。
円卓はそのままの形で強引に鋼鉄の壁を変形させて、変形箇所を真っ赤に溶かしながら、外へと向けてぶっ飛んだ。
聞いた事も無いような激しい金属音と共に牢屋自体が若干のスライドをして、暗かった牢屋の中に、外の明るさが一気に入り込んで来る。
「脱出します!! 女神さん、ここからっ!!」
「任せて……っ!! えいっ!!」
ブリアンのホーリーミルキーウェイが、水蒸気で人を掴んでその穴を通して外へと運び出し始めた。
「何だこれは……!!」「体が、飛んでいる!!」
ヤカンの口から吹き出す水蒸気のように、蒸気と共に外に飛び出していく人々。完璧なコントロールで脱出は、その効率を最大化し、飛び出た人々は虹の橋を渡って遠くへと運ばれていく。
その間、ブラックカーテンに包まれたゲーブルトはもがきながら吠えていた。
「何してやがる、プロメティダ!! やつを殺せぇ!! 被検体を逃がすなぁ!!」
その声に反応して、プロメティダの視線が持ち上がる。頭を押さえながら、薬指の指輪をこちらへと向けている。
僕はそれに対して、力の限りに叫んだ。
「思い出せ、ネルケ・クローベル!! あんたの本当の居場所を……!! エィブラム ヤクッ!! エィブラム ヤクッてやつじゃないんすかぁ!!」
それにスレイちゃんも乗ってくる。
「ヤクッ!! ママ……!! エィブラム ヤクッ!!」
その声にプロメティダは息を切らしながら汗をかき、更に深く身体を丸めて頭を押さえ続けていた。その顔には、益々と憎悪が積み重なっていく。
だが今は、全員脱出。
それだけの道を。
それだけの希望を、僕は願っていた。




