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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第8章・帝国編

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第316話・届く気持ち。3

「あんたが誰って、なんの事っすか!! 記憶喪失なんすか!!」


 彼女は僕よりも身長が高い身長で、僕を見下ろしていた。鬱蒼とした森の中では、木漏れ日がまばらに光の筋を描いている以外は影に覆われて、昼間だと言うのに暗く、空気も淀んでいた。


 プロメティダの冷たい瞳は細くなって僕を見つめ、彼女の周囲に浮かぶエメラルドの粒子が、時に光を反射してキラキラと輝いている。


 彼女が左手を顔の前へと持ち上げて、指輪の宝石を光らせた。

「君はヒサヅカ・スゴミ。私は君を覚えています。君の能力は思い出を形に……」

 言いながら「くっ」と途切れて、何かを痛むように目を細める。

 スレイちゃんの狙撃で片耳を失って流れ出た血が、彼女が羽織っているクリーム色のカーディガンの毛糸の色を赤色に染めていく。


「君を回収、回収します。そして狙撃手……狙撃手は殺さなくては、ならない」

 プロメティダがそう言って左手をはらうと、僕の足元に大きな穴が開いた。


「うわ……!!」


 足元に開けられたワープリング、その先には薄暗い部屋があり、人が大量に詰め込まれて蠢いていた。


「き、来たぞ、避けろ……!!」下方で知らない男性の声がする。


 恐らくはブリアンも連れ去られた、ゲーブルトの実験材料と判断された人たちの牢獄だ。しかし今の僕は、ここへと入るわけにはいかない。落下しかけた体を翼のひと羽ばたきで抜け出すと、プロメティダの視線の高さまで浮上した。


「……厄介ですね」 プロメティダは目を細めてワープリングを即座に収縮した。


 その閉じ際に、下の部屋からブリアンの声が飛んでくる。

「スゴミなの……!?」


 僕の発見に希望を見たのか、僕が捕まる事に絶望を見たのか。それは分からない。

 だが今は彼女を助けには行けない。


 僕は顔を歪めながら、締まりゆくゲートへと声を放った。

「女神さん、後で必ず助けますから!!」


 草むらに開いていたゲートは、始めから何もなかったかの如く消え去っていた。


 それを見て僕は拳を握りしめながら、プロメティダを睨んだ。

「あんたって、ゲーブルトに利用されてるだけじゃ無いんすか!! その指輪、ゲーブルトに貰った物なんすか!!」


 そうだ、僕は思い出していた。彼女の名はプロメティダ・ヴァングリフ。

 兵器開発部の局長、ゲーブルト・ヴァングリフと同じ姓であり、サザナさんはそれを『能力者実験の被験者を洗脳して妻に迎えた』と推理していた。この女のした大量虐殺はとても許される事ではないが、真に邪悪なのはゲーブルト本人だ。洗脳だとすれば、少しは話が変わって来る。


 僕はそう思っていた。


 僕の質問に対して、プロメティダは再び身体をよろけさせて頭を抱えていた。汗を流しながら、呼吸を荒くして僕へと憎悪の目を向けている。


「……どうやら君は、私にとって都合が悪いようですね」


 言いながら両手をくねらせるように構えると、両手を一気に正面へと突き降ろした。

 すると彼女の体半分前の空中にワープリングが開き、そこから滝のような無数のロングソードが落下してきた。ジャカジャカと音を立てて無作為に落下をするロングソードは、地面に落ちる寸前のところで次のワープリングをくぐり、上に開き直したリングから出現してくる。


 それはロングソードの落下の無限ループだった。それらは次第に向きを揃え、刃を下にして落下する状態に入った。彼女はそれらを自身を取り囲む檻のように配置した。


「君は、私に近寄り過ぎた。心核解放───サンブ・オウ・リルル」


 落下する剣のバリアだ。不用意に近寄る事は出来ない。

 僕が息を飲んで出方を伺おうかと思った瞬間、頭に付けたゴーグルノリコがビヨンと伸びて、後ろへと振り返った。


「ラブたん止まるなっ!! 剣がワープしてくるぞ!!」


 僕はその一言を受けて反射的に体を右へと動かした。

 その瞬間、僕の左肩をロングソードが掠め、前に向かって落下していった。


「う……っ!!」


 気付けば僕の周囲にはワープリングだらけになっていた。前後左右のあらゆる角度から、次々とロングソードが無限落下でついた勢いを使い、方向を変えながら飛んでくる。

 飛んで行った剣はそのまま先のワープリングに入っていき、プロメティダの周囲を囲む無限ループの落下で勢いを再度獲得する。


 僕は零極さんの視力と反応速度を左目に宿し、剣の突撃をギリギリながら避け続けていた。

 だが全方位からの攻撃をいつまでも避けきれるものではない。


「こんな攻撃!! 女神の円卓……っ!!」


 僕は自分の背中に背負う形で、2mの円盤の盾を生成した。これならば後ろからの剣が僕に届くことは無い。背中で剣が机に当たって弾け飛ぶ音がカラカラと連続していた。


 プロメティダは苦しそうに目を細め、指揮者のように両手を動かした。

「それが記憶の生成能力……なのですか!」


 今度は僕の正面に、無数のリングが集まり始めた。

 正面からの一斉射撃だ。防御以外に選択肢は無い。


「ダブル円卓……っ!! ドグマ解放────鉄壁のサンドイッチ!!」


 僕は背中の2mの円卓に加えて、正面にも2mの円卓を張った。

 直後、その向こうでリングが開いて剣が飛び出してくる。豪雨の日の傘の中のように、連続で突撃する剣の激しい金属音が鳴り響き、地面へと剣が溜まっていく音が重なっていた。


 ここまでの僕の防御は完全だった。


 しかしプロメティダの攻撃はそれだけではなかった。


『ギャリィィイン!』と、大型エクリプスの鳴き声が耳を劈く音量で聞こえたかと思うと、前後から二匹の巨大エクリプスが飛び出して来て、大口を開けて食卓に噛み付いて来た。


 僕は盾に守られて無傷だが、上下左右にエクリプスの口があり、閉じ込められたような状態だ。


「こんな事を……っ!!」


 身動きが取れない。


 盾を解除したら、エクリプスの顎が僕を一瞬で噛み砕くだろう。しかしそう考えている暇すらなかった。今度は僕の耳元で小さなワープリングが開く。


 何か出てくる。そう察知した僕は、盾と盾に挟まれた狭い空間で、身体を横に逸らして頭を下げた。

 その瞬間、プロメティダのいる前方で銃声が響いた。『ダンダンダン』と小刻みに放たれるハンドガンの発砲音。

 その弾丸が、僕の耳元に空いたリングから飛び出して来ていた。頭を下げていたおかげで、直撃はしなかったが、最初の弾丸だけが僕の頭皮を掠め、僕の髪の毛を血と共に弾き飛ばした。


「ぐああ……っ!! 痛っ!!」


 プロメティダは本気で僕を始末しようとしている。そして能力の熟練度が高すぎる。僕は盾に挟まれたその狭すぎる空間で放心していた。

 さっき接近出来たのも、彼女の不意を突けたからというだけだ。


 真正面から向き合ってしまえば、僕が連続攻撃を叩き込むどころじゃない。攻撃を受けるだけで精一杯だ。


 すると再び真上に、ワープリングが開いた。


 僕は首を曲げて身体が動かせないままで、硬直していた。真上から射撃されたら避けられない。自分の身体の幅しか無い盾のサンドイッチの中では、自分を防御する為のちゃぶ台盾を出す幅もない。


 僕は考えていた。


 どう動くべきかを考えていた。


 しかしリングから覗いたのは、プロメティダの瞳だった。

 僕がどうしているかを確認しようとしている。それだけが分かった。

 そして彼女は、頭から血を流したままで固まる僕を見て、小さく呟いた。


「はあ……疲れましたね」


 それだけを最後にして、彼女の瞳はリングを離れ、代わりにハンドガンの銃口がねじ込まれた。


「ダンッ!」 ダメ押しの一発が、僕の頭部に向かって叩き込まれる。


 頭のゴーグルがフレームをひしゃげてガラスを弾き飛ばし、僕のこめかみに重い激痛が走る。


 終わりだ。


 負けた。


 死んだ。


 僕はそう思った。


 だが、意識は続いている。


 考えれば、頭につけていたゴーグルのグラス部分が、こめかみに当たる事がそもそもおかしい。ゴーグルは自発的に動いて、僕の頭部を守る盾となっていたのだ。


 そして割れて砕けたフレームが、僕の耳元に這い寄り、ヒッソリとノリコの声をしゃべり出す。

「ラブたんの盾になって死ぬならば……ウチは本望……」


 それは真面目ではなく、ワザとらしい声だった。

 そもそもノリコは死んでいるし、ゴーグルが砕けたから成仏するとか、そういう存在ではない。

 ノリコの場をわきまえない、分かりにくいギャグをやってるのだと、僕にはすぐに分かった。


「ノリ……」


「シッ! ダメだよ死んだフリ! プロメティダはラブたんが死んだと思ってるからね! 大技使った後の相手の隙こそ、最大のチャンス……ってね!!」


「は、はい……」


 僕は耳を澄ましていた。プロメティダの次の動きを探る為に。

 プロメティダは地面へとばら撒かれたロングソードを、ワープリングに落とすことで武器庫へと回収しているようだった。


 僕の盾に噛み付いている二体の巨大エクリプスは、歯が砕けそうな程にギチギチに円卓に噛みつき続けながら、巨大な刀のような爪で、円卓の端をガリガリと引っ掻いている。


 そしてプロメティダが剣の回収を終えると、彼女は一人で呟いた。

「次は、狙撃手……ですね。アレは残しておいては……いけない」


 狙撃手……スレイちゃんの事だ。


 今から始末しに行く気だろうが、通信が届かない今、彼女達が何をしているのか、僕には分からない。

 プロメティダは直立して顎を上げ、自身の額に手を当て、祈るように呟き出した。


「あなたはどこに居るのですか。神よ、世界よ……私とあなたを繋げたまえ。エィブラム……ヤクッ……」


 僕はその祈りの言葉に、激しい違和感を覚えていた。

「ヤクッ……」


 彼女の能力の核心は『繋げる為の信仰』。

 それは結婚指輪の形をしたワープリングを使う事からも、間違いないのだろう。

 だが僕にはまだ、その違和感の答えを出せないでいた。


 直後、薄暗い草むらの中に地面から眩い光が飛び出した。


 それと共に、ストームの荒々しい声が飛んでくる。

「おい出たぞ……っ!! 戻ってきやがった!!」


 同時に、デフィーナの声も裏返る。

「スゴミは……? アイツは生きてんの!?」


 間違いなく、プロメティダのワープリングが、ドラキール市街に繋がっている。スレイちゃんを殺しに行くために。プロメティダはなんの躊躇いも無くリングへと飛び込み、この場を去ろうとしていた。


 追うしかない。


 間に合わせるしかない。


 僕は腹の底から叫びあげていた。


「逃がすか、プロメティダァァア!!」

 そして自身の前後を囲う2mの盾へと手を触れる。

「ドグマ解放───秘密の食卓、ファルコンストライク!!」


 2mの円卓を、一気に50cmのちゃぶ台へと縮小。

 それと共にエクリプス達の口が勢いよく閉じ始めるが、ファルコンストライクのロケットブースターがちゃぶ台に宿って、熱と共にロケット加速でぶっとんだ。前後の巨大エクリプスの口の中を突っ切って、二体を割れるように吹き飛ばす。エクリプス達は森の木をなぎ倒し、黒い装甲を内側から弾き飛ばされて、赤黒い体液を撒き散らしながら絶命した。


 そして開けた視界。


 僕が見たのは、足元の穴へと飛び降りながら、僕を見て眉を寄せるプロメティダの上半身だった。


 ワープリングの穴は、既に閉じ始めている。


 どうしても入らなくて行けない。


 だが僕が走っても、入るのには間に合わない。


 僕は左手を正面へと突き出していた。


「お願い! 零極さん……!!」

「任せて、スゴミ君!!」


 瞬間、僕の左上半身が零極さんの姿へと変形する。髪の毛の半分を青白い雪のように揺らし、左腕は黒い装甲の機械腕となり、装甲に包まれた胸が左側だけ乳房となって弾みを与える。


 そして腕から一気に強烈な冷気を放った。


 空気が一瞬で凍り付くほどの冷気は、周辺の草と共にプロメティダのワープリングを完全に凍らせ、閉じるのを阻害する氷の蓋となった。


 そして僕はすぐさま飛び上がる。


「お願い! ノリコちゃん!!」

「うしゃあ!! がってんしょうちー!!」


 今度は僕の左半身が一気にノリコの身体へと変形する。黒いパッツン髪が荒々しく揺れて、左手はグローブに、衣装はヒーローハート本来の姿である、胸の膨らみを持つプレートアーマーに。


 飛び上がった僕は一回転をして、炎を纏って蹴りを構える。


「マジカルハート・シューティングスターキック!!」


 ノリコの叫び声と共に爆裂音を立てて、星のエフェクトを弾き飛ばす魔法少女の必殺キックが光となって突き降ろされた。


 そしてリングを包む氷の蓋を叩き割り、僕の身体ごとリングの先へと運んでいく。


 プロメティダの作り出すエメラルドの光と、零極さんの氷が砕けた青白い輝きを交えて、僕は着地して赤い炎を弾き出した。


 僕はプロメティダのワープリングを通って、ドラキール市街へと帰還した。


 デフィーナが背中で声を上げていた。

「スゴミ……!!」


 プロメティダは呆気にとられた顔をして二歩下がった。

「あなたは……まだ来る気なのですか……!!」


 僕は着地しながら、彼女の事を睨みあげた。

「繋がろうとするのがあんたの能力の核心だってなら、繋がる気持ちで負ける気なんて、僕には無いっすから……」


 状況は好転してるのだろうか、悪化してるのだろうか。

 ここからは、狙撃の腕以外は貧弱な少女である、スレイちゃんを守りながら戦わなくては行けない。


 僕の着地したすぐ隣、手が触れるほどの位置に、スレイちゃんが座っていた。

 彼女は驚いた顔でひとしきり僕の顔を眺めると、絶望を悟ったかのごとく、ゆっくりとプロメティダの顔を見上げた。


 スレイちゃんの小さな唇が、痙攣を起こしていた。


 怖いのだろうか、怖いのだろう。

 これもまた、僕が見たことの無い彼女の表情だった。


 僕はスレイちゃんの前へと右腕を伸ばした。

「大丈夫っすよ、僕が守りますから……!!」


 だがスレイちゃんの震えの出所は違った。

 彼女はただ、首を横に振っていた。


「ママ……? え? うそ、ママなの……?」


「……え?」


 訳の分からない急展開に、僕は眉を寄せながら二人の顔を交互に見ていた。


 白い髪を揺らしたエメラルドの瞳同士が、見つめあっていた。

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