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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第8章・帝国編

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第315話・届く気持ち。2

 デフィーナはすぐに斬りかかろうとしていた。


「スゴミ……ッ!!」


 僕の名を叫び、空中で魔法陣を蹴って、両手の剣を深く構えた前傾姿勢で飛び込んでくる。


 僕はプロメティダに咄嗟に嘘をついた。

 プロメティダの回収目標である、エクリプスを倒した者を自称して、彼女の計画も邪魔をすると宣言した。


 だから彼女は滞空する僕に接近して、僕の能力を確認しようと戻ってきた。

 風に吹かれた彼女の長髪が、僕に触れるほどの距離までを詰められて、僕は圧倒されていた。


 プロメティダは突進してくるデフィーナの方向へと向けて、再びワープリングを生成した。接近してみて分かった。彼女の周囲にはエメラルドのような光る粒子が無数に浮いていて、その粒子のひとつから銀色の指輪の形が生えてくる。そしてそのリングが、細さを維持したままで内側の穴だけを拡大していき、その中がワープゲートになっているのだ。


 僕はゲートを開けられたデフィーナがどうなるかは見なかった。デフィーナは二度もリングに突っ込まない。そうと信じて、僕の目の前のプロメティダをまずは捕まえようと集中していた。


 僕は両腕を伸ばして、プロメティダの背中に回そうと考えていた。僕のドグマを一度回せば、板状の形を風呂敷のように軟化させる事で、その身体を完全に拘束する事が出来る。


 しかし直後、デフィーナに向けたリングから巨大なエクリプスの頭部が飛び出してきた。それは黒い装甲に覆われた大顎を開けて、出てくるなりデフィーナに噛み付こうとしていた。


「コイツ……ッ!!」


 デフィーナは素早い反応でエクリプスへと刃を突き立て、足を曲げることでエクリプスの噛みつきをギリギリで回避。


 だが僕はその間一髪の状況に、見まいとしていた視線を一瞬奪われる。


 僕はプロメティダを抱き込もうと、両腕を開いていた。腕を伸ばして、前にのめり出す。そのはずだったのに、僕の両腕は僕の本体から左右3m先に、千切り飛ばされたように出現していた。


 いつの間にか僕の両肩の先に、ワープリングを設置されていたのだ。僕の両腕だけがリングをくぐって、3m先にワープさせられている。

 僕は両腕を急いで引っ込めようとしたが、ワープリングは急激に締まりだし、僕の両肩に腕輪のようにピッタリと装着された。


 僕はリングが着いたままで腕を下げたが、3m先に生えた両腕も下げる動きに従って、真下へと落ちるのみだった。3m先の地面のスレスレを指先が擦って痛みが飛んでくる。


「うぐっ……!!」


 プロメティダは容赦なく手に持ってもっていたロングソードを、新しいリングに突っ込んだ。その刃は再び僕の首元へと出現する。


 今度は首の正面から出た刃が、目の前で次のリングを潜り、左前と右前から飛び出してきた。それらの刃が僕の後頭部で交差して、一本の剣で首を三方向囲まれる形へとなった。


 僕は彼女の意思で生かされてるだけだ。


 僕は身動きひとつ取れない状態で、そう感じていた。


 そしてプロメティダは黒いドレスの内側から、白い足を曲げて片足立ちになり、足の裏にリングを生成させた。


 リングの出口は、僕の胸の目の前に生成される。彼女が踏みつけるように足をリングの中に落とすと、彼女のハイヒールが、僕のみぞおちへと食い込むように押し付けられた。


 死ぬ。このまま蹴られたら首が飛ぶ。


「回答しなさい。あなたの能力は?」


 答えなければ、殺される。


 彼女の瞳は、ただただ冷たかった。


 エメラルドの粒子がその白い肌を照らして、薄ぼんやりと光っているようにすら見える。彼女の命令口調は、先程までの穏やかな質問形式では無かったが、その冷たさは怒りと言うよりは、悲しさを思わせるような、静かな圧力だった。


 答えたらどうなる? ブリアンの所に送られるのだろうか。そうしたらデフィーナとストームは……?

 プロメティダにも撤退されて、ゲーブルトに僕らの存在がバレて、計画は破綻するのかもしれない。


 僕は、叫んだ。


「僕の能力はドグマを扱う能力っすよっ!! イメージした物は形に出来て、大事な思い出も形に出来る。そういう力なんすよ……っ!!」


 後先は考えていなかった。

 とにかく今は、話す権利を。僅かな時間を……。

 それを繋ぐ為だけの、想いのままの叫びだった。


 するとプロメティダは一瞬、困惑に囚われて、苦そうに顔を歪めた。


「大事な……思い出……?」


 それはプロメティダが見せた、初めての生気を感じさせる表情だった。それと共に、僕のみぞおちへと食い込むハイヒールの押し込みが、僅かにゆるんだ。


 僕がその感覚に衝撃を受けた瞬間、デフィーナはエクリプスの脳天へとクロスソードを叩き込んで殺し、ストームは大剣の音速突撃『スサノオ・テンペスト』の起動を構えていた。


「ス、スゴミ……!!」

「どけ、邪魔だァ!!」


 二人の声が重なり、僕の首に刃が食い込むその刹那、遠く60m先の民家の屋上で、一閃の光が弾けた。


 その瞬間にプロメティダの耳が吹き飛び、白毛と共に僕に向かって血飛沫が飛んできた。


「う……っ!!」


 短く唸りながら、背中一面を埋めるほどのワープリングを即座に開いたプロメティダ。


「スレイちゃん……!?」


 僕は反射的に声を上げていた。

 ネオさんが言っていた、2秒止めればスレイが殺す。

 その狙撃の実行が成されたのだと、瞬時に気づいた。


 プロメティダは何故か、背中のワープリングを出したままで、それ以外の全てのワープリングを解除させていた。

 離れていた僕の両腕は瞬時に元に戻っており、彼女はロングソードも手放して、空中の燭台の上で頭を抑えてしゃがみ込んだ。


「う、うぁぁ……っ!!」


 苦しんでいるようだが、耳を痛がっている様子ではない。僕はその姿に違和感を覚えながらも、右手にアトラスの剣を生成していた。


「今なら……!!」


 僕は無我夢中でアトラスの剣を振り上げた。ここで倒さなきゃ後は無い。それは明確なのに、僕が剣を振り下ろすには迷いが生じていた。


 そこに、スレイちゃんからの通信が入る。

「ハズレ……ハズレた? ゴメン、アタシは……そんな、ウソ……ハズレ……?」


 その声は酷く動揺して震えていた。


 それもまた、僕が聞いた事の無いスレイちゃんの一面だった。彼女はいつもマイペースで、切羽詰まった状況でものんびりしてて、失敗を焦ったりするようなタイプには見えなかったからだ。


 だが状況は待たなかった。


 デフィーナがエクリプスの死体を踏み台にして、飛翔していた。

「殺すなら今よ……っ!!」


 僕は思わずアトラスの剣を振り抜き、プロメティダの正面へと縦の切り落としを放っていた。


 だがプロメティダはすぐに持ち直した。

 僕を憎悪の瞳で睨みあげ、両手を胸の前に出し、その中でワープリングを盾にするようにして構えた。


 このまま剣がぶつかれば、アトラスの剣の効果である絶対加速が始まる。アトラスの剣は接触による物理的なダメージは与えないが、絶対加速による吹き飛ばしによって、敵を超高速で壁へと激突させる為の武器だ。


 プロメティダの背中には、スレイちゃんの狙撃から身を守る為のワープリングが空いている。その向こうの景色は、青空と森の景色だった。


 おそらくは再びドラキールの地下都市から強制放出する為の穴だ。


 僕のアトラスの剣が、プロメティダのリングへと接触した。吹き飛ばしの効果が発動して、プロメティダの身体はリングを掴んだ体勢そのままで、ワープリングの向こうへと弾き飛ばされて行った。


「これは……!?」


 プロメティダはその現象に驚いていたが、一人で外に出られたら追うことは出来ない。僕はそれを追いかけて、一直線に飛び出して、彼女が開けた外へと繋がるゲートに飛び込んでいた。


 デフィーナが遅れて剣を振り下ろしに来るが、間に合わない。

「ちょっと、どこ行……」


 その声はリングが閉じると共に完全に途切れた。通信機越しに聞こえていたスレイちゃんの声も、プツリと消えていた。


 僕が今どこにいるかは分からないが、青い空と青い海、広がる緑の密林に、セミが騒がしく鳴いている。


 そんな上空だ。


 真下を見ると、そこには野球場くらいのおおきな縦穴が掘られており、その中には大型のエクリプスが何体も放り込まれて蠢いていた。


「ここが大型エクリプスの、保管庫って訳っすか……」


 酷い惨状だ。僕は目を細めた。


 正面を見ればプロメティダの身体がものすごい勢いで飛んで遠ざかって行く。それを追いかけて前進していると、 僕の左腕が零極さんの黒腕へと変色し始め、彼女の声が僕の声帯を支配して喋りだした。


「スゴミ君。この敵の『空間接合』の能力のパターンがいくつか見えました」


「ぜ、零極さん……っ!!」


「まず、咄嗟のワープは近場になると言うこと……。彼女は判断時間が極端に短い場合、ワープ範囲を3m以内程度に抑えています」


「そ、そうなんすか……!? いや、そうかも……でも今は!?」


「はい、これはおそらく、記憶の固定位置かと思われます。心核能力者は、エクリプスのドグマを人間に移植する事で生成される。ならばドグマと同じで、想像力がそのまま形を成すハズです。つまり、よく使う場所は覚えておいて、咄嗟でも出せるようにしておくという事です」


「なるほど、だからエクリプス置き場の上空……。ここが召喚したエクリプスの、片付け穴って訳っすね……」


「はい、ですからそこを突くのです。プロメティダが咄嗟の回避しか出来ないように、攻撃を飽和させ続けるのです。そうすれば遠くへのワープは阻害でき、狙撃が入った時のような、僅かな隙も生まれるでしょう」


 僕は正面へと飛んで、吹っ飛び続けるプロメティダを追いかけていた。そして彼女はアトラスの剣の吹っ飛びが簡単には止められないと気づいたのか、空中で自分の吹っ飛び方向にワープリングを生成、その穴の入口側に、ワープリングの出口を設置。自分でリングに入って、手前の穴から出てくるという、無限に吹っ飛び続けられるワープリングの無限ループを作っていた。


 僕はそこへと飛行で追いついて、武器をアトラスの剣から殺傷力のある魔法少女の剣『クリティカルソード』に変形させて、灼熱を帯びさせた。


 勢いよく飛び込めば、ワープリングでいなされる。

 僕は両腕を程よく開いた状態で、飛び続ける彼女へと接近した。


 すると彼女は僕へと一瞥を送った後、ループするリングへと手足をかけて停止した。そして足元へと新しいリングを生成した。


 そのリングの下は薄暗い草むらだった。

 おそらくは森の中の土だろう。これもまた、着地されたら追いつけなくなる。


 僕は右手の剣を、思い切り振り上げた。


「くらえーっ!!」


 プロメティダはそれを見ながらリングの中の草むらへと着地。上からの攻撃を守るように、頭の上へとワープリングの防御を開かせた。


 そのリングが広がる瞬間に、僕は左手でプロメティダの左手を掴んでいた。僕の狙いは最初からそれだった。


「くっ、あなたは……!!」


 彼女の落下に引かれて、僕も地上へと穴へと吸い込まれていく。上下に貼られたリングの端に身体をぶつけながらも、僕はその手を強く握って離さなかった。


 その時、その左手の薬指に、銀色の指輪がハマっているのに気づいた。それは細くて模様の無いシンプルな指輪で、小さなエメラルドが一粒だけ飾り付けられており、それを囲う蔦のように、留め金が渦を描く形に加工されている。


 僕はそれを見て、意識が強く反応した。


「ワープリングに、そっくりだ……」


 僕の思考が再び高速回転する。

 クランケリストでの彼女の情報では、その能力の起源は『信仰』とされていた。

 精神の核が具現化するのが『心核能力』ならば、空間接合をする精神の核って、なんだ?


 明らかに結婚指輪である、薬指のエメラルド。

 そして空間接合してワープを開く銀色のリング。


「繋がる……繋げるのがお前の能力って事っすか……!!」


 僕は右手に掴んでいた剣を手放して、強引に彼女の指輪を掴んだ。これを外せば、ワープ能力が使えなくなるかも知れない。


 そんな直感が、僕の身体を無理矢理に動かしていた。


「触るなッ!!」


 プロメティダの声が、裏返った悲鳴に変わった。耳を削がれても頭を抑えるだけだったのに、この動揺。僕はその指輪に何かあるという確信を覚え、両手で強引に奪い取ろうとした。


 しかし彼女は拳を硬く握って腕を引っ張り、僕の腕を素早く引き剥がした。

 彼女の瞳が震えながら、僕をまっすぐに捉えていた。


「君は誰の為に、生きているの!?」


「は……はあ!?」


 突拍子もない質問。今までの生気の無い冷徹な表情を崩し、暖かい普通の成人女性のような困惑の顔を見せるプロメティダ。僕はその豹変に一瞬戸惑うが、彼女の瞳からはすぐに光が消えて、元の死んだような声に戻った。


「私は誰ですか。私は誰のために生きているのですか……?」


 薄暗い森には、強い日差しから来る木漏れ日が斑点のように辺りをまばらに照らし出し、張り詰めた空気に僕の心音は加速し始めていた。

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