第314話・届く気持ち。
「死ねぇ───ッ!!」
聞き飽きる程の単調な蛮声と共に、ストームが大剣のエンジン機構で爆発を起こして、敵へと一直線に突撃していく。
瞬間、僕の左目に電流のような熱が走り、零極さんの視覚、反応、思考力が僕の視神経から脳へと直通回路を開いた。
敵将軍プロメティダは、銀色のリングをワープゲートとして『空間接合』の能力を行使している。今まさに銀色のリングが広がり、白い雪のような髪と、黒いドレスに包まれた胸の辺りまでが出現している。
能力の詳細は、分からない。
しかしストームの速攻は、ワープしている最中に攻撃を仕掛けてしまうという、結果としてはネオさんの現実的な作戦を上回りそうな期待を、僕に抱かせていた。
僕は体を捻って振り返り、ストームの背中を追って右手にちゃぶ台『秘密の食卓』を出現させていた。
デフィーナも二本のクロスソードを取り出して、走り出そうとしている。
その時点でストームが大剣を突き出して、プロメティダの首を狙った刺突をいれる動きに入っていた。
ワープリングが自由落下の速度でプロメティダの腰辺りを過ぎた頃、ストームの大剣の剣先はプロメティダの正面数センチにまで迫り、一気に貫く速度を持っていた。
その瞬間にプロメティダの顔の正面、ストームの剣先の小さな一点に、銀色のリングが出現した。
銀色のリングは彼女の顔を覆い隠すように一瞬で拡大、リングの向こう側の景色が、プロメティダの背中側の背景を少しずらした形に映し出す。それと同時に彼女の頭の向こう側にも、ワープの出口となるリングが出現し、同じ速度で拡大を続けていた。
「はぁ……!?」
ストームはその現象に気づいて声を上げるが、突撃の加速は止まらない。ストームはその身体ごとリングの中へと突っ込み、プロメティダの体をすり抜けるようにして向こう側へと飛び出して行った。
それと同時に、プロメティダが出現した時のリングが地面に触れて収縮を始める。
僕の意識は、その瞬間を好機として捉えていた。
僕から見える光景はプロメティダの上半身を覆うワープリングと、そこからはみ出した彼女の足。そして突き抜けて向こう側へと飛んでいくストームだ。
今の状況からならばプロメティダから僕への視界は切れている。足を攻撃すれば転倒させられる。それを瞬時に判断していた。
「ドグマ開放──秘密の食卓・ファルコンストライク!!」
右手に掴んだちゃぶ台『秘密の食卓』に熱を持たせて、ロケット加速で彼女の足元へと叩き込む。僕はその意識と共に、ちゃぶ台をロケットランチャーのように撃ち出した。爆裂音を弾き出し、空気を切り裂いて白い机が彼女の足元を狙う。
その瞬間にプロメティダは、ストームが抜けていったリングの手前にもう一つのリングを展開していた。
そのリングは指輪程度の大きさしか無かったが、『空間接合』の向こう側に見えたのは、彼女の瞳だけだった。
自分の能力で覆って失った視界を、自分の能力を使って再度確保する。
その瞳が僕のちゃぶ台を認識した瞬間に、僕の右手から彼女の足元へと繋がる軌道上に再び銀色のリングが出現、僕の秘密の食卓を飲み込んで別空間へと移動させた。
「ええ……っ!?」
直後、プロメティダの背後のコンクリートの道路で、激しい破砕音をあげて道路の破片が飛び散って砂煙を上げた。僕の秘密の食卓が、空間接合によって地面に叩きつけられる形で移動させられたのだ。
そしてプロメティダの正面、ストームを通したリングが縮まっていき、彼女の頭部が姿を現す。
そこへとデフィーナが斬りかかった。
「マジカルハート・アサシンステップ!!」
デフィーナがローブを左右に揺らしながら、その動きに残像を作ってクロスソードを構える。
しかしプロメティダの視線が追いついていた。
デフィーナは踏み込んで斬りつけようと姿勢を落としたが、その瞬間に地面の中へと落下していった。
既にデフィーナの飛び込む経路に、ワープリングの落とし穴が仕掛けられていたのだ。
デフィーナは3m程左側の、路上2mの位置に逆さまに出現した。上下反転でひっくり返った形に地面から飛び出した彼女は、そのままバランスを崩して路上へと放り投げられて、叩きつけられる。
「うぐ……っ!!」
「デフィーナさん……!!」
僕は前のめりになりながらも、その落下に視線を奪われていた。
するとプロメティダは手元にワープリングを出現させて、その中から一本のロングソードを取り出した。
武器庫か何かに繋がっているのだろうか、そのリングの中は真っ暗闇で何も見えなかった。
そして彼女はそのロングソードの先端に新しくワープリングを出現させて、真横へと突き刺した。
すると僕の進行方向の首元に、剣の先端が出現した。剣の刀身だけを、空間接合で移動させているのだ。僕は急停止、喉元を冷たい刃が撫でると共に、熱い痛みと赤い血が滑らかな刃を伝って雫を落とした。
僕は急いで身を引いた。それしか無かった。
プロメティダは片目にモノクルのようにリングを一つ展開すると、剣もリングから引き抜いて付いた血を振り払った。
「また君でしたか。机を投げるのが君の能力ですか?」
毅然とした余裕の態度。彼女の片目を覆うリングの、その先は彼女の顔面を貫通した向こう側の道路の風景だった。その背中側にも小さなリングを展開しており、片眼で前方、片眼で後方を確認しているようだった。
その背後では、ストームが減速して着地し、自分に起きた現象を確認するように周囲を見渡して、ようやくこちら側に気づいた所だった。
「ああ……!? 避けやがったのか!!」
彼は即座に再び爆発的な一直線の突撃を始めた。
さっきの奇襲で取れなかったプロメティダの反応速度だ。この突撃は絶対にいなされる。傍から見ていてそれは明確だった。
「止まれストーム……!!」
僕はとにかく怒鳴り上げるしか無かった。
だが逆に、デフィーナは道路へと突っ伏しながら叫んだ。
「今殺せっ!! 逃げられたら、もう追えないわ!!」
僕は血の流れる首元を押さえながら、息を飲んでいた。確かにデフィーナの言うとおりだ。僕達から都市の中央の墓碑塔までは、300m以上の距離がある。プロメティダはさっきブリアンを連れ去った時に、その300mを手の挙動一つでワープさせていた。
再び彼女がワープリングをくぐって遠くに逃げられたら、僕たちには彼女に追いつく手段が無い。
僕は彼女の剣を見つめて警戒をしながら、再び一歩を踏み出した。
そして彼女の背後から突撃するストームの軌道に、再び大径のワープリングが出現する。
出口の先に、僕の視界は存在しない。こちら側から見えるリングの裏側は、どことも知らない青空だった。恐らくあのリングをくぐらされたら、この戦いどころかドラキールの地下都市からも除外されるのだろう。
だがストームは、突き出す形に伸ばしていた大剣を、急遽腕の内側に強引にしまい込み、足をたたんで剣の上へと揃えて見せた。直後、激しい金属音をあげて、ストームの大剣が銀色のワープリングに激突した。
「同じ手、食らうかよ!!」
ストームが勢い任せにリングに大剣を押し当てると、リングはプロメティダへと向かって勢いのままに突っ込んでいった。プロメティダはそれに気づいて、初めて棒立ちから身体を動かした。
それは足をたたんで身体を縮めるような、短いジャンプだった。
彼女の頭の上にリングが生成されると、その中へと飛び込むように体をしまい込み、ストームのリング付きの突撃を完全回避する。
彼女の姿が現れたのは、その場から真上の5mの空中だった。
空中のリングから身体を丸めて飛び出すと共に、足元に横向きのリングを生成、リングの中から燭台付きの鉄棒を編んだ構造がリングを引っかけながら出現し、彼女はその上へと着地した。
彼女は冷たい瞳で僕たちを見下ろしている。
「三人とも戦えるようですね、そこのエクリプスを倒したのは、誰なのですか?」
僕は見上げながら声を張った。
「とにかく飛びましょう!! こいつに一直線に行ったら、ダメっすよ!!」
僕は天使の翼を生やして空中に飛び上がる。
それに呼応するようにデフィーナも体勢を立て直して翼を生やし、飛び上がった。
「しゃらくせぇ!!」
ストームも大剣のエンジン機構で爆発を起こしながら、空中に投げ出されるように飛び上がり、プロメティダ含む四名の空中戦のような形へと移行する。
プロメティダは燭台の上で特に表情も動かさずに僕たちに均等に意識を配っていた。
「あなた方は、答えないようですね」
「答える訳、無いじゃないっすか!! そうやって聞いて連れ去って、実験台にしようって話なんすよね!!」
僕は会話を試みるが、ストームはそうではなかった。
「テメェをぶっ殺したら、教えてやんよォ!!」
ストームは空中で大剣のエンジンから生えているレバーをガチガチとひねり、エンジンから青白い光を発光させ始めた。僕はその光を知っている。ストームの必殺の音速越え突撃『スサノオ・テンペスト』の予備動作だ。ワープゲートのすり抜けで地面へと逸らされようものなら彼の命は無いが、そんな事をためらうストームでは無い。
「ダメっすよそれ、死んじゃいますよ!!」
そこまで分かっているというのに、僕の口から出るのは凡庸な一般意見のみだった。
そして、ストームを見上げるプロメティダは、静かに告げた。
「答えないのであれば、用事はありません」
彼女の足元に、新しいワープリングが出現した。
その中は、若干暗い空間で、どうやら部屋の中のようだった。
このまま逃げられると追えなくなる。かと言って普通に突っ込んでも彼女の反応速度は越えられない。
そんな詰みかけの状況に、僕の思考に流れて来たのは、ネオさんの戦術理論と矛盾だ。
プロメティダはエクリプスを倒した者の前に現れて、勇敢な者を攫って行く。
さっき現れた時にブリアンだけを攫って行ったが、明らかに聖典さんと戦っていた僕を見ていたハズなのに僕は対象にしなかったし、剣を持ってて戦えそうなデフィーナもスルーしていた。
……なんでだ?
勇敢な者を集めて実験台にしたいのならば、まとめて攫えばいい。最初の呆気に取られていた僕たちなら、簡単に捕獲は出来たはずだ。それなのに、ブリアンだけを攫った理由……。
直後、僕の記憶は、エリオットが『クランケリスト』に残したメッセージを思い出していた。
『彼女は真面目でね、君がこれを見ているという事は、彼女は既に動き出しているはずだよ。』
エリオットが生前に残したメッセージ。
エリオットの作った『シナリオ』を進める為のキーマンである彼女。
ヒグツワ・シゲルの恐怖への飢えでもなく、ゲーブルトの研究への好奇心でもなく。
エリオットの支配が彼女を明確に行動へと導く素養。
真面目。
それだけがプロメティダの意思を、前へと進めているのではないか。
『エクリプスを倒した一人を連れて来い』これだけの命令を機械的に実行しているだけなのでは無いか。
だとすれば、プロメティダがここを離れられない理由を、僕自身が作る。
それがこのチャンスを繋ぐための、唯一の策なのではないかと、僕は考えに至っていた。
「プロメティダぁ!! エクリプス倒したのは、僕っすよ!!」
ワープリングへと飛び降りかけた彼女の瞳が、僕を睨み上げるように細まった。
「僕たちは全員、エクリプスなんて簡単に倒せますからね!! 逃げるならばら撒いたエクリプス、僕たちだけで全滅させますからね!!」
彼女は僕の啖呵を聞きながらも、ワープリングの中の暗闇へと完全に姿を消していた。
リングが完全に閉じて、彼女の姿が完全に闇に消えた瞬間、僕の目の前で再びワープリングが開き、彼女が足から飛び出して来て、僕の正面に燭台の足場を出して着地した。
リングから彼女の頭が出現すると、そのキメ細かいシルクのような髪が風に乗って僕の頬を撫でた。
「光のエクリプスを倒した時の光は、君の能力なのですか?」
深いエメラルドの瞳が、至近距離から僕を見つめていた。




