第313話・ジェネラル・コール
寝ぐせの付いた短い白髪を揺らして、スレイちゃんは眠そうな目をこすり続けている。
「届くって……」
ネオさんは敵将軍のプロメティダをスレイちゃんに狙撃させるという計画を立てているらしい。中学生程の歳の小柄なスレイちゃんにだ。
スレイちゃんは華奢な体を揺らしながら、クロス君の車椅子の座面下に手を伸ばした。留め金をカチッと外すと、黒いトランクがゆっくりとせり出してくる。彼女は慣れた手つきでローラーを展開させ、道路に立たせた。
そして普段から付け続けている玩具のようなヘッドホンへと手を当てて、ネオさんに対して通信を取る。
「どこ……? 高い所なら、どこでも……良いかな?」
ゆっくりとした口調でネオさんに指示を仰ぐ彼女。僕たちがいるドラキールの市街は大きな建物などは無く、中央の塔が高い以外は全て同じ規格のサイコロ状の民家が立ち並んでいる。
ネオさんの声が、通信越しに聞こえてきた。
「アキュレ。あいつらのいる位置から30m以内で、道路に向けての射線が一番広く取れる建物を計算してくれ」
アキュレからの返答はすぐに返ってくる。
「はい。塔に向かって、三つ目の民家の上です。放射状の道路の接点なので、見える道路面積が広くなります」
「オッケー、完璧だ。そこにしよう」
ネオさんの声が、いつものように凛々しく状況を確定させた。
スレイちゃんはそれを受けると、「アレだね……」と小さく呟き、トランクを引きながら目的地に向かって歩き始めた。
僕はすかさずネオさんに聞き返す。
「プロメティダを釣り出して狙撃って、どうやるんか……?」
「ああ、しばらく見ていたが、プロメティダはゲーブルトの被験者候補を集めている。そういう動きだった……」
「被験者候補……女神さん攫ったのも、それが理由っすか……」
「そうだろうな。ヤツは各地に20m級のエクリプスを召喚して、それを塔の上から確認。エクリプスが倒されると、その場へとワープして、エクリプスと戦っていた者を拉致する。って動きを繰り返している」
クロス君が車椅子の肘置きに爪を立てて、指が折れそうな程に力を込めていた。
「勇敢で、戦える人から連れていって、能力者に改造していく……。僕達を襲ってきたナイトウルフや、ビショップも同じだったんですよ。改造されて、心を壊されて……」
クロス君の低く細くなる声を聴きながら、僕の脳裏には浮かんでいた。精神錯乱した能力者達の、哀れな結末が。
それを思うと、僕の声のトーンも自然に落ちていく。
「最悪っすね……」
そこにデフィーナが冷静に割って入る。
「ようは私達は、スレイの射撃の届く所で、エクリプスを殺せば良いだけでしょ?」
その白い指で、大通りの奥を指さした。
「だったら丁度、あそこに殺せそうなのが一匹いるわ」
デフィーナの示す先に、黒い装甲のエクリプスが蠢いていた。赤黒く湿った筋繊維を、黒い装甲でバチバチにはめ込む事で無理やり形を保っている異形の姿。ヤツは聖典さんが通った後の穴だらけの建物の中から、死体を掘り出して捕食を続けている。
全員の視線がエクリプスに集まると同時に、シアナさんは子供達の元へと寄り、肩へと手を置いた。
「さあ、ここは危ないわ。私と一緒に避難するのよ……」
子供達は皆4~5歳くらいの幼い子達だと言うのに、一人も泣き出さず、シアナさんを見上げて静かに頷いていた。
クロス君も車椅子のエンジンをかけて、車体を旋回させ、防衛拠点へと進む体勢を取る。
「僕もなにか出来たら良いんだけど……。スゴミお兄ちゃん、頑張ってね……っ!!」
僕はクロス君の目を見て、強く答えた。
「クロス君達が来てくれなかったら……。子供達を守ってくれる人がいなかったら、僕は次に行けなかったっすよ。クロス君こそ……よろしくお願いするっすよ」
クロス君は一瞬驚いたような顔をしたが、口を結んで頼もしく返事をした。
「……うんっ!!」
そしてシアナさんは、クロス君の膝の上や車椅子の背面の足場へと、幼い子供を乗せ始める。
そこに、ネオさんからの通信が入る。
「スレイの配置を確認したら、エクリプスを路上で撃破。プロメティダが出てきたら、会話で動きを止めろ。2秒止めてくれればいい。それでスレイが仕留めて終いだ」
「分かりました……」
僕は狙撃ポイントへと向かうスレイちゃんの背中を視線で追っていた。彼女はトランクに重心を乗せながら、今にも転びそうなおぼつかない足で進んでいく。その頼りない背中を見ていると、僕は自然とネオさんに質問を投げていた。
「ネオさん、スレイちゃんって、なんなんすか……?」
「なんなんすかって、なんだよ」
「いや、子供なのに狙撃は凄いし、今から狙撃って、人殺すんすよね……。なんであんな子が、そんな事、出来るのかなって……」
「ああ……。あいつは、戦災孤児でな。拾ったのは5年前だけど、そん時から生き延びる為に人殺しはしてたよ」
「え、だって5年前って、スレイちゃん8歳とかじゃないんすか……?」
「だからなんだよ。私だって初めて人を殺したのは7歳の時だ。……生き残る為にな」
ネオさんの淡々とした受け答えに、僕は一瞬、息が止まっていた。
「だから狙撃も、教えたんすか……」
「は? 私は何も教えてねぇよ。スレイは初めて会った時から、拾った対物ライフルで戦車を襲ってて、ワケ分からんくらい狙撃が上手かったんだよ」
スレイちゃんは目的の建物に着くと、拘束着の脇のベルトを伸ばして、建物の屋上へと引っ掛けて登り始めていた。
困惑して返答が出来ずに固まる僕に、ストームが呟いた。
「なんだテメェら、アイツからなんも聞いてねぇのかよ」
その顔は余裕で見下すような半笑いだった。
「アイツは親をエクリプスに殺されて、自分も殺されそうになったから、初めてライフルを撃ったんだってよ」
「え……っ!?」
「なんでテメェが、んな事、知ってんだよ」
驚く僕と、苛立つネオさんの通信音声。
しかしストームは飄々として大剣を路面に打ち立てた。
「はあ? 聞いたからに決まってんだろ。スゲェ喋るぜアイツ」
彼は僕を見て、指を立てながら語った。
「良いか、アイツは『狙撃が一発外れたら死ぬ』と思ってる。だから命懸けで『届ける』って、毎回毎回、神様ってのに祈って撃ってるんだとよ」
「届ける……」
思えばスレイちゃんは、ジャスティス戦以降、ずっとストームの看病をしていた。話す機会がいくらでもあったというのは、納得が出来る。しかし僕は、なぜ5年も一緒に暮らしていたネオさんがそれを知らなくて、出会って数日のストームにそこまでの身の上を話していたのか、その点は釈然としないでいた。
するとストームは、スレイちゃんの向かった建物へと向けて、片手を高く上げて振って見せた。
「俺と同じだ。俺も一度決めたら死んでも殺すと、神風に賭けてる。アイツも結局、人間ぶっ殺すのが楽しいんじゃねぇのか?」
「い、いや……それはちょっと違うんじゃないかと……」
僕にはストーム側の理屈は意味が分からなかったが、確かにスレイちゃんは、今までに一度も目標から弾を外していない。ジャスティスや聖典さんに命中させた時も、的確に頭に直撃させて、その上で防御力に弾かれていただけだ。
プロメティダはワープを使う将軍だが、見た目は普通の人間の女性にしか見えない。狙撃が決まれば本当に一撃で倒せるかもしれない。僕はストームが手を振る先、スレイちゃんが登った建物へと視線を移した。
建物の屋上ではスレイちゃんが縁に立ち、胸元で小さく手を振って和かに笑っていた。
通信機から、アキュレの声が聞こえてくる。
「トランク所持の少女……。スレイさんが、狙撃ポイントに到着しました」
それと共に、ストームは大剣に取り付けられたエンジンを一気焚き付け、フルスロットルで唸らせた。爆音と共に、空気が歪んで暴風が吹き荒れる。
「さぁて!! エクリプスをぶっ殺して、プロメティダをぶっ殺すんだったよなぁ!!」
「え、それ作戦ちが……っ!!」
僕が止める間もなく、ストームは20mのエクリプスの顔面へと向かって、砲弾のようにぶっ飛んで行った。
「待……っ!!」
「追うわよ……っ!!」
デフィーナが追って翼をはためかせ、弓矢のように飛び出していく。僕もその背中を追って駆け出した。
僕達の接近に、エクリプスは気づいてこちらを向いた。
黒い装甲の仮面の下から、巨大な顎を開いて、金属を擦り合わせるような怪音で咆哮を放つ。
だが、先に飛び出したストームに、一切の迷いは無い。
「うっせぇ、くたばれっ!!」
爆破の威力でぶっ飛んだ身体と大剣を、空中で身を捻って強引に下からの突き上げに切り替える。
刃渡り1m越えの大剣が、ただの鉄塊の杭として、エクリプスの顎の下から突き刺さった。
「一撃・必殺───ッ!!」
突き刺された大剣の衝撃に、エクリプスの巨体がビクンと跳ね上がり、顎から脳天へと突き刺された傷から、ジェット花火のような血液が吹き出してくる。
エクリプスの弱点は頭部の中心のドグマだ。
ストームはそれを理解した上で、最短で勝負を付けにいっていた。
エクリプスの外装が、金属の擦れる轟音を路上に轟かせ、潰れた肉から黒い装甲が滑り落ちながら、自身の肉をすり潰していく。
僕とデフィーナが追い着く頃には、エクリプスは黒い装甲と腐肉の、ただの塊と化していた。
「ちょっと、速すぎって言うか……!!」
僕が息を切らせてストームへと迫ると、彼は殺気立った鋭い目で、素早く周囲へ視線を配っていた。
「気ぃ抜いてんじゃねぇよ。来んぞ」
ストームが低く呟くと同時に、彼の視線が一点を捉えた。
そしてその表情が悪魔のような歪んだ笑みへと変貌していく。
「来たな、ぶっ殺す……!! 正面突破ぁ――!!」
ストームが身を乗り出した先は、僕の背後の方向だった。
僕は慌てて振り向き、その視線の先を確認する。
10m程離れた先の、2m程の空中に、銀色の小さな指輪のようなものが光っていた。
銀の輪はそこから一気に人の肩幅ほどに直径を広げて、重力に従って落下を始める。
するとその輪の中から、白髪の美女であるプロメティダの無感情な顔が、姿を現していた。
「本当に、来た……ッ!!」
僕は体勢を直して振り向こうとしたが、その時すでに、ストームは僕の真横を爆発的な加速で飛び出して、通り過ぎていた。
「死ねぇ――っ!!」
出現しかけに迫られたプロメティダ。彼女の眉に弱く力が入り、生気の無い瞳を薄く細めた。




