第312話・謀略の渦。
「女神さん……!?」
僕が目の前の将軍、プロメティダの挙動に目を取られている一瞬のスキに、ブリアンの姿が消えていた。
プロメティダが取った挙動は、下から指を軽く持ち上げたのみ。彼女は一歩も動いていない。
「穴の中だよっ!!」
後ろから少年の声がする。ブリアンが水球を出して守っていた子供達の内の一人が、地面を指さしていた。
地面は白く乾いたコンクリート。穴などどこにも空いていない。
デフィーナが焦った顔で僕を見る。
「確かに一瞬、落下したように見えたわっ!!」
僕はとにかく、プロメティダの方へと振り返った。
「お前、ブリアンをどこに運んだっ!!」
そうだ。僕達の持っているクランケリストのデータ。
プロメティダの能力の名前は『接合』。ネオさんの見解では空間同士を繋いで、瞬間移動させるような能力。
それが無感情に、計画的に僕達に襲いかかってくる。
ブリアンは水操作の能力を見せてしまった。だから瞬間移動で連れ去られたんだろう。
僕がプロメティダへと視線を戻すと、そこには既に彼女の姿は無かった。
後ろの子供達の中から、女の子が指をさして声をあげる。
「女の人、輪っかが落ちてきて、消えちゃった!!」
「輪っか……ワープゲート的なやつっすか!!」
僕が周囲を確認していると、首にかけた通信機から、ノイズ混じりのネオさんの声が届いた。
「スゴミ……!! エクリプスを倒したのかっ!!」
僕はすぐに通信機のボタンを押して、応答し返す。
「はいっ!! エクリプスは倒したんすけど、プロメティダが来てて、ブリアンが攫われました……!!」
「ああ、分かってる! 行先はアキュレの索敵で追えている!!」
「マジっすか!! どこなんすか……!!」
僕が聞き返した瞬間だった。割れるような爆音で、都市内のスピーカーから女性の声が響き渡った。
「ドラキール帝国のウジ虫ドモォ!! 調子はどうだい、私だ、国殺しと謳われたテロリスト、ネオ様だぁ!!」
僕は耳を疑った。その声は荒々しかったが、まさしく今通信の相手をしている、ネオさんの声そのものだったからだ。
「何が……」
放送は続く。
「私の科学兵器、発光炸裂弾の威力を見てくれただろう! そう、さっき空中で光った、アレさぁー!!」
空中で光ったアレ。察するに、聖典さんが使った光輪の全方位攻撃の事だ。
「ちが……アレは聖典さんが!!」
僕はその場で無意味に吠えていた。
僕の通信機から、ネオさんの声がこぼれる。
「放送か……私の声、それこそがゲーブルトが、私の姿を奪っていった理由だよ」
「ネオさんの声……」
僕の頭に、ほんの数時間前のゲーブルトとの対峙が鮮明に思い出されていた。あの男はネオさんに変身して、確かに『この体を取りに来た』と宣言していた。
放送のゲスな声は止まらなかった。
「帝国民は皆殺しだっ!! 私は中央の墓碑塔に居るぞ、さあ向かってこい、次はもっと恐ろしい兵器で、貴様らを焼き尽くしてやるからなぁ!!」
音割れした放送が、ガガピィーとマイクの接続不良音のノイズに飲まれて、ブツっと切れた。
「なんなんすか、これは……」
通信機の暗い声をしたネオさんが、悔しそうに語る。
「私の顔で国民を煽って、『挑んで来る者』と言う純粋で勇敢な人間に手術を施し、新しい心核能力者を作り出す……それがゲーブルトの、能力者厳選計画だ……」
僕は都市の中央にそびえる、黒いタワーを見あげた。
放送で言ってた墓碑塔の事だ。
「ってことは、あそこにゲーブルトがいて、ブリアンが連れてかれたのも、あそこって事っすか……」
小さく、アキュレの声が通信から届く。
「塔に身長170、胸囲96の女性が出現……。ブリアンさんだと思われます。ネオさん姿の局長の近く、檻の中で他多数の市民に混ぜられています」
「了解っす、僕達もすぐに向かいますっ!!」
僕は飛び出そうとして、デフィーナの方へと振り向いた。デフィーナは無言で頭を縦に振り、漆黒の巨塔へと視線を持ち上げた。
その飛び出しに、ネオさんが声をあげた。
「待った、スレイと合流しろ!! もうすぐそこに到着する!!」
僕はボタンを押して聞き返した。
「スレイちゃん!? 無事だったんすか……!!」
言われて思い出す。スレイちゃんは聖典さんに狙撃を入れて、カウンターのビーム狙撃を撃ち返されて、光の大爆発に巻き込まれているハズだった。
ネオさんは、煮え切らない様子だった。
「ああ……。ストームが勝手に急行したのが、結果としてスレイを助ける事になってな……」
語っていると、ストームのエンジン付き大剣『ガストライダー』のけたたましい爆裂音が、路上に響き渡った。
そして通路の脇の狭路から、ストームが大剣を地面に滑らせながら、飛び出してきた。
「いたぜぇ!! スゴミ達だ……!!」
その肩に血の滲む包帯をまきつけて、頭部も包帯を巻きながら、ボロボロの姿で笑っている。そしてその背にはスレイちゃんが必死にしがみついていた。
「待ってください、ストームさん、速すぎますってぇ!!」
ストームを追って、後ろから車椅子が高速で飛び出してきた。車椅子に乗っているのはクロス君で、車椅子の後ろにはシアナさんが立ち乗りをして、機関銃を肩からぶら下げている。
そしてシアナさんの首には、ストームが持っていたハズの通信機がかけられていた。
「ネオさん、到着しました。スゴミ君とデフィーナちゃんがいますわ……っ!!」
僕達の目の前まで来るなり、前宙返りしながら背中のスレイちゃんを放り投げ、両腕で抱きとめながら着地するストーム。
「プロメティダってのはどいつだぁ!? 俺がぶち殺す……!!」
言いながら、スレイちゃんをそっと地面へと立たせる。
その後ろからクロス君が追いついて、車椅子の手元のレバーをガチャガチャと動かして停止した。どうやら車椅子が魔改造されてエンジンを積まれ、電動アシストどころか小型バイクのようになってるようだ。
「スゴミお兄ちゃん、大変だよっ!! ネオさんの偽物がテレビジャックをしてさ、ドラキールにエクリプスを放った、って宣戦布告をしたんだよ……!!」
クロス君の車椅子の後ろから、シアナさんが周囲を確認しながら怯えた様子で降りてきた。
「ネオさんが、スゴミ君達が子供を守ってるから、私たちで引き取ってくれと……防衛拠点があるんです。そこまでは私達が連れていきますわ」
ハッとして子供達を見た。
「防衛拠点……大丈夫なんすか?」
クロス君が身を乗り出して答える。
「大丈夫! カワダお兄ちゃんが、ネオさんの指揮で、エクリプス迎撃の準備をしてるんだ! ドラキールの避難民と一緒にね!!」
彼が勢いよく答えると、ストームが大剣のエンジンを吹かして轟音を立てた。
「おいっ!! どうでもいいんだよ、そんな事っ!! 敵はどいつだ、早く殺させろっ!!」
僕はその怒鳴りに、一瞬怯んでいた。
するとシアナさんが前に出てきて、ストームの頭の解けかけた包帯を整え始めた。
「プロメティダは、瞬間移動で動いてるのでは? ネオさんの指示を待つしか無いでしょう……」
ストームはシアナさんに近寄られると、大人しく目を閉じて包帯を直されるのを受け入れていた。
僕はシアナさんに質問した。
「サザナさんとかは、何してるんすか……?」
するとシアナさんよりも早く、クロス君が身を乗り出して答える。
「サザナさんは、ネオさんの放送を見て、リラン姉さんと、タチバナおじさんを連れて、墓碑塔に向かったんだよ!!」
それを聞いて僕は再び墓碑塔を見あげた。
「サザナさん達がゲーブルトの元に……」
「あの人達は、ネオさんが偽物ってわかる前に出てったからね!! ストームお兄ちゃんが来てくれなかったら、僕達もそんな事……分からなかったし……」
その一言に、デフィーナが反応した。
「プロメティダが動き出したのって、私達がブリアンの王座の間についた、50分前くらいでしょ? ってことは、マスターはもう墓碑塔には着いてると思うけど、マスターは弱いから、ゲーブルトを殺せないわよ」
それにネオさんからの通信が割り込む。
「向かったのがサザナなら、気にしなくていい。あいつは鬱陶しい程に危険には敏感だからな……。リランも着いてんだろ」
「でも、今はとにかく、墓碑塔に向かうしか無いっすよね……!?」
僕は逸る気持ちを抑えきれなかった。黒い塔の元で行われている惨劇……悪魔の実験、ブリアンの安否、サザナさん達の安否。その全ての答えが、ゲーブルトの黒い計画の元に集まっている。
だが、ネオさんの声は、僕を制止した。
「ダメだ。先にやることがある……」
「何言ってんすかっ!! 助けに行く以外に、することなんて……!!」
「違う!! それこそが被害を増やすんだ……!! お前達が今から先にするのは……プロメティダの暗殺だ」
シアナさんの包帯の施術になされるがままのストームが、片目を開いた。
「当然だ、正面突破で暗殺してやるぜ」
「い、いや!! それこそ違いますって……! だって、檻の中の人達が……!! それに、放送に釣られて、これから向かっていく人達だっているんすよ!!」
ネオさんは、冷静な声で続けた。
「良いか、ゲーブルトを攻めても、プロメティダがいる限り、瞬間移動で逃げられる。その上に変身を重ねられると、アキュレの索敵でも追えなくなる」
彼女の声が深く、真剣さを増していく。
「ゲーブルトは今、私の姿を借りて、プロメティダと共いるんだ。プロメティダはヤツの脱出ルートも兼ねている。プロメティダを最速で始末して、私の姿のままのゲーブルト相手に奇襲をかける……そこまでやらないと、この虐殺は止められない」
「二人が一緒にいるなら……。同じじゃ無いんすか、行き先は……」
「違う、プロメティダは釣り出せる」
「釣り出す……!?」
「そうだ。そして奴を殺すのは、スレイだ」
突然の指名だった。僕はストームの横でゆらゆらと揺れる、スレイちゃんを見下ろした。
彼女は眠そうに目を細めながら、片眼をこすっている。
「……スレイちゃんが?」
僕は彼女の狙撃の腕が神がかっているのは良く知っている。何度もその狙撃に助けられている。でもこの切羽詰まった状況に、その細くて幼く、いつ寝るかも分からない少女の体は、あまりに頼りない。
そう思ってしまうのが、正直な感想だった。
スレイちゃんは、ゆっくりと僕を見上げると、ゆったりと微笑んだ。
「ヤクッ……届くよ」
文脈も理屈も無い優しい一言には、彼女の確信めいたものが乗っている。
僕はただ、それだけを感じていた。




