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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第8章・帝国編

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第312話・謀略の渦。

「女神さん……!?」


 僕が目の前の将軍、プロメティダの挙動に目を取られている一瞬のスキに、ブリアンの姿が消えていた。


 プロメティダが取った挙動は、下から指を軽く持ち上げたのみ。彼女は一歩も動いていない。


「穴の中だよっ!!」


 後ろから少年の声がする。ブリアンが水球を出して守っていた子供達の内の一人が、地面を指さしていた。


 地面は白く乾いたコンクリート。穴などどこにも空いていない。


 デフィーナが焦った顔で僕を見る。

「確かに一瞬、落下したように見えたわっ!!」


 僕はとにかく、プロメティダの方へと振り返った。

「お前、ブリアンをどこに運んだっ!!」


 そうだ。僕達の持っているクランケリストのデータ。

 プロメティダの能力の名前は『接合』。ネオさんの見解では空間同士を繋いで、瞬間移動させるような能力。


 それが無感情に、計画的に僕達に襲いかかってくる。

 ブリアンは水操作の能力を見せてしまった。だから瞬間移動で連れ去られたんだろう。


 僕がプロメティダへと視線を戻すと、そこには既に彼女の姿は無かった。


 後ろの子供達の中から、女の子が指をさして声をあげる。

「女の人、輪っかが落ちてきて、消えちゃった!!」


「輪っか……ワープゲート的なやつっすか!!」


 僕が周囲を確認していると、首にかけた通信機から、ノイズ混じりのネオさんの声が届いた。


「スゴミ……!! エクリプスを倒したのかっ!!」


 僕はすぐに通信機のボタンを押して、応答し返す。


「はいっ!! エクリプスは倒したんすけど、プロメティダが来てて、ブリアンが攫われました……!!」


「ああ、分かってる! 行先はアキュレの索敵で追えている!!」


「マジっすか!! どこなんすか……!!」


 僕が聞き返した瞬間だった。割れるような爆音で、都市内のスピーカーから女性の声が響き渡った。


「ドラキール帝国のウジ虫ドモォ!! 調子はどうだい、私だ、国殺しと謳われたテロリスト、ネオ様だぁ!!」


 僕は耳を疑った。その声は荒々しかったが、まさしく今通信の相手をしている、ネオさんの声そのものだったからだ。


「何が……」


 放送は続く。

「私の科学兵器、発光炸裂弾の威力を見てくれただろう! そう、さっき空中で光った、アレさぁー!!」


 空中で光ったアレ。察するに、聖典さんが使った光輪の全方位攻撃の事だ。


「ちが……アレは聖典さんが!!」

 僕はその場で無意味に吠えていた。


 僕の通信機から、ネオさんの声がこぼれる。

「放送か……私の声、それこそがゲーブルトが、私の姿を奪っていった理由だよ」


「ネオさんの声……」


 僕の頭に、ほんの数時間前のゲーブルトとの対峙が鮮明に思い出されていた。あの男はネオさんに変身して、確かに『この体を取りに来た』と宣言していた。


 放送のゲスな声は止まらなかった。

「帝国民は皆殺しだっ!! 私は中央の墓碑塔に居るぞ、さあ向かってこい、次はもっと恐ろしい兵器で、貴様らを焼き尽くしてやるからなぁ!!」


 音割れした放送が、ガガピィーとマイクの接続不良音のノイズに飲まれて、ブツっと切れた。


「なんなんすか、これは……」


 通信機の暗い声をしたネオさんが、悔しそうに語る。

「私の顔で国民を煽って、『挑んで来る者』と言う純粋で勇敢な人間に手術を施し、新しい心核能力者を作り出す……それがゲーブルトの、能力者厳選計画だ……」


 僕は都市の中央にそびえる、黒いタワーを見あげた。

 放送で言ってた墓碑塔の事だ。


「ってことは、あそこにゲーブルトがいて、ブリアンが連れてかれたのも、あそこって事っすか……」


 小さく、アキュレの声が通信から届く。

「塔に身長170、胸囲96の女性が出現……。ブリアンさんだと思われます。ネオさん姿の局長の近く、檻の中で他多数の市民に混ぜられています」


「了解っす、僕達もすぐに向かいますっ!!」


 僕は飛び出そうとして、デフィーナの方へと振り向いた。デフィーナは無言で頭を縦に振り、漆黒の巨塔へと視線を持ち上げた。


 その飛び出しに、ネオさんが声をあげた。

「待った、スレイと合流しろ!! もうすぐそこに到着する!!」


 僕はボタンを押して聞き返した。

「スレイちゃん!? 無事だったんすか……!!」


 言われて思い出す。スレイちゃんは聖典さんに狙撃を入れて、カウンターのビーム狙撃を撃ち返されて、光の大爆発に巻き込まれているハズだった。


 ネオさんは、煮え切らない様子だった。 

「ああ……。ストームが勝手に急行したのが、結果としてスレイを助ける事になってな……」


 語っていると、ストームのエンジン付き大剣『ガストライダー』のけたたましい爆裂音が、路上に響き渡った。


 そして通路の脇の狭路から、ストームが大剣を地面に滑らせながら、飛び出してきた。

「いたぜぇ!! スゴミ達だ……!!」


 その肩に血の滲む包帯をまきつけて、頭部も包帯を巻きながら、ボロボロの姿で笑っている。そしてその背にはスレイちゃんが必死にしがみついていた。


「待ってください、ストームさん、速すぎますってぇ!!」


 ストームを追って、後ろから車椅子が高速で飛び出してきた。車椅子に乗っているのはクロス君で、車椅子の後ろにはシアナさんが立ち乗りをして、機関銃を肩からぶら下げている。


 そしてシアナさんの首には、ストームが持っていたハズの通信機がかけられていた。

「ネオさん、到着しました。スゴミ君とデフィーナちゃんがいますわ……っ!!」


 僕達の目の前まで来るなり、前宙返りしながら背中のスレイちゃんを放り投げ、両腕で抱きとめながら着地するストーム。

「プロメティダってのはどいつだぁ!? 俺がぶち殺す……!!」


 言いながら、スレイちゃんをそっと地面へと立たせる。


 その後ろからクロス君が追いついて、車椅子の手元のレバーをガチャガチャと動かして停止した。どうやら車椅子が魔改造されてエンジンを積まれ、電動アシストどころか小型バイクのようになってるようだ。

「スゴミお兄ちゃん、大変だよっ!! ネオさんの偽物がテレビジャックをしてさ、ドラキールにエクリプスを放った、って宣戦布告をしたんだよ……!!」


 クロス君の車椅子の後ろから、シアナさんが周囲を確認しながら怯えた様子で降りてきた。

「ネオさんが、スゴミ君達が子供を守ってるから、私たちで引き取ってくれと……防衛拠点があるんです。そこまでは私達が連れていきますわ」


 ハッとして子供達を見た。

「防衛拠点……大丈夫なんすか?」


 クロス君が身を乗り出して答える。

「大丈夫! カワダお兄ちゃんが、ネオさんの指揮で、エクリプス迎撃の準備をしてるんだ! ドラキールの避難民と一緒にね!!」


 彼が勢いよく答えると、ストームが大剣のエンジンを吹かして轟音を立てた。

「おいっ!! どうでもいいんだよ、そんな事っ!! 敵はどいつだ、早く殺させろっ!!」


 僕はその怒鳴りに、一瞬怯んでいた。


 するとシアナさんが前に出てきて、ストームの頭の解けかけた包帯を整え始めた。

「プロメティダは、瞬間移動で動いてるのでは? ネオさんの指示を待つしか無いでしょう……」


 ストームはシアナさんに近寄られると、大人しく目を閉じて包帯を直されるのを受け入れていた。


 僕はシアナさんに質問した。

「サザナさんとかは、何してるんすか……?」


 するとシアナさんよりも早く、クロス君が身を乗り出して答える。

「サザナさんは、ネオさんの放送を見て、リラン姉さんと、タチバナおじさんを連れて、墓碑塔に向かったんだよ!!」


 それを聞いて僕は再び墓碑塔を見あげた。

「サザナさん達がゲーブルトの元に……」


「あの人達は、ネオさんが偽物ってわかる前に出てったからね!! ストームお兄ちゃんが来てくれなかったら、僕達もそんな事……分からなかったし……」


 その一言に、デフィーナが反応した。

「プロメティダが動き出したのって、私達がブリアンの王座の間についた、50分前くらいでしょ? ってことは、マスターはもう墓碑塔には着いてると思うけど、マスターは弱いから、ゲーブルトを殺せないわよ」


 それにネオさんからの通信が割り込む。

「向かったのがサザナなら、気にしなくていい。あいつは鬱陶しい程に危険には敏感だからな……。リランも着いてんだろ」


「でも、今はとにかく、墓碑塔に向かうしか無いっすよね……!?」


 僕は逸る気持ちを抑えきれなかった。黒い塔の元で行われている惨劇……悪魔の実験、ブリアンの安否、サザナさん達の安否。その全ての答えが、ゲーブルトの黒い計画の元に集まっている。


 だが、ネオさんの声は、僕を制止した。


「ダメだ。先にやることがある……」


「何言ってんすかっ!! 助けに行く以外に、することなんて……!!」


「違う!! それこそが被害を増やすんだ……!! お前達が今から先にするのは……プロメティダの暗殺だ」


 シアナさんの包帯の施術になされるがままのストームが、片目を開いた。

「当然だ、正面突破で暗殺してやるぜ」


「い、いや!! それこそ違いますって……! だって、檻の中の人達が……!! それに、放送に釣られて、これから向かっていく人達だっているんすよ!!」


 ネオさんは、冷静な声で続けた。

「良いか、ゲーブルトを攻めても、プロメティダがいる限り、瞬間移動で逃げられる。その上に変身を重ねられると、アキュレの索敵でも追えなくなる」


 彼女の声が深く、真剣さを増していく。


「ゲーブルトは今、私の姿を借りて、プロメティダと共いるんだ。プロメティダはヤツの脱出ルートも兼ねている。プロメティダを最速で始末して、私の姿のままのゲーブルト相手に奇襲をかける……そこまでやらないと、この虐殺は止められない」


「二人が一緒にいるなら……。同じじゃ無いんすか、行き先は……」


「違う、プロメティダは釣り出せる」


「釣り出す……!?」


「そうだ。そして奴を殺すのは、スレイだ」


 突然の指名だった。僕はストームの横でゆらゆらと揺れる、スレイちゃんを見下ろした。

 彼女は眠そうに目を細めながら、片眼をこすっている。


「……スレイちゃんが?」


 僕は彼女の狙撃の腕が神がかっているのは良く知っている。何度もその狙撃に助けられている。でもこの切羽詰まった状況に、その細くて幼く、いつ寝るかも分からない少女の体は、あまりに頼りない。


 そう思ってしまうのが、正直な感想だった。


 スレイちゃんは、ゆっくりと僕を見上げると、ゆったりと微笑んだ。


「ヤクッ……届くよ」


 文脈も理屈も無い優しい一言には、彼女の確信めいたものが乗っている。


 僕はただ、それだけを感じていた。

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