第311話・聖典。断罪の六。決意。
僕の周囲で、光が弾け出していた。
聖典さんが作り出した光の輪が、全方位へと放射状に光の槍を突き放つ。
彼女の足元へと生成した、足場とする為の直径4mの円の板『女神の円卓』。その上に立ち胸が当たる程の至近距離で、彼女が告げた「輪の内側も攻撃範囲」という現実。
リングライトに照らされたかの如く、彼女の肌も装甲も輝いて見えた。
輪の内側で聖典さんを巻き込む位置に入り込んでも、彼女の全方位攻撃は止まらない。彼女は自身の死に対しての一切の頓着が無い。光の槍は容赦なく、僕と聖典さんの体をまとめて貫くという事だろう。
だが僕には、この円卓に降り立った時点で決めていた行動があった。僕は迷いなく彼女の正面で腕を広げて、それぞれの腕に新しいちゃぶ台『秘密の食卓』を生成した。
「聖典さん。あなたの望み通りに、僕は今から向こうへ進みます」
彼女は光に照らされて輝く、血を流した顔で、目を見開いて期待いっぱいに口を大きく開いて見せた。
僕はそれを睨み上げながら、しゃがみ込んで円卓に膝をつき、両手のちゃぶ台を円卓へと叩きつけた。
それと同時に、天使像を僕の背中に抱きつかせる。
僕の『秘密の食卓』。50cmの絶対防御を誇る聖域は、ノリコとちゃぶ台を囲んだ、夜食の思い出を元に生成された。
僕の『女神の円卓』。2mの直径をもつ範囲防御は、ブリアンの胸のサイズを意識して、ちゃぶ台を巨大化させた。
そして今、僕の背中には、天使さんの形を持った、人間に等しい柔軟性を持つドグマ像が張り付いている。
円卓にちゃぶ台のドグマを追加して、質量を増した。
そして背中には天使像の豊満な柔らかさ。
この二つを意識した時に、僕の円卓が取る、次の変形は確定していた。
「ドグマ開放────天使の光輪!!」
聖典さんの光の輪が全方位に光の槍を発射するその瞬間。
足元の円卓がエレベーターのように急上昇して、僕の体だけをすり抜けさせた。
ドグマ盾の空間固定は無限の防御力を持つが、僕の形に穴を開ければすり抜けられる。
そして通過中に、天使像もドグマと化して円卓に染み込んでいく。
それと同時に直径4mだった机は、直径15mの巨大な壁へと変貌した。
僕は壁を通り抜け、聖典さんはその壁の上。
上昇した15mの円盤は、聖典さんごと押し上げて、10mの光輪へと激突する。
その瞬間に、上と真横方向に、際限なく広がる、巨大な花火の如き光の槍が炸裂した。
光の槍は何百m先かも分からない地下都市の天井へと突き刺さり、または数km先のドラキールの壁面へと鋭い穿孔を開けた。
全方位へと拡散する、殺意と破壊。
だがしかし、僕が生成した『天使の光輪』の円盤状の壁は、その光輪が発する光の槍を一本も下方向へは通さなかった。
聖典さんは今、僕の真上の1cm足らずの厚みを持つ壁の先で、自身の槍による全方位攻撃を一人で受けているのだろう。
「聖典さん……。あなたはやっぱり、僕を待っててくれたんすか……」
僕は閃光飛び散る盾の下の濃い影の中で、周囲の都市を見渡していた。
彼女の歩いた後の住宅地には、僕たちが到着するまでに彼女が国民を殺した形跡、民家に開いた無惨な穿孔が、大通り沿いにだけずっと続いていた。
僕の頭上の激しい閃光が、マグネシウムのフラッシュを炊いた後のように、ゆっくりと元の明るさへと戻っていく。
僕は頭上を覆っていた『天使の光輪』の巨大壁を解除して左腕の中へとドグマを収納した。
それと共に、バケツをひっくり返したような血液が、僕の正面へと降り注いだ。
その中に、全身が穴だらけになり、千切れそうな手足に、顔の半分が抉り取られた状態の聖典さんの残骸が混じっていた。
僕はそれを咄嗟に両腕で受け止めた。
腕の中に、まだ確かな体温が残っている。
彼女は動かない首で、片眼だけを僕へと向けていた。
「すご、凄いよ。スゴミ君……。私が集めたドグマを、君に捧げます……本当に、強くなって……」
ボロ布のようになった彼女の体から、流れ出る液体が止まらない。
「聖典さんは、人を殺すのが使命だったけれど、それでも大通りの真ん中を歩いてたのって、被害者数を少しでも減らそうとしてた感じなんすか……」
彼女の視線が、天井を見た。
「どうですかね。私は六次元干渉『可能性の死』によって、660億人分のドグマをこの身に宿しています。この期に及んで千や万の死など、気にする意味は無いのですが……」
その金色の瞳がそっと閉じて、再び僕へと向けてゆっくり開いた。
「でも、この都市に居れば、君が来てくれる。それは分かっていました。ですから理由をつけるとするならば、君が来るまでに都市の人間に全滅されては困る……そんな所ですかね」
「……そうっすか」
僕は短く低く、返事をした。
彼女の目的は、僕に殺される事。それを達成した今、彼女の顔に苦痛は無く、清々しいまでの笑顔だけがあった。
僕は彼女の体を引き寄せて、自分の胸へと当てた。
「だったら君の罪は、僕が裁いて、持っていきます……」
「あなたはどこまでも、優しいのですね。ありがとう、よろしくお願いいたします……」
彼女がそう呟くと、その体が手足の先から、光の粒となって蒸発を始めた。
僕の腕の中で、浅く呼吸する聖典さんの姿が薄くなっていく。
そして僕の手の平の中には、野球ボール大の白球と化したドグマが握られていた。
これが聖典さんの核となっていた、ドグマなのだろう。
彼女は顔面が消える最後の瞬間に、僕に向けて歯を見せてニッコリと笑った。
「スゴミ君。君は、最高だったよ!!」
僕は目を細めていた。天使級エクリプスと言うのは、戦いの終わりに決まって走者を賞賛する。
彼女はこの襲撃だけで一万人を超える人間を殺している。許される事ではないが、それが自分では止められない、使命による行動だったというのは、聖典さんと言うエクリプスが持っていた悲劇だと、僕は感じていた。
本当の罪の所在はどこに有ったのだろう。
使命に従って殺害をしていた聖典さんなのか、エクリプスを作り出したというシグマなのか、シグマがエクリプスを作るキッカケとなった天使さんなのか、それとも……
僕にはまだ、その答えを見つける事は出来ない。
そうして思考を巡らせながら見下ろした街から、動揺の声が湧き出していた。
ドラキールの一般の人から見れば、突如上空で巨大な火花が飛び散って、天井や壁を破壊すると言う異様な光景だけが不安を煽ったのだろう。
僕の真下となる、デフィーナとブリアンと子供たちの集まる一角だけは、子供たちが喜ぶ黄色い声だけが、僕の元まで届いて来た。
それと同時に、頭の上のゴーグルノリコが、ズレ落ちて来て地上を睨む。
「さてさて、感傷に浸ってる暇はないよっ!! 将軍様のプロメティダが来てるんだからねぇ!!」
僕は聖典さんのドグマをギュッと握り込み、自分の胸へと押し当てた。
ドグマはスッと僕の胸へと浸透し、僕の体内のドグマの一部として融合した。
そして僕は急いでブリアンたちの元へと降下する。
ブリアンは水の半球を作り出し、傘のようなバリアを張って、子供たちを守っていた。
その傘を避けて、近くへと着地をする。
するとデフィーナは既に剣を構えて腰を落としており、その視線の先から長身で黒ずくめのドレスを着た女性が、無防備にこちらへと向かって歩いて来ていた。
粉雪のように風に舞う、白の長髪。静かな森の奥の湖畔のような、透き通った冷たい瞳。
僕が二度見た『プロメティダ・ヴァングリフ』本人と見て間違いない姿だった。
ブリアンがすぐに僕へと報告する。
「この人、いきなり消えたと思ったら近くに……!! 瞬間移動してるんだわ!!」
僕もそれに呼応するように剣を構えた。
しかし左目の奥の神経がビシビシと痙攣するような痛みを感じると、零極さんの思考回路が連携して、彼女の接近に対する違和感を覚えた。
彼女の目的が僕たちの抹殺であるならば、僕たちの正面から近寄る意味がない。
プロメティダは都市へとエクリプスを大量召喚して、虐殺を行って死体を回収していく、悪魔のような所業を行っている張本人だ。正面から正々堂々と戦いに来たってワケでも無いだろう。
「スゴミ……!!」 デフィーナが短く僕を呼ぶ。その意味は飛び出して良いのか、交戦開始の許可を求める一言だと僕には伝わった。
「待って下さい、何かおかしいっすよ!!」
僕が腰を落としてプロメティダを睨みつけると、彼女の冷えた視線がゆっくりと僕を捉え、生気の無い虚ろな声が、僕へと質問を投げかけた。
「あなたが光のエクリプスと戦っていたのですか……?」
「だとしたら、なんだって言うんすか……」
「あなたは、ブリディエットとダム湖に居た少年ですね。あなたの能力はなんですか?」
「言ったら、なんになるって言うんすか……」
「……」
プロメティダは黒いドレスの上から羽織った、クリーム色のカーディガンを風に揺らしながら沈黙を保って僕を見つめ続けていた。だが数秒の静寂ののち、その視線はデフィーナへと移った。
「フードのあなたは、ブリディエットとダム湖に居た少女ですね。その剣と翼はなんですか?」
「……はあ?」
デフィーナは苛立ちを隠さずに睨み返した。
そして僕は、僕との対話を突然に斬り上げて興味の対象を変えた彼女の態度が釈然としなかった。
「おいあんた!! あんたは将軍のプロメティダなんすよね!! エクリプスを呼び出して人々を殺して、罪の意識があるから聖典さんに近寄るの、怖がってたんじゃ無いんすか!!」
彼女の冷めきった瞳が、ゆっくりと僕へと振り向いた。
彼女は僕に対して、何も喋らなかった。
僕の位置と足元を、確認するように視線を動かすと、その視線は次にブリアンへとゆっくり移動していた。
「あなたはブリディエットの王女。報告書では特殊衣装の貸与だけで能力なしとなっていますが、その水を操っているのはあなたの能力ですか?」
ブリアンはそれを問われて、ハッとしたように水球の傘を弾き飛ばして解除した。
「な、なんなのよ、あなた……!! あなたがブリディエットにエクリプスを呼んで、滅茶苦茶にしたんでしょ!! 私、あなたの事、絶対に許さないから……!!」
激昂するブリアンに対して、プロメティダはぶら下げていた手をゆっくりと上げて、下から突き上げるように人差し指を胸の前へと立てた。
「了解しました。ブリアン水の操作能力を持ちます」
彼女がそう言った瞬間に、僕たちの視界からブリアンの姿が消えていた。




