第310話・聖典。断罪の五。真摯。
僕は彼女の事が許せなかった。
聖典さんは金髪黒タイツに白鎧という女聖騎士のような姿をしながらも、既にこのエクリプス襲撃でドラキール国民を一万人以上は殺害している、歩く災害だ。
それが僕の成長の為だけに襲って来て、僕に殺される為だけに本気を出すと言う前提が、たまらなく癪に触っていた。
僕は地面を蹴って天使の翼を広げ、彼女が待つ上空30mへと一気に飛び上がった。
「これ以上は、もうやめろぉ!!」
跳ね上がる僕に、守った子供たちの中から小さな女の子が、僕を見上げながら声を上げた。
「あの、ありがとうございますっ!!」
それに釣られるように、集まった年齢4、5歳の子供たちが一斉に声を上げる。
「ありがとう!!」「ありがと、お兄さん!!」
彼らの声は、強敵である聖典さんへと飛び上がる僕の心の底から、不思議と恐怖を取り払ってくれた。
今の僕と聖典さんの実力差は、こちら三割、向こう七割と言った所だろうか。その感覚は零極さんの冷徹な戦術眼が僕の脳神経に直接作用して、感覚として分かる。
地上のブリアンが、叫びあげた。
「スゴミ……!! 行けるの!?」
僕は即座に反射するように返した。
「コイツは僕に任せて、子供たちを見ててください!! デフィーナさんはプロメティダの接近にも気を配って!!」
言いながら、僕自身驚いていた。戦術的配置と言うやつだろうか、僕と聖典さんの対面時に現れたという、プロメティダの存在まで意識が回っている。
「分かったわ!!」とブリアンは勢いよく答え、すぐに子供たちの元へと駆け寄り、デフィーナはブリアンの背中を守りながら、後方へと注意を払ってついているのが見えた。
そして上空30m、僕は天使像の横へと並び立ち、聖典さんへと対面した。
僕は最初に、片腕をもがれて衣装もボロボロに引き裂かれた天使像へと触れた。
僕の意志が注入されることで、天使像は瞬く間に形を再構成し、元の美しいセイントハートの姿を取り戻す。
それを見て聖典さんは両手の光のブレードをしまい、黒い手袋で拍手をし始めた。
「ダミー戦法の発案と、急激な判断力の向上。君は一体、この数秒でどれだけ強くなったのですか」
僕はヒーローハートの聖剣、クリティカルソードを構えて聖典さんへと向けた。
達人の間合いと言うのだろうか。彼女は拍手などと言う一見すれば隙だらけの行動をしているが、僕の突入速度で狩り取れないのはハッキリと計算できたし、彼女がそれを分かった上でそうしているのも分かった。
「僕が強くなったかなんて、どうでも良いんすよ」
僕は概ね、怒りの方が強かった。しかし僅かな願いを込めて、目を細めた。
「聖典さん、君は僕に殺されたいとか言ってましたけど、君と同じエクリプスである零極さんは、僕に精神を同化して手伝ってくれています」
剣を握っていない、左手側を軽く差し出す。
「聖典さん、君も意思を持つエクリプスならば、僕のドグマの中で、その意思だけを残しませんか」
僕の発言に、僕の頭の上のゴーグルがバチンバチンと暴れてノリコの声で文句を垂れ流した。
「おいおいラブたん!! どんだけプレイボーイだってんだ!! ウチらの部屋はもう満室だよっ!!」
「いや、聖典さんが手伝ってくれたら、絶対強いじゃないっすか……」
僕の提案に対して、聖典さんは初めて自身の額を押さえて、肩を跳ねさせて笑った。
「ふふふ……。スゴミ君、君は本当に優しいと言うか、面白い人ですね」
そして額から手を離すと、視線を上げて爽やかに白い歯を光らせた。
「残念ながら、それは出来ません。私の概念は『制裁』です。私の意思を取り込むという事は、私が持つ『贖罪の光』の自動発動をも取り込むという事。それは君の周囲20m半径の人間が常に罪の意識を問われて、死んでいくという事を意味しています」
彼女の手のひらを貫くように、光の槍が出現した。
「要らないでしょう? こんな力。君には荷が重すぎます」
言いながら聖典さんは背中で光を弾けさせ、閃光で僕の視界を白く焼きながら突撃して来た。
「うぅっ!! 女神の円卓!!」
僕はその軌道へと、2mの円卓を出して防御に入った。
聖典さんの声だけが聞こえる。
「目が良くなりましたか。余計に眩しいでしょう」
僕は即座にクリティカルソードを下へと振り下ろした。女神の円卓の向こうから円状に噴き出してくるバックライト。その下方の影だけが僅かに濃かったからだ。
目を薄めながら下を見ると、女神の円卓の下端に、聖典さんの機械の踵が引っかかった。
その瞬間に、聖典さんの次の動きを再考察する。
聖典さんは円卓に踵をかけて、円卓の向こうで背中を向けているのだろう。そこから円卓の下で体を半周回転させて、遠心力を乗せながら僕の背中へと回り込むつもりだ。
ガード方向を先読みして下げた剣では、背中の防御に間に合わない。
それに気づいた瞬間、僕は円卓の足を掴んだ。
「秘密の食卓、ファルコンストライク!!」
2mの『女神の円卓』は、一気に50cmのちゃぶ台『秘密の食卓』へと縮小した。踵をかけていた聖典さんの足はすっぽ抜けて、滑った形に半回転。それと同時に僕の体はファルコンストライクのロケットブースターで、一気に前へと引っ張られる。
聖典さんは僕に背中を向けたままでバランスを崩し、僕の腰の辺りに顔を持って来ていた。
それを通り過ぎる刹那に、僕は左足の膝を曲げた。
「うぁあ!!零距離ストライク!!」
咄嗟の適当ネーミングで、僕のヒザ先が零極さんの黒い機械足に一瞬だけ置き換わり、振り向きかけの聖典さんの顔の側面に、ロケット加速の強烈な膝蹴りを浴びせて、彼女の体にキリモミの回転を与えた。
「くっ!! これは……!!」
聖典さんの顔面から、初めて血液が飛び散った。
「お願い、天使さん!!」
そして空中でその場で回転する聖典さんの体へと、天使像の持つ剣が、容赦の無い斬り上げで一閃を放った。天使像の一撃は、聖典さんの肩からへそ辺りまで一気に切りつけながら、その体を上空へと跳ね上げた。
勿論、聖典さんを地上に叩きつけない為に、打ち上げさせた。
彼女を地上に落とすという事は、半径20mの即死領域を投げつけるのと同じことだからだ。
聖典さんは傷を押さえながら、更に5m程の上空で静止した。
苦しそうに咳をしながら、血反吐を吐いている。
「うぅ、ああ……スゴミ君、あと少し、あともう少しで私を殺せました……」
しかしその顔は、どこまでも嬉しそうに、口角を上げて瞳を潤ませいた。それはまるで激痛の出産を終えた直後の母親のような達成感を思わせるものだった。
僕はそれを見上げて、声を張った。
「あんた!! その能力は僕には荷が重いって言ったっすけど、あんた自身はどう思ってるんすか!! 最初から空中にいれば、殺す人数なんて増えなかったのに、あんたは思いっきり地面を歩いてましたよね!!」
聖典さんは弾けるように切り裂かれた黒のタイツからはみ出す白磁の肌の傷口に、光の楔を縫い付けるように打ち込んで血の流れを抑えた。
「うっ、くふ……ッ。スゴミ君、私はエクリプス。その目的は人の命を奪って収集したドグマを、走者へと届ける事。我々は存在として、人の命を奪う事に躊躇はしませんし、走者に殺される理由を作ることも、また使命の一部なのです……」
彼女は「スーッ」と深く息を吐くと、上空のその場のままで姿勢を正した。
「スゴミ君、早く私を殺してください。さもなくば、私は更に殺される理由を作らなくてはなりません!!」
聖典さんは、甲冑のような右腕をスルリと上げると、頭上に光の輪を出現させた。
「ディバイン・レイニー・スレイヤーズ・レイ!!」
光の輪は回転しながらサイズを増していき、縦軸にジリジリと槍の形を象りながら、10m程にまで拡大していった。光輪から光の槍を飛ばしてくる攻撃だとすれば、明らかに僕一人を狙うにしては、規模が大きい。
「理由って……!! もう要らないっすから!!」
僕は天使像を連れて、垂直に飛び上がった。槍が飛んでくるだけなら、女神の円卓で完全防御出来る。だが聖典さんの口ぶりから、これは広範囲の拡散射撃だ。僕が聖典さんよりも下に居たら、光の槍が都市へと被害を及ぼしてしまう。
僕は聖典さんを見下ろす高さで、ちゃぶ台を正面へと構えて吠えた。
「それを受けたら……行きますからねっ!!」
聖典さんは、掲げた光輪の中から、僕を睨み上げている。
そして彼女の口から、冷淡な言葉が放たれる。
「君は私が、この光を君に向けて撃つと、信頼してくれているんですね」
その一言を言うなり、彼女の視線が僕の目を逸れて都市へと向いた。
それを認識した瞬間に、僕は背筋が凍って、彼女へと向かって飛び出していた。
「あ、はぁ!? 僕狙いじゃないんすか!!だってあんた今、空中戦、してくれてるじゃないっすか!!」
僕は必死に叫んでいるが、聖典さんの言ってる事は分かっていた。僕は街を守ろうと思って上昇したけれど、聖典さんがその攻撃をどこに撃つかは、彼女の決定次第だ。その主導権を聖典さんが持ったまま上に行ったのは、言い方を変えれば僕は街の防御を捨てて上に逃げたに過ぎない。
だが僕の飛び出しを確認すると、聖典さんは口から血を垂らした顔で、光輪の中央から僕へと視線を戻した。
「大丈夫。全方位攻撃ですよ」
ちゃぶ台を掴んだ腕を前へと伸ばし、聖典さんの光輪をくぐろうとしていた。
僕の耳がその宣告を受け取って、その意味を認識した時、光輪が厚く光って振動を始める。
反応でも思考でもなく、僕の心の根に張る『信念』だけが、次のドグマ変形を決定していた。
「ドグマ開放、女神の円卓ぅ――!!」
僕は手に掴んでいた50cmのちゃぶ台を投げつけて、直径4mのちゃぶ台へと拡大して聖典の足の下へと配置した。
だが、聖典さんの宣言は『全方位攻撃』。それは直径10m光輪から無差別方向に槍が飛び出すという事だろう。4mのちゃぶ台では、都市方向への防御範囲が全然足りない。
というか、僕を守る盾すら無い。
僕は周囲で爆発的な輝きを放ち始める光の輪の中で、円卓の上へと着地した。聖典さんの胸が当たりそうな程の、真正面の至近距離。
聖典さんは片腕を上げたまま、大きな傷を負って震える体を張り出して、僕を冷たく見下ろしていた。
「……輪の内側も、攻撃範囲ですよ」
聖典さんは、それだけを短く答えた。




