第309話・聖典。断罪の四。志向。
デフィーナの鋭い眼光が、零極さんの冷たい瞳を睨みあげていた。
「支持者がエクリプス……ってのは、私もさっき知ったのよ。でも、だからなんだって言うの? 私はあんたらみたいに、人を殺してドグマを回収して、走者を殺しに来るなんて手段は取らないわ……。それにスゴミが私を裁くと決めた。だから私は……」
零極さんは食ってかかるデフィーナに対して、一切表情を変えなかった。
「だから何。とは言っていません。それはただシグマ様が与えた設定。我々のような有象無象のエクリプスは走者に正しく殺される為に生まれ、支持者は世界を繋ぎ止める柱として、走者と共に歩く為に生まれる。それだけの違いでは? 」
その後ろから、ノリコが零極さんの両肩を掴んで顔を出す。
「そしてウチらは意思だけをラブたんの身体に残してついて行く、デフィちゃんは本体があって、ついて行く、それだけの違いでわァ〜? 」
零極さんは軽くノリコへと振り向いて、真顔で告げる。
「あなたは人間、我々はエクリプス。生まれる構造からして違いますけどね」
「あそっかァ! でもみんなラブたんの味方って事に、変わりは無いからねぇ!!」
「……ノリコちゃん」
僕は行き詰まって張り詰めた空気から、少し息を吐き出した。
ノリコの無茶に上げていくテンションが、僕の気持ちを少しだけ軽くしてくれる。
しかしデフィーナは苛立った様子で、空中戦の斬りかかりの姿勢のまま静止した聖典さんを見つめた。
「だからどうだって言うのよ。今話すべき事は天使の話じゃなくて、聖典を殺す方法の話でしょ? 」
それに対して零極さんは、デフィーナへと歩を進めた。
デフィーナより頭ふたつは高いスレンダーな長身は、近寄るだけで威圧感を与える。
「はい。ですから、勝つために必要なのは、スゴミ君が何を認識し、ドグマをどう使いこなすかに掛かっています。なのでスゴミ君の意思の確認が重要だと、私は考えている訳です」
「僕の意思の確認……っすか? 」
「ええ……シグマ様は、ドグマ能力を使う際に、能力に物語性とタイトルを取り付けます」
僕はデフィーナをチラリと見た。
「僕もデフィーナさんの真似して、能力出す時に『ドグマ解放!!』とか言ったりしてみてるんすけど、技名みたいな感じっすか……」
「近いですね。私は『絶望』と言うタイトルを付けて生成されたエクリプスだと言う自覚があります。聖典さんは『制裁』。ノリコさんから聞いた限りでは天使級エクリプスには、天照さんや、楽園さんと言うのも居たそうですが、それらは『進化』や『生命』辺りのタイトルなのだと、推測が付きます」
ノリコはドヤ顔で目を細めて指を立てていた。
「んー、楽園さんのおっぱいのデカさは、生命的なニュアンスだったって訳か〜」
零極さんは一瞬ノリコの方を見て眉を寄せていたが、構わず次へと話を進める。
「では、支持者とは、なんですか? 天使の半分と言う説明をスゴミ君はしていましたが、デフィーナが持つ、本質的なタイトルとは? そしてスゴミ君は、天使像に対して、なんというタイトルを付けるのですか? 私はそれが、今後の戦闘における、行動の指針になりうると、思っています」
僕はその質問に、顔をしかめていた。
「支持者と天使さんの……タイトルっすか? 」
デフィーナを見つめる。
支持者はドグマの説明役であり、天使さんの出現を抑えるための、世界の柱だ。
須賀見カイは『シグマが送り込んだNPC』だの言ってたけれど、余りにも感情がハッキリしていて、僕にとっては人間としてしか認識出来ない。
デフィーナは見つめる僕を見返しながら、重い口を開いた。
「支持者は、物語を見つめる瞳よ。それ以上の自覚は特に無い。ただ定められた走者の元へと向かい、ドグマを説明して、その物語を見届ける。それだけよ……」
それに対して、ノリコが零極さんの背中を避けて前に出て、両指でデフィーナを指さした。
「つまりは、『押しかけ女房物語』ってワケだな!!」
「違うと思うけど……」デフィーナは苛立ちながら即否定。
だがノリコはそんな否定も何処吹く風で、僕へと指さしをスライドした。
「そんで、天使さんは『推しアニメ』って感じかね!? ラブたん的にー!!」
「ま、まぁ……」 僕は頭をかいた。
たしかに天使さんのビジュアルは、推しアニメ『魔法少女マジカルエンジェル』の、最推しキャラ『セイントハート』の姿に他ならない。だけれど僕は、マジカルエンジェルを見たからセイントハート推しになったのではない。
セイントハートを偶然先に知り、その見た目にハマったからアニメを見たんだ。何が違うのかって、順序が逆だ。 だからノリコの言う『推しアニメ』では、天使さんを表す言葉として適切ではない。その感覚だけは、ハッキリとあった。
「でも天使さんは……天使さんなんすよ。天使さんにタイトルを付けるとしたら、『天使さん』それ以外に無いと思います」
僕がそう言ってデフィーナのアルハの目によって映された、天使像へと目を移した瞬間だった。
超スロー再生、ほぼ停止にすら見えるその空中戦で、天使像の腕が確かに動き、片腕となった身体で正面に剣を構え、聖典さんの横薙ぎを防御する構えに入っていた。
僕はそれに驚いて、指を指す。
「今、天使さん像……動いたっすよ!? 」
それを見て、ノリコも同調する。
「うおお、動いたよね!? コレって『アルハの目』の中から動かせるなら、時間停止した聖典さんを、一方的にボコボコに出来るんじゃないのぉ!? 」
デフィーナもその光景に目を見張った。
「こんな使い方があるなんて……。まだ動くの? 」
「いや、ふと思っただけってか、止まってるのを改めて見ちゃうと、『止まってる』って意識しちゃうって言うか……でも、このまま続けてれば、もしかしたら行けますかね……!?」
僕は期待を寄せながら、映像の天使さん像を凝視していた。
そこに横から、零極さんの冷静な一言が入る。
「あまりに物理現象を逸脱した動きをしていると、危険かもしれません」
全員の視線が零極さんへと集まる。
「こちら視点では止まった映像が僅かに動いたようにしか見えていませんが、実際の世界では今の挙動で、腕の速度はマッハ10をゆうに超えているでしょう。それは衝撃波と暴風を発生させると言うこと……。多用すれば都市の破壊や、スゴミ君の体本体にも被害が及びます」
零極さんの黒い装甲の指先が、僕のアゴに触れて、映像へと視線を送れないように固定した。
「やはり必要なのは、スゴミ君がリアルタイムで事態を認識する為の反応速度だと思います……」
デフィーナがピクリと反応し、鋭い視線が持ち上がる。
零極さんはデフィーナに見向きもせず、僕に視線を合わせていた。
「スゴミ君、肉体譲渡をしろとは言いません。ただ、私と一緒になりましょう」
「……えっ? 」
僕が発言内容に驚くのに被せるように、ノリコが零極さんの背中をペチペチとドラムのように叩き始めた。
「きゃあ、ゼロちゃん告白ぅー!? ラブたんと一緒ってナニナニィー!?」
その煽りに、零極さんは煙たそうに身をかわしながら、眉をはね上げた。
「わ、私の愛は既に伝えてあります。と言うか、エクリプスは意思を持たない者まで含めて、全て走者に命を捧げたいと思っていますから……」
零極さんは持ち続けていた黒いトランプを唇に当てて「コホン」と息を整えると、僕へとそのJOKERを差し出した。
「私と部分的に一体化するのです。私を受け入れるのは、ひとまず左目だけで構いません。視神経から君の思考へと作用して、君の高機動戦闘を実践的に支援します」
僕は差し出されたJOKERを、右手で受け取った。
「それでお願いしても、良いっすか」
デフィーナが僕の腕を強くつかんだ。
「スゴミ……!? 相手はエクリプスなのよ……!? 」
「……分かってます」
飛び出した一言と共に、その腕を掴むその指から、力が抜けていく。
「いや、エクリプスは私もだわ……。なんでなの、私の心の奥底には、エクリプスは敵だって、刻み込まれているのに……」
僕の腕から力なく滑り落ちようとしていたデフィーナの手のひらに、僕は左手を重ねた。
「デフィーナさん、良いんすよ。それはシグマが定めた、支持者の使命ってやつじゃないっすか……」
デフィーナの瞳が、申し訳なさげに僕を見あげた。
僕は軽く笑って続けた。
「デフィーナさんは、支持者として、ドグマの事は僕に任せてください。そんで、僕がどうしようも無くなったり、ヤバくなったら、またカッコよく助けてくださいっすよ」
「スゴミ……」
彼女は呟き、僕の腕に軽く爪を建てたが、既に力の抜けた表情に、僕を止めようと動く意思が無いことは、目に見えて分かった。
僕は手の中の天使の絵柄のJOKERを見つめて、そして零極さんを見つめ直した。
「僕の左目は今、ノリコちゃんの眼球を再現した、ドグマ生成物です。この場所を零極さんとの一体化の為に、預けます」
「はい、私も私の全てを君へと捧げます。視神経の融合を意識して頂けますか」
零極さんは姿勢を正して僕を見つめていた。
そんな二人を、ノリコがニヤニヤしながら横目に見ている。
「あややぁ、まるで結婚式の誓いの言葉みたいだな? 」
その流れに、僕は目を細めていた。
「いやその、融合を意識と言っても……。視神経ってどんな形なんすかね……? 」
零極さんは青い前髪を揺らして、一歩前に出た。
「んん、スゴミ君の場合、難しく考えるよりも、一体化を意識できるような、接触の刺激を与えた方が効果的でしょうか?」
言うなり零極さんは僕の左手を掴んで身体を引き、前屈みになった僕の顔へと顔を近づけ、当然の工程の如く、滑らかな動きで僕の唇に唇を重ねてきた。
「んんっ!? 」
死体生まれの氷の絶望を冠したエクリプスであるはずなのに、彼女の唇はプルンと潤って、心地よい体温と、優しい花の香りに包まれていた。僕は衝撃を受けたが、バランスを崩している為に彼女から離れられない。
そしてノリコが絶叫した。
「うおおおい!! ゼロちゃん、そいつぁご法度だぜぇえー!!」
慌てたノリコが突撃し、零極さんの背中を押した。その勢いで、僕達はさらに抱き合うように密着したまま仰け反った。深く当たる唇の感触と鼻から脳へと直撃する香りに釣られるようにして、左目の奥の神経がこめかみにかけて熱くなり始めた。
そして、その瞬間に意識は覚醒した。
僕たちはアルハの目の暗闇から解放されて、戦場となっている路上に立ってる状態で目を覚ます。
直後、上空から激しい破砕音と共に、全身をタライで殴られたような衝撃が降りかかって来た。
頭の上30mの地点で、天使さん像が軽く動いたからだった。
防御姿勢を取っただけのハズの小さな挙動が、速さの余りに衝撃波を生むという、零極さんの観測通りの現象が起きたようだ。
その衝撃波に周囲の建物のガラスは一斉に割れて飛び散り、天使像へと飛び込もうとしていた聖典さんも、接触するまでもなく弾き飛ばされていた。
そしてその戦闘が起きている時間と空間が、ゆっくり流れて鮮明に見えた。30m先に居る聖典さんのまつ毛の一本までが見える程に視力が爆増しており、周囲で起きている事象の把握も即時に出来るようになっていた。
僕の左目は零極さんの、戦闘エクリプスとしての視認能力を獲得していた。
そして思考も一気に整っていく。
僕の腕の中にはデフィーナ。
僕の背中にはブリアンがおり、衝撃波に頭を打たれたように屈んでいる。
そして目の前で問題が起きていた。
聖典さんが道路の真ん中に集めた子供達の元へと、周囲の住宅のガラス片が、雨のように振り注ごうとしていた。
僕は判断を迷わなかった。
「みんな、伏せて……っ!!」
飛び出すと同時に、右手の平から女神の円卓……直径4mの円卓を生成すると、それを傘にして子供達の元へと飛び込んだ。
「ドグマ開放──女神の円卓!!」
僕が子供たちを寄せ集めた直後、屋根にした円卓へと、ガラス片が機関銃の乱射のように叩きつけられた。ブリアンとデフィーナは、ブリアンが水のバリアを貼って身を守っている。
「ス、スゴミ……!?」 ブリアンの声が裏返る。
同時に僕は、傘としていた盾を解除して、聖典さんがいる上空を見上げた。
すると聖典さんも、僕の動きを見つめていたようで、目が合った。
そして彼女は、ポツリと呟いた。
「ああ、君の成長は、ここでは終わらないのですね……。私は君に、なんと感謝をすればいい事か……」
その声は、厳格で荘厳ですらあった聖典さんの声とは思えない程に、歓喜に打ち震えた声だった。




