第308話・聖典。断罪の三。内心。
地下都市の白いドーム状の天井の下で、光と光がぶつかった。
一方はエクリプス生まれの聖典さん。光の粒子を集めて自身の周囲に光の短剣を浮かべながら、両手のひらから身長に迫るほどの光のブレードを突き出し、聖騎士のような白の装甲を輝かせている。
一方は僕のドグマから発生させた、天使さんの像。大理石の彫刻のように真っ白な造形でありながら、マジカルエンジェル・セイントハートの神聖なコートを完全に再現しており、長いツインテールを揺らしながら、空中を飛び回っている。
僕とデフィーナは、ドラキールの市街地の路上から、それを見上げていた。
デフィーナが目を細める。
「天使像を代わりに戦わせるって、聖典を殺せるの?」
「まだ分からないっすけど、上空でやってくれれば『贖罪の光』の20mの射程は街を荒らしませんし……」
そんな僕達の元へと、ブリアンが駆け寄った。
「でも良かったわ、私、あなた達の頭が光り出した時、もうダメだって思ったんですもの……っ!!」
僕は後頭部に手を当てながら、それに応えた。
「はい、心配かけて、すみませんっす……」
僕がそう言って会釈をした瞬間に、ゴーグルノリコが僕の両目を塞ぐようにズレ落ちてきた。
「おいおいラブたんっ!! 聖典さんに集中しないと、天使さんの人形がっ!!」
その警告と共に、僕たちの目の前に、天使さん像の真っ白な腕が、ドサリと落ちてきた。
「て、天使さん……!?」
僕の声が裏返り、上空へと視線を戻す。
天使さん像はよく見ればすでに切り刻まれて傷だらけになっており、聖典さんはダメージを受けた様子もなく、トンボのような高機動で、天使さん像へと容赦の無い連続攻撃を仕掛けていた。
デフィーナが叫ぶ。
「天使って、エクリプスより弱いの……!?」
「いや、僕の認識範囲でしか、動けないんすよ! 多分……!!」
そう、僕は戦闘のシロウト。
ボクサーでもなければ、喧嘩もしない僕にとって、聖典さんの視認できないほどの高速移動は、僕から見れば、ほぼ無敵に近いほどの実力差を作っていた。
僕はデフィーナの手を掴み、思い切り握りしめた。
「アルハの目、ゼロ時間会議を、お願いしますっ!!」
「……っ! 仕方ないわね……!!」
僕はデフィーナとの共感覚を意識した。僕の意識は再び現実からとびたち、デフィーナの内側にある時間圧縮空間……『アルハの目』の世界へと沈み込んでいった。
視界を埋める無限の暗闇、アルハの目の空間で、僕の目の前に立つデフィーナがおり、その脇では停止映像のような天使さん像と聖典さんの空中戦が映し出されていた。
聖典さんの光のブレードの横薙ぎが、天使さん像の胴のど真ん中を捉えるべく、振り出されているところだった。
デフィーナはその映像を見ながら目を細めた。
「今のリアルタイムの私の視認情報を、そのまま映しているわ。でも一旦アルハの目を解除すれば、この次の瞬間はすぐに訪れる」
彼女の視線が僕へと持ち上がる。
「本当にこれが、聖典を殺す為の方法になるの?」
僕もその映像を見て、天使さん像が真っ二つにされる未来は、すぐに予測がついた。
「聖典さんの目的は、僕を殺す事じゃなくて、全力で戦って僕に殺される事なんすよ……」
僕はデフィーナへと視線を戻す。
「僕が直接戦ってたら、多分もう殺されてます。聖典さんは、天使さん像を先に相手にするという事を、敢えて選んでくれてると思うんすよ……」
「……その解釈で、正解ですよ」
その僕の推論に、クールな女性の声が横から割って入った。
僕のドグマの中で意思を残すエクリプス、零極さんの声だった。
声のするほうへと振り向くと、零極さんはノリコと向き合い、ちゃぶ台を挟んで正座していた。
二人は黒い装甲板から生成されたカードを手に摘んでおり、ちゃぶ台の上にはカードが散らばっている。
どうやらトランプのババ抜きをしているようだった。
零極さんの手札は二枚、ノリコの手札は一枚。
ノリコがJOKERじゃない方を引けばゲームセットの状況。ノリコはコチラに見向きもせず、零極さんの手札の上で指を揺らし、左右の二択を決めようとしている。
「ゼロちゃーん! エクリプスってさぁ! 嘘つかないんだよねぇ?」
「はい、つきません。というか、仕様上つけません」
「じゃあ右のカードがババでしょ!! 本当のこと言ってみ!?」
零極さんは、「フッ」と息を漏らすと、視線を反らした。
「その質問に答える事はゲーム性を乱すため、答えたくありません」
「ギャハハー! ハマったな、そうやってはぐらかすって事は、右がババで正解って事だからなぁ!!」
ノリコは言いながら、左のカードを勢いよく抜きとった。そしてカードを確認するなり、目を丸くして絶叫する。
「うおおおい!! 左がババじゃねぇかっ!! 騙したなこんチクショー!!」
ノリコが怯んだスキに、零極さんは素早くノリコの手札の片方を奪い去り、ちゃぶ台の上に自分の手札と共に投げ捨てた。
「別に騙してはいませんよ。答えなければ、そうするとは思っていましたが」
「あっ! おい、シャッフルする前に取るなー!!」
その光景を見て、デフィーナは目を細めていた。
「……こんな時に、何を遊んでるわけ?」
零極さんは黒い装甲の脚を伸ばして立ち上がる。
「聖典さんの機動力の前に、私が半端な口出しをしても、スゴミ君を困惑させるだけだと思い、黙っていました」
言いながら、僕たちの方へと振り向いた。
「スゴミ君なら、ゼロ時間会議に来てくれると、私は信じていました。聖典さんはエクリプス。目的はスゴミ君に殺されて、自分が集めたドグマを届ける事です」
彼女の黒い手のひらが、僕を誘うように持ち上がる。
「さあ、彼女の願いを叶えてあげましょう。スゴミ君、私はここまでは、正解だと思っていますよ」
僕は引き腰になりながら、後頭部に手を当てた。
「どうもっす……。零極さんは、ここからどうすれば聖典さんを倒せるか、分かるんすか……?」
「ええ、ひとつは分かります。スゴミ君が聖典さんに対して、圧倒的に足りないのは、戦闘経験と反応速度です」
零極さんは、天使さん像に横なぎを入れようとする聖典さんの映像を指さした。
「例えば、この攻撃。聖典さんは天使像の行動の選択肢を減らすために、胴体での上下分断を狙っています。どう対応しますか?」
僕は映像を見た。聖典さんの速さは、アルハの目の超スローモーション映像の中でも、若干動いて見えるほどに、速い。
「下がっても避けるの間に合わなそうなんで、足曲げて飛んで避けるとか……」
僕の回答を、デフィーナが即座に否定した。
「ダメよ。聖典は右腕で振り払いをしながら、左腕は振り上げを構えている。上は追われるから、防御して下がるか、下に避けてからガードするしかないわね」
「あ……そうなんすね……」
そのやり取りに、零極さんは目を細める。
「スゴミ君。デフィーナの言う通りですが、私は君が戦闘経験も浅く、格闘訓練を受けていないことも、ノリコさんから聞きました」
「まぁ、それはそうなんすけど、何すか? それでも勝てる方法って……」
「はい、これはエクリプスを嫌うデフィーナの手前、却下される前提で言いますが、スゴミ君の身体の操作権を、私に譲渡する事です。そうすれば反応速度も……」
「……無しに決まってんでしょ」
零極さんの言いかけをぶった斬り、デフィーナが前に出て僕の前に腕をのばした。そんなデフィーナを零極さんは冷えた視線で見下ろしていた。
「はい、言うと思っていました」
静かな火花を散らす二人の間に、ノリコが割って入る。
「まあまあ、喧嘩しないで。ウチはゼロちゃんとはずっとお話ししたりしてるけど、この子本当にラブたんの役に立ちたいだけで、別に悪い子じゃないよぉ?」
デフィーナは顔をしかめて、目を逸らした。
「そういう問題じゃ……無いのよね……」
「はい、ですからコレは、解決案ではありますが、実現不可能、というのが、今の私の解釈です」
僕は零極さんへと頭を下げながら、言葉を絞り出していた。
「すみませんっす……。他に僕の反応速度が上がる方法って、何かありますかね……?」
零極さんは腕を組んだまま、その片方の手を唇に当てた。
「それはこれから考えましょう。その前に判断材料として必要なのは……何故スゴミ君が『虚無の天使』の像を生成したのか。という事です」
「……えっ?」
一瞬どもる僕を横目に、ノリコは両手を頭の後ろで組んで、口を尖らせた。
「だから言ってるじゃん、天使さんはラブたんの最推しのマジカルエンジェルで、ラブたん応援団の団長なんだって!」
そして目を細め、持っていた黒いトランプで口を隠しながらニヤける。
「そんでぇ、ラブたんはエッチな妄想するとぉ、女体像を作っちゃうってワケ!!」
ケタケタと笑うノリコの肩に手を置いて、零極さんは毅然として前に出る。そしてノリコの手からトランプを引き抜いた。
「いえ、そういう話ではありません。スゴミ君は贖罪の光を受けて、死ぬところでした。ですがその効力を無効にして、起き上がった……」
彼女のトランプを摘んだ手が差し出される。
「……その復活と同時に天使像は生成された。私はその理由を、スゴミ君の口から聞きたいのです」
零極さんの手に摘まれた、黒いトランプの柄は、天使の絵が描かれたJOKERだった。
「僕は……」
考えた。
「僕は、天使さん像を、出そうと思った訳じゃ、無いんすよ」
「……え?」デフィーナが向き直る。
「ただ、『贖罪の光』で罪の意識と向き合わされて、それで天使さんに、会ってきたんすよ」
「ホラホラホラホラァ〜!」ノリコは白い歯を見せて、零極さんの真顔の頬を指先でツンツンしている。
零極さんが全く気にしてないので、僕も気にせず続ける。
「天使さんは言ってたんすよ。天使さんは僕の天使さんで、エクリプスはシグマが作った、天使さんの影なんだって……。支持者もエクリプスで、天使さんの半分だって……」
「それは……」デフィーナの声が暗く零れ、顔は下を向いた。
零極さんは少し眉に力を入れながら、黙って聞いている。
「それで、天使さんは僕を助けようとしてて、エクリプスは走者を強くするために、試練とドグマを持ってくる」
映像の聖典さんをちらりと見た。
「そうだったなら、聖典さんは僕に殺される為なら、僕が戦う意思を見せている限りは、言うことを聞いてくれるんじゃないかって思ったんです」
零極さんの口が短く動いた。
「それは、正しいですね」
僕は零極さんへと視線を合わせた。
「だから、僕がすぐにやられない方法、聖典さんを引き付けつつ、被害を広げない空中で、聖典さんの相手を出来るドグマ変形……って考えながら起きたら、天使さん像が出来てたって……。そんな感じっすかね」
僕が話し終わると、零極さんは黙って僕の足元辺りを見ていた。
見ていたというよりも、目は開いているけれど、何も見ていないような、思考一点に集中しているような素振りだった。そして彼女は呟いた。
「……なるほど」
彼女の青白い清流のような前髪が揺れて、隙間から深い蒼の瞳が僕の瞳を見つめ直した。
「支持者がエクリプスであり、我々が天使の影だったというのは、私も知らない情報でした」
僕の隣で、デフィーナの影が揺れた。
彼女は金色の瞳をこわばらせ、歯ぎしりが聞こえそうな程、唇に力を入れて、それでも何も言い出せずにいた。




