第303話・聖典・断罪の二。純粋。
「アキュレの索敵が瞬間移動を察知したんだ!! プロメティダはお前達を認識してる、とにかく移動しろ!!」
ネオさんの焦り混じりの通信が、僕の耳の奥を叩いていた。
それとは別に、正面のエクリプス『聖典さん』は僕との距離を詰めてくる。
僕は闇雲に聖典さんへ向けて怒鳴っていた。
「協力するなら、先にアイツ……!! プロメティダ倒すの手伝ってくださいよ!! あんたのビームで、アイツやっつけてくださいよ!!」
僕は背後を見もせずに指さしていた。見る余裕すらなかった。
聖典さんの視線は、一切ブレずに僕だけを見ていた。
「出来ません。彼女に私の攻撃が届く事はありませんし、彼女が私に近寄る事もありません」
その言い切りに違和感を覚えながらも、僕は聖典さんの圧力に息を飲むばかりだった。
「しかし、邪魔もさせません。君はいま、私だけを見ていれば良い。私を殺す事だけに、全神経を集中させていてください」
聖典さんの右足が、一歩前に進む。
道路脇の左右の住宅から、光の槍が立ち上がる。
動けないでいた僕の背中を、ブリアンが出て来て強引に引っ張った。
「スゴミッ!! 今は、今はどうしようもないの!! そのままでは、あなたが死んじゃう!!」
僕はよろけて二歩後退し、ブリアンの胸へ背中を当てていた。彼女は震えていた。
正面には聖典さん、20m以内に入ると即死というフィールドを展開しつつ、超精密な一撃必殺ビームを撃ってくる。中遠距離では勝ち目が無い。
背後では瞬間移動しながら、エクリプスを際限なく召喚するプロメティダの監視。
アキュレも言っていた。今回の敵、神格エクリプス『聖典さん』、神格将軍『プロメティダ』、神格将軍『ゲーブルト』。この三名を相手にして、その中の一人でも倒せる確率は0%だと。
詰んでいる。
どう考えたって、実力でどうにかなる範囲を越えている。
「スゴミッ!!」
ブリアンの声が震えていた。彼女はきっと、僕よりもこの状況に恐怖している事だろう。
彼女にとっての頼みの綱は、ドグマの力を手にしている僕しか居ない。
……やるか? ドグマ爆発『僕の女神様』。
僕の持つ最大火力のドグマ変形。ブリアンへの妄想をそのまま形として放出する『僕の女神様』の核兵器級の爆発ならば、聖典さんを一撃で倒せるかもしれない。
……いや。ダメだ。
聖典の周りの子供を巻き込むし、周囲300mの民家は跡形も無く消し飛ぶだろう。
刹那の思考がグルグルと脳内を巡る中、僕は聖典さんの言葉の違和感に、その核心へと思考が至った。
聖典さんは、プロメティダには攻撃が届かないし、プロメティダが近寄らないと、ハッキリと言っていた。
なんで『物語側』であるエクリプスの聖典さんが、『エリオット側』であるプロメティダの行動を断定出来るのか。
二人は知り合いなのか?
それはいつから?
どうして?
僕はその疑問に、答えを求めずにはいられなかった。
僕は展開していたドグマ製のちゃぶ台とアトラスの剣をしまって、ドグマ本来の形である、赤子の頭蓋骨ほどの白球として右手の平の中へ生成し、聖典さんへと向けた。
「答えろ聖典さん!! あんた一体、何歳なんすか!!」
僕の背中に触れるブリアンが即座に声を裏返す。
「な、何を聞いてんの!?」
デフィーナも僕へと振り向く。
「そんな事、今は……っ!!」
だが聖典さんは、僕の質問を受けて歩みを停止した。
あと一歩で僕を『贖罪の光』の射程に入り込ませるギリギリで立ち止まり、足を揃えて腕を組んだ。
「……何歳、とは?」
会話が成立した。
何故歩くのをやめたのか、そこの所は今の僕には分からない。
ただ、答えるために止めてくれた。今の僕はそう解釈するしかないと思った。
「あんた、プロメティダの事、知ってるんすよね!? どこから、いつから、あんたは天使級エクリプス『聖典さん』になって、人と話せるようになってから何年経ったかって、それを聞いてるんすよ!!」
「なるほど、それならば私の年齢は三歳です。私はドラキールのエクリプス養成施設で、多くの遺体を与えられて、通常過程を越える速度で成長しました」
背筋が凍った。
零極さんも同様の生成過程で生まれていたが、ドラキールは神格エクリプスを人為的に製造出来るという事実は、余りにも重い。聖典さんは語る。
「プロメティダは空間接続により、私を地下深くの格納庫に収容しました。自力で出ることはできましたが、私は今日という日を待っていました。強き走者に巡り会い、その糧となる為に、待つ事を決めたのです」
全ての犠牲者の死が、僕の成長への期待に集約している。
吐き気を催す程の重責に喉を詰まらせながらも、聖典さんの次の一歩を止めるために、僕は質問を続けた。
「だったら、エリオットは知ってるんすか!! この状況を作ったのって、エリオットなんすよね!!」
「はい、彼はとても純粋な青年でした」
聖典さんの解答はシンプルだった。だが僕の背中に触れたブリアンの体温が、急激に下がっていく。
「エリオット……あの男が? エクリプスと……?」
ブリアンの困惑が、ドグマの共感覚を通して僕に流れ込んでくる。
執着、憤怒、絶望、悲哀、混乱……
ぐちゃ混ぜの名状し難い黒い感情が、僕の精神に粘り着くように侵食してくる。
だが質問をやめたら、聖典さんは踏み込んで来るだろう。僕は叫んだ。
「エリオットと、話したんすか!! ならなんでアイツ、贖罪の光で裁かれなかったんすか!!」
そうだ。聖典さんが三歳なら、エリオットが自分の両親を殺してシナリオをスタートしたのが四年前。ブリアンに婚約を申し込んだ後に聖典さんに出会っているはずだ。
親を殺して国を支配し、大量殺戮を行って、その遺体でエクリプスを育てる。
そんな悪行に手を染めていたエリオットが、罪の自覚を自動で裁く『贖罪の光』に耐えられるはずが無い。聖典さんもその能力を『止めることが出来ない』と言っていた。
矛盾だ。
矛盾しかない。
聖典さんは腕組みを解いて答えた。
「私の贖罪の光は、裁きを与えるのでは無く、罪の意識を具現化する光です。エリオットは純粋だった。だから彼の罪は彼を殺さなかった」
彼女の腕が、ゆっくりと持ち上がって僕へと向かって来る。
「エリオットは私に『いつか君を打ち倒す、英雄が現れるだろう』と告げました」
聖典さんは片腕を正面へ突き出して誘った。
「さあ、私を殺す準備は、整いましたか?」
彼女の片足が持ち上がり、ゆっくりと最後の一歩を踏み出した。
……ありえない。
こんな酷い惨劇を引き起こしておいて、罪の意識がゼロだなんて、ありえない。
エリオットが何を思って悲劇のシナリオなんてものを書き上げて実行したのか、全く理解が出来なかった。
そして僕の困惑、僕が思考する矛盾の理論は、そのまま共感覚でブリアンへの逆流を起こしていた。
その瞬間、ブリアンの喉から狂ったような奇声が飛び出してきた。
「いやぁああ!! おかしいおかしい、ありえない、あの人、人間じゃない、私は英雄じゃない!! 英雄なんかじゃないっ!!」
ブリアンの思考は、エリオットに染まっていた。
王位継承の日、話しかけたブリアンを包んだ時の笑顔。
結婚式の日、ブリアンの銃撃に倒れたあの時の笑顔。
王座の間で見たビデオメッセージ、『君が主人公だ』と言いながら見せた、あの笑顔。
笑顔、笑顔、笑顔。
優しさ以外の感情がないと思わせるほどの細く整った彼の笑顔が、ブリアンの心を呪いのように支配していた。
ブリアンは僕の肩を掴んで引っ張り、前に身を乗り出そうとしていた。
「分かったわっ!! コイツはわたしが倒すっ!! だって誰にも、出来ないんですもの!! わた、私が……!!」
それは半狂乱の無謀な突撃だった。
……ダメだ。
ブリアンの純粋さは、彼女自身を『罪の塊』として認識している。
『贖罪の光』の射程に入れば、その光の槍は確実に彼女を殺す。
「ダメです!! 女神さん!! あなたは僕の……」
僕はブリアンへ向きかえり、彼女の肩を掴んで思い切り突き飛ばした。
ブリアンは跳ね飛ばされて、路上に尻もちをついた。
僕も同じく押した勢いで吹き飛び、聖典さんに背中を向けたままで路上へと転がった。
道路に背中を着いたまま、頭上に聖典さんの顔を見た。
突き出された彼女の片足が、コツンと白い道路の路面を叩く。
入ってしまった。
聖典さんの自動殺戮フィールド『贖罪の光』の射程内だ。
即座に反応が始まった。僕の頭が、内側から電球のように光と熱を発し始める。
「……ぐっ!!」
ダメだ、止まらない。
罪の意識が止められない。
何をした。僕は何をした?
僕の罪はなんだ。
市民を守れなかった? 人を傷つけた?
ダメだ罪の意識まみれだ。
だがこの状況になって、精神が理解した。
探しているのは、一番深い罪だ……
光はますます光度を増して、脳の中心が焼けるように熱くなっていく。
きっとあと数秒と経たずに、光の槍が僕の顔面を貫くのだろう。
ゴーグルノリコが、必死にゴムを伸ばして僕の顔を持ち上げようとしていた。
「お、おい、ラブたん起きろっ!! 頭めっちゃ光ってるからァ!!」
無理だ。起き上がって戻る前に頭が弾ける。
絶望に飲まれた僕の右手が、何かを求めるように手を伸ばした。
見えるのはドラキール王国第三層の遠い天井。
ドーム状に広がり、この国を殻として護る、遠い遠い天井だった。
それが最後に見る景色なのだと、僕の心は静かな覚悟を決めていた。
しかし瞬間、僕の視界へ緑髪の少女の顔が割り込んだ。
デフィーナだった。
彼女は伸ばした僕の手を掴み、僕の体を引き起こそうとしていた。
「なにやってんのよ!! こんな所で死んだら、殺すからっ!!」
彼女は泣いていた。キツイ目つきに、最後の罵声まで毒舌だった。
「デフィーナさん、どうして……」
彼女の頭部、目や鼻や口の奥から光が弾けだした。
『贖罪の光』というのはどうやら、支持者も裁くらしい。
いつも冷徹で、不遜な彼女だけど、罪の意識とかあったんだな。
極限状態の僕は、そんなくだらない事を考えていた。
デフィーナは泣いて叫んだ。
「あんたが死ぬなら、私も死ぬって言ったでしょ!! ここで死ぬのか、生きて帰るのか、さっさと決めなさい……!!」
デフィーナは言いかけながら、立ったままで気を失った。
彼女が引っ張りあげてくれようとしたはずなのに、その身体は僕の上へ落ちてきて、僕を更に地面へ縛り付けるように折り重なった。
「トドメ刺しに……来たんすか……」
僕の口から最後に出たのは、本当にくだらない皮肉だった。
「スゴミィ!!」
ブリアンのはち切れんばかりの絶叫を耳にしたのを意識の最後に残して、僕の世界は脆いガラス玉のように、パリンと割れた。




