第302話・聖典。断罪の一。無垢。
彼女が一歩進むごとに、人が五名死ぬ。
『聖典さん』と名乗ったそのエクリプスは、毅然とした顔を固めて、一定の歩調で僕へと前進してきていた。
「スゴミ君、今の君では私を倒す事は出来ないでしょう。なので今、私を倒せるように成長してください」
言いながら一歩足を前にだす。その度に周囲の建物からは光の柱が立ち上がり、聖典さんの贖罪の光の犠牲者が増えていく。
僕は正面へと「秘密の食卓」の、白いちゃぶ台を生成して、両手で構えた。
「倒せるように成長って、なんすか……!! 攻撃。全力で防ぐって、言ってましたよねっ!! やられる気あるんすか!!」
聖典さんの瞳は強く僕を睨んでいた。
「はい、君が私より強くなれば、私は喜んで命を捧げます。ですがその机をそのまま投げるなら、私はそれを回避します。それを開戦の合図として受け取り、即座に反撃に転じます。君は生き残ることが出来るのですか?」
身体が震えて動かなかった。
彼女の宣言は、脅しでも過信でもなく、事実だ。
手前に突き出した僕の左手の甲が、零極さんの黒装甲へと変色し、そこから唇が浮き出した。唇は零極さんの声で僕へと叫びかける。
「スゴミ君……!! アイツの速さは私を超えている!! 君では到底、反応できない!!」
ゴーグルのノリコも動き出し、僕へと注意を告げた。
「ラブたん、引いて作戦会議……っ!! 今攻撃したら絶対死ぬからっ!!」
デフィーナが息を飲みながら、僕のジャンバーの裾を掴んだ。
「とにかく、下がるっ!! それからよ!!」
「分かったわ、下がるのね!!」
ブリアンも歯を噛みながら、後方へと飛び上がり始める。
だが僕は、足が動かなかった。
「スゴミ……!?」
デフィーナが僕の異変に鋭く反応。
「なんだ、ビビって漏らしちゃったのかぁ!?」
頭の上から挑発するゴーグルノリコ。
「う、動けないの……!?」
下がろうとした中、僕へと意識を引かれるブリアン。
違う。
違う……違うんだ。
僕は逃げようと思えば、誰よりも駆け出せる男だ。
戦いを拒否して帰りたい男であり。
それが僕の本心だ。
だから僕が動けない理由は、死ぬのが怖いとか、身がすくんでいたワケではなかった。
「僕が引いたら、その分、人が死ぬじゃないっすか!!」
僕は叫びあげていた。
ネオさんは言った。「それはエゴ」だと。
僕たちがやられれば、聖典さんを倒す術は完全に無くなる。
引くべきだと理屈では分かっているのに、僕は動かなかった。
目の前の一人を助けたい、そんな僕のエゴに、僕の核心が逆らう事が出来なかったからだ。
「ここで下がったら、こいつの虐殺、許したことになるんじゃないっすか!!」
「何言ってんの、ならないでしょ!!」
だが、前に出ても聖典さんの倒し方は分からない。
それでも、後ろに下がるのだけは違う。
僕はどちらも選べない。
選びたくなかった。
聖典さんの光の槍の出所が、段々と僕に迫ってくる。彼女が宣言した贖罪の光の射程範囲、その制空権は20m。その死の壁が僕の体を取り込もうとしていた。
聖典さんも歩きながら忠告をする。
「スゴミ君、決められないのなら、下がってください。君は君の罪に……贖罪の光の制裁に、耐えられないでしょう?」
「ぼ、僕は……っ!!」
いや、僕はなんだ。
贖罪の光を受けて、自分の過去に罪の意識があれば死ぬ……。
そんな攻撃、耐えられる人間がいる訳が無い。
人生やってて、一度も心に傷を追ってない人など、いるはずが無い。
ましてや僕はいつだって、罪悪感でいっぱいなんだ。
僕は解決策も思いつかないままにがむしゃらに、秘密の食卓を絶対加速のファルコンストライクで打ち出そうとしていた。
その瞬間だった。
突如目の前を歩く聖典さんの頭を、紫色の硝煙が包み、「ゴォーン」という寺の鐘を鳴らすような音が響いた。聖典さんは半歩だけ左へと歩調をずらし、首の角度を僅かに傾けて、目を丸くしていた。
聖典さんが狙撃されたようだ。
聖典さんが首を傾けている側の民家の壁へと、拳サイズの徹甲弾の弾丸が、突き刺さって、紫の硝煙をあげていた。
「紫の煙……スレイちゃん!?」
狙撃は聖典さんの動きを一歩分止めたが、ダメージにはなっていない。
直後、通信機から大人しい少女の声が届く。それはネオさんのチームの狙撃手、スレイちゃんの声だ。
「あれ……当たった?」
「当たってるけど、硬ぇのか?」
続けて聞こえてくるのは、単独先行していたストームの声だ。それだけで、先行したストームがまっ先にスレイちゃんの救出に向かっており、状況を聞いたスレイちゃんが援護射撃をしてくれたのだと気づく。
「ス、スレイちゃん……!!」
スレイちゃんの狙撃は、かなりの遠距離から行われる。ダメージにならないにしても、聖典さんへと一方的に攻撃し、一歩停止させたその腕に、僕の期待は僅かに持ち上がっていた。
しかし、それ以上のやり取りをする間もなく、聖典さんは体勢を戻して、即座に弾丸の飛んできた方向を見据え、片腕を伸ばして指を刺すと、小さく詠唱した。
「リリング・クラシカル・レイ」
詠唱と共に腕を頭の後ろへと回るほどに跳ね上げると、人差し指のあった場所で光の輪が弾けて、空気の焼ける深い銃声の様な音が鳴り響いた。その輪の中心から、拡散の無い一直線のレーザーが発射されており、レーザーは建物の合間を縫って、どこまでも伸びていく。
「ぐあぁう!!」
ストームの叫び声が、通信機越しに聞こえた。
「ストーム……!!」
その長距離射撃の精密さに驚く間もなく、聖典さんの右半身から光のリングが広がると、レーザーの軌道をガイドレールとして、光のリングはストーム達の元へと一直線に向かって行った。
発射の衝撃波が僕たちの居た道路を駆け抜けて、僕たちの髪を揺らす。
リングは建物に当たると、その角をスプーンで豆腐を削るかの如くゴッソリと削り取っていき、リングは遥か遠く……1km以上の先で大玉の花火のような球状の光の針として炸裂した。
その破裂によって、周囲の建物が煙に包まれて崩壊していく。その破砕音が届いたのは、景色が見えてから3秒後の事だった。
「ス、スレイちゃん……!?」
その惨劇を目の当たりにしながら、僕は最悪の結果を想像していた。だがそんな感傷に浸る暇すら聖典さんはこちらを見て両腕を下ろすと、再び何事も無かったかのように前進を始めた。
「すみません。反撃する事は、私の行動プロセスとして固定されています。攻撃する際はよく注意して、私の反撃を予測してください」
……ふざけるな。
僕は思っていた。射程1km以上の精密なレーザーに加えて、巨大な爆発まで備えた聖典さんの一撃。
僕が少しでも手を出せば、少し後ろに引いたブリアンや、隣にいるデフィーナまで纏めて一撃で消し飛ばされるのは明らかだ。
コイツを倒すことが出来るとすれば、反撃を許さない確実に一撃で倒せる威力で、20mより外から攻撃するしかない。
僕は秘密の食卓のちゃぶ台に加えて、アトラスの剣を生成して、ちゃぶ台を殴る位置に構えていた。アトラスの剣による『絶対加速』によって、秘密の食卓の『絶対慣性』を打ち出す。相手が正面から受け止める分には、この組み合わせは無限の攻撃力を発揮出来る。
コレを何とか、聖典さんにぶつけるしかない。
……そう思っていた。
「一発、賭けます!! デフィーナさん、ほんの一瞬で良いから、シャドープリズンでコイツの動き……止めてもらって良いっすかっ!!」
デフィーナは下がろうとして僕の服を引っ張り続けていたが、僕が提案すると、即座に短く応答して構えた。
「チッ……だるいわね」
デフィーナがシャドープリズンコンファインを発動する為のポーズを取り、魔法少女的な詠唱を始めようとした。
その時、さらに状況は動く。
聖典さんのリングが角を削り飛ばした住宅、聖典さんの僅か5m程の位置の家の扉から、泣き叫ぶちいさな女の子が飛び出してきたのだ。
「うぇえ……ママ、ママァーッ!!」
女の子は開けた扉から手を離すと、その場で転んでひっくり返り、聖典さんの手前まで転がり込んだ。
「デフィーナさん、ちょっとタイム!!」
僕はデフィーナの腕を掴んで引っ張った。あんな近くに子供が居ては、僕のちゃぶ台攻撃が起こす暴風が、彼女を吹き飛ばしてしまうだろう。
その子供の間の悪い登場に、僕の行動は再びゼロ地点へと戻される。
女の子は目の前の聖典さんを見上げると、再び強い声で泣き叫び始めた。
「ふぇ…… うぇぇええん!!」
言葉にもならない、恐怖に引きつった悲痛な叫び。その声に聖典さんは、再び歩みを止めた。そして彼女は再び不可解な行動に出る。彼女は胸に手を当てると、オペラ歌手の様な高く伸びる透き通った声で、歌い始めた。
「心映す、鏡よ……。光浴びて、憐れむ……」
異様な光景だった。人を殺し続ける贖罪の槍が、縦一直線に立ち並び、背景でパイプオルガンの様に、空気を振動させていた。
「迷い求む、神子らよ。光示し、導く……」
彼女が何をしているのか、僕にはさっぱりと分からなかった。
しかし、泣き叫んで居た女の子は泣き止んで、地面に手をついて立ち上がると、ヒタヒタと聖典さんの腰元へと近寄って行き、甘えるように抱きついた。
そしてそれに続くように、周囲の住宅から、子供だけが出てくる。子供達の中には服にベットリと血がついた者がおり、寸前まで泣いていたと思われる瞳の潤いが、目の前で親を殺された子供達の、悲痛さを訴えていた。
子供達は迷いなく、聖典さんの足元へと集まっていく。
デフィーナがギリギリとクロスソードを構える腕を震わせた。
「集団催眠……洗脳だわ!!」
僕の後ろで、ブリアンが叫ぶ。
「人質……。人質を取ろうっていうの……!?」
聖典さんは、集まる子供達の頭へとそっと手を乗せると、僕の事をまっすぐに見据えた。
「いいえ、彼らは無垢なる者。未だ罪を知らず、コレからの未来を生きる者たちです」
「罪って……!! あんたが虐殺してるんじゃ無いっすか!! 戦えませんよ、こんなの……!! 何してるんすか、あんた本当に……!!」
僕は声を震わせながら、聖典さんへと叫びを飛ばしていた。
すると、周囲の建物の影から、人間サイズの顔なしエクリプスがゾロゾロと出現し、今まで全く気配を見せていなかった20m級のエクリプスまでもが、建物の裏から身を乗り出すように現れた。
「な……!!エクリプス、呼び寄せたんすか……!?」
「違います、エクリプスが来るので、彼らを集めました」
そう言って聖典さんは片手を天へと突き上げるように掲げると、頭上に傘のような光の輪を作り出した。
「リジット・ヴァリアブル・レイ」
彼女が小さく呟くと、光の輪から全方位に一斉に光の槍が突き放たれた。総数20本にも及ぶその槍の一本一本が、精密にエクリプスの頭部の中心を一撃で貫いており、彼女の宣言から一秒と経たずして、エクリプスの群れは動きを止めてその場へと倒れ込んだ。
「彼らは選別を行わない無慈悲なる者」
聖典さんは、悲しそうな目をして光の輪を霧散させた。
「この王国は、強き思想によって支えられています。次の未来を作る無垢なる心が、この王国をより強く導く事でしょう」
「何言ってんすか……あんたは……!!」
聖典さんは彼女へと抱きつく子供達の肩へと手を置くと、優しく横へとずらして道を開き、再び僕に向かって歩き出した。
「ですが彼らが生きるには、君が私に勝つこと、デフィーナというその支持者を殺さずに、この世界を存続させる事が最低条件となります」
あまりにも強い瞳に、僕は半歩下がりかけていた。
それを咎めるかの如く、僕達の通信機から、ネオさんの声が飛んできた。
「プロメティダが動いた!! お前らの周囲にエクリプスを移動して、5時方向30m先だ!! 建物の上から見ているぞ!!」
「え……えぇ!?」
頭がどうにかしそうだった。
5時方向。後ろだ。
しかし振り返って見るなど、今の僕には出来なかった。
それよりも眼前の脅威、聖典さんの贖罪の光の発動エリアが僕を包むまでに、距離は既に1mも無くなっていた。




