第301話・帝国の光。
デフィーナの背を追って、僕は天使の翼をはためかせていた。
空中へと進み始めると、すぐさまネオさんからの通信が入ってくる。それは重く冷たい言葉でありながら、どこか寂しさを感じさせる声だった。
「スゴミ……目の前の一人を助けたいってのは、お前のエゴだ」
「……はい」
そんなつもりはなかった。僕は目の前で殺されそうで、それでも助けることができる無力な少年と女性たちを守っただけだ。
きつく迫るネオさんに対して、ブリアンが通信機のボタンを押して反論する。
「あら、目の前の一人、助けられる人を助ける。当然のことだと思うわよ!! ネオは冷たすぎるんだわ!!」
ブリアンの意見は、僕が飛び出した理由そのものだった。しかし僕は、僕が間違っていてネオさんが正しいということを痛いほど分かっている。
ネオさんはブリアンに言い捨てられたのも気にせず、毅然とした声で返す。
「アキュレの報告では、ドラキール国民は10万人。既に1万3千人が死んでいる。そのうち8割の人を殺しているのが神格エクリプスだ。奴は一秒ごとに5人殺している……!!」
彼女の声に、息苦しい重さがかかってきた。
「1人を救うなんて、誰にでもできる。神格エクリプスを止められるのは、私たちだけだ。お前は他には目もくれず、まずは神格エクリプスを倒せ。いいな?」
「……はい」
上空から見下ろすと、都市の中では小型のエクリプスも這い回り、人々は悲鳴を上げながら逃げ惑い、または先ほどの少年のようにライフルを持って立ち向かう者もいる。
それが都市中、100箇所以上で同時に起きているのだ。
割り切ることなんて僕にはできない。
本当は全部助けに行きたい。
だけど今は、ネオさんの言うことが正しいと思い込む。
彼女の責任に、身を任せる。
そんな無責任な方法でしか、今の僕は責任を背負う姿を示すことができなかった。
僕は顎を上げて下を見るのをやめ、前を見据えた。
都市の中央たる黒の墓標の右向こうで、光の槍が無数に伸び、光のウニのように蠢いてゆっくりと進んでいるのが見えた。神格級のエクリプスだ。
ネオさんが通信を入れる。
「神格エクリプスは、あらゆるものを貫通する攻撃をしている。被害者は全員顔面に穴をあけられていて、貫通攻撃は建物も地面も関係なく丸く抉るようだ」
「光の槍が……たくさん見えます」
「そうか。ならその攻撃の中心でエクリプスは殺戮をしている。気をつけながら近寄れよ……!!」
「気をつけ……ますけども……」
正面を先行していたデフィーナがくるりと翻り、僕の左隣へと速度を合わせて並んだ。
「あの光、一本につき一人が死んでいるんだわ……!!」
光のウニは文字通り、無数の光のトゲを立て続けて進んでいる。それはイガ栗と言ってもいいかもしれない。都市の中を進む30mほどの光の柱の集合体に、僕たちはただ真っ直ぐに飛んで、距離を詰めるしかなかった。
光の槍の射程まで近寄ると、その構造が明らかになってきた。光の槍は周囲の建物の中から突如として生えてくる。
向きはおおむね上方向に伸びていき、光の槍が剣山のように立ち昇るその光景は、古代ローマの神殿のような荘厳さを醸し出していた。
そしてその柱の中央、両サイドを住宅地に囲まれた大通りのど真ん中を悠然と歩いている女性がいた。
金髪のボブカットを優雅に揺らし、黒い全身タイツに白い装甲を纏った、聖騎士のような凛々しい出で立ち。
そして、エクリプスの特徴たる不気味な黒い爪と、黒い機械足。
「あれが、神格級エクリプス……」
僕たちはエクリプスがゆっくりと歩いてくる先、大通りの真ん中へと着地した。
その瞬間に僕の左腕が勝手に動きだす。手を包むグローブは一気に零極さんの黒腕に変わり、僕の顔の前で手のひらを開いた。
「スゴミ君。今の君ではコイツには勝てません」
彼女の声が僕の声帯を乗っ取って話し出す。
「君は、 一度の攻撃を当てることも、一度の攻撃を防ぐこともできないでしょう。……今はやめてください。逃げてください」
その声は最低限の忠告だけをして収まり、黒い腕を元へと戻した。すぐさま戻ってきた僕の反応だったが、グローブの戻った左手は既に恐怖でガタガタと震えだしていた。
目の前のエクリプスは僕たちを見据えながらも、まっすぐゆっくりと進んでくる。
ブリアンが水流を操る魔法少女のステッキを手にして前へと突き出した。
「逃げる!? 本当に言ってるの……!? スゴミ……!!」
デフィーナは腰を低く構え、クロスソードを広げて身構える。
「エクリプスは殺すしかないわ。殺すわよ」
僕は零極さんの進言が、確定以上の意味を持っていることを実感として分かっていた。僕は零極さんと戦った時も、彼女の速度に全く付いていけなかった。今彼女と再び戦っても、僕は勝てないだろう。
その彼女が「自分より強い」と言い、「無理だ」と言っている。
「ま、待って……突っ込んだら、多分殺されますから!!」
僕は両隣りの二人に対して強く叫んだ。その瞬間だった。
エクリプスの女性が僕を真っ直ぐに見つめ、その薄い唇を動かした。
「スゴミ君ですね。あなたに会えて、本当に良かった」
彼女の言葉は凛々しく、金色に輝く瞳が彼女の強い意志を表していた。
「私はエクリプス。名前は『聖典さん』。君に協力したくて、ずっと君に会いたかったのです」
彼女は言いながら歩調を止めず、真っ直ぐに歩いてくる。
「僕に……協力!?」
殺意とも信念とも覚悟とも取れる表情で、温度のない言葉を投げかけてくる彼女に、僕は困惑することしかできなかった。
デフィーナは僕の方へ振り向いて声を荒らげる。
「エクリプスと会話なんてするなっ!! 殺せっ!! エクリプスは殺すしかない!! ヤツらは殺されるために存在しているのよ!!」
「でも協力って……!!」
その時だった。僕たちが飛び込むとも会話するとも判断のつかない刹那に、正面の民家の影からライフルを持った男性が飛び出してきた。彼は道路で立ち止まると、聖典さんへと銃口を向ける。
「よくも、よくもお前ーッ!!」
「危ない、下がって……!!」
僕は彼へと手を伸ばし、大声を上げて呼びかけた。しかし彼は酷い興奮状態であり、既に聖典さんへ向けてライフルを何発も発砲していた。
「悲劇を超えて、力とせよ!!」
だが、聖典さんは弾丸を顔面に受けながらも、無風の中を歩くかのように全く動じずに歩き続けている。
そしてすぐに、反応が起きた。
男性の頭部がまるで裸電球のように明るく光りだしたと思うと、男性はライフルを投げ捨て、自分の頭を押さえて泣き叫び始めた。
「う、うあああ!! 俺は、俺は俺の妹を見殺しにしたんだ……!! 三年前、エクリプスの襲撃の時にぃ!!」
突然に、誰も聞いていない過去を告白し始める男。その異様な空気に僕たちは言葉を失い、身体が硬直した。男の頭の光がますます強さを増していく。
「ごめんなさい、救えなくて、怖かった。俺が、助かりたくて……見殺しにしたんだ!! ごめん、ごめん、ごめ……」
それが彼の断末魔となった。
彼の顔面から後頭部へと突き抜けるように、顔の内側から光の槍が出現した。光の槍は前後に30mずつ伸びて、触れた地面を抉りとり、彼はその槍で顔面を貫かれたまま背中側へと倒れ込み、路上に儚く転がった。
僕は周囲の建物から次々と飛び出してくる光の槍を見て震えていた。
「この光が全部、この攻撃ってことっすか!!」
僕は手にアトラスの剣を握り、一歩を踏み出そうとしていた。
そこに聖典さんは片腕を突き出し、僕へと停止を促すようなポーズをとって見せた。
「近寄らないでください。私の半径20mには、贖罪の光が常時展開されています」
その表情は微動だにせず、強い信念だけを僕へと向けている。
「私のエクリプスとしての生成概念は『制裁』。私が発する光の粒子に触れると、過去に罪の意識を持つものは、自身の脳内で光の槍を生成し、自滅します」
……自滅。
自滅と言えば、そうなのかもしれない。だが、こんなものは強制的な自白であり、虐殺に過ぎない。
近くの民家の二階の窓から、女性の悲鳴が聞こえてきた。
「ああ、ごめんなさい!! 私はあなたに秘密で家の金を使って、アクセサリーを買っていたんです……!! ごめんなさい!!」
その叫びが断末魔となり、民家の二階から光の槍が飛び出してくる。
同時に幼い女の子の声が、二階から響き渡って来た。
「ママ!? ママ……!! いやぁぁぁああ!!」
僕は喉が張り裂けんばかりの強さで、聖典さんに向かって声を飛ばしていた。
「お、おい!! 協力するってなら、まずその能力止めてくださいよ!! 市民を殺すの、やめてくださいよ!!」
「無理です。これは私の常在能力。止めることはできません」
僕は歯を思い切り噛み締めた。
「だったら、そこで止まれ!! それ以上歩くな!! あんたが歩くと、人が死ぬんすよ!!」
「スゴミ君、それもできません。私は君に協力をしに来ました。君がより強い走者になること、それが全てのエクリプスの、真の願いなのですから……」
デフィーナは僕の胸の前へとクロスソードの片方を伸ばして僕の前進を抑制すると、通信機のボタンを押し込んだ。
「ネオ!! エクリプスに接近。敵は20m内に入った者を自動で殺すわ!! 接近できない!! 何か手はある……!?」
「分かった、距離を取りつつ牽制だ!! もっと情報を集めろ!!」
ネオさんからの素早く強い応答。それに返すように、ブリアンが魔法のステッキを聖典さんに向けて構える。
「近寄らなきゃ良いってことなんでしょ!! 私の水のマジカルハートなら……!!」
ブリアンがステッキに水流を集め始める。
それを見た聖典さんは、僕へと伸ばしていた手をスッと下ろした。
「スゴミ君、やめさせてください。その攻撃は効きませんし、私は攻撃されたら反撃するようになっています。彼女が死にますよ」
「女神さん……!!」
僕は右腕でブリアンの腕をつかんで引っ張り、彼女の攻撃をやめさせた。
デフィーナは焦って僕を見返す。
「どうするの!? 距離を取る? シャドープリズンなら、動きを止められるかしら!?」
「ダメです、無理です!! やめてください!!」
僕は僕を止めるために突き出されたデフィーナの剣に触れ、下へと降ろさせた。
「あんた、協力するって言ったの何すか!! その内容を、先に言ってもらって良いっすか!!」
聖典さんは依然として歩みを一切緩めずに進んで来る。
彼女は自身の胸に手を当てて、僕だけを見ていた。
「はい。私は全身全霊を持って君を攻撃し、攻撃を防ぎますので、私を殺してください」
協力と言うには、あまりに残酷な発言だ。だが半分は気づいていた。
エクリプスがそういうものだって、結局の所、戦うことは避けられないのだと。
凛として、真面目だった聖典さんの顔が、僅かに微笑んだ。
死の光の槍の柱を周囲に広げながらも、その表情は確かな慈愛に満ちていた。
「君は私を越えて、強くなってください。私はエクリプスとして、君がそれに至ると、信じているのです」
息をのんだ。
……そんなの、無理だ。




