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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第7章・潜入編

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第297話・能力者名簿。

 被験者は『醸成コア』移植手術後、生き延びた場合に、本人の精神の核に応じた能力を獲得する。


 生存率は女性7%、男性3%であるが、生存した場合に攻撃的な能力を獲得する確率は、男性の方が高い。


 また、生存例の内、62%は精神に重篤な欠陥を抱えており、自立した行動を取る事は出来ない。


 自身で立って方向を認識して歩く事が可能な程、精神が安定した者を個別に『心核能力者』と呼称する。


 ─────ゲーブルトのカルテの解析が進んでいた。


 部屋には、モニターから放たれる機械的な光と、僕たちの荒い呼吸音だけが響いている。


 ブリアンは口を押さえて震えていた。

「一体何人の人体実験をしたの……コイツは……」


 ネオさんは目を細めて冷や汗を流していた。

「移植手術だけで最低1370人は使ってるな……。それに至るまでの研究を含めたら、底が知れないが……」


 その数字の大きさに、僕は喉の奥が引き攣るのを感じた。犠牲者の数は、ただの数字ではない。一人ひとりに人生があり、ここで終わらされた命がある。

 僕たちは言葉を失い、ただ静かに画面を見つめることしかできなかった。


 新しく開いたデータファイル。

【クランケ・リスト】には、137名分のデータがある事が分かった。


 アキュレはキーボードの前で両手を揃えていた。

「クランケ・リストは、寝たきりを含めた、手術生存者の名簿です……」

 ネオさんへと向けて、軽く顔をあげる。

「局長はクランケの細胞を取り込んで、本人になる事で能力のチェックを行います。寝たきりで能力を使えなかったクランケの能力も、局長は平然と使う事が出来るんです……」


 ネオさんは頭を痛そうに抱えて、深い、深いため息を吐いた。

「ったく、どんだけインチキな能力だよ……」


 クランケ・リストの脚注に、説明が添えられている。


 ・能力の心核の形態は、大きく三つに分類される。


 1.恐怖型。

 本人の恐怖の核心が、能力となる。恐怖を与えながら施術する事で、人為的に獲得率を上げることが可能。


 2.欲望型。

 本人の欲望の核心が、能力となる。欲望を理性で制御できない、犯罪者が獲得しやすい傾向にある。


 3.信仰型。

 本人が信仰するものが能力となる。能力獲得後の精神の安定感が高く、理想的な能力形質を獲得可能だが、必要な信仰の深度が重く、人為的生成は困難である。


 それを見て、ネオさんは口に手を当てて沈黙する。

「なるほどな……。コレを見るに、ポラリスは恐怖型、ロープ男なんかは欲望型に当てはまるってワケだ……」


 リストには大量の名前が羅列され、選択すると詳細が開くような形になっていた。名前の半分以上には【ボツ】が付け加えられている。それらのクランケが既に死んでいるか、あるいは寝たきりなのだろうことは、容易に想像できた。


 ネオさんは名前をひとつ指さして、アキュレの肩へと手を置いた。

「お前の名前があるな、見てもいいか……?」


 アキュレは顔を赤らめながら頭を伏せて、キーボードを軽く操作して見せた。


 表示されたアキュレのデータ。


 No.65、アキュレ・イータ。女

 性質:信仰

 能力:暗算

 範囲:脳内

 反動:精神弱体化

 備考:可能性のパターン数と成功パターン数を即座に算出。脳への負荷は高め。


 それを見てブリアンが声を漏らす。

「あら、あなた信仰タイプって、一番良いやつなんじゃないの?」


 アキュレは無言で申し訳なさそうに、頭をペコペコと下げていた。


 デフィーナは腕を組んでそれを見下ろしていた。

「何をどうしたら、暗算が精神の核で、信仰対象になるのよ……」


 アキュレはたどたどしく指を絡めて動揺し出すと、小さな声で語り始めた。

「あの……私、最初は難民村にいて……。村って人と関わるっていうか……苦手で、夜は一人で空を眺めて、ずっと星を数えてたんです……」


 ブリアンが口に手を当てた。

「あら……健気な子……」


「それがドラキール王国移民の応募があったので……入国試験受けて、その、落ちちゃって……待機国民として、第二層の施設に入れられたんです……」


 リランから聞いていた、入国試験の話が頭をよぎる。幸せそうに暮らす第三層の住民たちの裏に、彼女のような被害者がいるという事実。その重みが、胸を締め付ける。


「施設はコンクリートで星も見えなくて……半年間、する事無くて、壁のコンクリートの気泡を数えてました……」


 言い終わると、アキュレは恥ずかしそうに両手で顔を隠して丸まった。


 するとネオさんは、顔を隠すアキュレの手に、そっと撫でるように手のひらを重ねた。

「アキュレ。お前は一体、どれくらいの期間、この地下に居たんだ……?」


 アキュレが手の隙間から、小さく視線を覗かせた。

「えっと……三年、くらい……」


「そうか……」

 ネオさんの一言は、締め付けるような重さを孕んでいた。

「アキュレ。私がお前を必ず地上に連れ出してやる。そうしたら、一緒に夜空の星を眺めような……」


 その声に、アキュレの背中がピクリと跳ね上がった。

 顔を隠していた手が、解けるように広がって、唖然とした顔が姿を表す。

 しかし、すぐに解を得たように顔を上げ、ネオさんの指を握り返した。


「は、はい……っ!」


 それはこれまでのアキュレからは、思いもよらないほどに高く、覇気の籠った声だった。

 アキュレの瞳はこぼれ落ちんばかりの涙で潤い、彼女は初めて白い歯を見せて小さく微笑んだ。


 それを追うようにして、ネオさんの腰元でポラリスがネオさんのホットパンツを掴んで飛び跳ねていた。

「ねぇ、ママ……! あたしもお星様見たい……っ!」


 ネオさんはポラリスの髪を優しく撫でた。

「ああ、見よう。一緒にだ。お空のポラリスがどれか、教えてやる。三人で一緒に見よう……約束だ!!」


「……うんっ!!」


 ポラリスは満足気な顔をして、ネオさんの腰へと抱きついた。

 ネオさんはポラリスの頭を一度だけ軽く撫でると、まるでスイッチを切り替えるように、視線をモニターへと戻した。その仕草には、一切の未練がなかった。


 ネオさんが次に指を指した名前は『ヒグツワ・シゲル』だった。

「コイツを見ておきたい。開いてもらえるか」


「はいっ!」

 アキュレは威勢のいい返事と共に、ファイルを開いた。


 No.1、ヒグツワ・シゲル。男、神格。

 性質:欲望

 能力:質量操作

 範囲:肉体から10m

 反動:凶暴化

 備考:エクリプス捕食による唯一の発現例。再現性無し。脳負荷、極大。危険。


 ネオさんがそのデータを見て、目を細めた。

「やけにシンプルだな……。能力者第一号なら、もっと書いてあるもんかと思ったけど……」


 アキュレはすまし声で一言を返した。

「局長はこの人……嫌いみたいですからね。よく悪口を言っていました……」


 僕もそのデータを真剣な目で見ていた。

「シゲルって、質量操作だけじゃないと思うんすよね。死にそうになると進化するって言うか……」


 デフィーナも僕に同調する。

「そうよ。巨大化したり、黒くなったりしていたわ」


 ネオさんはモニターへと手を置いて、僕たちへと振り向く。

「ここに書かれてるのは、ゲーブルトが本人になって、記憶で見た内容って事なんだろ? だったら本人すら知らない能力だったら、記録もされないだろうさ」


「な、なるほどっす……」


 ネオさんはアキュレの顔の横まで顔を落として、深く聞き込んだ。

「ゲーブルトのデータが見たいな。開けるか」


「このデータは、局長が見る為に局長自身がまとめたものです……。本人のデータはありません」


「ああ、それもそうか……」


 アキュレは【クランケ・リスト】のページへと戻る。

 するとデフィーナが身を乗り出して、ひとつの名前を指さした。


 32、プロメティダ・ヴァングリフ【神格】


「そのプロメティダって、マスターが言ってた、四人の将軍の一人じゃないの……!?」


「ああっ! ゲーブルトの奥さん説だった人!!」


 その名前を見ただけで、彼女の冷たく白い顔が脳裏に浮かんだ。

 僕が彼女に会ったのは二回。ノリコが死んだ日のホテルのロビーと、湖のエクリプスを倒した後のダムの岸辺だ。


「この人、サザナさんの情報網にも引っかからなかったんすよね、見とかないとまずく無いっすか!?」


 ネオさんは即座にアキュレへと声をかける。

「開いてくれ」


「はい……」


 No32、プロメティダ・ヴァングリフ。女、神格。

 性質:信仰

 能力:空間接合

 範囲:理論上無限

 反動:記憶の欠落

 備考:勉強熱心だね。彼女は真面目でね、君がこれを見ているという事は、彼女は既に動き出しているはずだよ。


 最初に、ネオさんが眉間にシワを寄せた。

「……はあ?」


 備考の文章の異常に気付いた僕も、自然と口が開いていた。


 そしてブリアンが、狂ったように高い声を出す。

「コレッ!! エリオットの言葉じゃないの……!? このカルテも、仕掛けだったって事!?」


 アキュレは焦りながら画面に手を伸ばす。

「私、知りません……こんな文章。私が最後に見た時には、こんな文章、無かったです……」


 ネオさんは机の脇へと運ばれた、アキュレの自爆スイッチを見つめていた。

「さっきの映像と同時に、書き換えられる仕掛けだったのかも知れないな……。どの道、エリオットは私たちがアキュレを味方につけて、カルテを見る事までは計算してたってワケだ……」


 ネオさんは目を細めた。


「にしても、動き出してるって……なんだ?」


 先程の映像で聞いた『悲劇の物語』の開始宣言。

 それが脳裏に過ぎると、かきたくもない汗が額から滑り落ちた。

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