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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第7章・潜入編

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第298話・賛美されし者の台本の上で。

 神格将軍、プロメティダ・ヴァングリフ。


 患者名簿《クランケリスト》に記載された彼女のデータに入っていた、エリオットの言葉が、新たな災難を予感させていた。


 騒然とするパソコンモニターの淡い光が、光る電気柵を背にして逆光に暗がっていた僕らの顔を、怪しく照らしている。


 デフィーナが口を挟む。

「なにか起きてるとかの前に、空間接合って言うのは、どういう能力なの? これもゲーブルトは使えるって事?」


 ネオさんは口に手を当てて考え込んだ。

「順当に考えれば、空間同士をくっつける能力って事だから、瞬間移動とか、ワープが出来るって事かな……?」


 アキュレは小さく口を開いた。

「見た事は無いですけど……身長173cmの女性が、時々突然に、城内に現れる事がありますね……」


 僕はその呟きに、思考が稲妻のようにつながった。

「そうっすよ!! 僕その人見ましたからっ!! その人、誰も居ないダムの岸にいきなりいて、僕が起こしたドグマ爆発で飛び散った血も水も、何にも受けて無かったんすよ!! ワープしてきたからですよ、きっと!!」


 ネオさんは少し煙たそうな顔で僕へと振り返った。


 しかし次に声を震わせて発言したのはブリアンだった。

「瞬間移動って、もしかして……メイアさんの村にフォートレス級のエクリプスを連れて来たのって、この人なんじゃないの……?」


 全員の視線がブリアンに集まり、沈黙が走る。


 ブリアンは語りながら、顔が青ざめていく。

「いえ……この人、ブリディエットにも居たんですもの、きっとブリディエットにエクリプスを送り込んで来たの、コイツよ!! エリオットの指示でエクリプスに国を襲わせてるに違いないわ!!」


 ネオさんは唇を隠して、ブリアンの妄想交じりの推理を黙って聞いていた。

 しかしブリアンがネオさんのジャケットへと手を伸ばすと、その唇を重く開いた。


「決定づけるには、色々足りない情報はある……。でも、話の筋が通るってのも事実……と言った所か」

 ネオさんは再びアキュレへと問いかけた。

「ドラキール旧市街で、エクリプス育ててるよな……。アレで育てたエクリプスはどこかに保管してるのか?」


 アキュレは自身の頭上にあった、コード付きのヘルメットを手に取った。

「索敵で見たことのある限りでは、エクリプスの養殖場の上に穴が開いて死体が送り込まれ、時折一斉にエクリプスが消えます」


 僕は口に手を当てていた。思い出したのは養殖場で上から振って来た、他の国の人達だという死体の大群の事だった。

「シゲルが虐殺して、プロメティダが死体運んでるんよ……きっと。虐殺村の遺体も、その為に並べられてたんじゃないんすか……!?」


 話が繋がるほどに、その研究の全貌が、背筋の凍るような輪郭を帯び始めていた。

 エクリプスが『醸成コア』を作るのに、人間を百名捕食とも書いてあった。その材料の為に虐殺をしているなら、最悪だ。


「無差別に殺して、エクリプスに食わせて、それで能力者に実験してるんじゃないんすか!?」


 ネオさんは息を飲んで、唇を震わせていた。

「ありえる話に、繋がってるな……」

 彼女はゆっくりと、震える手のひらをアキュレの机の上に置いて、震えを抑え込むように体重を乗せた。

「プロメティダは本人がワープ出来て神出鬼没。その上で王国製のエクリプスを無尽蔵に召喚可能……だとすれば、完全に戦略兵器って所か……」


 ネオさんは、アキュレの頭上にぶら下がるコード付きのヘルメットを手に取った。

「アキュレ、コイツで索敵出来るんだろ? 一度索敵して、エクリプス達がどうなってるのか、確認してくれ……」


「わかりました……」

 アキュレはヘルメットを手に取り、そっと被ってモニターの切り替えを始めた。


 モニターが緑色の数字で埋め尽くされて、点滅を始めた。0~9の数字が不規則にビッチリと画面中を支配して、その数字がフラッシュするように次々と切り替わっていく。


 何が起きているのか全く分からない。

「この画面、なんすか……?」


 アキュレは冷静に答えた。

「索敵結果を表示してます……これを座標として再計算すると、私の中では立体的な形になるんです……」


 言ってることも分からなかったし、やってる事も分からなかった。だが四十秒程続いた数字の点滅が終わると、アキュレのおどおどした震えは止まり、背筋を伸ばして瞳が月のようにぼんやりと光り出す。


 アキュレの暗算能力が始まっていた。


 そして、能力の発動から一秒と経たずして、アキュレの反応が再び一変する。


 彼女は「うっ」と吐き気を抑えるような声をもらし、口を押さえて猫背に丸まった。

 キーボードに後ろ髪が絡まるほどに頭を深く下げて、無言で小さな震えに支配されている。


 その反応を見て、ネオさんはすぐに椅子に座るアキュレの脇へとしゃがみこみ、顔を覗いて励ますように背中をさすった。

 そして片手をアキュレの小さな手の下に潜り込ませて重ねると、優しく語りかけた。

「大丈夫か? 無理に喋らなくて良い。質問するから、YESなら私の手を握れ」


 アキュレは力を込めてネオさんの手を握りこみ、口を押さえたまま小さく頷いた。

 ネオさんの手を握り込んでいたアキュレの指から、フッと力が抜けた。


 それを確認すると、ネオさんは質問をはじめる。

「エクリプスをしまっていた施設から、エクリプスがいなくなっている。YESか……?」


 アキュレの指が、爪が白くなる程にネオさんの手を握り込んだ。

 それを見てネオさんは目を細くして歯を噛んだ。

 しかし冷静に質問を続ける。


「エクリプスはドラキール第三層の居住区に出現した。既に犠牲者が出ている」


 アキュレの手は、ネオさんの指の形を変える程に強く握り込まれ、アキュレの額がキーボードの真ん中へと押し付けられるように落下した。


 ネオさんは小さく呟く。

「まさかとは思ってたけど……マジかよ……」


 そのやり取りに、ブリアンが声を裏返す。

「なにそれ、プロメティダがエクリプスを移動して、自分の国を襲わせてるって事……!?」


 ネオさんは声の大きくなるブリアンに対して、制するように手のひらを広げた。

「ずっと引っかかってはいた。ゲーブルトがこの基地や私達をスルーしてまで、上に向かったって理由についてな……」


 僕もそこまでを聞いて、血が逆流するような不快感に、全身が痒くなってきた。

「ドラキールの国の人達まで、エクリプスの養分にして、実験材料にする気だって事っすか……」


「いや、エクリプスの餌にするだけなら、他の国を襲えば良いだけだろ……。ドラキールでコレをするのは、自国というリソースを失ってまでやりたい、ドラキールでしか出来ない事があるからだ……」


 ネオさんは自身の顔半分を隠すように、前髪をくしゃりと掴んだ。


「半端に、分かっちまうのが、最悪の気分だよ……」


「ゲーブルトは……プロメティダは、何をしようとしているって言うの……?」


 ネオさんはブリアンをチラリと見上げて、視線を逸らした。

「ドラキール国民は、エリオット信者だ……。石碑の言葉を胸に刻み、実行し、悲劇の力を信じている」


 デフィーナがポツリと呟く。

「信仰型能力者の……醸成……」


「そうだろう。信仰型能力者は生成が困難、それがゲーブルトのカルテのデータだ。エリオットがゲーブルトに約束した条件は、コレしかねぇ……」


 その瞬間に、僕の脳裏ではリランが言っていた、ヒグツワ・シゲルの言葉が蘇っていた。

「シゲルが言ってたらしいっす、ドラキール国民は、悲劇で餌付けされた豚だって……」


 ネオさんの金色の瞳が、鋭く僕を睨みあげた。

「チッ……言い得て妙ってやつか。ゲーブルトにとっちゃ、ドラキールは最高級のご馳走ってワケだ。その能力者の力、全てが自分の能力になるんだからな……」

 そして視線を逸らす。

「今アイツは、やりたかった事が出来てめちゃくちゃ楽しいんだろうさ。私達や基地のなんて、どうでもいいって思えるくらいに夢中ってワケだな……」


 悔しげに声量を落とすネオさんに対して、僕は声を荒らげていた。

「だ、だったら……すぐに上に戻って、止めさせないと……っ!!」


「ああ……ゲーブルトの能力が、これ以上厄介になる前に……」


「ち、違うっすよ!! だって、ドラキールの人達、別に悪くないじゃないっすか!! 今、虐殺が始まってるんですよね!? それをまずは、止めないと……!!」


 デフィーナが僕を睨みつけた。

「相手は殺し方も分からないゲーブルトと、神出鬼没のプロメティダ。二人の神格将軍がいるのよ」


「だって、そんなの……関係ないじゃ無いっすか!! エクリプスなら、僕、倒せますから!!」


 僕がデフィーナに向かって叫ぶと、ブリアンが僕の手のひらを外から握った。

「私、スゴミに賛成よっ!! ネプチューンハートはあなたの力を借りて、あなたの力になる!! 早く行って、国民を助けましょう!!」


 ネオさんは視線を泳がせていた。

「いや……ヒロイックになるのは……分かるけど……」


 するとデフィーナは目を閉じて腕を組んだ。

「まあ、スゴミが行くなら、支持者《アルハ》である私は、行くしかないんだけどね」


「デフィーナさん……っ!!」


 さらに、今の今まで寝ていたストームが、軽く飛び起きて大剣を握った。

「なんだ、ぶっ殺すやつが決まったのかぁ?」


「き、決まりましたよっ!! ゲーブルトと、プロメティダと、エクリプスです!!」


 そのやり取りを受けて、ネオさんは大きく溜息をついた。

「はあ……お前って、本当にナラクみたいで気持ち悪ぃな……」


「えっ……」


 ネオさんは強い瞳で僕を見つめた。

「……分かった。ドラキール国民を助ける作戦を始める。この作戦にはアキュレの索敵と連携が必須になるから、私達はここに残って、通信で指示を送る。……良いな?」


「……はいっ! よろしくお願いします!!」


 ネオさんはベルトから指先サイズの黒い箱を、僕へと向けて放り投げた。

「ハネムーンフライトの予備バッテリーだ。今回は通信が鍵になる。ノリコの使い過ぎで通信機の電池切れ起こさないように、注意はしておけ」


「た、助かります……っ!!」


 僕はすぐにゴーグルに付いた通信装置『ハネムーンフライト』のバッテリーを付け替えた。


 すると、怯えきってキーボードに頭をつけていたアキュレが、ゆっくりのその身体を起こした。

「あの……すみません。大型エクリプスが都市中で破壊を行っているのに加えて……神格級エクリプスが一体、ものすごい速度で、人を刺し殺しています」


「なんだ、神格級エクリプスって……?」


「エクリプスの最終形態です……。人間の女性の形をしていて、ずっと地下深くの格納庫で大人しくしていたんですが……今、第三層の住宅街に出現しています」


 デフィーナが僕の顔を見て、目を丸くした。

「それって、天使級……序章の敵クラスって事じゃないの……!?」


 僕は左目を押さえた。

「つまり、零極さんや天使さんと同じレベル……って事っすよね?」


 聞いた瞬間に、僕の髪の左半分が青くて細い、しなやかな髪質に変わり、零極さんの声が僕の喉を支配した。

「スゴミ君。私は君の追悼の花によって覚醒した、成長途中だったエクリプス。本物の天使級エクリプスは組成セルの数が桁違いに多いです」

 零極さんの声は、冷酷に事実を突きつけた。

「ハッキリ言います。通常過程で人型にまで成長したエクリプスは、私よりも強いです」


 僕はその警告に、息が止まっていた。

 僕は零極さん相手に手も足も出ない程に力の差を感じていたが、それを上回る相手に勝てる道理が無い。

 零極さんの声は、その一言だけを告げると収まって、僕の左半分の顔も元に戻った。


 ネオさんの顔が、再び曇り始める。

「神格将軍二人に、天使級の神格エクリプス……か」


 そこにアキュレがダメ押しのように付け加えてきた。

「それら全てと敵対し、その中の一人でも倒せる確率は……53億パターンの可能性の中で、0%です」


 一瞬勢いづきかけた空気が、一気に重くなっていく。


「……それでも」

 僕の口は、僕の意識より先に、口走っていた。

「それでも、やるしか……」


 そんな僕の言い淀みと、沈みきった場の空気を切り裂くように、奇天烈な高音ボイスが飛び出した。


「ヒャッハー!! 面白くなってきた……ってなぁ!!」


「ノ、ノリコちゃん……!?」


 ノリコの声だった。


 バッテリーを入れ替えた事で動き出した僕の頭の上のゴーグルが、命を吹き込まれた小動物のように、ぴょんぴょんと伸び縮みを始める。


「おいおいおいおい! シラケてんなネオっちよぉ!! 泣いてビビって止まっていちゃあ、渡れる橋も渡れないってな!!」


「いや、その渡れる橋が無いって話なんすけどね……!?」


 僕は反射的に声量を強くしてツッコミを入れていた。


「無いならば、作って見せよう、ホトトギスってか!? 行くぜラブたん、ラブたんのドグマが、道をチマチマ、コツコツと、地道に作っていくぅ!!」


 ノリコの勢いは、相変わらずだった。

 空気を読まず、無鉄砲で、根拠も無い。


 だけど僕は知っている。


 彼女の笑いは、恐怖を上書きする為の、勇気の笑いなんだと。


「そ……そうっすよねっ!? そうです、ドグマの力がありますから、何とかなるように、何とかしてみますからっ!!」


「おうおう! イケメン王子も、大変だけど諦めんなって応援してくれてたしなっ!?」


 それに対して、ブリアンがツッコミを入れる。

「それ、皮肉だと思うんだけど……」


 それを聞いていたネオさんは、困惑の顔から、フッと脱力して口角を軽く持ち上げた。


「……ったく、拍子抜けだな」

 それでも、彼女は強い瞳を持って、立ち上がった。

「いいだろう。これはエリオットからの、クソみたいなシナリオによる宣戦布告だ。ぶっ潰してやるか、ヤツのくだらない台本を、丸ごとな」


 その熱い言葉に、ブリアンも両拳を握って揃えた。

「そうよっ!! ぶっ潰して、国民を助け出すのよ!!」


「ああ、行こう。ドラキール救出作戦の、開戦だ」


 ネオさんの強い一言に、全員の視線が集まっていた。

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